晴天行路

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流星群の夜


 祭壇の前で一心不乱に祈りを捧げる男がいる。
「今日で三日目でしたっけ?」
 強すぎる太陽光を遮る天幕の下で、砕いた氷に果汁をかけたこの街の名物たる菓子を口にしながらアズールは言った。
「四日目だね、うん」
 サーラは手に入れた本から顔をあげようともせずに答えた。
「四日目……」
 では、行商でこの街に訪れて何日目になるだろうか。アズールは指折り、数えてみる。……五日目だ。二日目に街の図書館で廃棄処分にされかかっていた本を安く譲り受けてから、三日もこの調子ということになる。食べるときも、人と話すときも本から顔をあげようとしない。夜も遅くまで本を開いている。自分は先に眠ってしまうから、何時まで起きているのかわからないが、少なくとも、夜明け、自分が目覚める頃には、既にサーラは目を覚ましていて、本を開いている。……いったい、いつ眠っているのだろう、この人は。アズールは難しい顔で正面の師を見つめた。
「先生、いつまでこの街に留まるつもりですか? まさか、あの占い師が星の雨を降らせるのを見届けるとか言うのではないでしょうね?」
 アズールは祭壇の方をちらりと見やる。聞き慣れない、いや、聞き取れない異国の言葉を呟きながら、天を仰ぎ、地に伏せる。それを人々は嘲笑と少しの畏怖で見やり、通りすぎていく。
「そうだね、それも悪くはない」
 サーラはそう答え、ぱたんと本を閉じる。そして、眼鏡を外した。
「ええっ。先生、まさか、本当にあの男が星の雨を降らせると思っているんですか? 星の雨どころか、乾期のこの時期、この地方には一滴の雨も降らないんですよ?」
「それくらいは、知っている。これでも行商人歴ン年だ。君が生まれる前から世界を旅しているのだよ、私は」
「……先生、素朴な疑問なんですけど」
 ハイとアズールは手をあげた。サーラはアズールを見やる。
「何歳なんですか?」
 自分が生まれる前から行商人だと師は言う。自分は今年で十三歳。そうなると十三年以上は行商をやっていることになる。だが、師の見た目はせいぜい二十代半ば。何歳から行商を始めたのだろうと疑問を覚える。
「まあ、そういうわけであと二日ほどこの街に留まるよ」
「あ。質問に答えていませんよ、先生!」
 アズールは訴えたが、サーラは惚けて答えようとはしなかった。
 
 二日後の夜。
「アズール、そろそろ時間だ」
 外套を羽織り、サーラは言う。
「先生、こんな時間にどこへ出掛けるつもりですか?」
 砂漠の夜は冷える。昼間の温度が信じられないほどに冷え込み、外で何の対策もなしに一夜を明かせば凍死をすることもある。
「既に、始まっているようだ」
 窓の外は夜だというのに明るい。アズールは怪訝に思いながらも窓へと駆け寄る。空がきらきらと輝いているように見えた。
「先生、これはいったい……?」
「星の雨だよ。せっかくだから、外で眺めよう」
 外に出ると、街の人々は声もなく空を見あげていた。幾つもの星が空を流れ、それはさながら星の雨、紺色の空を真昼のように照らしだす。
「あの占い師、本当に星の雨を……」
 まさか、本当に祈祷により星の雨を降らせるなんて。街の誰もが信じず、自分とて信じてはいなかったというのに、今、星の雨は降り注いでいる。信じないわけにはいかなかった。
「……あれ、でも、先生は星の雨が降ると知っていた……?」
 アズールはサーラを見あげる。二日ほど留まると言った理由は、この星の雨にあるような気がする。そうなると、師は星の雨が降ると予め知っていたことになる。
「今日、この日に流星は降り注ぐと決まっているんだよ」
 流れる星を見つめ、サーラは答えた。
「え?」
「三百年に一度、この地方には星の雨が降る」
 サーラは空からアズールへと視線を落とした。そして、本を差し出す。アズールは星の光を頼りに、本を開き、読もうとした。
「……読めませんよ」
 それは失われた言葉で書かれていた。この文字を解読できる者は、少ない。勿論、自分はその少ないひとりではない。
「ははは、そうだね。ともあれ、あの男は今日のことを知っていた。この星の雨は祈祷によるものではない」
「はぁ、だから、あんなに街の人に馬鹿にされても祈っていたのか……でも、どうしてそんなことをするんだろう?」
 アズールは小首を傾げた。男の祈祷の意味がわからない。
「それは、明日になればわかるよ。今は、素直に星の雨を楽しもう。あと三百年は見ることができないわけだからね」
 アズールとサーラは真昼のような明るさの空を眺め続けた。
 
 次の日の朝、出立の準備を終え、次の街へと向かうべく、街をあとにする。
「あれ、行列ができてる……」
 通りにずらりと長い列ができている。なんだろうと目で追ってみると、あの占い師が開いている天幕の前まで続いていることがわかった。
「これはまた大盛況だね」
 あやかりたいね〜とサーラは畏まり、拝む。そんな師に呆れながら、アズールは難しい顔をした。
「これが、目的……?」
「星の雨を降らせる奇跡を起こす男。流行りもするだろう」
「でも、待って下さいよ。それは奇跡でもなんでもなくて、ただ知っていただけなんでしょう? 詐欺ではないですか!」
 アズールは憤慨する。だが、サーラは取り合わなかった。男の店の前を素通りする。
「そうかもしれないね」
「騙される市民が悪いんだって、放っておくんですか?」
「高い勉強代だよ。アズールもよく覚えておくんだね」
 知ろうと思えば、知ることはできたはず。サーラは捨てられそうになっていた本を見つめる。
「何を覚えていろというのですか。無知は罪だと?」
 アズールは難しい顔で問う。サーラは横に首を振った。
「違うよ。無知は、確かに罪ではある。知らなかったでは済まされないこともある。しかし、君に覚えていて欲しいことは、そうではなく……現象を鵜呑みにしないこと。現状を、結果を疑ってほしいんだ」
 サーラは言う。アズールは穏やかに語る師の顔を覗き込んだ。
「結果を疑う……?」
「そう。悪く言えば、ひねくれろということかな。少しの探究心と少しの猜疑心を持って物事に臨んでほしい。原因、経路、結果。それを考えれば見えてくることもある。まあ、こんなことは、商人を目指す君には当たり前すぎることかもしれないけれどね」
 難しい顔をしているアズールの鼻先をちょんと指でつつき、サーラは笑う。
「はぁ……わかりました。先生の言葉、覚えておきます。でも、いいんですか?」
「いいのいいの。当たらなければ、すぐに廃れるから」
 サーラはひらひらと横に手を振りながら答え、空を見あげる。今日も嫌なくらい空は晴れわたっている。
「そういうものですか……」
「しかし、流星を降らせる程度でこれほど繁盛するとはね。私も次の街でやってみようかな〜」
 サーラは胸元から硬質の透明なカードを取り出す。流星召喚呪文が封じ込められたカードだ。魔力を解放すれば、流星を呼び寄せ、敵を攻撃することができる。その破壊力たるや小さな街をひとつ余裕で滅ぼせるほどである。
「街を滅ぼすつもりですか……それに、それは売り物でしょう!」
 没収。アズールはサーラの手からカードをすっと抜き取った。
「あ」
「先生は派手な魔法が大好きだから。いつか、これも使おうとするに決まっています。これは、僕が大切に預かっておきますので」
「ううう〜」
「さ、次の街を目指しましょう!」
 青い空を指さし、颯爽とアズールは歩きはじめた。

<流星群の夜・了>


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