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*『お題/宝石20』*
011*パール〔006〕
 夜着の上から、
 あちこち乱暴に、まさぐられて。

 肩は剥き出しになっているし、
 裾はきわどい所までめくれ上がって、
 すらりとした足が、月光を吸って薄闇に浮かび、
 この上なく挑発的で、しどけないのに。

 スピネルがまとっているのは、威厳と矜持。

 つい先刻までたしかに存在していた、
 触れなば落ちん風情の、可憐な乙女は、
 何処へ。
 大家は驚愕と近寄り難さに、後ずさる。

 スピネルは食卓を降り、
 呆気にとられる大家を尻目に、
 この場を、立ち去ろうとする。

 傍らをすり抜けたとき、
 スピネルが放つ、若い女の芳香が、
 大家の鼻腔を、くすぐった。

 いい匂いと、やわらかさと、甘い声で、
 さんざん、誘惑しておきながら。
 いいところで放り出すとは、何事か。

 ばかにするにも、ほどがある。
 ちっこくて、非力なくせに。
 したてに出てやれば、どこまでもつけ上がって。

 女というものは、どいつもこいつも。
 何故こんなにも、御し難い!

 鬱積していた、感情が。
 スピネルに向かって、暴発。

 大家はスピネルに襲いかかり、
 壁に追いつめて、か細い喉を、締め上げた。

「そんなに死にたいのなら、おれが殺してやる」
 おれのものに、ならないなら。
 若様にも、他の誰にも、もう、渡さない。

「……なんて、ものわかりの悪い、男なの」
 ぎりぎりと締め上げる大家の両腕に、
 爪を立てて抵抗しながら、スピネルが呻く。

 だれが、あんたに殺されたいなんて、言ったのよ。
 あたしは、若様になら。
 何度、壊されたって。

 ああ、若様。
 会いたい。
 もう一度、ひと目でも。

 あたしったら、本当に、愚かだ。
 こんなところで。
 こんな男に、くびり殺される運命ならば。

 いっそ若様の、
 あのほっそりした、しなやかな冷たい手で、
 引導を、渡してもらえば、よかった。

 もう、だめ。息が。意識が。
 目の前が、くらくなる。

 奇妙な幻覚まで、見えてくる。
 血相を変えた若様が、
 ものすごい殺気を放って、駆けてきて。

「ぼくの妻に、触れるなっ!」

 あたしを殺しかけた男を、手にしたムチで、
 滅多打ち。
 男は悲鳴を上げ、あたしを解放して、
 我が身を庇う。

 放り出されて尻餅をついた、その衝撃で。
 スピネルは目の前の光景が、
 幻でなく、現実のものと、ようやく認識。

 サファイアの怒気は、熱風の如く、
 部屋中の空気を、席巻。
 華奢な肢体を補って余りある、
 想念の強さ、激しさ。

 その憎悪と暴力を、豪雨のように浴びせられ、
 大家は、なすすべもなく、身を縮める。

「この野郎! 殺してやる!
 ぼくの妻に手をかけたな!
 ぼくの妻に! よくも!」

「よせ、サファイア、もういいだろう、よすんだ!」
 一足遅れて踏み込んできたクリスタルが、
 サファイアの背後から組みついて、制する。

 その機に乗じて、大家は遁走。
 逃げ去る、その後姿へ、
 サファイアは、さらに罵倒で追い討ちをかける。

「覚えておけ!
 今度やったら命はないぞ!
 二度とぼくと妻の前に現れるな!

 いいか、ぼくには権力があるんだ、
 ありとあらゆる手を使ってでも、
 どんな汚い手段に訴えてでも、
 おまえを社会的に、葬ってやるからな!

 金輪際、この地を踏めないようにしてやる、
 街から叩き出してやる、永久追放だ、
 荒野で木の根をかじって、余生を送るがいい!」

「やめろったら、サファイア!」

「スピネルにちょっかいを出す奴らは、
 みんな殺してやる。ぜったい許さない。
 彼女を傷つけていいのは、ぼくだけだ。
 ぼくだけなんだから!」

「若様」

 クリスタルに組みつかれても、
 まだ暴れ続けていた、サファイアが。
 スピネルの呼びかけには、反応。

 硬直していた手が、解けて。
 腕の延長のようだったムチが、床に、落下。
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2011/04/10