Jerusalem陥落の光景?

  戒律違反に対する神罰の列挙の中のレヴィ記26:34「その地荒れ果てて汝らが敵の国に居らん。その間地は安息を楽まん」。意味がわかりにくい。anachronismのようだが、後世に書きこまれたもので、Babylon捕囚によってJerusalemが無人の地になり、土地の毎日が安息日のようになっている、という意味ではないか。――と思ってweb sitesを見ていたら、やはり、レヴィ記のある部分は postexilic期に成立したP資料(Ezra周辺のpriestly writersの執筆)、450年頃、とある(http://mb-soft.com/believe/txs/leviticu.htm)。捕囚を神罰として描いたもの。「地が安息を楽しむ」とは「人間が煮え湯を飲む」と対比するJewish jokeのsarcasmであろう。 ――そう思うと、ここで列挙されている戒律違反への神罰の列挙は、未来の懲罰への予告ではなく、Jerusalem陥落期からのユダヤ人の体験の記述ではないか、と思われてくる。肺病・熱病・眼病・精神病。播いた種は敵に喰われる。殺戮・異民族支配・逃亡。野獣襲撃。閑散たる街路。飢餓で息子の肉、娘の肉を喰う。祭壇破壊。離散、武装集団による追跡。農地荒廃・都市滅亡。敵国への虜囚。「10人の女が一個の炉でパンを焼き、一人当たり僅かの分量を量って配る」「木の歯の動く音にも驚いて逃げ」「追う者のないのに躓き、折り重なって倒れる」「敵の土地でやせ衰える」など極めて具象的で、Kelsenが延々と引用したのは(「聖書における正義」『著作集VI』pp.301-3(What Is Justice? pp.40-41))、ナチ期の体験と連動したからであろう。最後のsentenceは捕虜収容所や強制収容所の光景を連想させる。