自由の復元力:ハンス・ケルゼン『民主主義の本質と価値』について

 

 ケルゼンは、本書の冒頭で「自由を求めて社会に叛逆するのは人間性(Natur)そのもの

である」と言い、本書の末尾で「自由の理念は破壊不可能なものであり、それは深く沈め

ば沈むほど、やがていっそうの強い情熱をもって再生するだろう」と言っている。「自然

は事物の最も根源的な本質であり、仮に一時的に逸脱することがあっても、やがてその原

点へと回帰する」という、アリストテレス的な思想を、ケルゼンは民主主義論において展

開している。ここでの彼の論述は、、諸政体の一つとしての民主制への国家学の単なる適

用ではなく、強烈な信仰告白である。

 かつてヨーロッパの支配者であった神聖ローマ帝国の後身オーストロ・ハンガリア帝国

が敗戦によって解体し、小国オーストリアが共和国として発足したその時期に、ハンス・

ケルゼン(1881-1973)は、彼の登用に消極的であったウィーン大学正教授エドゥアルト・ベ

ルナチック(1854-1919)の翻意によって同大学公法学員外教授となり(1915年)、その心臓

病による急死によって正教授となった(1919年)。また彼はその直前の1918年10月末、左右

連立内閣のカール・レナー首相(1870-1950)によって新憲法の起草を委ねられた。この混乱

の時代、未だ海のものとも山のものとも知れない新国家の発足に当って、政治思想家とし

ての彼は、新国家の思想的核心を定式化する役割を与えられたのである。

 その彼が、1919年11月5日、ウィーン法律家協会で行なった講演「民主主義の本質と価

値」が、単なる学問的関心を超えた関心を集めたのは当然であろう。その中で彼は、フラ

ンス革命の思想家ルソーを拠点としつつ、民主主義の原点を自由の理念に求め、自由の最

大化を現実化する制度として民主主義・多党制・議会主義への支持を表明した。最終章に

おけるピラト的懐疑論と見えるものも、神学的政治論やマルクス主義的楽園信仰を排斥し、

現実の国民意志に基づいて政治秩序を樹立するという主張の表現に他ならない。

 この講演を活字にした小著は、その後の経験を反映して、1929年第二版へと拡充された

(本訳書はその邦訳である)。執筆は、同年秋のウォール街暴落に始まる世界恐慌・大動

乱の直前で、独墺政治がインフレ等の経済的混迷を克服し、政治的対立の中でも一応の安

定的秩序を創造したように見えた時期であった。本書は、イデオロギー対立をリアリズム

の精神によって克服しようとする彼の志向を示している。

 ところが世界恐慌は失業者の爆発的増大、イデオロギー対立の過激化を招き、対立は妥

協による合意形成という議会制手続を蹂躙して進行した。本書末尾に付した小論「民主主

義の擁護」(1932年)は、ナチ政権成立直前、彼が民主主義がもはや臨終状態にあると診

断した時期に著されたものであるが、その中でもなお未来における「自由の復元力」への

(祈るような)期待が表明されている。

 冷笑者は、「自由の復元力よりも権威主義の復元力の方が強いのではないか。清教徒革

命・フランス革命の後に王政復古があり、大正デモクラシーの後に『昭和維新』があり、

ゴルバチョフの後にプーチンが登場したではないか」などと指摘するかも知れない。何れ

の復元力がより根源的かは、政治哲学の根本問題であるとともに、保守化する現代日本を

めぐる現実政治的主題でもあろう。