報告


□ナカムラとミカコ


土曜日の午後、ナカムラの家。
「サイジョウとセガワさん、結婚するんだって。」
ミカコが作った昼食を食べ終えて、ナカムラがコーヒーを入れた。
ナカムラの手にはカフェオレ(最近飲み会が多くて、胃が荒れ気味)、ミカコの手にはたっぷりブラックコーヒーが注がれたカップが握られていた。
皿洗いをした2人の手は冷たく、コーヒーから伝わる温かさに目をつむるほどの気持ちよさを感じていた。
「えっ!!本当ですか?」
ミカコがぱっと顔を上げた。そんなミカコに一つ頷いた後、
「オフレコで。」
と口に人差し指をナカムラは当てた。サイジョウとミカコは同じ営業部。おいおいばれて行くにしろ、ミカコが発信源となればどこから漏れたのだろうと自分たちの関係も漏れかねない。
「もちろんです。それにしても!まあ!驚きました。」
「だろー。俺もすっごいおどろいちゃってさ、驚いたら、その驚きに驚かれた。」
仰け反ったイワサキとサイジョウを思い出し、くくくと笑った。目をむいていたな、2人とも。
「ナカムラさん・・・、そんなに驚いたんですね。」
ミカコが苦笑した。ナカムラは少し決まりが悪くなって、話題を逸らす。
「思い出したんだけどさ、一昨年のクリスマス、サイジョウ達と4人で食事しただろ。あれって、俺らがいいだしだったんだろうなー。」
「呼んだのはナカムラさんじゃないんですか?」
「そうだよ。サイジョウに頼み込んだら、彼女がいるからやっぱりまずいって。あの彼女がセガワさんだったんだよな。で、どうしようもないから隣にいたセガワさんに頼み込んだんだよな。保護者としてついてきてくれって。隣にいてそれで彼女がいるからまずいって言うサイジョウも結構策士だよな。」
そうだった。あの時、恋人同士を前にして、なんとすごい申し出をしてしまったのだろう。24日に予定がないと言い切ったセガワをサイジョウは睨んでいたような気もする。
「ナカムラさん・・・保護者って。彼氏の前でセガワさんを誘ったんですか?ナカムラさん大胆ですね。」
ミカコも同じ事を思ったらしい。
知らないと言うことはすごいことだ。
「知らなかったんだ。でも、思い出せばサイジョウが変なこと言ってたんだよな。ミカッチの友達が来たら困るだろって。あれって、本当にコンパになったらセガワが困るだろって皮肉ってたんだろうな。ぴきーってセガワ怒ったもんな、その言葉に。慌てて頭下げたんだよ、俺が。」
全く俺は恋人同士を前に何て道化だったんだろう
「圧倒的に立場が弱いですね、ナカムラさん。」
「あはは。」

痛いところをズバリとついたミカコにナカムラは笑うしかなかった。
「驚いたけど、息はよく合ってましたよね。食事の時も。」
ミカコはあの時のクリスマスを思い出しているのか、少し遠い目をしてコーヒーを一口飲んだ。
「そうだよな。」
2人が並んで食事を取りながらやりとりしている様子、封筒を差し出したセガワさんの後ろから頭を下げたサイジョウ、あの時なるほどお似合いだなと思った。
だけど、2人の雰囲気はただの同僚、よくて仲のいい同期だったはずだ。
さすが、セガワさん。
雰囲気調整自由自在ですか。

「サイジョウさん結婚で、女子社員が泣きますね。」
ミカコにとっては、やはり同じ部のサイジョウの方が気になるらしい。
コタニ課長ほど派手な人気はないものの、サイジョウもやはり女子社員に手近な高平均男として人気があった。
「有望株だもんな。だけど、セガワさんもすごい有望株だよ。2人併せてどこまでパワーアップするのか、怖いくらいだな。」
あの2人の夫婦の会話って、怖そうだなと想像した。
「セガワさん、確かに有能ですよね。」
「驚くことばかり何だけど、後で思い返せばつじつまの合うことばかりなんだよな。」
忘年会の夜セガワに諫められたこと、日本シリーズで阪神が負けたときサイジョウが帰っていった家、クリスマス、ビアガーデン・・・。
「へえ。」
「セガワさんがさ、サイジョウの隣ですごく柔らかくなってた。」
「サイジョウさんは?」
「デレデレだった。」
あの居酒屋で、2人が笑っている様子はとてもよかった。
にこにこというわけにはいかないが、サイジョウの少し口を曲げたような笑いも、セガワのふっと流すような笑いも、どうしようもなく幸せに満ちていた。
「幸せな様子はいいですね。」
「うん。見てるこっちも幸せになるな。」
「私の友達は結構大変そうな恋愛です。」
「へえー、ミカッチの友達ってやっぱり美人なの?」

2人はナカムラの部屋でこたつに座りながら、飽きることなくおしゃべりを続けたのであった。


□コタニとイツコ

金曜の晩、コタニの家で。
「タチバナ。」
ソファーに座って、彼女は雑誌を読んでいた。
そのそばでコタニは新聞を置いて、彼女を呼んだ。
昼間の出来事を思い出したからだ。
「はい?」
「セガワさん、結婚するぞ。」
「セガワさんって経理のセガワさんですか?課長の部下だった。」
「そう、あのセガワさん。タチバナがかっこいいといってたセガワさん。」
「うわっ、そうなんですか。きゃー!おめでたいですね。セガワさん、すらっとしてらっしゃるからドレス着たらすごくきれいそうですよね。」
タチバナの顔がぱっと輝いた。
おめでたい話というのは、聞いた人も幸せにする。
毎年幾つかそのような話はあり、慣れそうなものなのにやはりそれらは新鮮な喜びと驚きを運ぶ。
「そうだな。ところで、誰と結婚するのか聞かないのか?」
「えっ?知っている人なんですか?」
「ああ。知ってる人。」
「うーん、ちょっと待ってくださいね。今考えますね。」
「別に直ぐ言っても構わないけど。」
「だめっ。言っちゃダメですよ、私当てますから。」
タチバナはあごに手を当てて、格好だけは名探偵のように考え始めた。
こういう時に、さっと答えを言うとタチバナはその後ものすごく不機嫌になる。
負けず嫌いはこういうところにまで出る。
名探偵の手があごからはずれた。
「・・・まさか、ナカムラさん!?」
「いや、それはない。確かに教師と生徒みたいでいい関係だとは思うけど。」
どう見てもあの二人は違う。
「イワサキさん?いや、それはないな。イメージに合わないもの。・・・まさか、課長!!!」
さすが、迷探偵。やってくれる。
「タチバナ、バカ。」
「そうですよね、ちがいますよね。これがきっかけで別れ話って、昼ドラ並の展開ですものね。・・・ちがいますよね。」
違いますよねと言いながら、二度も繰り返す当たりがタチバナだ。
どこをどう間違ってそうなる。
タチバナは今回に限らず、自分の思いも寄らないことを言い出す。
いつも思うが、タチバナの頭の中では現実と違う物語が直ぐ出来るようだ。
時々窺い知ることが出来るその物語に、コタニはいつも驚いてしまう。
「違うよ。」
「よかった・・・。・・・・。あ、もしかして、あのエレベーターで会った人ですか?」
「そう、彼。営業のサイジョウ。」
「わあ、やっぱり!!お似合いって言ってたでしょ。」
指をぱちんと鳴らした。
「言ってたな。」
「私、先見の明ありですね。すごい!あの2人が夫婦で並ぶと、・・・なんだか迫力ですね。」
迫力。確かに迫力だ。
「よく頭の働く2人だから、これからが楽しみだな。」
「どうして知ったんですか?」
「今日、経理に寄ったときに廊下で、セガワさんと会って立ち話。」
「結婚式に呼ばれたんですか?」
「ああ。正式な通知はまだだが。披露宴じゃなくてパーティーにするらしい。式は神社でやるって。」
「じゃあ、白無垢もドレスも見れるんですね。いやー、どっちもきれいでしょうね。見たーい。」
きゃっきゃ、きゃっきゃと、タチバナがソファーの上をはねた。
「白無垢は、その時間に神社にいたら見れるんじゃないか?」
「行こうかな。どこの神社か教えてください。セガワさんってドレスのイメージがあったけど、白無垢もか。いいなー。」
「タチバナも結婚式の憧れって有るのか?」
「有りますよ。当たり前じゃないですか。四捨五入して30でも、女の子ですもの。」
「自分で言うことによって防御か。戦略を変えたな。」
「ええ。いつも課長に言い負かされてばかりじゃ、困りますから。」
タチバナは目を細めてにっこりと笑った。

猿のようにソファーをはねたかと思うと、猫のように目を細めて少し色気を漂わせて笑う。
タチバナ、成長してきたな。
コタニはその成長を嬉しさ半分寂しさ半分で感じながら、タチバナを抱き締めたのだった。