ケルゼン書評(一九一五年):アドルフ・メンツェル『自然法論と社会学』(一九一二年)
まことに気の効いた論文である。ウィーンの公法学者である著者のこの著書は、現代社会学の諸体系が、自然法論の社会理論と同様に、社会的事実の純粋な因果的説明ではなく、道徳的・政治的価値判断を与えるものであることを指摘している。
「自然法論」の名で一括されている教説の内容は極めて多様であるが、メンツェルはそれを、「十六世紀から十九世紀初頭に至る時期の国家論や社会理論において、社会諸現象を解明し批判するために用いられた法学的方法」であると理解している。国家論や社会理論は、個人主義的なものも集団主義的なものも、民主主義的なものも絶対主義的なものも、社会契約という形式的道具をもって構成された。メンツェルが特に注意を喚起するのは、初期の社会主義やアナキズム(バブーフやカベー)も自然法論の軌道の上を運行したことである。自然法論的社会契約説が純粋に形式的なものであることを、著者はフィヒテ国家論の見事な分析によって端的に示している。それはアナキズムから出発し、極端に集権的な理想に達した後、再び出発点のアナキズムに戻ったのであるが、[終始社会契約説の枠組みの内で論じているのである]。これは、個人主義と集団主義の対立なるものは静的考察にとって存在するのみで、思想発展の動態の中では消えてなくなるものだ、ということを見事に示す事例であると思う。偉大な精神の持ち主は、大きな思想変動を経るもので、カントもルソーも、その体系を生きた形でとらえれば、観点によって個人主義者とも呼べるし、団体主義者とも呼べるではないか。
疑いのないことは、大部分の自然法論者が社会契約という構成を用いるに当って、それを現実の契約締結という事実として問題にしているのではなく、日々の法的関係の中でおなじみの契約の中に顕著に表現されている当為の形式を問題にしているということである。自然法論の特色は、社会集団の成立・発展・機能という社会学的問題、社会的存在に向けられた問題を、倫理的・法的構成をもって、即ち法的・倫理的当為を持ち出すことによって答えようとしたことである。認識に代えて正当化を試みたのである(1)。この、契約という構成を手段として遂行された独特の方法的混淆、特殊な存在と当為の綜合、私にはこれこそが(「社会契約」という構成を用いたという点にまして)、自然法論を特色づけるもののように思われる。このことを何よりも明確に示すのは、すべての自然法論を支配する観念、即ち「自然法」の観念である。この観念は、規範が事実の内にあたかも内在しているかのように、事実の単なる認識から規範が知られ、事物の本性自体から規範が顕れることを示している。ここでは価値と事実、当為と存在、法と自然が一体なのである。まさしく自然法思想の全志向を特色づける観念がこの「自然法」という名称に表現されている。
現代社会学の諸理論を批判的に分析して、それらが社会的事実の純然たる認識であると標榜しながら、実は自然法論と同様に規範的要素に貫かれていることを指摘したのは、メンツェルの功績である。特に彼が、自然法論と対決して始まった近代の社会理論(スピノザ、モンテスキュー、ヒューム、特に重農主義者たち)もまた、自然法論と同じ欠点を払拭していないことを示したのは、極めて注目すべきである。重農主義者たちは、現代社会学と全く同様に、人間社会の自然法則を発見しようと志したが、この自然法則なるものは、同時に社会にとって最善で最も理性的な規範でもあった。メンツェルはこの因果説明的方法と規範的方法の混淆を鋭く指摘している。ところがその現代社会学もまた、同様の誤謬を犯しているのである。メンツェルによれば、多くの社会学者たちは、自然法的諸概念を用いなくなったが、その代りに新たな道具を用いて、「意識的・無意識的に、政治的・社会的理念を科学的に正当化し、実践的要請を定立しようとした」。この新たな道具が「発展法則」に他ならない。著者によれば、仔細に見るならば、コント、スペンサー、キッド、オーリュー、ウォード、コスト、ギディングズ、マッケンジー、グムプロヴィッツ、ラッツェンホーファー、要するに殆どの重要な社会科学者たちは、「発展の自然法則」を、事実を説明する原則としてではなく、規範・評価基準としている。特にメンツェルは、コントとスペンサーの唱える発展法則を検討し、両者ともこの発展法則を進歩を実現させるものと解し、内在的価値として捉えていると指摘している。自然法論者たちが、その時々の主観的立場から社会的理想と思われたものを契約の内容として提唱したように、社会学者たちはそれを「発展法則」という形式に包んで示したのである。
自然法論と社会学の並行関係についてのメンツェルの分析の白眉は、フイエ、ブルジョワ、デ・グレーフ、ハクスリーなど、「契約主義者」とよばれる社会学者たちの批判である。彼らは、自然科学的・因果説明的方法に依拠するとしながら、実は社会的事実の解明に社会契約の観念を用い続けている、と。しかし実は、ここでのメンツェルのこの潮流の理解は、完全に正当だとは言い難い。立ち入って考察すると、いわゆる契約主義的社会学者たちにとって契約が果たしている役割は、自然法論者たちとは異なっているのである。既に自然法論者の一部には、社会や国家を創始する契約という想定から気軽に逸脱して、問題設定を曖昧にし、その意味と価値とを喪失した者もいた。契約とは目的志向的な人々の協働の理念型(Idealtypus)であり、国家や社会というような社会現象が、盲目的な力の支配下にある自然現象ではなく、理性的・目的志向的な人間の作為であるという認識の象徴的表現である。この点を押さえておきさえすれば、社会契約説の誤謬は、ただこの人々の目的志向的協働を、社会発展の唯一の要素と考え、しかもそれが社会発展の発端に行なわれたとする点にあるに過ぎない。もし我々が、契約を狭義の法的意味のもの(即ち意志の合致という要件に特定の規範的効果を結びつけたもの)としてではなく、社会学的事実(複数の個人の共通の目的のための意識的・意志的な合意)として捉えるならば、いかなる社会学もこの(社会学的意味の)「契約」を、社会的発展の最も重要な決定要因として考慮しなければならない。この意味では「契約」は、多くの社会現象の中で反復され、社会的事象の解明に不可欠であるような事実的過程である。そして現代社会学における「契約主義」思想の核心は、概してこのようなもので、特にこの傾向の代表者アルフレッド・フイエの観点はまさにそれである。フイエは、意識や意志をもたず、盲目的な自然力によって作りだされる統一体としての生物学的有機体と、意識的・目的志向的協働である「契約」が加わって作られる社会的統一体を対比した。フイエの理論は、契約の要素が社会発展の進歩した段階で初めて大きく作用すると考える点で、自然法論者と異なっている。
メンツェルの社会学諸体系に対する方法論的批判は、いわゆる科学的社会主義についても有効性を示しているが、示唆的・断片的言及に留まっているのが残念である。しかしそれでもメンツェルは、因果説明的考察様式と規範的考察様式との混淆という、彼が他の現代社会学の諸体系の誤謬として指摘しているものが、マルクスの史的唯物論において一層顕著に表れていることを指摘している。自然法論が社会学的問題に倫理的・法的理論構成によって答えようとしたのに対し、科学的社会主義は倫理的・法的問題に社会学的に解答しようとした。蓋し社会理論の、特に社会主義理論の展開に動機を与える「社会問題」とは、本来的に社会正義の問題である。「科学的」社会主義と標榜するものも、そのそれを生み出した心理に目を向ければ、既存の社会秩序の批判に始まり、理想の定立に終るものである。ところがその提唱者たちは、「我々は、社会現象に、自然科学に可能な限り接近した、純粋に因果的説明を与えようとするものだ」と標榜し、他の多くの社会理論と同様、社会現象の特殊的な自然法則を探求するのみならず、人類社会の普遍的発展法則を探求する。彼らは、ヘーゲルの発想を借りつつ、この法則を、原始共産制から私有財産制の段階を経て共産制に戻る「否定」(Negation)の法則と呼ぶ。それはともかく、重要なのは、マルクスやエンゲルスが、コントやスペンサーと全く同様に、社会の自然法則的発展を進歩・上昇として捉えていることである。ということは即ち、それを規範として捉えていることに他ならない。まさしくこの存在と当為の未分離、現実と価値の同一視において、私的唯物論がヘーゲル精神の嫡出子であることが示されている。
マルクス主義は因果説明であるが、同時にそれに加えて歴史批判である。マルクス主義に常に付き纏っているこの二重性こそ、その因果説明的観点と規範的観点の混淆を紛れもなく、隠れもなく示すものである。社会批判はマルクス主義の理論上・実践上最も重要な業績であるが、それは現実を評価する規範なしには不可能である。この社会主義は理論的・科学的体系であるのみならず、実践的・政治的綱領でもある。従って、純粋の認識と称されているものと、(上面(うわつら)で、言葉の上だけで覆い隠されている)規範的指針の間の矛盾という問題は、マルクス主義のもつ問題点に生命線に関わるものである。この、事実から価値を導き出す詐術はまさに自然法の詐術であり、それは二つの形態をとる。その第一は理論体系内部の問題である。マルクス主義は、過去の社会事象の認識から論理的推論によって社会的理想を導き出し、その理想を予言の衣にくるんでいる。特定の原因の所与から未来の結果を予測することなどできない以上、因果説明の枠内で未来の予測をすることは不可能であり(所与の結果から過去の原因を探索し、説明することと、所与の原因なるものから未来の結果を予言することとは全く異なる)、そこで結果と称して(因果説明的用語の仮面の下で)要請(Postulat)が示される。古来楽観論者は「こうなるだろう」と語り、悲観論者は「昔はこうだった」と語る。しかし悲観論・客観論は常に当為を述べているのである。唯物史観は楽観論であり、その楽観の内容は実は規範である。――詐術の第二の形態は、過去及び未来の認識から政治闘争の規範を導き出すことで、存在と当為の公然たる混淆である。仮に歴史が必然的に共産主義に向うとしても、そのことから個人がその実現に向けて闘うべきだという帰結は論理的には生じない。科学的根拠に基礎づけられた「党綱領」なるものは、規範以外のものであり得ようか。それが自然法則によって正当化された規範、必然の認識から導き出された当為だというのである。そうでないとすると、科学的社会主義は、理論的に認識された未来と倫理的・政治的綱領とが偶然に一致したとでも本気で主張するのだろうか。社会学の諸理論の中で、「科学的社会主義」の特色は、「現在の自然法論」と呼ぶのが適当であろう!
メンツェルがたった一人自然法的逸脱を避けている現代の社会学者としてゲオルク・ジンメルの名を挙げているのは極めて注目すべきである。なぜジンメルがそうなのかと言えば、彼が社会過程の内容に立ち入らず、社会発展の自然法則を研究せず、もっぱら社会関係の形式のみを考察しているからであるという。そうだとすれば、社会の実体に関する動態の認識は、社会の静態の形式の考察のあとで行なうべきもののようである!
(1) この点については拙著『法学的方法と社会学的方法の差異について』(一九一一年)[本著作集IV所収]参照。