Shakespeareの贋作者
1794年暮れ、William Henry Ireland青年は驚くべきものを発見して、父にそれを見せた(父Samuelは、古物商で熱烈なShakespeareファンであった)。William Shakespeare自身の署名した担保付借金証文が、古い小箱から出てきたというのである。その持ち主は名を明かさない旧家の貴族で、小箱の中からは、劇場の領収証、ShakespeareとパトロンSouthampton伯爵とのとの間で交わされた書簡、Elizabeth女王からShakespeareに送られた書簡、それにShakespeare手書きの『リア王』などが入っていた。Samuelは、息子の反対を押し切ってこれを出版した。但し発見された戯曲『Vortigern and Rowena』と『Henry II』を除いて。これは公演するまで伏せておくつもりであった。感激したJames Boswellはこれらの遺品に跪いて接吻した。この出版によって轟々たる議論が起こった。当時最大のShakespeare学者Edmond Maloneは、1796年3月31日、400頁の著書を出版、詳細な考証の末、これらは贋作だと断定した。その二日後にDrury Lane TheatreでVortigern and Rowenaが公演された。観客は最初は陶酔したが、第三幕のあたりになるとがやがやと騒がしくなり、野次も飛び、遂には中断のやむなきに至った。この劇は[1997年まで]公演されなかった。Ireland青年は、この劇も他の遺品も自分の贋作だと告白した。ところが、父のSamuelが「そんなことはない。これは本物だ」と主張し続けたのである。
[今年4月19日に刊行された]Arthur Phillips, The Tragedy of Arthurは、この贋作事件を扱った小説で、そのうちの111頁はThe Tragedy of Arthur, by William Shakespeareなる戯曲である。その内容はVortigern and Rowena にそっくりで、古い英国君主をめぐる戦争と陰謀と恋の物語である。科白はElizabeth朝風韻文で書かれており、両作品とも気味が悪いほどShakespeare作品の特徴をとらえている。韻律を整えるために文章を膨らませたり短縮したりするところ、難解な言い回しを好むこと、厳粛性と日常性を織り合わすために伝説的な著名人を登場させることなど。Phillipsのこの「物語中劇」は、文学的才能はないがShakespeareを模倣することに心血を注いだ贋作者がいかにも書きそうな文章である。この小説の主人公は贋作者である父で、小説はArthur Phillipsという46歳の小説家がこの「物語中劇」に附した「序文」である。この「小説家」が、故人であるその父親で同名の贋作者Arthur Phillipsの生涯を叙述しているのである。――父は、絵画の贋作から、干物屋の商品券の偽造、一連の詐欺などにより長く獄中生活を送った。作品は本物と見分けがつかないほど精巧なものだが、何れもやがて露見する。「序文」では、面白い人物で才能があるが、まったく信用のおけない犯罪者の父をもった子供の少年時代の体験、その辛酸の体験が縷々語られる。しかしこの「序文」は、著者と出版者の対話という形をとって展開する。著者はShakespeare未知の作品が発見されたと称して、出版社から多額の報酬を受け取るが、これも父の詐欺の一つに相違ないと感じている。出版者の方にはこれが本物であったら、という思惑がある。息子である著者は、父親の犯罪的生き方と縁を切りたいと願っており、良心の証しとして、この「序文」でこれが贋作であることを暴露する。それを補強して、父の犯罪歴と其れに対する抵抗の歴史を物語るのである。この息子には双子の姉妹Danaがいる。父の異常なShakespeare崇拝に巻き込まれまいとして二人で抵抗した。彼の言うことなんて嘘ばかり。約束は破りっぱなし。しかしその父の異常な才能によって、二人もまた父の詐欺と崇拝の世界に巻き込まれていく。DanaはArthurよりもまともで健全なのだが、The Tragedy of Arthurが本物だと思い込まされていく。
結論: 私は作家である。作家の技能は、読者に偽札をほんものと思わせるところにある。こうして私は、贋作者の父の血を享けて作家となったのだ。この作品もまた、贋作の戯曲に附された偽物の「序文」を装った作り話の回想録なのだ、と(Herald Tribune 4/30/2011)。
この書評者は、私(長尾)が最も尊敬するShakespeare学者Stephen Greenblattである。本website「ハムレット父子の幽霊」は彼の著作に依拠している。私がしばしば講義・講演で触れる「煉獄論」は彼よりの「剽窃」である。「剽窃」は工夫も技能もいらないから、「贋作」より遥かに低級である。