短編

短編TOPHOME次へ


自己中心的尊大系(1)


「身を固めようとは思わないかい、ユーシス?」
 休日だというのに、バルザニア王国首都リディアスのヴァン=ブレイス城謁見の間に国王の急な呼び出しを受けたユーシスを待っていたのはそんな言葉だった。
「はあ……」
 しかし、いきなりそんなことを言われても。そもそもそれはひとりでできることではない。答えようがなく、なんともいえない顔をしているユーシスに国王は続けた。
「おまえには『あれ』を任せっきりで、本当に悪いことをしたと思っているよ」
 『あれ』というのは国王のひとり息子、ワガママで自己中心的しかし熱血正義漢の暴走王子と名高いテイネス=カイル=バルザニアート三世のことだ。国王が他に『あれ』と呼ぶ人物など存在しない。
「そのためにおまえはあれに振り回されっぱなしで、自分のことを常に後回しにしてきたわけだからな」
 うんうんと頷きながらしみじみと国王は言う。
「いえ、私はべつにそのようなことは」
「いやいや。そろそろ二十代も後半に入ろうというおまえに嫁の来てがないのも、あれのせいだろう。いつまでたってもあれはおまえから離れようとしない。困ったものだ……」
「そうでしょうか?」
 ユーシスにはそんな自覚はなかった。少なくとも、自分に嫁の来てがないことは王子のせいではないだろう……おそらく。
「おまえは自覚がないようだな。幼い頃からあれの世話をし続け、成人してからは近衛騎士としてあれの護衛。そうそう、剣技も鍛えてくれたな。四六時中あれと顔を突き合わせて女を口説くヒマもなかっただろう? その、なんだ、いるのか、心に決めた相手は」
「いえ……」
 心に決めた相手はいない。だが、心に秘めた相手ならばいる。立場的に告白が難しい相手で、今の良好な関係を崩したくないから思いを伝えられずにいる。やんわりとした優しい関係を崩してしまいそうで行動を起こすことができずにもう何年が過ぎただろう。
「やはりそうか。少しは俺も責任を感じている。だから、おまえにはそろそろ身を固めてもらおうと思ってな。第一、今や名実ともに国一番の剣士、しかも近衛隊長ともあろうおまえがいつまでも独身というのでは恰好がつかないからな」
 まだ四十にもならない年若い王はにこりと笑った。立場的に貫禄をつけるためにも結婚しろということか……ぼんやりとユーシスは思う。
「それに……おまえ自身、その……なんだな、噂のほうに手を焼いているだろうしな。あれはそんなものを気にするような器ではないが……一応、王子だしな、この前のエフリートの王女に婚約破棄された件で妙な運びになっているわけでもあるし……俺としてもおまえに身を固めてもらうのが一番だと思うわけだ……うん」
 妙に言い訳染みたことを国王は言った。その妙な態度が気になったユーシスはもともと細い目をさらに細めて国王を見つめる。
「あの……失礼ですが、陛下。噂というのはなんでしょう? 私は何かの噂になっているのですか?」
 はっきりいって心当たりは、ない。だが、その態度からすると噂は良いものではなさそうだ。ユーシスは戸惑う表情のまま返される言葉を待った。
「……知らないのか?」
 国王は怪訝そうな顔で答えた。ユーシスが頷くと軽くため息をつく。
「そうか。では、説明したほうがいいのだろうな。……おまえの身によくない噂が立っていてな。俺の耳にも入ったのだ」
「どんな……噂ですか?」
 ため息をつかれるほど変な噂が王宮に広まっていることをユーシスは知らなかった。どうにもこうにも不安になる。
「言いにくいことなのだが……おまえにその気があると」
「そのケ? どのような毛ですか?」
 真顔でユーシスが訊ねると国王はどう言ったものかと悩む顔をした。
「だから……その、なんだ、おまえの関心は女人にないと」
「確かに私は剣の道に生きてはいますが……ん? ……。そういう……こと……ですか……。……。……。……」
 自分の関心は女性よりも剣にあるかもしれない。だが、言いながら国王が言いたいことはそこではないことに気がついた。気がついてしまった。ユーシスは暗い表情で視線を伏せ、黙ってしまう。
「お、俺が言ったわけではないからな。あくまで噂だ。う・わ・さ! ただ、俺の耳に入るということは相当広まっているということでな……ユーシス?」
 ユーシスの態度を見て国王は慌てて言った。自分が言ったわけではないとイイワケめいたことを必死に言う。ユーシスはややあって、はっとした。
「は、はい……」
「そういうわけだ。なんというか……おまえとあれがその……恋愛の関係にあるらしいという噂で持ちきりなのだ。あれがリアラ王女にふられたのは王女に思う人がいたからであるが、皆はそうは思っていないらしくてな」
「そうでしたか。どこをどう見たらそのような勘違いをできるのか……」
 ユーシスは額に軽く指を添え、嘆く仕草で首を横に振った。自分と王子に少しでもそれらしい雰囲気、色気というものがあれば納得もできるというものだが、まったくない。どれだけ噂というものがいい加減なのかこれでわかるというものだ。
「そうか。よかった……」
「……陛下?」
「あ、い、いや、俺はおまえに限ってそんなことはないと信じていたぞ!」
 国王のその慌て振りからユーシスにはわかった。どうやら少し疑われていたらしい。考えてみればそうだろう。そうでなければここに呼び出され、こんなことを言われることもない。頭がくらくらする。目眩がしてきた。ユーシスはふうと小さく息をつく。
「失礼……致します」
 ぺこり頭を下げ、退出しようとするユーシスを国王は呼び止めた。
「ユーシス」
「はい」
「皆の誤解を解くためにも、身を固めてもらいたい。それがおまえのためであり」
「王子のためでもありますね。王子も私などと噂を立てられては迷惑でしょうし」
「いや、あれは噂など気にもとめないだろう。だが、その噂がなかったにしろ、おまえもそろそろ身を固めてもいい歳だ。あれのことはもういいから少しは自分のことを考えろ」
 ユーシスが返事をするまえに国王はさらに言葉を続けた。
「そこでなんだが……エフリートの貴族の姫君から見合いの話が来ているのだ。おまえを婿として迎えたいと」
「……ご命令とあれば。どのようなことであれそれに従うまでのこと」
 今までの話は自分に恋人がいるのかどうか確かめるためのもので、これが本命の話題だったのかもしれない。ユーシスはふとそんなことを思いながら姿勢をただし、そう答えた。
「命令、か。俺はおまえの意見を尊重したい。これが本音だ。だが、国交問題から言うなれば見合いを命令せねばなるまいな……」
 国王は憂鬱そうに大きく息をついた。
「仰せのままに。それでは失礼致します。その話は詳しいことが決まり次第、また」
 頭を下げ、今度こそ退出する。後ろ手に扉を閉めたユーシスは、そのまま扉にもたれかかり深いため息をついた。
 そういえば、最近皆の態度がおかしいとは思っていたんだ。こちらを見てはこそこそと話をするものや、何かイヤなものでも見るような眼差しを向けてくるものもいた。若い娘たちに敵は多いかもしれませんががんばってくださいと声をかけられたのも隊長という職務に対してではなく、王子との仲のことのように思えてきた。
 再びため息をつく。
 ゆっくり休んでいる場合ではないようだ……。
 
 まずは、王子に確認を取ってみよう。
 ユーシスは自分の主人である小さな主君テイネス=カイルを探した。だが、いそうな場所をあたってみたがその姿は見当たらない。
「姉さん、王子を知らないか?」
 王立図書館で司書を勤めている姉のセイラに訊ねてみた。王子の教育においては頭脳系を任されている知性派だ。
「あ、ユーシス……! よかった、今日は休みよね? 私も休みが取れたの。久しぶりに川べりにでも行かない? 陽気もいいことだし、きっと気持ちいいわよ」
 セイラはにっこりと微笑んだ。その笑みをまえに沈んだ心が一気に晴れる。ユーシスは自分の顔が自然とほころぶのを確かに感じた。
「あ、そうだね」
 思わず二つ返事で承諾してしまったが、王子を探していることをすぐに思い出した。
「それじゃ、おやつ用意しなくちゃね。それと……」
「あ……あのさ、王子、知らない?」
「テイネス様? テイネス様なら今日はお部屋でゆっくりなさるそうだけど……テイネス様と何か約束でもしてたの?」
 それは盲点だった。ユーシスはまさかあの活発な王子が部屋でゆっくりすることなんてあり得ないと思い、王子の自室だけは探していなかった。
「そういうわけじゃないけど……あ、姉さん、噂……」
「なぁに?」
「いや、なんでもない。ちょっと、王子に会ってくるから待っててくれないか?」
 姉は噂には疎い人だったと思い出して言うのは止めた。わざわざ自分から広めなくてもいいことだ。それに、できれば姉には、姉にだけはそんな恥ずかしい噂を知られたくない。
「ええ。お日様があるうちに戻ってきてね」
「すぐに戻るよ」


短編TOPHOME次へ