短編電話(1)
仮にその男をAと呼ぶことにしよう。
Aはあるとき、知り合いの鈴木くんが駅前で数人のガラの悪そうな連中に因縁をつけられているのを見た。
関わりあいになりたくなかったAは、鈴木くんの助けを求める視線に気づいたが、その場を逃げだした。
翌日、新聞には鈴木くんの死を伝える記事が載っていた。
鈴木くんは周囲に助けを求めたが、誰もが彼を無視した。関わりあいになりたくなかったからだ。鈴木くんは駅前の電話ボックスから電話をかけた。……でも、運悪く友人も家族も誰もでなかった。
そして、鈴木くんはガラの悪い連中に捕まり、さんざん殴られた挙げ句、その場に放置された。その後、病院に運ばれたものの、発見が遅すぎて死んでしまったのだという。
せめて警察に通報してあげればよかった……Aは後悔した。
そんなAのところへ電話がかかってきた。
Aは電話をとる。
「もしもし?」
『……』
相手は無言。
「もしもし? もしもし?」
ぷつん。
電話は不意に途切れた。Aは少し腹をたてながらも受話器を置いた。
途端。
また電話がかかってきた。
「もしもし? 誰なんだよ!」
Aは少し苛立った声で相手に問いかけた。
『……』
「なんとか言えよ!」
『どうして助けてくれなかったの……?』
「誰だ、誰なんだ、おまえは!」
Aは鈴木くんのことを思い出した。
『どうして助けてくれなかったの……?』
「そ、それは……俺は悪くない、俺は、ただ……」
……その後、Aの姿を見た者はいないという。
この話を聞いた人のところに、電話がかかってきて、質問されるらしい。その質問にきちんと答えられないとあの世へ連れて行かれるという。
◇ ◇ ◇
「馬鹿らしい」
最初の一言はそれだった。
予想していたことだとはいえ、こうもはっきり言われてしまうと、こちらとしては返せる言葉がない。微妙な気まずささえ漂うというものだ。
「竹村の友達が体験したっていうよ?」
竹村というのは大学時代の友人のひとりだ。会って何を話してくるかと思えば……こんな話だった。
「本当か? 本当に竹村の友達が体験したのか?」
司は言う。もうかれこれ何年の付き合いになるのかは忘れたが、昔からいつでも冷静で、はっきり、きっぱり、すっぱりものを言う奴だった。それは今も変わらない。
「友達の友達……近そうに思える赤の他人の話だったんじゃないのか?」
うーん……どうだったかな……友達の友達だったっけ? なんて言葉を最初につけて話していたっけかな。
「竹村の友達……の友達……だったかな?」
曖昧に答えるとあからさまなため息をつかれてしまった。難しい表情を浮かべ、片手で軽くこめかみを押さえたあと、僕の肩に手を置く。
「いいか、よく考えろ、了」
「う、うん?」
「二十歳までに忘れないと不幸になる言葉は、なんだ?」
「んーと、ムラサキカガミ」
紫の鏡とか、ムラサキカガミとか言われているその言葉を二十歳までに忘れないと不幸になるとか、死んでしまうという話を聞いたことがある。
「そうだ。そして、おまえは、今、何歳だ?」
「二十三」
「不幸か?」
うーん。どうだろう。特別に幸福だとはいえないが、不幸だともいえない……というか、基準がよくわからない。
「こうして、今、生きている。それだけで幸せなはずだ。それに、万が一……万が一だが、今現在、不幸だとしても、大丈夫」
僕が考えているうちに話を進められてしまった。
「なんでそう言い切れるんだよ……」
あまりにも自信ありげなその言葉に疑問をおぼえ、小首を傾げる。
「不幸と幸福は周期的に訪れるものだ。とはいえ、自分が、今現在、不幸だと思っているとしたら、それが最も不幸だといえるわけだがな」
「はぁ……?」
そういうものなのかなぁ。司の話はたまにわからない。正しいんだか、正しくないんだか、本当のことを言っているのか、適当なのか。いまいちわからない。だが、ただひとつだけ言えることは、司の言葉は僕にとって妙に説得力があるということだ。司が白だといえば、それがたとえ灰色でも白のような気がしてきてしまう。
「おまえはムラサキのカガミというその言葉を忘れなかった。だが、こうして生きているし、不幸でもない。つまりは、このメールを五人の人間に送らないと不幸になるぞというような類のまったく根拠のない話だということだ。おまえが今日、仕入れてきたその話もそれと同じだといえるだろう」
「つまり?」
「信じる方がおかしい」
きっぱりと言われ、僕は再び、言葉を失った。
「べつに! ……べつに、信じているなんて一言も言っていないはずだぞ。僕は、ただ、そういう話を聞いたから、司にも教えてやろうと思って……」
思わず反論した言葉は僕が思うよりもずっと拗ねたような口調だった。なんだか、拗ねているみたいでイヤだな……そんなつもりはないのに。……いや、ちょっとあるかな。本当に、ちょっとだけ。
「拗ねるなよ」
ああ、言われてしまった。ここで拗ねていないと返すのは、なんだかオトナではないような気がする。黙っておこう……。
「で、おまえは、今、不幸なのか?」
司は答えられずにいた問いかけを繰り返す。
「不幸」
べつに本当に不幸だとは思っていないが、そう返しておいた。やっぱり、ちょっと拗ねているのかもしれない、僕は。
「そうか。では、俺が幸福にしてやろう」
そう言って司が差し出したものは、DVDだ。
「なに、これ? ……あ、これは……!」
僕が欲しがっていたやつだ。通常版ではなく限定版が欲しかったものの、予約をしなかったがために、手に入らなかったものだ。
「くれてやる」
「え、いいのっ?」
貸してくれるんじゃなくて、くれるんだ? 本当に? ……わーい、ありがとう、司! だから、さっき、大丈夫だって言ったんだな!
「ああ。幸福になったか?」
「うんっ」
たぶん、僕はDVDを手ににこにこと上機嫌な笑みを浮かべているだろう。
「よし。じゃあ、おまえが幸福になったところで、俺にもその幸福をわけてくれないか?」
「うんっ」
条件反射。思わず笑顔で頷いている僕がいた。