教養学科案内

 

   長い間、ヨーロッパの大学は、神・法・医・哲の四学部から成り立っており、この四学部を比較する小話がいろいろある。その一つ、

         「神学者・法学者・医学者・哲学者が地中海を船旅していて、海賊船につかまり、アルジェの奴隷市場に売りに出されたが、売れたのは医学者だけだった」

   これは文科系の学問が何の役にも立たないという、理科系の人々の偏見が中世にまで遡ることを物語っている。カントは、「学部間の争い」という小文の中で、「神学は罪多き生涯を送って、天国の門が閉まる直前にそこに駆け込む方法を教え、法学は不法行為をしながら訴訟で勝つ方法を教え、医学は不摂生をして病気にならず、長生きする方法を教える。そういう不純な動機と結び付かないのは哲学だけだ」と言っている。そのカントは、『純粋理性批判』で神の存在の証明可能性を論じ、『道徳形而上学』で刑罰や契約の拘束力の基礎を論じ、太陽系の起源に関する星雲説を唱えるなど、様々な領域で学説史に名を残しているが、当時哲学とは、このようにあらゆる領域に向って「知の愛」の営みを及ぼすことを意味した。

   私は、このようなカント的な哲学の理想を最も忠実に承継しているのは教養学科ではないかと思うのである。カント死後の十九世紀、学問の分化が急激に進行した。日本が西洋的な大学制度を導入したのは、この分化が止め難く進行しつつあった十九世紀後半であり、そこで当然のことのように、人間・社会・自然の認識を学部・学科・講座に分断して、あたかも各研究室ごとに別々の認識原理があるかのような研究体制が作り出された。

   第二次大戦後、新たな大学制度とともに、東京大学に教養学部及びその後期課程としての教養学科が発足した時、設立当事者の意識の中にあったのも、学問の分断状態への批判であったと思われる。マシュー・アーノルドは、その『教養と無秩序』において、教養とは「我々に関わるすべての重要問題について、全世界で考えられ語られた最善のものを知ることにより、統合的完成(total perfection)を追求すること」と定義しているが、この定義で注目すべきことは、教養が静的状態ではなく、追求(pursuit)という動的な過程とされていることである。このような心的態度を将来の知的指導者が共有することによって、分業によって解体しようとしている現代社会の統合性を保障し、また専門分化によって分断された研究者の視野を巨視的に捉え直そうとしたのである。

   一九九一年、教養学科が発足して四十年を迎えた。これは当時二十歳の学生であった教授たちが定年を迎えられたという点でも記念すべき年である。この間の歴史を回顧して見ると、第一に感ずることは、当初抱かれた、本郷に進学できない学生の溜まり場になるのではないかというような不安は全くの杞憂に終り、優秀な学生たちが連年進学してきたこと、第二には、教官たちからも、卒業生からも、各界で創造的な活動を続ける優れた人材を多数輩出させたこと、そして第三には、この駒場の地から、文化人類学・国際関係論・表象文化論など、新しい学問分野を生み出し、発展させたことである。

   また、教養学科は専門をもたない「教養人」を作り出すものだという認識、late specializationといって、大学卒業まで学生たちを「専門以前」の状態に留めておく場所だという認識は、実際にそぐはないということも、特筆さるべきである。専門とは、学科や講座とともにあるばかりでなく、テーマとともにある。教養学科の教育上の最大の重点は卒業論文におかれており、学生たちは、既存の諸学問の成果を比較衡量しつつ、自分の選んだテーマについて徹底的に研究し、場合によっては第一級のエキスパートにさえなる。卒業論文の学問的価値が認められて、学会誌に掲載された例も決して稀ではない。

   上述のような意味での教養が実用的でない(奴隷市場で売れない)と考えるのも誤解である。社会が求めているのは、むしろ個々の限定された視野を超えて物事をとらえる判断力である。その上に、教養学科卒業生には、国際性、即ち諸外国の歴史や現状に対する深い認識、そして何よりも語学力という重要な財産がある。教養学科第二のフランス科では卒論をフランス語で書き、ドイツ科はドイツ語で書くのである。実際卒業生たちの進路表を見るならば、企業であれ、官庁であれ、ジャーナリズムであれ、先輩たちの大部分は、各々が最も自分の適した職域に進出したという印象を受ける。

   教養学科の「贅沢」の一つは、その大部分の講義が小人数講義であることである。講義が、学生の一つの質問によって、俄かに討論会に転化することもしばしばある。学生は、学界の頂点に立つような大学者たちと、日々対話し、討論することができるのである。

   教養学科にも「贅沢な悩み」がある。それは進学振り分けの点数が(特に文三の場合)高すぎて、教養学科の理想に共鳴し、そこで学ぼうという意欲をもった学生の希望が、点取り虫風の学生によって挫折させられることがしばしばあることである。しかし一生懸命高い点数を取ろうとする学生の多くも、恐らくは教養学科の理念に共鳴し、そこで学ぼうという意欲の故にそのような努力をするのであろうから、こういうことを思うのは、天に唾するものかも知れない。(『教養学部報』1992年)