14世紀から今[20]世紀初頭まで、旧東ローマ帝国の版図である東地中海を支配したオスマン帝国の再評価は、鈴木董『オスマン帝国』など最近ちょっとしたブームである。広大な領域、多種多様な民族や宗教が存在する地域を、大した混乱もなく、長期に亘って統治し得たのは、その地域が現在中東紛争・ボスニア内戦など混乱の巷であるだけに、奇跡のようにさえ思われる。
他方、日本社会科学界では神聖視されてきたマックス・ウェーバーの宗教社会学の西洋中心主義的偏見を指摘することももう一つのブームで、例えばJakob Rösel, Max Webers Hinduismustheseは、輪廻信仰がカースト制度の神義論だとする彼のインド宗教論を、偏見と資料評価の誤りに基づく架空の構築物だと評している。「超越的なものを欠き、人間関係の調整のみを行動原理とする中国官人に資本主義が想像できるはずがない」という中国論や、模倣に巧みだというだけがその中国と異なるという日本論なども、様々に批判されていることは、周知のことであろう。
本書は『苦情集成』という(17世紀後半の2800の実際の事例を含む)第一次資料に基づいて、ウェーバーの描いた、客観的なルールを欠き、専断的で予見可能性のない「カーディ裁判」というイスラム司法像や、西洋の合理的官僚制の対極物で、公私の別なく、支配者が私的恣意に基づいて支配する家産国家的官僚制として描かれた「スルタン主義」が、まったく実証的基盤のない架空の議論であることを示している。
カーディ裁判の法源は「シャリーア」(コーランその他イスラム教の古典的法源)と「フェストワー」(著名な法専門家の意見)と「カーヌーン」(慣習法)で、何れも公知のもの、それに準拠して行なわれるカーディ裁判は、予見性が高い。ローレンス・ローゼンの研究によれば、モロッコのカーディ裁判においては、硬直した実体法の適用よりも、当事者を交渉と取引に導く手続きが特徴的であるとされるが、そうであるとすれば、オスマン帝国の司法はモロッコよりも実体法主義的であり、それ故予見性においてまさる。
この、法体系の客観性と、権力に対するカーディの独立性の故に、『苦情集成』に収録された事例の多くで民衆は官権に勝訴しており、このような点にも「司法の優位」という法治国的性格が表れている。オスマン帝国は、地方自治やギルド自治を広く認め、異教徒にも寛容な支配であった。利息を禁止する「シャリアー」の規定にも拘らず、不動産を仮装賃貸し、賃貸料の名目で利息を合法化するなど、法は決して固定的でなく、時代に即応して進化した。
思えば、オスマン帝国は、ルネッサンス期地中海商業の貿易相手であり、当時の西欧に対応する初期資本主義的な諸制度を有していても不思議ではない。そう読み易い本ではないが、「ウェーバーの呪縛」から解放されるためにも、一読に値すると思う。(『法学セミナー』1997年3月号)