蟻川恒正『憲法的思惟』
ロバート・ジャクソン(1892-1954)は、日本流にいえば、検察畑から最高裁入りした人物ということになる。1930年代には、主として諸企業の独禁法違反の訴追を担当した。1941年ルーズヴェルト大統領に指名されて最高裁判事となり、43年には「エホバの証人」の国旗敬礼拒否事件(「バーネット事件」)について無罪の判決を書き、日系人への強制収用命令の合憲性が争われた翌年の「コレマツ事件」では、それを違憲とする少数意見を書く。45年には休暇をとってニュールンベルク裁判の憲章起草作業に従事し、その後主任検察官として、ナチ高官たちの訴追に当った。
本書は、バーネット判決の読み直し、ラディカルな個人主義者というジャクソンの思想的意味づけを通じて、アメリカにおける国家権力と自由の緊張関係、更には権力と自由に関する法哲学的問題に及んでいる。アメリカという「場」になじみの薄い読者には決して読みやすい作品ではないが、苦労して読むに値する、深みのある業績である。
バーネット事件は、日本でいえば、卒業式「君が代」問題と輸血拒否問題を合成したような事件である。両者とも信教の自由に関わるが、前者は「君が代」が象徴する思想を拒否する「公的」思想の自由に、後者は「私的」信仰の自由に関わるように思われていて、別の脈絡で論じられている。しかしそのような区分が成立するか否か、それは政治哲学の根本問題に関わり、権力の公共性を前提するロールズと、個人のもつ道徳的諸権利を基礎として「市民的不服従」論を構成したドゥオーキンの対立にも連なる(pp.57ff.)。
コレマツ事件は、「武器の中では法は沈黙するか」という古き問題に関わっている。アメリカでも、南北戦争中、反戦主義者の不服従行為が刑罰の対象となった事件、第一次大戦におけるドイツ系国民の規制などをめぐる論争史がある。ジャクソンはコレマツ判決において、「平時憲法」と「戦時憲法」の二元論を明示的に排除した(p.258)。またニュールンベルク裁判は、「国家に対する個人の抗命義務」の違反、即ち反人道的国法に反抗しなかった罪を追及したものである。
著者は、これらの法的実践を通じてのジャクソンの思想を、「国家の外に立つ精神」(p.199)という観念を基礎とする社会契約思想として定式化する。国旗への敬礼への拒否を、多数者の自制という前提に連なる「少数者の権利」としてではなく、自然権思想に連なる人権の問題としてとらえたのは、その表われであろう。
ジャクソンは、すばらしい切り口であり、そこから恐慌から戦争に至る今世紀中葉のアメリカ的状況が、生きた姿として照射される。しかし、外国人として、彼の重要性は、何といってもニュールンベルク裁判の構造を決定した人物であるところにあり、その側面から著者の研究を承継することは、学界の今後の課題であろう。(『法学セミナー』1995年2月号)