短編プリンセス・オブ・ドーマ(1)
エフリート大陸の大半を支配するトルメリア王国。
その前身たるアレクサナライト王国の気性を強く受け継いでいた小さな国は瞬く間に周辺諸国を平らげ、僅かばかりの年月で大国へと成長した。残された諸小国は、もはや大国の後ろ楯なく存在することは不可能な状態にあり、不穏な影に怯え、揺れていた。そのなかでも、南は大陸を統一せんが勢いのトルメリア、北は歴史旧きアルディスト、共に大国である二つ国に挟まれた小王国ドーマは、今、ひとつの選択を迫られていた。
「またひとつ国が滅びました。我がドーマにトルメリアの手が伸びるのは時間の問題かと思われます……」
宰相は告げた。
「うむ……トルメリアは恐ろしい国だ。武勇に馳せたアレクサナライトの民がそのほとんどだからな」
トルメリアの前身、アレクサナライト王国は魔獣の暴走と、その暴走の原因を作りだした王家と魔道士が責任を問われ、滅びるに至った。大国アレクサナライトは分裂し、新しい国をいくつか作りだした。そのなかのひとつ、小国トルメリアはアレクサナライト王家の生き残りを奉じ、国を建て直していった。そして、国が落ちつくとかつての領土を取り戻すが如く、周囲の国々を力でねじ伏せ始めた。ドーマはアレクサナライト王国が分裂してできた国ではなかったが、トルメリアの勢いは止まるところを知らず、このままでは大陸全土を支配するのではないかと思われた。
「このままでは歴史古き我が国も……」
「しかし、数からして敵う相手ではない。どうしたものか……」
兵数からして戦えば敗戦になることは必至だった。このままトルメリアが仕掛けてくるまで怯えて暮らすか、あるいは。
「陛下……アルディストを頼るしかないのではないでしょうか……」
「アルディストか……確かに、アルディストならばトルメリアに対抗できるかもしれない。だが、我が国とアルディストにはなんの繋がりもない」
「それは作ることが可能です。ラベール様がいらっしゃいます」
「ラベールは妻が最期に残してくれた大切な宝。何にも勝る大切なものだ……政略になど使いたくはない……国のために犠牲にしたくはないのだ」
「陛下のお気持ちは痛いほどに。しかし、このままではトルメリアに攻められ、我が国は滅びましょう。妃殿下が愛されたこの国が消えてなくなるのです」
宰相の言葉に国王はうなだれる。確かに、宰相の言うとおりだった。国のために生きることは、王家に生まれた者の定め。政略結婚の線を進めるべきだということは、わかっている。わかってはいるが、可愛い娘を国のための道具にはしたくはないというのが、親心というものだ。
「トルメリアが攻めてくるとは限らない……」
「確かにそうです。しかし、今の勢いから考えればその可能性は限りなく低いのです。おわかりではありましょうが……」
しばらくの間、沈黙が支配した。
「アルディストに話を通してくれ。ラベールの婿として、アルディスト第二皇子をもらい受けたい、とな」
「……はっ。仰せのままに」
心中を察し、宰相は余計なことは言わずに頭を下げ、その場を去った。あとには沈痛な面持ちの国王だけが残される。
「ラベール……許してくれ……」
思わず、呟く。すると、背後のカーテンの影からひょこっと少女が顔を出した。
「父様、何を許せと仰るんですの?」
「ラベール! いつからそこに……」
まだ二桁にもならない歳の少女は国王たる父のもとへと歩く。そして、礼儀正しくドレスの裾を持ちながら頭と腰を軽く下げた。
「申し訳ありません、父様。ラベールは魔術の授業から逃れるため、ここに隠れておりました……」
謁見の間の玉座の背後にある重いカーテンの影。そんな場所は誰も調べない……というよりも、調べられない。
「仕方のない子だな……」
父がため息をつくとラベールはすまなそうに父の様子をうかがった。
「……おいで」
「はい、父様っ」
その言葉を待ってましたとばかりに父に抱きつく。父は娘を抱きしめ、その髪を撫でながら目を閉じた。
「ラベール。父さんの勝手でおまえの将来を決めてしまった……許しておくれ」
「将来?」
「そう。それは王家に生まれた者の使命でもある。国のために生きることが王家に生まれた者の定め……」
父が嘆いていることは幼いラベールにもわかったが、何故に嘆いているのかということまではわからなかった。
◇ ◇ ◇
「先生、聞いてくれ!」
叩くことなく扉を開け放ち、部屋に入るなりそう叫んだ。
「……」
部屋にいて窓辺の植木鉢に水をやっていた男は振り向くと、指に手をあて、静かにしろという意思表示をする。少し睨むようにも思える視線だ。
「……失礼します。本日もご機嫌麗しゅう……」
深呼吸をすると、やけに恭しく頭を下げる。
「そこまでしろとは言いませんよ、皇子。ご婦人に対するような挨拶は不要です」
「そっか。先生、実は俺にも運が向いて来たんだ」
最近、剣技の稽古もかなり本格的に始めた少年は無邪気な笑顔で語りだす。かなり良い事が起こったということはその笑顔だけでわかった。
「そうですか。それは良かったです。少しばかり幸が薄いかな、と心配していたところでしたから。幸運を数値にすることができれば、限りなくゼロに近いのではないかと思われますからね、あなたは」
それとなく、運が悪い。やることなすことすべてが駄目というわけではないのだが、ここ一番の運がない。父である国王に初めて猟に連れて行ってもらえるとはしゃいでいたが、その前日に熱を出して寝込んだ。勿論、それで連れて行ってもらえるはずがない。少年部の剣技大会で決勝まで駒を進めながらも、試合直前に滑って転んで足首を挫き、辞退。そんなこんなでいつも今ひとつの運がない。
「ひどいなぁ。人並みの運くらいあるつもりだよ。あ、そんなことよりも! ドーマ王国からの使者と父上が話しているのを聞いたんだ」
「盗み聞きはよくないですねぇ」
と、難色を示され、慌てて付け足す。
「そばにいたんだ! 盗み聞きじゃないぞ。実は、ドーマ王国が俺のことを婿に欲しいって言ってきたんだ!」
「……政略結婚の話じゃないですか。どのあたりが運が向いて来たというのですか。ドーマ王国はトルメリアの脅威にさらされている小国です。ここらでアルディストとの結びつきを強くしておかないとまずい状態にあるということでしょう? 喜ばしいことではありませんよ、クオリスくん」
呆れながら少年、つまりはクオリスに言うと、クオリスはにこりと笑った。
「危機は好機なり、先生の言葉だろう?」
「ええ、まあ、確かに」
そういうことだけは憶えているのだな、と思う。他の大事なことはすぐに忘れてしまうくせに。
「それに、ドーマは女王というものが認められていないんだ。国の支配者はあくまでも男。つまり、俺が婿に行ったら、俺、ドーマの国王になるんだぞ!」
胸の前で手を組み、瞳をきらきらさせながらクオリスは語る。
「喜んでいる原因はそこですか……」
単純だと呆れながら、ため息をついた。
「第二皇子である俺は王になんかなれないって思ってたけど……なれるかもしれないんだ! 嬉しいじゃないか。今まで勉強してきたことが無駄にならないですむ」
国を治めるためにいろいろなことを学んではきたが、第二皇子であるクオリスが王になる可能性は限りなく低かった。兄が結婚し、子をもうける前に亡くならなければ王になることはできない。だからといって兄が亡くなってほしいとは思わない。クオリスはクオリスなりに兄を慕っていたし、兄もまた弟であるクオリスを可愛がっていたから。ただクオリスは学んできたことが無駄になるのが嫌だった。兄の補佐という大事な仕事のためには自らが学んできたことが役に立つのだが、クオリスはまだそれに気づかないでいる。
「国王というか、人の上に立つというのはそれはそれは大変で……面倒なことなのですよ。私の兄も族長ですが……苦労が絶えない様子でした」
「先生は反対なのか?」
「いいえ。そんなことはありません。クオリスくんが立派な国王になってくれれば、私なりに国王陛下に恩を返せたことになりますからね」
昔、路頭に迷っていたところを国王に拾われ、第二皇子の家庭教師という大役を命じられた。その恩返しができるというものだ。
「そうだよ! 俺、今まで以上に頑張るから。よしっ、未来はドーマの国王だ!」
「牛の尻尾よりも鶏の頭ですか」
確かに大国アルディストの一政務官になるよりも小国ドーマの国王になる方がいいとは思える。
「しかし……相手がどんな人かもわからないのに……いいのですか? 相手が凄まじい不細工な方でも気にせずにいられますか?」
「年下から年上まで、どんな人であれ、女性であるなら愛せる自信があるよ。俺は騎士だからな!」
女性には優しくするんだとクオリスはにこやかに語る。
「……いい根性です」
半分呆れているため、返した笑みは自然と引きつったものになった。