国際法違反行為に対する個人責任(Part II of
Hans Kelsen, Peace through Law, 1944)
1. 戦争開始者の個人責任
戦争抑止・国際平和維持のための最有効な手段の一つは、政府の一員として戦争を開始し、あるいは戦争を挑発した個人の責任を規定する規範を制定することであろう(1)。「戦争は不法に対する反動としてのみ、即ち制裁としてのみ許容され、そのような性質をもたない戦争は不法行為・国際法違反である」とは、一般国際法の基本原則で、この原則こそ正戦論の内容をなすものである(2)。国家政策としての戦争を違法化したブリアン=ケロッグ条約は、殆どすべての国家がその締約国である。開戦は一般国際法上、ブリアン=ケロッグ条約上違法であり、更に不可侵条約のような二国間条約違反でもあり得る。
ドイツがポーランドとソ連に、イタリアがフランスに、日本が中国と米国に開戦したのは、一般国際法の正戦原則違反であるのみならず、これらの枢軸国も締約国であるブリアン=ケロッグ条約違反でもある。その上ドイツは、ポーランド及びソ連との間で不可侵条約を締結しており、その開戦はそれへの違反でもある。第二次大戦は人類史上最大の道徳的犯罪であり、そこでの戦争犯罪者、特にそれを開始した人々を罰すべきだという議論があるのは当然である。
戦争開始者の処罰とは、団体としての国家そのものでなく、個人が自ら、あるいはその命令によって、あるいはその授権に基づいて犯された行為について、その個人の責任を問うことである。多くの著作者たちは、「国際法が国家そのものに対して定めている制裁、即ち復仇と戦争は、刑法の意味における犯罪ではない」と主張しているが、国家に対する国際法の制裁と個人に対する刑法の制裁の相違はそれほど明らかではない。刑罰とは、応報ないし予防の目的による生命・自由・財産の強力的剥奪であり、この定義は戦争・復仇という国際法上の制裁にも当てはまる。「行為者が違法な心意(悪意・故意・過失)をもつことが犯罪の要件であり、国家にはそれが欠けているから、国家に対する刑罰ということはあり得ない」と主張されることがあるが、犯罪には犯意(mens rea)が必要だという原則は例外のない原則ではない。故意・悪意・過失なしに個人を罰する「絶対責任」(absolute
liability)とよばれるものもあり得るし、近代刑法においてすら皆無ではない。一部の著作者は、国家がその行為への責任を問われるのは、それを行なった国家機関に故意・悪意・過失がある場合のみであると主張している(3)。しかし「国家は心をもたないのだから、団体としての国家そのものが犯意をもつことはあり得ない」という議論は決定的なものではない。国家は個人を通じてしか行動できない。国家行為とは国家機関としての個人がその権限内で行なった行為であり、その行為が国家に帰(impute)されるのである。「故意・悪意・過失」によって国家機関が行なった行為は、不法行為として国家に帰され、国家が犯意をもっていたとして責任を問われることも不可能でない。国家は物理的肉体をもたないが、個人の物理的行為を国家に帰すことが可能である以上、魂のない国家に心理的行為を帰することも不可能ではない。「国家に帰する」とは自然的現実の描写ではなく、法的構成なのだから。
「法人は不法行為を犯し得ない」(Societas
delinquere non potest)という支配的原則を論駁し、国家も犯罪を犯し得るのだということを証明するために、「法人としての国家は単なる法的擬制ではなく、実在であり、超人間的有機体である」というようなことを主張するのは見込みのない試みである(4)。問題の核心は、国家が法的擬制か実体かではなく、国家に対する制裁(戦争や復仇)が「刑罰」と解釈され得るかにある。そしてそういう解釈は可能である。ただ国際法上の国家に対する制裁と近代刑法上の制裁には重要な相違もある。
その相違は、(少なくとも近代刑法上の)刑罰は個人責任主義であるのに対し、国際法上の制裁は団体責任主義に立脚していることである。刑罰は違法行為者個人に、犯罪行為を行なったその当人に向けられるのに対し、復仇と戦争という国際法上の制裁は、国際法違反の行為をした個人に向けられるのではなく、国家そのものに向けられる。即ちその行為を行なった訳でもなければ、それを抑止する可能性ももたなかった諸個人・国民に向けられるのである。制裁は、ある国家の国家機関が違法行為を行なった場合に、その国民に向けられるのである。「制裁は誰に向けらるべきか」という問いに対し、国内刑法は特定の個人をもって答えるが、国際法は不法行為を行なった人物の一定の法的関係に立つ一群の人々をもって答える。即ち国家機関の不法行為について、その国家の国民が制裁を受けるのである。これが団体責任というものであり、「国際法上国家がその行為の責任を問われる」という命題の意味は、国家機関の行為について国民が団体責任を負うということである。「国際法は個人でなく国家に義務を課する」という命題も、復仇と戦争という国際法上の制裁は、個人責任原理でなく団体責任主義に従って適用されることを意味する。
2. 一般国際法上の個人責任
国際法は団体責任主義に立っているという原則には重要な複数の例外がある。一般国際法にも、違法行為を犯した個人に制裁が向けられる場合がある。海賊行為(piracy)禁止はその一つである。公海上における海賊行為については、各国家は海賊を攻撃・拿捕・処罰する権限をもつ。但しある国家の国民や艦船が海賊行為を行なったとしても、制裁の対象は個人としての海賊のみで、その国家に対し戦争ないし復仇を行なうことは国際法上認められない。各国に海賊追及権を与えるこの規範は、公海自由の原則というもう一つの一般国際法上の原則の修正でもある。国際法が海賊を攻撃・拿捕・処罰する権利を各国に与えないとすると、この行為は公海自由の原則の違反となるであろう。公海自由の原則を制約し得るものは、やはり一般国際法規範でしかあり得ない。海賊にどういう処罰を科するかは各国国内法に委ねられ、その裁判は各国の法廷に委ねられているが、だからといって海賊行為が国際法上の不法行為でなくなったり、その処罰が国際法上の制裁でなくなったりする訳ではない。国内刑法によって海賊に一定の刑罰を科し、国内法廷において海賊を罰する国家は、国際法を執行し、国際共同体の機関として行動しているのである。それはB国の侵害に対し復仇を行なうA国が国際共同体の機関として行動しているのと同様である。復仇は被害国の機関によって執行されるが、その法的根拠は国際法であり、国際法上の制裁である。国内裁判所で海賊を処罰するのもそれと同じことで、その裁判所は、復仇の場合にそれを執行する行政機関や軍と同様の地位に立つ国家機関なのである。海賊を禁止する一般国際法規範は、直接個人に義務を課し、個人の責任を定める国際刑法(international
criminal law)の規範である。従って「国際法はその本質上個人に義務を課することはできず、刑法的性質をもち得ない」という教説は正しくない。
個人を直接義務づけ、個人責任を定める一般国際法上の規範には、他に封鎖(blockade)違反や禁制品(contraband)所持に関する規範がある。この場合国際法は、制裁対象の個人を直接特定するのみならず、制裁の内容も特定する(艦船及び貨物の没収)。封鎖や禁制品の問題を裁く国内裁判所は、国際法の執行者であると同時に国内法の執行者であり、国際法の機関であると同時に国内法の機関でもある。この制裁が「刑罰」なのか、民事執行に近いものなのかという議論は重要でない。重要なことは、国際法規範が(封鎖違反の艦船所有者や禁制品所持者について)個人責任を定めていることである。
一般国際法が直接個人の義務や責任を定めているもう一つの事例に非正規戦闘行為(illegitimate
warfare)(時に「戦時犯罪」(war crimes)とよばれる)に関する諸規範がある。一般国際法は、敵国の正規軍に属さない個人が占領国軍に対して武装闘争を挑む場合につき、占領国軍がこれを犯罪者として扱い、処罰することを認めている。その行為が被占領国の国内法に徴して犯罪でなく、占領国は被占領国民に原則として被占領国の法を適用する義務があるに拘わらず、である。非正規戦闘行為は国際法によって直接禁止されたもので、それを罰する軍事法廷は、自国の軍事法規を同時に適用する場合でも、国際法規範の執行者である。もし国際法が占領国に被占領国民による非正規戦闘行為を罰する権利を与えているとすれば、「国際法は国家間関係のみの法で、個人が武器を取って敵と戦うことを禁止できない」と述べるのは一貫しない。なぜなら法的に「禁止する」とは、ある行為に制裁を結びつけることに他ならないからである。占領国に非正規戦闘行為を処罰する「権利」を与えた国際法は、行為者の自国法によって禁止されていないこれらの行為を禁止しているのである。
一国の領土内において、他国に有害な行為を行なう私人の行為も国際法違反行為となり得る。例えば特定の諸個人がA国の領土内においてB国への軍事遠征の準備をする場合など。これらの行為に対しては、A国の行為ではないが、A国がそれを抑止する義務を有する場合、あるいは予防が不可能な場合には行為者を罰して損害賠償を支払わせる義務を有する場合には、A国が責任を負う。このような場合は、自国の行為でないものについての代理責任(vicarious
responsibility)とよばれる。この場合犯人を罰するA国は、同時に国内法をも適用していたとしても、国際法の適用者である。国内法がその行為に制裁を結びつけていたとしても、そのこと自体が国際法の執行なのである。結論としては、国際法は個人に他国に有害な行為を慎む義務を課しており、個人責任を定めているのである。
3. 個別国際法の定める個人責任
国際法違反に対して個人の責任を問うことが、条約などの個別国際法によって定められることもあるのは当然である。その一例として挙げられるのは、一九二二年二月六日にワシントンで締結された潜水艦に関する条約である[フランスが批准しなかったため発効しなかった]。同条約第三条は、商船に対する攻撃・拿捕・破壊によってその条約の規則を侵犯した者は、上官の命令の下にあると否とを問わず、「戦争法規ヲ侵犯シタルモノト認メラレ、海賊行為ニ準シ審判処罰セラルヘク、且右違反者カ何レカノ国ノ法域内ニ於テ発見セラレタルトキハ、当該国文武官憲ノ審判ニ付セラルヘキコト」を定めている。
一般国際法上は、国務遂行中に国際法規範を侵犯した個人は責任を問われないが、条約でその責任を問うことは可能なのである。ワシントン条約は、その効力を締約国以外にも及ぼした点に問題があった。後述するように、国家機関として行動した個人が国際法を侵犯した場合、他国はその者の本国の同意がなければ、その行為の責任を問われないからである。「ワシントン条約の規定に違反した行為は海賊行為とみなされる」という擬制を用いてこの困難を克服しようとする試みは無理である。確かに海賊行為なら、国際法は個人責任を定めているが、ワシントン条約違反行為は海賊行為ではないからである。海賊行為は国家行為ではあり得ないが、ワシントン条約の定める海賊行為は国家行為であり得るし、たいていはそうだからである。
一八八四年三月一四日にパリで締結された海底電信線保護万国連合条約もまた、個人に直接義務を責任を課する国際法規範の事例である。その第二条は以下のように定めている。
故意ト疎虞懈怠トヲ問ハス海底電信線ヲ切断又ハ破損シ因テ電気通信ノ全部又ハ一部ヲ妨害シ若ク ハ不通ニ到シタルトキハ之ヲ罰スヘキモノトス但損害賠償ノ為メ私訴ヲ起スモ妨ケナカルヘシ。
この条項は、個人の行為について国際法が直接不法行為と定め、それへの刑事上・民事上の制裁を定めたもので、この条約は各国が各々の国内法によって第二条の定める行為に対する制裁(刑罰と民事強制執行)を具体化するよう義務づけており、その船上で第二条に定める行為が行なわれた艦船の属する国家はその制裁を執行する義務を負うと定めている。海底電信線を損傷した個人を罰し、不法行為への損害賠償を命ずる国内裁判所は、(同時に国内法を適用しているにせよ)、国際法の執行者であり、個人も(国内法も同一の義務を課しているにせよ)、国際法の定める不法行為を行なわない義務を国際法によって課されているのである。即ちその刑事上・民事上の責任は、国内法に加えて、国際法上に直接定められたものでもある。もっともその裁判所の属する国家の憲法は、裁判所は自国法のみを適用すべしと定め、国際法の国内適用に際しては、いわゆる「国際法の国内法への変形(transformation)」を要求している場合もあり得る。しかしその場合でも、上記の解釈は間違っていない。仮に憲法が国際法の国内法への変形を要求していたとしても、変形のために行なわれた法律の制定やその法律を適用する裁判所の判決は、やはり国際法の執行であり、国家に課された国際法上の義務の履行であって、国家の立法機関や司法機関は国際法の機関として行動しているのである。
4. 国家行為に対する個人の責任
この戦争の仕掛け人たち、戦争に道徳的責任をもつ者、一般的・個別的国際法を無視し、国家機関として戦争を惹起し、あるいは挑発した者たちに対して、被害諸国が責任を問うべきだとは、世論の要求するところである。この要求に国際法に適合するかたちで応じようとすれば、処罰の対象となるべき人々の犯した行為が国家行為であることを考慮に入れなければならない。彼らの行為は、一般国際法上政府の行為であり、政府の命令ないし授権によって行なわれた行為なのである。
「ある行為が政府の行為である」という命題のもつ法的意味は、その行為がその行為者ではなく、政府に帰(impute)されるということである。国家行為を実行するのは個人以外ではあり得ないが、その個人の行為が国家に帰されるならば、その行為の責任をとるべきなのは国家である。そして一般国際法に関する限り、その行為の被害国は、国際法違反行為の帰される国家に対し戦争ないし復仇に訴えることができる。前述したように、この制裁は個人責任でなく集団責任である。行為者個人でなく国家に帰される責任は、一般国際法上、加害国の合意がなければ、行為者個人に問うことはできない。国家と国家機関ないし国民との関係は、国内法によって規律され、国内法においても同様に、国家行為については個人が責任を追及されることはない。国家行為は個人に帰されず、国家のみに帰されるのである(5)。被害国が国際法上なし得るのは、国際法違反行為の加害国に対して責任を問うことのみであり、その国に対して復仇や戦争をなし得るのみである。被害国の法廷で他国の行為を追及することは、他国に対する管轄権を行使することであり、「いかなる国家も他国の管轄に服することはない」という一般国際法の原則に反する。国家の法的実在は、国際法に従って国家行為を担う個人の行動として現実化する。そこで「いかなる国家も他国の管轄に服することはない」という一般的に承認された原則は、いかなる国家も他国の行為について民事上・刑事上の管轄権を主張することができないことを意味する。「一国は他国の管轄権に服さない」という原則は、通常「人格」としての国家そのものが他国の管轄権に服さないことのように説かれているが、国家の「人格」なるものは法学上構成された概念に過ぎない。他国の管轄権に服さないのは、政府の行為、政府の命令・授権によって行なわれた行為という意味での国家行為である。「一国の裁判所は他国を裁かない」という一般に認められた原則は、裁判所が他国の行為を裁き得ないという意味である。それ故、この原則は被告が「X国」「X国という法人格」と指称される場合ばかりでなく、被告が「X国の行為を行なった個人」である場合を含むのである(6)。一般国際法によれば、国家行為に対する国家の団体責任は、政府の一員としての行為、政府の命令・授権による行為に対する個人の責任には及ばない(7)。これは一国の行為は他国の管轄権に服さないという原則の帰結である。この原則には例外があり得るが、その例外はすべて、原則を修正する慣習国際法ないし条約の定める特則に根拠をもたなければならない(8)。
この点に関しては国家元首と他の国家公務員との間に相違はない(9)。「国家元首が国家機関としての資格で行なった行為について個人として他国に責任を問われない」という原則は、一般国際法上国家元首に認められた他国の刑事・民事の裁判権からの免責特権によるものではなく、国家行為に対する国家元首の免責は、「いかなる国家も他国の国家行為について裁判権を主張し得ない」という国際法上の原則の帰結である。他国の刑事・民事裁判権からの国家元首の免責特権は、国家元首の国家行為でなく、何よりも私人としての国家元首が他国で犯した行為に関わるもので、それ故国家行為など行なわない元首の妻にも同様の特権が認められている。治外法権という個人的特権としての元首の免責特権は、在位中にのみ認められ、廃位・退位・任期切れの後には認められない。それに対し、元首の行なった国家行為は、在位中に行なったものであれば、廃位・退位・任期切れの後でも、個人として他国に責任を追及されない。責任を追及されるとすれば、その行為は国家行為でなかったからである。治外法権という個人的特権は平時に限定されたもので、戦時には認められないが、「国家は他国の行為について管轄権を主張し得ない」という原則に基づく国家元首の行なった国家行為の免責は、その元首が捕虜として敵国に抑留された場合にも適用がある。「国家は他国の行為に管轄権を主張し得ない」という一般国際慣習法の原則が開戦によって停止され、交戦国間には適用されないという主張には充分な理由がない(10)。
個人が責任を免除される場合にも、国家の「本来の責任」に基づくものと、国家の「代位責任」に基づくものとがある。前者は国家の団体責任によるもので、後者は政府の命令ないし授権に基づくものではなく、従って国家自身の行為でない、個人の国際法違反行為に対する責任である。後者の場合には、国際法違反行為に対する個人の責任を排除しない。否、国家が個人の行為について責任をとるというそのこと自体が、国際法上国家が違法行為を行なった個人を処罰し、その不法行為によって生じた損害を賠償せしめる義務を負っていることを示している。
個人がその行なった国家行為の故に他国の裁判所ないし国際法廷で罰せられ得る根拠としては、処罰される行為を行なった国家が締結した条約がそれを定めているということが原則として必要である。この個人に対する裁判権は、条約によって国内裁判所ないし国際裁判所に授権されたのである。それが国内裁判所である場合には、その裁判所は、少なくとも間接的には、国際裁判所としての役割を果たしている。その場合、裁判官は一国の政府によって任命されたものであるから、その構成(composition)は国家的なものであるが、その裁判権の法的根拠(legal basis)は国際法にある。
国内法は他国の国際法違反行為に対する制裁を定める規範を含んでいない。一般国際法ないし個別国際法の規範を無視して開始された戦争行為は、戦争遂行行為を規制する国際法規範に対する違反行為と同様、国際法違反行為であって、国内刑法に対する違反行為ではない。戦争を開始したことを犯罪として罰する際に裁判所によって適用される実体法は国際法以外ではあり得ず、処罰の根拠となる条約の内容は、要件としての不法行為と効果としての刑罰の双方を定めるか、効果としての刑罰の内容を裁判所に授権するものでなければならない。「国内裁判所は国家の立法機関が制定した規範のみを適用すべきである」ことが憲法その他によって定められている場合には、他国の機関として国際法違反を犯した個人を罰する権限を国家に授権する国際法規範はその国家の国内法規範に変形されなければならない。自国の国家行為として行なった個人を罰する権限を裁判所に賦与する条約は、その行為が行為時には犯罪でなかった場合には、遡及効を定める国際刑法規範だということになる。一般国際慣習法には、遡及効をもった規範、いわゆる事後法(ex post
facto law)の制定を禁止する原則は存在しない。しかし多くの憲法はその種の法規を明文で禁止しており、「行為時に不可罰であった行為に刑罰を科してはならない」という原則は、文明諸国の多くによって承認された刑法の原則である。一部の著作者は、実証主義の立場を離れて、慣習・条約のみならず、「法の一般原則」も国際法の法源であると唱えているが、理論的に疑わしいもので、仮にこの説を受け容れたとしても、第二次大戦に対し道徳的に責任のある人々を処罰する条約を定めてはならないということにはならない[罪刑法定主義は「法の一般原則」であるから、それに反する条約は国際法上禁止されているという主張に反論したもの]。実定国内法においても、遡及法禁止の原則には多くの例外が認められている。遡及刑罰禁止の原則の根拠は、行為時にある行為が違法であることを知らず、また知り得なかった個人にはその行為への責任は問い得ないという道徳的観念である。しかし行為時にある行為が法的には違法でないが道徳上悪であった場合に、それを罰するのは法的には遡及的でも道徳的には遡及的ではないから、その法も遡及刑罰禁止の基礎をなす道徳的観念に反するものではない。このことは、国家機関として国際法を破った個人の責任を定める条約については特に当てはまる。彼らは行為時に道徳的に悪であるのみならず法的に違法であった国際法違反行為について責任を問われているのである。その条約は道徳的責任を法的責任に変形したものに過ぎない。事後法禁止の原則は、そのような条約には適用できない。
5. 第一次世界大戦及び第二次世界大戦における戦争犯罪問題
一九一九年三月二九日に講和予備会議(Preliminary
Peace Conference)に提出された報告書の中で、「戦争開始者の責任と刑罰執行に関する委員会」(Commission
on the Responsibility of the Authors of the War and Enforcement of Penalties)は、「可罰行為(culpable acts)」を(a)「世界戦争を挑発し、開戦に導いた行為」と(b)「戦争法(laws of war)、戦争慣例(customs of
war)、人道法(laws of
humanity)に対する違反」に二分している。同委員会は戦争挑発行為について、それを為した者を訴追せず、法廷で取り上げないことを勧告している。ところがヴェルサイユ講和条約は、その二二七条において下記のように規定した。
同盟及連合国ハ国際道義ニ反シ条約ノ神聖ヲ涜シタル重大ノ犯行ニ付前独逸皇帝「ホーヘンツォルレルン」家ノ維廉二世ヲ訴追ス
右被告審理ノ為特別裁判所ヲ設置シ被告ニ対シ弁護権ニ必要ナル保障ヲ与フ該裁判所ハ五名ノ裁判官ヲ以テ之を構成シ亜米利加合衆国、大不列?国、佛蘭西国、伊太利国及日本国各一名ノ裁判官ヲ任命ス
「国際道義ニ反シ条約ノ神聖ヲ涜シタル」という定式は不真面目で一貫性を欠いている。元皇帝の刑事訴追を要求した真の理由は、彼が戦争開始の主導者であり、戦争開始を犯罪だと考えたからである。二二七条が「国際道義違反」を掲げたのは、国際法違反という言葉を避けたからであるが、道義[道徳]違反行為に対し条約という法規範が、法廷で裁かるべき刑罰を定めるとすれば、それはある行為を事後的に違法行為とすることを意味する。二二七条はまた「条約ノ神聖」に対する罪と述べているが、それは彼の行為が条約違反、国際法上の不法行為であったことを意味している。
それに対し前述の委員会(Commission)が責任追及について否定的勧告をした理由は、第一に「侵略戦争は直接実定法に反するものとは考えられないこと、本委員会が審議を委託された事項を裁く法廷において勝訴の可能性が乏しいこと」で、第二に「いざ戦争開始に関する調査をするとなれば、それはヨーロッパ諸国において長年に亘って生じた諸事実に及ぶ徹底的(exhaustive)なものでなければならず、困難で複雑な多くの問題を提起せざるを得ない。そのような問題の調査は、国際法・国際慣例違反者を裁く裁判所より、歴史家や政治家に委ねらるべきものであろう」ということであった。
もっとも侵略戦争が実定法に反しないというこの主張の正当性は、控え目に言っても疑わしい。正戦原則(principle of
bellum justum)は、確かに多数説とは言えないが、多くのすぐれた著者が実定法規範であると唱えている。それより何より、ヴェルサイユ講和条約やその他の一九一九年から一九二〇年にかけて締結された諸条約が正戦原則を確認している。
諸条約は敗戦諸国に対し補償(indemnity)でなく賠償(reparation)を求めた。一般国際法上賠償義務は国際法違反に加えられる法的効果とされており、諸条約が戦時補償でなく賠償を求めたことは、戦争による被害が違法に惹起されたと解釈していることを意味する。賠償も一般国際法上の概念であるが、諸条約はそれに細目の規定を加えた。ドイツの戦争責任を定めたヴェルサイユ条約二三一条の規定がそれである。
同盟国及連合国政府ハ独逸国及其ノ同盟国ノ攻撃ニ因リテ強ヒラレタル戦争ノ結果其ノ政府及国民ノ被リタル一切ノ損失及損害ニ付テハ責任ノ独逸国及其ノ同盟国ニ在ルコトヲ断定シ独逸国ハ之ヲ承認ス
戦争が「独逸国及其ノ同盟国」によって「強ヒラレタ」(imposed
upon)と述べられていることは、ドイツとその同盟諸国が戦争開始によって国際法違反を犯したと判断していることである。そうでなければ損害は違法に生じたものではなく、それに対する賠償要求は正当化されないであろう。「戦争の罪」(war guilt)の観念は正戦論の基礎の上にのみ成立し得るのである。
第二次大戦の開戦時は、第一次大戦の開戦時とは法的状況が異なっていた。枢軸諸国も侵略戦争の開始を不法とするブリアン=ケロッグ条約の当事国であり、ドイツは更にポーランドとロシアを攻撃することによって、両国との間で締結されていた不可侵条約をも侵犯したのである。第二次大戦の仕掛け人は誰かという問題に関しては、格別複雑な問題はなく、裁判所は法律問題に関しても事実問題に関しても、大きな難問に直面せずにすむであろう。それ故第二次大戦の開戦に対し道徳的責任を負う人々に対する訴追を控える理由はない。枢軸諸国の憲法との関連でも、これらの諸国は多かれ少なかれ独裁体制下にあったから、国を戦争へと導く権限をもっていた人々は少数で、問題は単純である。ドイツでは総統(Führer)一人、イタリアでも総統(duce)と国王、日本では首相と天皇であろう。「国家とは朕なり」(L’ état, c’est moi)というルイ十四世の言葉が独裁制に当てはまるなら、独裁者を罰することと国家を罰することは、殆どイクォールである。残る問題としては、これらの人物を拘束して(国内ないし国際の)法廷に立たせることが現実に可能かどうかであろう。
6.
戦時犯罪の処罰
戦争の仕掛け人たちのみならず、戦時法規違反を犯したいわゆる「戦時犯罪者」(war
criminals)を処罰すべきことを世論は求めており、モスクワ宣言ではこの点が特に強調されている(11)。特殊的意味での戦時犯罪(war crimes)とは、交戦中の軍隊の構成員によって犯される戦争遂行に関する国際法規範の違反行為であるが、時に更に広く、軍隊の構成員でない者によって犯された戦闘行為を指すこともある。私人が敵に武装闘争を挑む非正規戦闘(illegitimate
warfare)や、更に間諜(episonage)や戦時叛逆(war treason)、略奪 (marauding
acts)などがそれである。戦時法規違反行為の多く、殺人・略奪・窃盗・放火・強姦などは一般の刑法違反でもある。ガーナーは「長く維持されてきた原則によれば、戦時法規違反行為が同時に一般の刑法上の犯罪でもある場合、それを犯した個々の兵士は、被害国側の官憲に勾留された場合には、その国の裁判所で裁かれ罰される」と言っている(12)。このような行為は被害国の国内法においても犯罪であるから、その裁判所で処罰され得るのである。しかし正規の戦闘行為を含む殆んどの戦争行為は刑法上の犯罪である。なぜなら刑法が禁ずるのは実力による生命・自由・財産の剥奪であるが、戦争行為とはそういうものに他ならないからである。しかし正規の戦闘行為は、それによって自国民が被害を受けた国家罰することはできない。敵国の兵士が戦闘中自国の兵士を殺害したり、自国民の家屋を焼失させたりした場合にも、その兵士を殺人罪や放火罪で罰すれば、その国家は国際法に公然と違反している。なぜこれらの行為は犯罪とならないのか?この行為者の刑事責任を免れさせるものは何か?この問いに対する通常の解答は、「軍隊の構成員の、敵国軍隊の構成員の生命や自由を実力によって奪い、敵国民の財産を破壊する等の行為は国際法適合的だからである」というものである。そして国際法に適合的な行為のみが「正規」の戦闘行為で、「そうでなければ、殺人や窃盗で会って、行為者はその処罰の対象となる」という(13)。要約すれば、国内法上犯罪として禁止されている行為も、国際法に適合していれば、すなわち国際法が許していれば、犯罪としての性質をもたないが、国際法によって禁止された行為は犯罪行為であり続ける、ということである。
しかし、この説は支持できない。法的に許容されているということは、法的に禁止されていないことであるから、「国際法は正規戦闘行為を『許容』(permit)している」という命題の意味は、国際法がそれを「禁止」(forbid)していない、ということである。そしてある行為が法的に禁止されているとは、その行為が制裁の要件となっていることで、「国際法がある行為を禁止していない」という命題は、国際法がその行為に制裁を結びつけていないことを意味する。ところで国際法がある行為に制裁を結びつけていないという消極的事実は、国内法がその行為に制裁を結びつけ、それを禁止する可能性を否定しない。国内法は、国際法がこの消極的な意味で「許容」している、即ち制裁を結びつけていない多くの行為に制裁を結びつけているし、それは国際法違反ではない。例えばA国国民XがA国国内でB国国民Yに対し窃盗罪を犯したとしても、国際法はそのような行為を禁止していないから、A国に対し何の責任を負わせておらず、Xも国際法違反を犯した訳ではない。しかしB国はXが自国の支配下に入った場合に、彼を窃盗罪犯人として処罰したとしても、国際法違反ではない。国際法によって禁止されていない行為(従って消極的意味で「許容」されている行為)を国内法が犯罪とすれば、その行為は犯罪行為としての性質をもつのである。
しかし「許容」という言葉は、上述の消極的意味のみならず、「授権」(authorization)という積極的意味をもつこともある。法は個人に、一定の法的力(legal
power)を「授権」することによって、特殊法学的(technical)な意味での「権利」(right)を賦与することができる。即ち、法はある個人の行為に、その者の意図する一定の法的効果(legal effect)を結びつけることによって、その者にその行為を授権するのである。戦時における殺人・傷害・捕虜などは、法廷に持ち込まれる法的諸行為と異なり、一定の法的効果をもたらそうとする意図を伴った行為ではなく、ただ国際法によって消極的意味で「許容」された行為に過ぎない。正戦論によれば、戦争行為は原則として不法行為として禁止されたもので、国際不法行為に対する対抗措置として国際法に授権される行為であるが[従って積極的に授権された行為であるが]、多くの著作者はこの正戦論を受け容れていないから、彼らの説に従えば戦争は消極的に許容されただけの行為である。この説の立場からすればなおさら戦闘行為は消極的許容に過ぎないという筆者の指摘を受け容れざるを得ないはずである。「国際法上許容された行為を国内法が処罰することは許されない、それ故論理上国際法の禁止した行為は国内法が処罰できる」という命題の誤りは、まさしく正戦論を基礎として証明されるのである。一般国際法や(ブリアン=ケロッグ条約のような)個別国際法によって禁止された戦争を遂行している国家、即ち不正戦遂行国家の軍隊による正規戦闘行為は、消極的な意味でも積極的な意味でも「許容」されていない。なぜなら正戦論によれば戦争そのものが禁止されているのであり、従ってあらゆる戦闘行為は禁止されているからである(14)。それにも拘らず、不正戦を遂行しているB国軍隊の構成員を、A国軍隊の構成員を殺害したとして処罰しようとするA国は、国際法違反を犯している。なぜならある行為が国際法違反であるとしても、それだから国内法上の犯罪だとはいえないからである。
ある国家が正規戦闘行為を行なった敵国軍の構成員を国内法に従って処罰することは国際法違反である。なぜなら、そうすることによって、その個人の責任を他国の行為の故に問うものだからである。国際法によれば、このような行為は敵国に帰さるべきもので、その国家のために行為した個人に帰さるべきものではない。それは個人的行為ではなく個人の犯罪ではない。一般国際法によれば、国家は原則として他国の行為としてなされた行為について個人の責任を追及してはならない。それ故、国家行為としての戦争行為を遂行している個人は、その行為が国際法違反であるにせよ、その戦争そのものが禁止されたものであるにせよ、更にはその行為そのものがいわゆる戦時犯罪に該当するにせよ、敵国によってその行為につき処罰を受けることはない。政府の命令ないし授権によって行なわれた行為は、その行為が国際法違反であっても国家行為であり、そのような国際法違反に対する責任は、一般国際法上集団としての国家に帰され、国家のためにその行為をなした個人には帰されない(15)。そうでなければ、一般に国家による国際法違反、そして個々的な戦時法規違反は不可能である。オッペンハイムは「戦闘行為に関する法規違反は、交戦国の命令なしに犯された場合にのみ戦時犯罪となる。軍隊の構成員が政府の命令によって違反行為を犯したとき(即ち戦時法規違反国家行為の性質をもつとき――ケルゼン)、行為者は戦時犯罪人ではなく、行為者は敵国によって処罰さるべきではない。もっとも敵国が復仇を行なうことはできよう」と言っている(16)。しかし復仇行為の相手は国家で、その責任は集団責任であって、個人責任ではない。戦時犯罪が国家行為であるならば、国家がこの行為に対する集団責任を負い、個人責任は存在し得ない(17)。ある行為が国際法上禁止されているとしても、それが国内法上の犯罪となる訳ではない。ある行為が戦時犯罪として国際法上禁止されており、その行為者が捕虜として被害国の支配下に置かれたとしても、被害国がその個人を処罰できるのは、その行為が敵国の行為と認められない場合のみである(18)。
これは「国家は他国の行為に管轄権をもたない」という一般的に承認された原則の帰結である。ところが国家間に戦争が勃発すると、その効果としてこの原則が停止されるという主張があるが(19)、それは根拠がない。戦時においても一般慣習国際法の諸規範は原則として効力を失わない。国家行為に対する国家の集団責任によって、行為者個人の責任が免除されるという原則は、その本質上、平時ももとよりであるが、戦時にこそ重要性をもつものである。戦争はまさしく最も国家行為らしい国家行為である。その際国家は個人に、国益上必要である行為を国家機関としてなすよう国内法によって義務づけ、ないしそれを授権するものであって、国家行為個人免責の原則は、そのような個人に不可欠の保護を与えるものである。
もっとも、国家行為が他国の裁判管轄を免除されるという一般国際慣習法上の原則には、前述したように例外がある。捕虜は捕虜捕獲国の法と管轄に服するという原則は、戦時法規違反との関連において、国家は他国の管轄に服さないという原則を制約するものであろうか。一部の著作者たちは、この原則に関する問題に立ち入らずに、国家行為として犯された戦時犯罪は、被害国がその国内法に従って罰し得る犯罪であると論ずる(20)。こんな説は問題外である。捕虜捕獲国が捕虜に対し刑事裁判権をもつことは、他国軍構成員が滞在地領有国の裁判権を免除されているという原則の例外であり、それは他の原則の例外であるから、制限的に解釈さるべきものであろう。原則Bの例外である原則Aに、更に原則Cの例外を認めることなど許されるものではない。即ち捕虜捕獲国の捕虜処罰権(原則A)を、「国家は他国の国家行為に対して管轄権をもたない」という原則(原則C)の例外として、その他国の同意なしに国家行為として行なわれた捕虜の行為を罰することなど可能なはずがない。確かに「国家は自国領土内の人と物に対して排他的管轄権を有する」という一般原則があり、それに基づいて自国内に滞在する捕虜に対しては裁判権をもつ。しかしこの原則の例外として認められるものの第一は、他国家の管轄免除であろう。国家が他国の行為を自国法上の犯罪であると宣言して、その行為をなした個人を拘束した場合に訴追することは、一般国際法の原則違反であって、許されない。他国の行為として行なわれた行為について行為者を訴追することは、他国自身の訴追に他ならないからである。
間諜と戦時叛逆に関する諸原則はその明確な例外である。一般国際法は間諜ないし戦時叛逆の対象となった国家に、その行為が敵国の命令ないし授権に基づいて行なわれた場合であっても、その実行者を処罰することを認めている。他の戦時犯罪と異なり、間諜ないし戦時叛逆の受益国は、これらの行為を防止し処罰する義務を負わない。自国の利益のために間諜を用い、戦時叛逆を遂行させる国家は、国際法に違反しておらず(21)、それに対し責任を負わない。他方これらの行為を実行した個人は、被害国が処罰することを国際法が認めている。これらの場合には一般国際法は行為者の個人責任のみを定めているのである。
国家行為としてなされた個人の戦時法規違反行為の責任が免除されるのであるから、敵国国内裁判所ないし国際裁判所が国際法上合法的にこれらの行為を処罰し得る場合としては、行為者の本国の同意による場合しかない。即ちその行為者の行為が帰される国家との条約を基礎とする場合のみであり、そのような条約によってのみ敵国国内裁判所ないし国際裁判所に裁判権が授権されるのである。このように個人責任を定める条約の規定は遡及効をもち得るであろう。
捕虜が国家行為でない行為によって戦時法規に違反した場合に、講和後にその捕虜を訴追しようとするためにも、その裁判の法的基礎としては条約が必要である。なぜなら、一般国際法及び一九二九年ジュネーヴ条約[俘虜ノ待遇ニ関スル条約]によれば、すべての捕虜は講和締結後に釈放さるべきものだからである[七五条]。この原則に対する例外は、捕虜本国の同意ある場合にのみ認められる。戦時犯罪者の本国もまたこの者に対して裁判権をもつことは当然である。即ち国家行為とならない戦時犯罪については、本国と捕獲国の管轄権が競合するのである。捕獲国は国際法によって敵国軍構成員の戦時犯罪行為を処罰することを授権されているのに対し、本国は自国の戦時犯罪者を処罰する義務を負っており、被害国は処罰を要求する権利をもつ。
ヘーグ陸戦条約(陸戦ノ法規慣例ニ関スル条約)(一九〇七年)第三条は次のように定めている。
前記規則(条約の附属規定)ノ条項ニ違反シタル交戦当事者ハ、損害アルトキハ、之カ賠償ノ責ヲ負フヘキモノトス。交戦当事者ハ、其軍隊ヲ組成スル人員ノ一切ノ行為ニ付責任ヲ負フ。
ということは、交戦国は、その行為が国家行為であろうとなかろうと、軍の構成員の犯した戦時法規違反行為の責任を負うということである。国家が国家行為でない犯罪行為についても責任を負うということは、その犯罪者を罰する義務を負っているという趣旨を含んでいる。
7. 戦時犯罪は国際法違反か国内法違反か?
国際法に関する著作者の大部分は、戦時犯罪はもっぱら「国内法的」(municipal)性質のもので、国内法上の刑事犯罪であると言う。なぜなら国際法は犯罪に対する刑罰を規定していないからだ、と(22)。これは正当でない。国際法上の戦時法規違反行為が国家行為であれば、現行実定法によれば、その行為は国内刑法上処罰の対象にならないという意味で「刑事的」(penal)性質をもたない。その行為は国家が責任を負うべき国際不法行為であって、国家が国際法上の制裁(一種の「刑罰」と解されるもの)を受けるべきである(23)。またその戦時法規違反行為が国家行為でなく、しかも同時に国内法上の犯罪行為である場合には、その行為は国際法違反行為であって同時に国内法違反行為であるという二重の性質をもつ。確かに一般国際法は、犯罪行為者に適用さるべき刑罰を直接定めてはいないが、自国民が軍隊の構成員として戦時法規違反を犯したならば、国家にその者を処罰する義務を負わせている。また一般国際法は交戦国に、捕虜になる以前に戦時法規違反を犯した敵国民を捕獲した場合、その者を罰する権限を与えている。通常戦時犯罪が「敵国によって捕獲された場合にその敵国によって罰せられる可能性のある戦闘員ないしその他の者の敵対行為等」(24)などと定義されるのは、このような敵国戦時犯罪者処罰を念頭においたものである。しかしこの定義は充分正確ではない。なぜならそれは、戦時犯罪について敵国との関係に言及するのみで、国際法が直接定めているこれらの犯罪は、犯罪者の本国がその者を罰する国際法上の義務を負っていることを忘れているからである(敵国はその犯罪者を罰する「権利」を認められているのみであるが、本国は罰する「義務」を負っている)。自国民戦時犯罪者の処罰義務と、敵国民戦時犯罪者の処罰権を定めることによって、国際法は少なくとも間接的に、戦時犯罪者の処罰を定めており、その刑罰の細目は各国法に委ねているのである。国際法は死刑の可能性さえ容認している。それ故「国際法は犯罪に対する刑罰を規定していない」というのは正しくない。そして国家が自国の戦時犯罪者を罰する義務を負っていることは、国家が自国法の効力領域において国際法を執行する義務を負っているという一般的法理の帰結に他ならない。この義務は、諸条約において明文で規定されている。例えばヘーグ陸戦条約(一八九九年、一九〇七年)第一条[締約国ハ、其陸軍軍隊ニ対シ、本条約ニ附属スル陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則ニ適合スル訓令ヲ発スヘシ]、国際赤十字条約(一九〇六年)第八条、国際赤十字条約第二九条[締約国政府ハ又其ノ刑法不十分ナル場合ニハ、本条約ノ規定ニ反スル一切ノ行為ヲ戦時ニ於テ禁止スルニ必要ナル措置ヲ執リ、又ハ之ヲ其ノ立法機関ニ提案スヘシ]、赤十字条約ノ原則ヲ海戦ニ応用スル条約(一九〇七年)第二一条[記名国ハ、又其ノ刑法不備ナル場合ニ於テハ、戦時海軍ノ傷者及病者ニ対スル掠奪及虐待ノ個人的行為ヲ禁制シ、・・・又ハ其ノ立法府ニ之ヲ提案スヘキコトヲ約定ス]など。戦時国際法によって禁止された戦時犯罪に刑罰を科することを定める国内刑法は、国家の支配領域において国際法を施行する国家の義務を履行するものとして制定されるもので、戦時犯罪者に対する国内法の適用は、同時に国際法の執行でもある。この国内法は、自国の立法機関の制定した法のみを適用すべしという憲法の規定によって必要となった中間段階で、もしそのような憲法の規定がなければ、あるいは憲法が国際法が国内法の一部であると定められていれば、国内裁判所による戦時国際法規の直接適用が可能となる。もっともこれらの法規は具体的な刑罰を定めていないから、戦時犯罪に対する刑罰を定める国内法規は必要である。但しこの戦時犯罪が同時に国内刑法の犯罪でもあるならば、その立法は不要であるが。
仮にその行為が単に国内法上の犯罪で、その処罰は国際法の定めるところでないとすれば、それを戦時犯罪とよぶことは不可能である。ある行為が戦時犯罪となるのは、あくまでその行為が、第一次的には国際法規範である戦時法規違反の場合のみである。国内刑法は殺人・窃盗等の通常犯罪に刑罰を科する。国内軍事刑法は、傷病兵の殺害、助命拒否、有毒兵器の使用、戦闘員による略奪等[ヘーグ陸戦条約二三条]を定めている場合には、それはこれらの行為を禁止した国際法規範を実施するためのものである。国内法にそのような規定がなく、国際法を直接適用することも不可能な場合には、いわゆる戦時犯罪者は通常犯罪の犯人として罰される他ない。赤十字旗の濫用の罪は、ジュネーヴ条約を遵守する意志を欠く国家が国内法を制定する可能性はないであろう。
8. 「上官の命令」を理由とする抗弁
国内裁判所が国内法に基づいて戦時犯罪者を裁く場合に直面する難問は、戦時犯罪行為が上官の命令に従ってなされた場合である。上官の命令だからといって、それが国家行為になるとは限らず、国家行為となるのは、命令自体が国家行為であって、その命令が政府(元首、内閣、閣僚、議会)の発したものか、政府の命令ないし授権に基づいて発せられたものでなければならない。ある行為が国家行為であるとすると、第一に一般国際法上の問題となる(25)。なぜなら国際法上国家行為については個人は免責されるからである。他方国内刑法上の問題は、その行為が上官の命令によってなされたことをめぐって、上官の命令だという抗弁が戦時犯罪の弁護論として認められるか、行為者と命令者の何れが行為の責任によって処罰さるべきか、という点にある。
上官命令による抗弁の可否は、法体系においても学説においても一致しない。軍事的観点からすれば、この抗弁は容認さるべきであろう。なぜなら部下の上官に対する無条件的服従があってのみ規律は保たれるのであって、そうなれば当然責任はもっぱら上官が負うべきものとなる。合衆国国防省が一九四〇年に発した『前線基本マニュアル』「陸戦規定」(FM27-10)は、(軍による可能な犯罪行為を列挙した後)、次のように定めている。
軍の戦闘員個人は、政府ないし司令官の命令ないし裁可の下で行なった行為については処罰されない。そのような行為を命じた、あるいはその行為を行なった部隊を統率する司令官は、敵軍に捕獲されたならば、敵国によって処罰されるかもしれない。
命令自体が違法で、最初から (ab initio)無効である場合には上官命令の抗弁を認めない法体系もある。合法的命令を執行する行為は当然罰されない。命令が政府の発した一般規範や個別規範、ないし政府の命令に従った下位機関の発したものである場合には、その命令が最初から無効であるようなことは滅多にないだろう。例えば「違憲」の法律とか、「法律違反」の政令とか、「違法」な軍令とかを根拠として戦時犯罪が犯される場合のように、政府の発する一般規範や個別規範が国法の上位規範に合致していない場合でさえも、せいぜい事後的に効力を否定される程度で、原始無効ということは普通ない。そのような規範は権限ある機関によって効力を否定されるまで有効である。有効である限りは、それを執行する個人はそれを合法的命令と考えざるを得ない。単に無効となる可能性がある政府の行為はあり得るが、絶対無効ということは稀有である。更に、政府が国法によって合法的権力を授権されている場合、特にその国法がナチ・ドイツのような専制国家の法である場合には(ナチ・ドイツでは国家元首が同時に最高司令官である)、その権力は殆ど無限である。そこでは政府は、いかなる行為でも戦争の必要ということで正当化することができる。従って政府の発した命令、あるいは政府の命令を根拠とする命令について、それが「違法」だからという理由で、上官命令の抗弁を斥けることは困難である。上官命令の抗弁を、命令が違法だからという理由で斥け得るのは、比較的下級の機関が政府の授権なしに発した命令などの場合に限られるであろう。
一部の国家の法律によれば、上官命令の抗弁は、上官命令は、単に客観的に違法であるだけでは足りず、議論の余地なく明白に違法である場合にのみ棄却され得る。抗弁が認められない命令は「被告人を含んだ万人に、その違法性がいかなる疑問も容れないものでなければならない」(26)。そのようなことは滅多にない。特にその命令の国際法違反が問題になっている場合には、命令が国内の一般的刑法違反の場合などとは全く異なり、その違法性が「万人に」「いかなる疑問も容れない」ような仕方で知られているなどと想定することは不可能である。自国の一般的刑法が何を禁じているかは、誰でも知っているし、少なくとも知り得る立場にある。しかし各兵士が何を国際法が禁止しているかを知っているなどと想定し得るであろうか?国際法違反行為を、同じ国際法が復仇として許容することもあるのだ。このことは戦時法規に関しては特に重要である。なぜなら国際法が戦時法規違反に対する制裁として定めているのは復仇のみだからである。戦時法規違反の命令が、実は復仇であって許されているなどということを、一兵士がどうして知り得るであろうか?それが「いかなる疑問も容れず」違法だなどとどうして判断できるのか?国内刑法、特に軍事刑法の基礎をなす正義観念は、上官の命令に従って戦時犯罪を犯した個人の訴追に好意的でない。大部分の戦時犯罪、特に政治的に重要な戦時犯罪の多くは、議論の余地なく明白に違法であるとは到底考えられないような上官の命令に従って犯されたもので、上官命令の抗弁が許容されない場合には、国内刑法を適用する国内裁判所はそれを処罰する機関には適さず、特に被告人の自国裁判所は特にそれに不適当である。なぜなら敵国の裁判所より自国の裁判所の方が上官命令の抗弁を適用する傾向が強く、このことは第一次大戦後のドイツの著名な戦時犯罪判例によって示されている(27)。
9. 捕虜に対する管轄権
通説によれば、上述したように、交戦国は捕獲以前に犯された戦時犯罪について、捕虜に対する裁判権を有する。「軍事法廷は講和後に敵国捕虜に対する裁判権を有するか」という問題は、捕虜に対する裁判権を行使しようとする軍事裁判所が直面する難問である。捕虜は国際法上、戦時犯罪について有罪を宣告され、刑期が終了していない場合でも、戦争終結とともに釈放さるべきものであることは先に述べた(28)。その点には議論があるにせよ、未だ裁判ないし判決を受けていない捕虜は戦争終結とともに釈放さるべきものである。この困難に対処するため、「戦時犯罪者を戦勝国に引き渡させ、戦勝国が講和締結前に戦時犯罪者を裁く機会をもつ旨を休戦協定中に規定する」という案が唱えられている(29)。しかし条約の一種である休戦協定によって交戦国から他の交戦国に引き渡される個人が「捕虜」であるか否かは問題である。なぜなら捕虜の待遇に関するジュネーヴ協定(一九二九年七月二七日調印)の第一条二項には、捕虜とは「交戦当事者ノ軍ニ属シ海戦又ハ空戦中ニ於テ敵ニ捕ヘラレタル一切ノ者」とあり、休戦協定執行のために引き渡される人々は「海戦又ハ空戦中ニ於テ敵ニ捕ヘラレタル」者とはいえそうもないからである。そのような人々に対する敵国の裁判権の法的根拠があり得るとすれば、それは捕虜に関する一般国際法規範ではなく、その個人の本国が敵国との間で締結した裁判権承認の条約、例えば敵国にその個人に対する裁判権を委ねる休戦協定のようなものであろう。そのような個人は厳密な意味での捕虜ではないから、敵国裁判所はその裁判を講和締結以前に終える必要がない。被訴追者の法的地位は、平時において犯罪人引き渡し協定に従って引き渡された者の地位と同一である。そして法的見地からすれば、そのような内容をもった休戦協定と同様の内容をもった講和条約との間に本質的相違はない。戦後における敵国の戦時犯罪人に対する裁判権に対する法的障碍は、そのような条約によって除去されるのである。そればかりか、条約によって、国家行為の性質をもつ戦時犯罪に対する裁判も可能となるし、国家行為をなしたことの故に個人を罰することも可能となる。
「独逸国政府ハ戦争ノ法規慣例ニ違反スル行為アリトシテ訴追セラルル者ヲ軍事裁判所ニ出廷セシムル同盟及連合国ノ権利ヲ承認ス。上記ノ者有罪ト決シタルトキハ之ヲ法ノ定ムル刑罰ニ処スベシ」というヴェルサイユ条約二二八条の果たす真の役割は、実はこの点にあるのではあるまいか。同講和条約の起草者たちは「承認ス」という言葉を、単に宣言的なものとして選んだようであるが、実はこの条項においてドイツ政府が与えた同意なしには、「同盟及連合国」は講和締結以後に戦時犯罪者を裁く権利をもたなかったのである。二二八条は、国家行為としての性質をもつ戦時犯罪を処罰の対象とすることを明言していないが、「違反スル行為」に限定を附していないことから見て、ドイツ政府は、戦時法規・戦時慣例に違反するドイツ国民のすべての行為について、敵国軍事法廷による訴追に同意したものと解釈され得る。即ち二二八条は、国家行為の性質をもつ戦時犯罪を犯したドイツ人の処罰に必要なドイツ政府の承認を与えたもの、その行為者の個人責任を定めたものと解釈され得る。第二次大戦の終結に際しては、これから締結されるであろう条約中に、国内ないし国際裁判所が管轄する戦時犯罪が国家行為の性質をもつ戦時犯罪を含む旨の明文を入れておくことが適当であろう(30)。
10. 国際刑事裁判の管轄問題
戦時犯罪者に対する裁判にどのような法廷が適当かといえば、国内の司法裁判所ないし軍事裁判所より国際裁判所の方が適当であることは疑いを容れない(31)。戦勝国と戦敗国の双方によって締結された条約に基づいて設立された裁判所のみが、国内裁判所が遭遇するであろう難問に対処することができる。国際裁判所が戦時犯罪人を裁く旨を定める条約は、国家行為の性質をもつ戦時犯罪について個人の責任を定め、国際正義のために必要とあれば、上官命令の抗弁を斥けることもできるであろう。国際裁判所――法的基礎のみならず、その構成においても国際的な裁判所――のみが、不公正の誹りを免れ得るであろう。それに対し、国内裁判所、特に国内軍事裁判所は、当然不公正という嫌疑の対象となる。ジュネーヴ条約によって捕虜に対する復仇は禁止されてしるが、軍事法廷が捕虜を裁けば、相手国が同様の行為に出る可能性がある。講和締結後に活動を開始する国際法廷に戦時犯罪に対する裁判を委ねれば、そのような法の濫用が避けられ、戦時の敵愾心に毒されない雰囲気の下で任務を果たすことができる。また戦時犯罪に対する法的手続を国際化することは、刑罰をある程度均一化するという大きな利点をもつ。ヴェルサイユ条約二二九条[同盟及連合国中ノ一国ノ国民ニ対シ罪ヲ犯シタル者ハ之ヲ該国ノ軍事裁判所ノ裁判ニ付ス]は戦時犯罪人を各国裁判所で裁くことを規定しているが、そうすると「判決もばらばら、刑罰もばらばら」(32)ということになるであろう。
モスクワで調印された三国声明は、敵国の戦時犯罪者に対する戦勝国の裁判権を主張している。戦時犯罪を犯した者は、「その犯罪の場に連れ戻され、その場でその怒りを買った人々によって裁かれねばならない」、犯罪の場が特定できないものについては、「連合国政府の共同決定によって処罰される」と。戦争の継続中には、戦時犯罪の被害を受けた諸国民が法を自分の手に収め、自分たちが犯罪者と認定した者を罰したいと欲するのは理解できないことではない。しかし戦争が終れば、被害国が敵国民に対して行使する刑事裁判なるものは司法であるより復讐であり、未来の平和を確保するために最善の方法でないことに思いを致すであろう。特にこのことは、敵国の国家行為についてあてはまる。仮に「一国は他の国家に対して管轄権をもたない」という原則は戦時には適用不可能であるとしても(そのような主張は疑わしいが(33))、政治的観点からしても、そのような行為で糾弾されている人々は、その本国の同意に基づいて国際法廷で裁かれることが有効であろう。敗戦国との間で締結される休戦協定ないし講和条約においてその同意を得ることはさして困難ではないなぜなら敗戦後に樹立される新政権は、前政権下で犯された国際法違反行為と絶縁することが、自らの利益でもあるからである。
戦時犯罪者の処罰は、復讐欲を満足させるためではなく、国際正義の実現であるべきものである。そして敗戦国のみが戦時犯罪処罰のための国際法廷に自国民を引き渡すべきだとするのは国際正義の観念に反する。戦勝国もまた戦時法規違反を侵した自国民を独立した公平な国際法廷に引き渡すべきである(34)。戦勝国が戦敗国に課そうとする法と同一の法に服することによってのみ、国際正義の観念は維持されるのである。刑罰に関して言えば、裁判権を定める条約が、裁判所に犯人本国の刑法が定める刑罰を科する権限を与えるべきである。国家機関として戦争開始ないし戦争挑発の罪を犯した者については、条約は裁判所に刑罰決定権を与えるか、その裁量に基づいて具体的刑罰を定める権限を与えることができよう。
国際裁判所による戦時犯罪の処罰、特に国家行為としての性質をもつものの処罰は、[国内裁判所による場合より]ずっと抵抗が少ないであろう。なぜならそれが一般的な国際法改革の枠内で行なわれる限り、国民感情を傷つけることがずっと少ないであろうからである。この国際法改革の目的は、国際法違反行為について、それを国家機関として行なった個人の責任を問うことによって、国家的集団責任原則を貫徹するところにある(35)。このような改革の成否は、強制管轄権をもった裁判所を中核とする国家連盟(League of States)を形成する条約の成否に懸っている(本書第一部参照)。この連盟の加盟国間の紛争を裁く権限をもつ裁判所、ないしその一部局には、刑事裁判の管轄権も賦与さるべきである。裁判所が刑事事件について裁判権を有することになれば、裁判官には刑事法の専門家も任用さるべきであろう(36)。
犯罪者の処罰という仕方ですべての国際関係における個人責任の原則を確立するとすれば、国際法違反行為の中でどの部分を厳密な意味での刑罰の対象とするかという問題が生じてくる。法違反行為が全て可罰的犯罪行為だという訳ではないから、国家が犯した国際法違反行為の中で、どの部分が国家機関としてその違反行為をなした個人を罰することが正当化されるのか。国際法違反行為が同時に国内刑法違反の犯罪である場合には問題は簡単であるが、国内法上「犯罪」でない行為については、それを条約によって処罰するためには、その行為が本質的に「犯罪」である必要がある。他の法違反一般と異なる「犯罪」とは何か?実定法上(de lege lata)のみならず立法論上(de lege ferenda)「刑罰」という特殊な制裁を加えることを正当化する犯罪となるためにはどのような条件が必要か?この問いに対する通常の解答は、「立法者が直接の被害者のみならず全社会にとって有害だと看做した行為が可罰的犯罪である」というものである。この定義は国際法違反に関しても適用できよう。「ある国家が犯した国際法違反は、ある行為が直接的被害国のみならず全国際共同体にとって有害であるとき、その行為者個人を罰すべき犯罪となる」と。一九二〇年二月国際連盟理事会によって、常設国際裁判所設立案作成のために任命された「法律家諮問委員会」(Advisory Committee of Jurists)は、裁判所に刑事事件の管轄権を賦与する問題について討論したが、その過程でデカン男爵は「一体国際法違反の犯罪なるものが存在するのか」という疑問を提出した。この問いに対する彼自身の解答は、「国際法上の犯罪」とは「万国の安全保障を脅かすような性質の行為」というものであった(37)。この「万国の安全保障を脅かす」という言葉は、「国際共同体にとって有害である」という表現とほぼ同義であろう。同委員会はそのような国際法違反が「万国の安全保障を脅かす」かを明らかにしなかったが、すくなくともデカンがすべての国際法違反行為が彼の言う「犯罪」ではないことは当然の前提としていたと思われる。彼は国際裁判所に「違反行為(offense)の性質を定義する」ことの権限を賦与する必要があると考えていた(38)。彼のこの言葉の趣旨は、ある違反行為が「犯罪」(crime)の性質をもつか否かを裁判所に決定させるというもののようである。しかし国際共同体に有害な違反行為とそうでない違反行為の間に明確な線を引くことなどできそうもないことである。そもそも法違反行為とは法共同体に有害な行為であって、それ故に法秩序がそれに制裁を結びつけるのである。相違はどのくらい共同体に有害かの程度問題に過ぎない。国内法においては有害度の高いと考えられる行為は刑罰の対象となり、低いと考えられるものは民事強制執行の対象となるが、刑罰と強制執行の区別は国際法には持ち込めないであろう。しかし後述するように、国際法違反行為の故に個人に科される制裁は、国内刑法の場合より細分化され得る。ともあれ、刑罰と刑罰でない制裁とを区別する絶対的基準など存在し得ない。それ故国際法違反の責任を追及される個人について「刑罰」という言葉を用いることは望ましくなく、一般国際法上の団体的制裁と区別して、ただ個人的制裁とよぶべきであろう。仮になお「刑罰」という言葉を用いるとすれば、それは「国際法違反に対し責任を問われる個人に対する制裁」と定義すべきであろう。
国際法違反に対する個人的責任に関しては、国家行為による国際法違反行為とそうでない国際法違反行為が区別さるべきである。前者は更に次の四種類に分類される。
(1) 一般国際法ないし(ブリアン=ケロッグ条約のような)個別国際法を無視して行なわれた戦争開始。
(2) 戦争挑発、即ち正当な戦争行為を招くべき国際不法行為(国際裁判所を規定する規則がもっぱら集団的制裁のみを、即ち連盟によるあるいは連盟の授権を受けた制裁のみを許容するとすれば、戦争挑発という独自の項目は存在し得ない)。
(3) 戦時法規違反
(4) 一般国際法ないし個別国際法の他の規範違反(39)
国家の国際法違反行為に対し、国家機関としてそれを行なった責任を問われる個人の裁判は、一国ないし(連盟理事会のような)国際機関が(上記(1)~(4)の違反を犯した)特定国家を訴追する手続きと結びついた形で行なわれることもあり得る。その場合裁判所はまずその国家が国際法違反を犯したことを認定し、続いて被害国の要請に基づいて、その国家機関としてその違反行為の責任を問わるべき個人が訴追されるのである。上記の(1)(2)の場合には、その要請者は国際機関でもあり得るであろう。
裁判所は国家の国際法違反行為について個人を罰するとともに、その国家に損害賠償の責任を課することもできる。個人に対する刑罰は、被告の属する国家の国内刑法に従って定められなければならない。もっとも上記の(1)(2)に関しては、国内法上の犯罪ではないから、裁判所が適当と認める刑罰を科することができる。しかし被告人の本国法がそれを定めている場合を除いては、死刑は科すべきでない。上記(3)の場合、即ち戦時犯罪の場合には、裁判所は被告人の本国法の定めるところに従って、その行為が国家行為でなく通常の犯罪であったとした場合の、刑を定める。
上記の(4)は、(1)(2)の場合と同様、通常国内法上犯罪となるような行為ではなく、しかも国家機関として行なった国際法違反行為はたいてい、(1)~(3)の場合に比して国際共同体にとって有害度がずっと低い。従ってこれらの行為に対する制裁は、一般刑法上の犯罪でない場合には、戦時犯罪人や戦争開始者に対するものよりずっと軽いものとなるであろう。そして(4)の場合の刑罰の目的は、禁錮や罰金のような外的制裁を加えることよりも、道徳的ないし政治的に非難するところにある。従ってその刑罰としては政治的権利の喪失、公職追放などの方が適当であろう。むしろ「被告人は国際法違反行為を犯した」「国家の国際法違反行為の責任者である」旨を宣言するに留めるのが適当な場合もあるであろう。
国家行為でない個人の行為によって国際法に違反する場合には二種類のものがある。
(1) その者の属する国家に処罰義務がある場合。命令されずに行なった犯罪行為、政府の授権なしに行なった犯罪行為がこれに当たる(その者が被害国拘束された場合には、通常両国の管轄が競合する)。
(2) その者の属する国家に処罰義務がなく、すべての国家ないし被害国が国際法上処罰権ないし厳密には刑罰の性質をもたない制裁を科する権利をもつ場合。海賊行為、封鎖違反、禁制品の運搬、間諜、戦時叛逆などがこれに当たる。
国際法違反を犯した国家のみならず、国際法違反の責任を問われる個人をも裁く国際裁判所が設立されたとしても、第一審としてのこの裁判所には、国家行為の性質をもたない個人の国際法違反行為についての管轄権を賦与する必要はない。(1)で述べたように、違反者の本国が彼らを処罰する義務を負うし、その国がその義務を履行しないならば、被害国がその国とその国の責任機関を国際裁判所に提訴することができる。しかし被告人本国の国内裁判所の判決に不服がある場合には、被害国に国際裁判所に提訴する権利を認めることは可能であるし、また望ましいことでもある。犯人が連盟加盟の第三国の法権下に在る場合には、処罰義務を負う国は、その者の引き渡しを要求する義務があり、第三国にはそれに応ずる義務がある。また被告人が自国以外の国家、特に被害国の裁判所の裁判を受けたときは、本人ないしその本国は国際裁判所に控訴する権利がある。その場合、国際裁判所が適用すべき実体法は、前審の裁判所の属する国家の法である。同様に(2)の場合には、自国裁判所で裁判を受けた被告人には国際裁判所への控訴権を認めらるべきである。また被告人が他の加盟国の国内裁判を受けた場合には、その人物の本国に国際裁判所への控訴権を賦与さるべきである。例えば海賊行為の場合のように、国内裁判所が国内刑法を適用した場合には、控訴審としての国際裁判所も同一の国内法を適用すべきである。封鎖違反や禁制品運搬などの場合、国内裁判所が国際法上の制裁(艦船・禁制品の没収など)を直接適用した場合には、 国際裁判所も国際法を適用すべきである。
国家行為でない個人の行為で、国際的に有害なものは、原則として国際法違反である。「国際的に有害」な行為という意味は、個人の行為に代位責任を負うべき国家以外の国家に損害を与える行為という意味である。個人による外国国旗に対する侮辱というようなことは、代位責任を負うべき国家の領土で起こるからである。海賊行為のように、どの国家も責任を負わないような個人の行為は、国際法上それを罰する権利をもつ国の利益を害する限りにおいて、「国際的に有害」なものと看做される。しかし阿片取引のように、他国に損害を与える訳ではないが、それを罰することが締約国共通の利益であるような犯罪については、条約で締約国に処罰義務を課することもあり得る。この場合も、国際裁判所は控訴裁判所の機能をもち、被告人や締約国は国内裁判所の判決に対し国際裁判所に控訴することができる。また国際裁判所は国内裁判所間の権限争議を裁くこともできる。
審理中の不法行為事件の直接的被害者は、裁判所が認め、裁判所の課した条件に従うならば、「民事当事者」(partie civile)[犯罪の被害者が刑事裁判に参加して民事の損害賠償を請求し得るというフランス法の制度におけるその請求者]として法廷に立つことができる。そのような当事者は法廷で損害を審理しているとき以外は口頭審理に参加することができない(40)。
国際裁判所の要求を受けた場合には、いかなる連盟加盟国も自国管轄下にある個人を裁判所に引き渡さなければならない。裁判所はこうして引き渡された個人の人身を拘束するか否かを定め、またその釈放条件を定めることができる。自国領土内に裁判所が設置された国家は、有効な司法運営に必要なあらゆる便宜(勾留施設、監守等)を裁判所に提供しなければならない(41)。
国際裁判所の下した判決の執行は、命令ないし判決の中で特定の国家に委ねる。その命令や判決の執行を怠った国家は、連盟の規約に従って制裁を受ける。
(1)
Cf. Hans Kelsen, “Collective and Individual
Responsibility in International Law with Particular Regard to the Punishment of
War Criminals,” California
Law Review, 1943, Vol.31, pp.530ff.
(2)
もっとも、国際法を論ずる多くの論者たちは正戦原則を実定国際法の原則として承認しない。Hans Kelsen, Law and Peace in International Relations,
1942は、主要な賛否両論を紹介している。
(3)
Cf. L.Oppenheim, International Law,
5th ed., 1937, Vol. I, p.227.
(4)
例えばVespasian V.
Pella, “De l’influence d’une jurisdiction criminelle internationale,” Revue internationale de
Droit pénal, 1926,
Vol.3, pp.391ff.
(5)
もっともこの原則には例外がある。国家機関としての権限内で違法行為をなした者も、責任を追及されることがある。大臣や、国家元首でさえも、憲法違反行為について、弾劾され、処罰されることを定めた憲法をもつ国家もある。しかし権限ある機関によって国法上違法であると宣言された国家機関の行為は、もはや国家行為ではないのである。そういう行為は、取り消されるか否かに拘わらず、国家に帰されない。行為者としての国家は擬人化された法、擬人化された国内法であり、別の言い方をすればこの法秩序によって構成された共同体の擬人化である。それ故権限ある機関によって国法上違法であると宣言された行為は、それを国家に帰することは矛盾である。国内法上ある個人の行為が国家に帰されるのは、法規範を基礎としてのみであり、ある行為を国家に帰するとはその行為が法規の内容をなすことである。ある個人は国家に帰し得る行為をなすことによってのみ国家機関となる。国法上違法とみなされた行為を国家行為とみなすことはできない。国法上国家行為と呼びうるものは、特定の解釈を受けた個人の行為である。国家は自国法との関連では不法を犯すことはできない。不法を犯しうるのは国際法との関連である。
(6)
一九二七年三-四月に行なわれた「国際法法典化会議」第三部会で採択された報告書(報告者マツダ[松田道一])(“Publications of the League of Nations,”
Legal, V,9, American Journal of
International Law, 1928, Vol.22, Supp., p.125)に「他国政府の主権的行為に対する裁判所の管轄権行使は不可能であり、その原則は被告が公務員としての資格において行なった行為について訴追された場合も含まれる。そのことは被告が訴訟当時その権限を有しない場合、また他国から賦与された権限下にある場合も同様である」とある。
(7) 有名なマクロード(McLeod)事件(拿捕の際に米国国民を殺害したとしてニューヨーク州当局に抑留されていたキャロライン号を奪還するため、一八三七年英国軍が米国領土内に派遣された事件)において、ウェブスター国務長官がクリテンデン検事総長に送った書簡(一八四一年三月一五日)に、「彼らはキャロライン号に対する攻撃を国家行為であると唱えており、それに対しては、合衆国政府が適当であると認めるならば、復仇、更には戦争に訴えることでさえ正当化されるものである。しかしそうすると独立国家間の公的・政治的問題を発生させざるを得ない。そしてそれに関わった個人は、国内法違反として通常裁判所で逮捕・審問することが不可能である。我が政府はキャロライン号に対する英国の攻撃は正当でないと主張しているが、それによって破られた法は国際法であり、それへの求償は国際法規範に準拠しなければならない」とある。Cf. John
Basset Moore, A Digest of International
Law, 1906, Vol. II, sec. 179. なおKarl Strupp (ed.), Wörterbuch des Völkerrechts und der Diplomatie, 1925.は「国家はそのすべての機関の行為に責任を負うが、その機関は国家機関としての権限内の行為には責任を問われない」と言っている(p.2)。
(8)
下記○○頁参照。
(9)
第一次大戦末期に開かれた講和予備会議(Preliminary
Peace Conference)の戦争責任部会(Commission
on Responsibilities)における米国代表の覚書によると、彼らは、官職にある個人に対する訴追は実際上国家に対する訴追であり、部会の米国代表はこの論拠に基づいてヴィルヘルム二世を国際法廷において訴追するという主張、及び国内法上、また国際法上前例のない仕方で国家元首の責任を問うことに反対する、と述べた (American Journal of International Law,
1920, Vol.14, p.136)。
(10) 下記○○頁参照。
(11) 米英ソ三国とも戦争犯罪人の処罰をその戦争目的の一つとして掲げているのであるから、戦後、あるいは戦中でさえも、彼らの処罰のための手続きを定めることが将来の平和のために有益か否かなどを今更論ずるまでもないであろう。一九二四年ストックホルムで開催された第三三回国際法学会において、国際刑事法廷の設立が討論された際、グレアム・バウアー卿は次のように述べた。
世界中の国家で戦時法規を犯したことのない者などあるはずがない。・・・戦時犯罪者の処罰を行えばどういうことが起こるか?陸海軍の兵士たちが戦闘をやめ、講和を祝して握手しようとする時に、法律家が登場して非難合戦、犯人探しを開始するなんて、戦争より悪いではないか。シャーマン将軍は「戦争は地獄だ」(War is hell)と言ったが、誠にその通りで、戦時犯罪人を罰しようというこの提案が採択されたら、平和も地獄となるだとう、と私は言いたい。
バウアー卿はその演説を「裁判戦争に死を、忘却と希望の平和に生を」(À bas la guerre des procès, vive la paix de l’oubli et de l’espérance)という言葉で締め括っている(The International Law Association, Report of the Thirty-third
Conference (held at Stockholm, September 8 to 13, 1924), (London 1925),
pp.93,95. Cf. Also: C. Arnold Anderson, “The Utility
of the Proposed Trial and Punishment of Enemy Leaders,”The American Political Science Review, (1943),
Vol.37, pp.1081ff.
(12) James Wilford Garner, International Law and the World War,
1920, Vol. II, p.472.
(13) Garner,
op. cit., p.473. この説明はルノーの著書に依拠している(Renault, “Du l’application du droit pénal aux faits
de guerre,” Revue générale du droit international public, 1918,
Vol.25, p.10.
(14)一般国際法ないし個別国際法によって禁止された戦争において「正規」戦闘行為と「不正規」戦闘行為の相違があるとすれば、それは、前者が戦争を禁止する規範にのみ違反するのに対し、後者はそれに加えて戦時法規に違反するところにある。同一行為が同時に両規範に違反し、両規範の定める別々の制裁の対象となることも充分あり得る。
(15) 「国際法上非合法な行為が政府の命令によって合法となることはない」(Hugh Hale Leigh Bellot, “A Permanent
International Criminal Court,” The
International Law Association, Report of the Thirty-First Conference, 1923, Vol. I, p.73) というのは正しい。しかし「国際法上非合法」な行為が、必ずしも行為者の個人責任に連なる訳ではない。原則としてはその行為を命じた政府が責任を問われる。
(16) Oppenheim, International Law, (1st to 5th ed., Vol.II, § 253.)
(17) フェアドロスは「捕虜を戦時犯罪の故に処罰することは、その人物が自己責任として行なったものでない限り、許されない。その責任は捕虜の本国にのみ帰される」(Alfred von Verdross, Völkerrecht, 1937, p.298)と問題を正確に定式化している。「本国に帰される」とは「本国の行為だ」ということである。
(18) Cf. George Manner, “The Legal
Nature and Punishment of Criminal Acts of Violence Contrary to the Laws of War,” American
Journal of International Law, 1943, Vol. 37, pp.407ff., 433.
(19) 「統治行為論(la théorie de l’acte de gouvernement)は平時の理論であって、敵対関係の中では消滅する」(Alexandre Mérignhac, “De la sanction des infractions au
droit des gens,” Revue générale de droit international public, 1917, Vol. 24, p.49)。この主張は実定国際法上の根拠がない。
(20) オッペンハイムも第六版でこの説を主張し(op.cit., 6th ed., edited by Hersch Lauterpacht, 1940,
Vol.II, § 253)、旧版(第一〜第五版)での論述について、「健全な法原則の表現とは考えられない」と言っている。第六版においては、国家行為としての戦時犯罪と、上官の命令によって行なわれた戦時犯罪の間の区別が曖昧にされている(後述□□頁参照)。
(21)
Oppenheim, op.cit., Vol. II, p.328ff.
(22) Cf.
Manner, op.cit., p.407.
(23) 上述□□頁参照。
(24)
Oppenheim, op.cit., Vol. II, p.451.
(25) もとより、国家行為に対する責任は、国際法の問題であるのみならず、国内法の問題でもある(上記□□頁参照)
(26) 「ランドベリー城号事件」に対するライプツィヒ・ライヒ裁判所の判決(Quoted by
Claud Mullins, The Leipzig Trials,
1921, p.131)[一九一八年四月英国の病院船Llandovery Castle号をドイツ潜水艦が魚雷で撃沈し、多数の死者を出した事件。上官の命令で発砲した兵士に四年の禁錮刑が科された]。
(27) Mullins, op. cit., passim.
(28) William Edward
Hall, A Treatise on International Law,
1924, Sec.135. もっともオッペンハイムは、交戦国は戦争終結後も戦時犯罪者を処罰する権利があると言っているop.cit., Vol. II, p.459.
(29) 一九四二年一〇月英国貴族院における大法官(Lord Chancellor)の提案(Manner,
op.cit., p.433)。
(30) 交戦国Aの軍隊が交戦国Bの領土を占領しているとき、A国はB国国民を裁く特別法廷をそこに樹立することもあり得る。その場合、A国は、休戦協定締結後に逮捕された(即ち捕虜でない)B国政府の構成員をも戦時犯罪の故に訴追の対象とすることが考えられる。マクス・レーディン『清算の日』(Max Radin, The Day of Reckoning,
1943)は、そのような事態を想定している。しかし占領者の権利義務を定める一般国際法がそのようなことを認めているかどうかは疑問である。
(31) ハイドは言う、
連合国は敵国民を国内裁判所で裁判し処罰することの方が面倒が少ないと考えるかもしれない。一見するとその方が簡単で異論を招き難く、そうしないと遭遇するであろう困難を免れ得るように見える。しかしそうやって次々に有罪判決が下され、処刑が行なわれると、裁判所は政治の道具に使われたという社会一般の批判が生じ、処罰された者たいは内外で殉教者扱いされるであろう。・・・それに対し中立国民のみによって構成された裁判所は、被告側の主張や弁護論を排斥しても、判決への敬意を獲得し得るであろう。それ故そのような裁判所は、条約によって過度の拘束を受けていない限り、国際法の解釈者として良き役割を果たすであろう。更に連合国が、その主張を中立的裁判官の前で展開することは、世間をなるほどと思わせるであろう。(Charles Cheney Hyde, “Punishment of War Criminals,” Proceedings of the American
Society of International Law at Its Thirty-Seventh Annual Meeting Held at
Washington D.C., 1943, p.43)
(32) Bellot, op.cit., p.421.一九二六年に国際法協会(the International Law Association)第三四回総会が採択した「国際刑事裁判所規定案」第二一条は、次のように定めている(Report of the Thirty-fourth Conference,
p.118)。
同裁判所の管轄事項は下記の通りである。
(1)一国の被治者(subjects)、国民(citizens)、ないし無国籍者(heimatlos)によって他国の国民ないしその支配下にある者に対してなされた、刑罰的性質をもつ国際義務違反行為、
(2)協定締結当日において締約国を拘束する、戦争方法・戦争遂行に関する一切の条約・協定・宣言に対する違反行為、
(3)文明諸国に拘束力あるものとして一般的に受け容れられている、戦争に関する法ないし慣例に対する違反行為
先に定義された元来の管轄事項に加えて、本裁判所は国際連盟理事会ないし総会によって付託された刑事的性質をもつ事件についての裁判・諮問・報告をも取り扱う。本裁判所の管轄の有無に関して紛争が生じた場合、その事項の決定は本裁判所の判決によって決定される。
「常設国際刑事裁判所検討委員会報告書」(ibid.,
p.110)には、次のように記されている。
国際刑事裁判所創設論は深甚な考慮に値するものである。一九一六年三月グロティウス協会(The
Grotius Society)において発表され、雑誌『十九世紀』(Nineteenth
Century)に掲載された論説において、ベロット博士はそのような裁判所の設立を提案している。この提案は「英国戦時法違反調査委員会」(The
British Committee of Enquiry into Breaches of the Law of War)が賛同を表明し、ヴェルサイユ会議が任命した「戦時犯罪に関する国際委員会」(International
Commission on War Crimes)も支持を表明したが、最高評議会(Supreme Council)によって却下された。しかしその後常設国際司法裁判所規程の起草に当ったヘーグ法律家委員会(the
Committee of Hague Jurists)が賛同を表明した。一九二二年国際法協会(International Law Association)のブエノスアイレス総会においてフィリモア卿とベロット博士がその推進を主張し、両者はその管轄権を軍事的犯罪のみならず非軍事的犯罪にまで拡張すべきことを主張した。同総会は、軍事的犯罪のみに限るとした上で、「本総会は国際刑事裁判所の創設が正義のために不可欠であり、しかも緊急である」と決議した。一九二六年にはブリュッセルで開催された国際刑法協会(International
Penal Law Association)が刑事事件の管轄権を常設国際司法裁判所に賦与することを提案した。国際連盟の提案によって一九三七年一一月一日から一五日までジュネーヴで開催された「反テロリズム国際会議」(International
Conference on the Repression of Terrorism)において、テロリズム行為を裁く国際刑事裁判所創設のための協定が調印された。
See Proceedings of the
International Conference on the
Repression of Terrorism, Series of League of Nations Publications, Legal,
1938, V.3. Cf. also M. O. Hudson, “The Proposed International Criminal Court,” American Journal of International Law, 1938,
Vol.32, pp.549ff.
(33) 上述□□頁参照。
(34) ハイドは言う、
裁判所の任務を枢軸国側の行為の処罰に限定するか、連合国国民で敵側から戦時法規違反として指弾されている者も裁くかは、慎重に考察すべき問題である。その裁判所が、戦争の何れの側であっても、どの国の誰であっても、同様に裁くこととなれば、連合国の崇高な意図は万人に讃美されるであろう。しかし連合国軍の一員が有罪とされた場合に、その処罰には難しい制度上の問題がある。枢軸国側からその者の引渡しを要求されたとしても、連合国はそれを拒否し、もしその者が訴追さるべきであるとしても、連合国領土内で、連合国の機関によって裁くことを主張するであろう。(Hyde, op.
cit., p.43)
(35) 一九二六年ブリュッセルで開催された国際刑法協会総会は、満場一致で下記の決議を採択した(Revue International de Droit Pénal, 1926, Vol.3, p.466)。
1. 常設国際裁判所に刑事事件に対する管轄権を認めるべきである。
2. 同裁判所は、国家間に生ずる司法上・立法上の管轄権をめぐる争議の解決について諮問さるべきである。・・・
3. 刑事国際裁判所は、不正な侵略や国際法違反行為に関する国家の刑事責任を問う事件のすべてについ裁判権を有すべきである。同裁判所は、違反を犯した国家に対しては、刑事制裁ないし措置を科すべきである。
4. 常設裁判所は、平時または戦時に行なわれた犯罪行為・共犯行為・軽罪該当行為(Misdemeanors)その他の国際法違反行為、及び侵略罪(crime of aggression)に伴う個人責任の追及について裁判権をもつべきである。特に容疑者の犠牲者の国籍の故に、一般法上の犯罪(Common Law offences)であるが、犠牲者本国やその他の国が国際犯罪ないし国際平和に対する脅威と看做したものについても裁判権をもつべきである。
5. 常設裁判所は、犯罪を犯しながら、それが特定国家の管轄に属さない個人についても裁判権をもつべきである(犯罪地不明の場合や犯罪地の主権が争われている場合など)。
(36) 「平和維持のための恒久連盟」(Permanent League for the Maintenance of Peace)という私の提案の綱領案は「附録一」に掲げたが、国際法違反者の個人的責任を裁く国際刑事裁判所が樹立される場合に綱領に挿入さるべき規定案も「附録二」に掲げておいた。
(37) Permanent Court of International Justice, Advisory Committee of Jurists, Procès verbaux of the Proceedings of the Committee, June 16-July 24, 1920 (The Hague, 1920), p.498.
(38) Ibid., p.512.デカン男爵のこの着想の源泉は、自国憲法の定める大臣責任制度にあったようである。彼は「ベルギー憲法は極めて自由主義的で、刑事手続きを詳細に定めているが、下院が大臣を弾劾し、破棄院の裁判に附することを躊躇していない。破棄院は明文で犯罪を定義し、刑罰を決定する権限を与えられている」と言っている(p.512)。確かに国際法違反に対する国家機関の個人責任は、憲法その他の国法違反に対する政府構成員の個人責任に似ている(英国大臣弾劾制度を参照せよ)。
(39) 法律家諮問委員会における討論において、フィリモア卿は(1)平時に行なわれた行為、(2)戦時犯罪、(3)戦争開始という犯罪行為という三種に分類した(Ibid., p.507)。
(40) See Article 26 of the Convention of an International Criminal Court, Proceedings of the International Conference on the Repression of Terrorism, Series of League of Nations Publications, Legal, 1938, v.3, p.23.
(41) See Article 31 of Convention, ibid., p.25.
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