応報律から因果律へ

――ギリシャ自然哲学の発展――(『ギリシャ思想研究』『ハンス・ケルゼン著作集V』慈学社、2009年より)

 

自然哲学の神話的・宗教的起源

 

ギリシャの自然哲学は、過去の神話的・宗教的思惟より生れ出でたので、その思弁は規範的性格のものである。科学的に現実を把握しようとする最初の企図、そして壮大なとも形容すべきこの企図は、なお社会的領域に起源をもつ価値的観念に支配されていた。この社会的諸範疇は疑問なしに受け容れられ、人類の知識の争う余地のない部分であると考えられていたため、それが現実を科学的に把握しようとする最初の試みの出発点となったのである。初期ギリシャ哲学においては、自然は、未開人におけると同様に、社会の類推によって説明された。

この哲学が宇宙を理解しようとする時、そのモデルを提供したのは、権威的共同体としての国家であった。「秩序とは国家秩序に他ならない」というのが人々の通念であり、古来の神学的思弁に従って、その秩序は絶対的価値をもつものとされた。しかしこの自然と社会を類比する思考は、事実観察が進歩するにつれて退潮していった。自然を支配する普遍的法則とは、かつては国家法の宇宙への投影に過ぎなかったが、やがてその原型から解放され、独立した意味をもつようになった。規範としての国家法と因果法則としての自然法則は、全く異なった原則となっていったのである。カール・ヨエルが「科学は世界像の国家化(Verstaatlichung)から始まった」と言っている(1)のは正当でない。なぜなら、この自然の「国家化」(むしろ「社会化」(Vergesellschaftung)というべきであろう)は、既に神話の中に存在するからである。新たな自然の科学は、神話の終るところから発足した。この科学は最初からphysis[自然]nomos[人為的秩序]を分離する傾向をもち、科学と政治を対置、少なくとも二元化しようとした。このような傾向は未開の思惟にはまったく無縁のものである(2)

 

タレス、アナクシマンドロス、アナクシメネス

 

 哲学はミレトスのタレスとともに始まった。このタレスやアナクシマンドロス、アナクシメネスが、宇宙を統一的に説明するarche[アルケー、基本原理・根源]を求めた時、彼等の念頭にあったのは、世界を君主の如く支配するものあった。タレスは、この「なにものか」は水であると説いたが、これは海の神オケアノスが万物の起源であるとするホメロスの神話に似ている(3)。タレスは万物のarcheは水であると言い、アナクシマンドロスは「無限定なもの」(apeiron)であると言い、アナクシメネスは空気であると言ったが、彼等は何れも宇宙を君主国として構成したのである。一者としてのarche[支配者]の定める秩序がmon-archia[一者支配=君主制]なのである。ヘラクレイトスは、「一者の意志に従うことも法(nomos)である」と言っている(Fr.33)(4)。このような自然哲学が栄えたのが、ギリシャにおいて東方の独裁君主制の圧力が強まっていた時期であったのも、偶然とはいえない(5)。アナクシマンドロスは、ミレトス学派哲学の基本概念であるこの「根源」についてarcheという言葉をはっきり用いている。このarcheという言葉は、「初め」という意味もあるが、「支配」という意味ももっている。アリストテレスによれば、アナクシマンドロスは、archeとしてのapeironについて、「万物を包摂し導く(kybernan)ものである」と説いたという(『自然学』203b[Diels, A15],Capelle,25(6))。空気がarcheであると説くアナクシメネスの断片(Fr.2)において、「我々の魂は空気であり、それが我々を支配する(synkratei)ように、気息と空気が全世界を包摂する」と言っている。アナクシメネスが魂は「空気のようなもの」であると述べたが(Capelle,25[Diels,A23])、この意味については、彼が空気は神のようなもの(aera deum statuit)と言っており(Capelle, 21[Diels, A10])(7)それは恐らく理性や意志をもったものという意味であることに注目する必要がある。この意味においてarcheとしての空気は世界を「支配している」のである。ヨエルは、アナクシメネスが空気が世界の原理だと言っているのは、「実はそれが世界の魂だと言っていること」で、初期の哲学者たちにとって、世界の起源(Ursprung)の問題は、質料(Stofflichkeit)の根源ではなく運動(Beweglichkeit)の根源の問題であったのではないか」と言っている(8)。アリストテレスは、タレスが「磁石が鉄を動かすところを見ると、魂をもっているのだ」と言っているから、魂とは「動かすもの」であると考えていたようだ、と言っている(『心について』405a, Capelle,6[Diels, A22])(9)。タレスにおいても依然として、「動かすもの」としての原因は、アニミズム的に、もっと正確に言えば人格をもつものとして考えられていたのである。原因は、意図的に物を始動させ、支配し、磁石が鉄を惹きつけるように物を惹きつけるのである。そのような考えは、現在でも大衆の因果性観には無縁でないが――。運動の原因は魂である、否魂は運動そのものであるという考えについて忘れてはならないのは、魂の観念の起源は死霊にあり、その本来の作用(「結果」)は復讐であったことである。

 このような原因観は我々に未開人の応報観を想起させる。それによれば、罪、一層正確には罪人が罰を惹き起こすのと同様に、原因が結果を惹き起こすのである。応報の観念が基本原則としてのarcheの観念に決定的は役割を果たしていることは、初期自然哲学の様々な面、例えば「万物が相互作用をもち得るためには、共通の根源に発しなければならない」という、アリストテレスの伝えるアポロニアのディオゲネスの言葉(『生成消滅論』322b)に表われている。曰く、

私の見解を一言にして言えば、万物は同一物の変容であり、実は同一物である。それは明らかだ。地水火風その他この世に存在する諸物の内、どれかが他の物と異なり、自分だけの実体をもつとすれば、また諸物が同一物から変化し、分化したものでなければ、万物は相互に混淆したり、益や害を加えあったりすることはできない。諸物が同一であるように構成されていなければ、土から植物が生え出たり、動物等が生まれ出でたりすることも不可能である。万物は同一物から生じ、時に応じて分化し、様々な形をとるが、やがて再び同一物に回帰するのである。(Fr.2)

 「根源質料」(Grundstoff)という観念を理解するに当って決定的に重要なことは、「同様のもののみが同様のものに作用し得る」という観念が自明の前提として想定されていることである。この考えはギリシャ自然哲学の全体を通じて、様々な変容を通じて表われるもので、例えばエムペドクレスも、同様のものが同様のものに惹かれる、「甘いものは甘いものを得ようとし、辛いものは辛いものに近づく。酸っぱいものは酸っぱいもののところに来るし、暖かいものは暖かいものと結びつく」(Fr.90)、「火が上昇するのは等しきもののところに行こうとするからだ」(Fr.62)と言っている。特に有名なのは、「同様なものが理解できるのは同様なもののみである」というエムペドクレスの命題で、それはプラトンから更にゲーテにまで承継された。曰く、「我々の内に地があるから地が見える。水があるから水が見える。空気があるから空気が見える。火があるから火が見える。愛によって愛を見、憎悪によって憎悪を見る」と(Fr.109)

 同様なものが同様なものに作用するという考えは、因果法則をその神話的起源から切断した原子論者たちにさえ見られる。ところで「同様なもののみが同様なものに作用し得る」「原因は結果と等しくなければならない(この思想は十九世紀物理学にまで存続した)」という定式の起源は、明らかに応報律にある。「罪と罰、功と賞の間には、何らかの等しさがなければならない」、この観念こそが、以上述べた思想のなお合理性をもつ本来的意味である。元来この等しさとは、「悪と悪、善と善」という質的な意味であった。罪の悪が罰の悪と結びつき、功の善と賞の善が結びつく。応報の宗教的イデオロギーにおいては、「悪は悪を産む」という観念が存在した。子が親に似るように、罪と罰も似るのだ、と。アイスキュロスは『アガメムノン』の中で、「過度の幸福が不幸を産む」という俗信を批判して、不幸をもたらすものは罪で、親が自分に似た子を産むように、罪はまた次の罪を作り出す、と合唱隊に歌わせている(七五〇以下)。   

 罪と罰の「等しさ」(Gleichheit)は「同一性」(Identität)に転化する。罰は新たな罪であるという訳である。――この等しさはまた、質的意味のみならず量的意味ももつ。罪が大きければ罰も大きく、功が大きければ罰も大きくなければならない。ヘラクレイトスの断片(Fr.25)に「偉大なる死は偉大なる報いを得る」とある。罪と罰、功と賞が等しいように、原因と結果も本性上「等しく」なければならない。それ故万物は窮極において同一の素材(水や空気)に発したものであるはずである。アポロニアのディオゲネスが、先の断片(Fr.2)において、あるものが他のものに作用するという事実の叙述の中で、「益や害を加えあったりする」という表現を用いているのは、単なる比喩ではない。「益」とは功と賞であり、「害」とは罪と罰である。

 Archeという観念に含まれる「等しさ」は、正義の観念と結びついた均衡(Gleichgewicht, equilibrium)の観念としても表われる。均衡は、罪と罰、功と賞を秤にかけるという応報の作用である。タレスは水を万物の根源としたが、水が他物に変化する事実を説明することが困難であった。そこでアナクシマンドロスは、最初にapeironがあると設定し、この永遠不滅の無限定の実体から乾湿、冷熱のような対立物が生ずるとした。有限な諸事物は常に相剋しており、熱い火は冷たい空気と争い、乾いた陸は湿った海と争う。一元素が他元素に優越するのは不正で、夏には熱が、冬には寒気が不正を作り出す。均衡に到達するためには、共通の基盤であるarcheに回帰しなければならない(10)。火がすべての水を蒸発させてしまえば、「不正」な状態となって世界は破滅に導かれる。火と水が混り合うと火は火でなくなり、もとのarcheに戻る。Archeの役割は、応報的正義という意味での均衡を回復することである(11)。彼は世界の普遍的説明を、このような世界の普遍的正当化という形で提供したのである。これがアナクシマンドロスの基本思想であるとすると、一語一句彼自身の言葉であると思われる以下の断片の意味も理解できる。

諸事物の生成の根源の中に、必然(to chreon)に従ったその没落がある。なぜなら、事物は相互に、時間の秩序に従って(kata ten tou chronou taxin)その犯した罪に対し償いをするからである。(Fr.1)

  ここに、カペレが言うように、人類思想上初めて、全宇宙を支配する内在的法則の観念が把握されたのである(12)。これこそが人類史上最初の因果法則の定式化である。しかしそれは、一般的な形をとっているが、なお本質において応報律であり(13) 、原因は罪、結果は罰である。罪が罰に先行するように、原因は結果に「時間の順序に従って」、先行するのである。彼のいう「必然」は応報を定める法の強制の必然性であり、原因・結果の時間的前後関係は犯罪と刑罰の前後関係である。この応報のダイナミズムにおいて、科学的思惟は初めて時間の範疇(tou chronou taxis)を意識したのである(14)。近代物理学がなお原因と結果の非対称性を説き、原因は結果に時間的に先行しているという前提を維持しているのは、元来原因は罪、結果は罰だったからである。

 

ヘラクレイトス

 

 アナクシマンドロスと同様、ヘラクレイトスも自然の内に対立物間の緊張関係を見た。そして彼と同様、それを純粋に社会的な範疇によって解釈した、即ち「戦争」(polemos)という概念によって――。ディオゲネス・ラエルティウスは、彼が「あらゆる出来事は対立の結果として生ずる」(IX,8)「事物は対立を通じて調和する」(IX,7)と言ったと報じている。「戦争は万物の父であり、万物の王である」という言葉(Fr.53)は有名で、屡々引用される。アナクシマンドロスは争いを不正と見たが、ヘラクレイトスは「我等は知らねばならぬ、戦争は万事に共通のもので、争い[eris]は正義(dike)であることを。また万事は争いを通じて生成消滅することを」と教えた(Fr.80)。彼は諸元素が相互に争い合う戦争の中にあらゆる生の法則を見たのである。そして彼の「全哲学の中心概念は、ロゴスである。それは永遠で超経験的で一切を導く世界理性である」とカペレは言っている(15)。「永遠のものであるこの世界法則(logos)を人間は理解しない、それについて聞く前も聞いた後も。万事はこの法則に従って生起するのであるが、人々は馬耳東風である」(Fr.1)。明らかに、万物がそれに従って生起するこの「ロゴス」とは、因果法則である。

 この法則は運命(heimarmene)と同一物である。ディオゲネス・ラエルティウスは、ヘラクレイトスの言葉として「万事は宿命に従って生起する」を伝え(IX,7)、アエティウスは、彼が「運命は世界法則(logos)であり、上昇・下降の対立を経て万物を形成する」「万物は運命に従って生じ、運命は必然と同一である」を伝えている (Capelle, 54-6[Diels, A8])。因果律の本質的要素である出来事の必然性を、ヘラクレイトスは神の破るべからざる意志であるとし、その神を人格化された理性であるとした。必然性は、神の意志の顕われである秩序の絶対的効力の表現であり、この絶対不可侵の必然性は、一切の経験の彼岸にあると想定される超越的権威の属性である。この必然性・運命はheimarmeneという言葉で表現される。その動詞形であるmeiromaiは「分け前を受け取る」という意味で、語源的にはsmeriomaiに由来する。その語頭のsmerは「割当てる」ことを意味し、ラテン語のmereo(私はそれに値する(ich verdiene, I merit))に対応する(16)。それ故、因果的必然性を示す単語は、元来「正しい配分」(Zuteilung, merited allotment)を意味する。各人の運命は、賞罰として「分け与えられた」ものである。これから察するに、運命とか宿命とか概念は、応報観念から導かれたもののようである。運命とは、各人の善行・悪行に応じて、応報を行なう神が、仮借なき意志に従って、分け与えるものである。そしてまさしくヘラクレイトスにおいて、heimarmeneは正義の法則の不可侵性を意味し、この正義の法則とは応報の法則を意味するのである。

 ヘラクレイトスのいう世界法則は人間が服従すべき規範であるが、その愚かさの故に人は時にそれに違反する。そのような思想は「それ故人は共通なるものに従わねばならぬ。しかし世界法則(ロゴス)は共通なもの(万事を支配しているもの)であるに拘らず、多くの者は自分が分別をもっているかのように生活している」(Fr.2)「知性をもって語る者は、都市が法律を固守するように、いやそれ以上に固く、共通なるものを固守しなければならない。なぜならすべての人間の法は神の法に養われている(効力を与えられている)からである。その法は欲するままに支配し、すべてを充足してすべてに優越する」(Fr.114)などの断片に表われている。人の法が神の法、世界法則にその効力を仰いでいるのは、その神の世界法則、即ち不可侵の因果法則なるものが人間の法の宇宙への投射に他ならないからである。そして宇宙に投射された人間の法は、神の絶対的意志と看做されているが故に不可侵なのである。自然的法秩序という意味での自然法の観念は、すべてこのような基本思想に依拠している。

 この法が応報律であることを不可疑の仕方で示すのは、「太陽もその矩を踰えないであろう。踰えればディケ(正義の女神)の侍女たちであるエリニュエスが発見するであろうから」という有名な断片(Fr.94)である。これはアナクシマンドロスの言葉に対応するものといえよう。エリニュエスは、ギリシャ宗教における著名な復讐女鬼たちである。「彼等の内で最も立派な者とおもわれている者の考えも、単なる臆見に過ぎない。しかし嘘つきやその加担者はディケ(正義の女神)に捕らえられるだろう」(Fr.28)という場合のディケとは、応報の女神である。オルフェウス教徒(17)はディケを「不可抗の」と形容し、「神法に背く者の懲罰者」とよんだ(18)。このヘラクレイトスの言葉の科学思想史上の意義は、因果律の不可侵性が、(太陽は正義の女神の強制によって軌道を辿っているのだとして)法的義務・規範的必然性と解されていることにある(19)。世界法則の不可侵性は、それが常に遵守されるところにあるのではなく(太陽が軌道を逸脱する可能性は否定できない)、逸脱が常に例外なく罰せられるところに求められている。なぜなら世界法則は法規範、違反に制裁を科する規範であり、神の不動の意志たる応報律である。ヘラクレイトスのロゴスは不可抗の復讐者ディケである(20)。近代自然科学においても因果法則の不可侵性は激しく議論されているが、その絶対的確実性の思想は、神話及び神話から進化した自然哲学が、「応報律は神意である、絶対的な拘束力をもった意志である」と考えたところにその起源がある。最初期の自然科学は、この応報律から自然法則を案出したのである(22)

 ヘラクレイトスの世界法則の基礎に応報律が存在することは、「世界火」に関する彼の説にも現われている。その説によれば、世界の根本原因は火であり、その火から万物が生じ、やがてその火へと回帰する(Capelle,60[Diels, A5])。「万物は火の対価で、火は万物の対価である。ちょうど黄金が商品の対価で、商品が黄金の対価であるように」(Fr.90)。ここでは、火が諸事物に、諸事物が火に転化する過程が商品交換として捉えられているが、商品交換もまた応報の一事例である。商品の対価として黄金が支払われるように、結果は原因に随伴するのである。因果連関は罪と罰の関係に「喩えられた」のではなく、それ自体応報律の一事例なのである。キリスト教司教のヒッポリュトスは、ヘラクレイトスのEkpyrosis[万物火化]説を説明して「『雷は万物を導く』[Fr.64]という言葉が示すように、世界及びその中の諸事物は火によって裁かれる。この『導く』とは支配するという意味で、『雷』とは永遠の火のことである。ヘラクレイトスはまた、火は理性をもっていて、万物を支配すると言い、それを窮乏と飽和[Fr.65]とよんでいる。彼によればこの窮乏が世界形成であり、飽和がその破壊である。『火がやってきて万物を裁き、捉えるであろう』[Fr.26]と彼は言う」と言っているが、この解説はヘラクレイトスの説に大きな変更を加えた訳ではない(23)

 

パルメニデス

 

「世界を統合している法則の必然性は神的法規範の絶対的拘束力であり、この神的規範、即ち自然法則は、存在の永遠の法則、即ち応報である」という思想は、ヘラクレイトスに劣らず、(彼と全く対極的思想を説いた)パルメニデスの思想にも明確に現われている。この法則の認識、即ち真理に至るために、彼は仮想の旅に出かける。この旅を歌った詩によれば、彼は旅先で「応報の女神」(Dike polypoinos)に出会う(24)。女神は光への道、即ち真の認識への道の鍵を持っている。ディケは正義の女神であるが、同時に真理の女神なのである。なぜなら、この徹頭徹尾倫理的・法的な世界観においては、真理と正義は同一で、その貫徹性は「丸く彫琢された真理の不動心(atremes etor)」なのだから(25)

  「一切の生成・生成消滅は仮象に過ぎず、存在するものは永遠不変の存在のみである」というパルメニデス存在論の基本テーゼは、「ディケは生成をも消滅をもその鉄鎖から解放せず、締め付けるのだ」という形で表現される(Fr.8)。これ即ち「応報の女神」(Dike polypoinos)に他ならない!同様の思想はまた「存在は初めなく終りなき強力な鎖に繋がれ動けない。生成や消滅は遥か彼方に投げ棄てられてしまった。・・・強力な必然(Ananke)がそれを限界内に包み込んでいるのだ」とも、更に「運命(moira)がそれを無欠不動のものであるように縛りつけた」とも表現されている(Fr.8)。この「必然」も「運命」も、応報の女神ディケのことである。存在の自然法則による決定、存在を侵すべからざるものとして拘束している準則は、絶対的法規範の課す強制なのである。「真理の不動の心」である世界法則の不可侵性は、正義の女神の鉄の意志、応報の不可避性なのである。詩人アイスキュロスは、同じ思想を「必然はゼウス以上の力である」と表現している。合唱隊長の「必然の導き手は誰か」という問いに対し、プロメテウスは「三つの姿をもつモイラと処罰者エリニュエスだ」と答えている(『鎖につけられたプロメテウス』514f.)。

 

エムペドクレス

 

 応報はエムペドクレス哲学の――仮に唯一の基本観念ではないにせよ――一基本観念である。この哲学は、オルフェウス=ピュタゴラス的思想の影響下にあり、その中心には霊魂輪廻に思想がある(26)。アクラガス[シケリア=シシリー島の都市国家]の哲学者エムペドクレスは、学者らしく、自己の魂の運命をこの輪廻思想に従って解釈しているが、(輪廻思想とはそもそもそういうものであるが)ここでもそれは応報のイデオロギーである。曰く、

   アナンケ[Ananke、必然の女神]の神託、幅広き誓いによって永遠に封印された神々の古き定めによれば、「殺人の血によって手を穢した者、争いに導かれて偽証した者の死霊(daimon)は、祝福された者の居所から離れ、三千回の季節を、様々な死すべき者の姿を取りつつ、苦難多き生を経巡らねばならない。強力な空気の力が彼を海へと追い出し、海は彼を陸に吐き出し、陸は彼を燃ゆる陽光の中に突き出し、太陽は彼を再び大気の奔流の中に投げ出す。彼は、一者から他者に委ねられても、また排斥されるのである。私もまたそのような者の一人で、争いに身を委ねたばかりに、神々の領域から追われた亡命者・漂泊者となっている(Fr.115)

 罪人を罰するのは気水地火という四元素(この四つが彼の哲学における世界の元素である)、即ち自然そのものであり、この自然の役割は応報の執行にあるのである。

 しかもここで応報の対象となる罪とは、人間社会において人間が人間に加える加害に限られない。トーテミズムにおいては、人間のみならず他の動植物も社会を構成するが、エムペドクレス思想においても、人間は動植物に生まれ変る。万物は同一の法に服する。すべての存在は同等の生存権をもつから、この秩序の根本規範は殺害の禁止である。自然は社会の一部であり、応報律は即ち自然の法則である。ディオゲネス・ラエルティウスは、エムペドクレスは「魂は様々な姿の動植物の中に入る」と言ったといい(VIII,77)、アリストテレスも「仮に相互の連絡や合意の存在しないような場合にも、あらゆる人間がある意味で神的であるように、自然に従った正不正の一般的観念が存在する。・・・エムペドクレスも『生あるものを殺すなかれ』という戒律との関連で、殺すことはある者にとっては正しく、他の者にとっては正しくない、というようなものでない [誰にとっても悪である]と言っている」と言う(『修辞学』1373b)。キケロの著書にも「ピュタゴラスやエムペドクレスは、すべての生物にとって同一の法秩序(unam omnium animantium condicionem juris)が存在し、生き物を傷つけた者には贖罪不可能な罰が加えられると言っている」という言葉がある(De republica, III,xi,19)。「お前たちはこの不祥の殺戮をやめないのか。軽率にもお前たちは相互に喰い合っているではないか」という彼自身が語った言葉も伝わっている(Fr.136)。また曰く、

   愚か者よ。父は姿の変った自分の息子を、持ち上げて祈りを捧げ、殺している[豚などの屠殺の状景]。殺される動物たちは、助けを請うているのに、父は耳を貸さず、屠殺して自宅の食卓に供するのだ。同様に息子が父を子供たちが母を殺して、血族の肉を口にしているのだ(Fr.137)

  エムペドクレスは、人間と動植物を支配するこの法、応報の制裁によって、「贖罪不可能な罰」によって保障されている法を、宇宙全体を支配する更に一般的な法の一事例と見ているようである。先の「殺すことは、ある者にとっては正しく、他の者にとっては正しくない、というようなものでない」という言葉に続けて、彼は「万物を支配するこの法は、広く拡散した気を貫き、光遍き空を貫いて万象に遍在する」と言っている(Fr.135)。彼の考えではこの世界法則は応報律である(27)

  エムペドクレス哲学においてはこの世界法則は、永遠にして必然的な二つの力の交替として顕われる。その一つは諸元素を結合し混合させる原則であり、他の一つが諸元素を分離し孤立させる原則である。前者が愛(philia, Aphrodite)、後者が争い(neikos)に他ならない。彼はこの両概念を単なる比喩として用いているのでは決してない。彼が念頭に置いているのは結合・分離という社会的範疇で、それは未だ「神話=社会学的意味」(mytho- soziologischer Sinn)のものである。彼において愛や争いは自然的諸元素間の状態や過程であるのみならず、神々や精霊のような人格的存在である。彼等は実際に争って、勝ったり負けたりしているのである。曰く、

   我は汝に二つのことを教える。時に多者より一者が生じ、時に一者より多者が生ずる。死すべきものの生成は二様であり、その消滅も二様である。万物の結合は、一者を生成させ、また消滅させる。そこへ他の者が生成し、万物が分離する時分散する。これらの交替は終ることなく続き、時には愛によって一者へと結合し、時には争いの憎悪によって諸方向へと分散する。こうして多者が結合して一者となり、一者が分散して多者となる。事物は生成するが、永遠の生命をもつことはない。この交替は終りなきものであり、永遠に循環するのである。(Fr.17)

 エムペドクレスが愛とか争いとか言う時、それが物理的な引力・斥力のみならず、社会関係をも意味していることは、彼の自然現象を解釈した思惟においても「非の打ちどころのない愛の柔和で不滅の流れ」とか(Fr.35)、「悪意に満ちた争い」(Fr.20)とかという形容が登場することからも分る。他の断片に曰く、

   太陽、大地、空、海――これらのものは、その部分が分離し、人間界に遠く投げ出されていても、その部分と一体である。同様にして混合に適したもの同士は、相互に親和的で、アフロディーテの愛によって結合する。それに対し、起源において、混合において、また刻印された形態において異なるもの同士は、相互に敵対的で結合になじまず、争い(neikos)によって不幸である。なぜならそれらは争いが作り出したものだからである。(Fr.22)

 この、ある時は愛が、ある時は争いが支配する世界の循環の最初は、愛のみの支配する時代から始まった。それは調和の状態、即ち幸福と平和の状態であった。万物は全にして一なるもの、即ち「球」(sphairos)となる。この「球」についてエムペドクレスは、「あらゆる側面が等しく、あらゆる方向に向って限界がなく、誇り高き孤高の中にある」(Fr.28) 「そこには太陽と大地と海の区別もなく、調和(Harmonia)に包まれている」(Fr.27)と言い、「その体内には対立の品位なき争いもない」(Fr.27a)とつけ加えている。エムペドクレスは社会の起源を平和と至福の黄金時代のようなものとして描き、宇宙の起源もそれとそっくりなものとして描いた(28)。「鳥も獣も人間に優しく、親愛の情は世に充ちていた」(Fr.130)。この黄金時代は、争いの勃発とともに終焉を迎えたのであろう。争いがやって来て、分裂と孤立の過程が始まる。ツェラーの表現を用いれば、「至福の原始状態よりの訣別」が生じたのである。人々が相互に異なって来ると、心の中に異なった考えが萌してくる」(Fr.108)。エムペドクレスの宇宙論は、自らの社会哲学的観念を宇宙に投射したものであると言って差し支えない(29)

 エムペドクレス哲学における愛(philia)と争い(neikos)が、人間的愛と争いを宇宙へと投射したものであることは、「同様のものは同様のものによってのみ理解される」という、先に引用した原則からも明らかである。人間界の愛によってのみ宇宙におけるphiliaを認識し得ると言い、また憎しみによってのみneikosを理解し得ると言う場合、この命題を、「我々の血液の中に愛憎の元素が含まれているから、我々は宇宙的愛憎を理解できるのだ」というように、生物学的意味に解してはならない(30)。そうではなく、宇宙過程は、我々が愛憎として体験するものと同様なものであるが故に、我々に理解可能なのである。宇宙過程を支配しているのは神話上の神々であり、エムペドクレス宇宙論に登場してくるphilianeikosもまさにそのような神話上の存在なのである。断片の中にも「神と神(即ちPhiliaNeikos)が一層強く溶け合う」(Fr.59)とか、「かの誓いによって約束された時が至り、順番がまわってくると、neikosは主権を主張して飛び出して来る」(Fr.30)などというものある。アリストテレスは、「エムペドクレスは、愛と争いは必然によって、交替して世界を支配し運動を惹起するが、両者はその中間期には休息していると考えているように見える」と言っている(『自然学』252a)。アリストテレスが、エムペドクレスにおける交替で勝利する二つの力の対立を善悪の対立であると解釈しているのは(『形而上学』984b,985a)、正当である。このように世界過程を善悪の対立と解釈する思考は、当然応報の観念を前提としている。「悪」に対する「闘争」という思想は、罪人を処罰しようとすることに他ならないからである。

 残存するエムペドクレスの諸断片を注意深く読んで見ると、愛と争いの永遠で必然的な交替の原則は、応報を意味していることが分る。争いに訴えることは罪を犯すことである。しかしまた争いは同時に罰でもあるのだ。アリストテレスは既に、エムペドクレスにおける争いは、分裂的な悪であるばかりか、結合的な善でもあることを指摘している(31)。まさしくギリシャ神話において、同一の神が人を悪へと誘惑しておいて、それを罰することが屡々ある。輪廻信仰の応報的性格とエムペドクレス自身の懺悔とが表明された(先に引用した)一断片において、「争いに導かれた死霊(daimon)は、三千回の季節を経巡らねばならない。私もまたそのような者の一人で、争いに身を委ねたばかりに、神々の領域から追われた亡命者・漂泊者となっている」(Fr.115)と言っているが、ヒッポリュトスはこれを「デミウルゴス(争い)による懲罰」と解している(32)

  争いは、人間を誘惑して罪に陥れ、そしてその罪人を罰する。この応報は、争いによって罪を犯した者のみならず、分離をもたらす元素自身を罰する。先に引用した「混合に適したもの同士」が「アフロディーテの愛によって結合する」と述べた断片は、続いて「異なるもの同士は、相互に敵対的で結合になじまず、争いによって不幸である」と言っている(Fr.22)。つまりは、「争い」が争う諸物を「不幸にする」即ち罰するのである。ヒッポリュトスの言うように、これはまさしく「争いによる懲罰」なのである。善き状態(愛の状態、即ち平和と幸福の状態)から悪しき状態(争いの状態)に移行する時、そうなること自体が、不幸になるという懲罰を受ける状態なのである。この愛と争い変遷を支配する永遠の法則は応報律であり、その不可侵性は固有の意味における規範的性格のものである。この応報律を命ずる「アナンケ[必然の女神]の神託」は「幅広き誓いによって永遠に封印された神々の古き定め」であり、その拘束力は誓約によって封印された約束のもつ不動の拘束力である。そして誓約は即ち法の実効性を保障する特有の方法に他ならない。エムペドクレスにおいても、アナンケ[必然]はディケ[正義]であり、自然法則の不可侵性は規範的拘束の絶対性なのである。

 

原子論者たち

 

 近代の因果律概念は原子論者たち(レウキッポスとデモクリトス)によって基本的に樹立された。彼等は純粋な自然科学の創始者であり、自然認識から目的論的観点を一貫して排除し、いわゆる目的因を厳格に否定して、因果法則を殆んど完全に応報律から解放した。世界秩序が(人格的・理性的・目的論的に働く)意志の表現であると考えられている限り、事象を支配する法則は規範の性格をもたざるを得ない。そうすると世界は、正常状態を制裁によって保障する法規範の類推によって解釈されざるを得ず、世界を支配する法則は応報律とならざるを得ない。事象がこの法則から逸脱すると、神はそれに制裁を加えることによって均衡を回復しようとすると考えられている。これは近代法学と同様の思想で、逸脱は制裁発動の条件で、制裁、特に刑罰が法の回復と解されている。ここでは法の不可侵性とは、法が正しく守られることよりも、罪が確実に罰されることを意味する。確かに太陽は軌道を逸脱してはならないが、時には逸脱することもあり、その場合に正義の女神ディケがその侍女エリニュエスを通じて刑罰を発動するのである。ヘラクレイトスの自然法則観はそのようなものであった。ところが原子論者たちは自然法則をもはや規範・神意の発現ではなく、非人格的・客観的な必然性の表われと考えた。

 アリストテレスは「デモクリトスは、目的因を無視してあらゆる自然現象を必然に(eis anankein)に還元した」と言っている(『動物発生論』789b[Capelle,55; Diels, A66])。そもそも原子論者たちは、運動はアトムの本来的属性であるとして、物質の最初の運動なるものを論じなかった。彼等は、アトムは運動するものだという基本前提から出発していて、アトムを動かす神の意志などということは考えなかった。この基本前提の下で、世界の変化を原因と結果の結びつきとして捉えたのである。デモクリトスは何らかの人格的存在によって世界が構築されたとは考えない。シムプリキウスは、「デモクリトスは世界そのものの構築は偶然によるもの、しかし個々の現象に関しては一つとして偶然によるものはなく、必ず何らかの他の原因によると考えたようである」と言っている(Capelle, 44)。プルタルコス偽書(Pseudoplutarch)は「デモクリトスは、万物は何者にも創造されない無限定のものだと想定している」「現在生起している出来事の原因には始原がない」「現在生じていること、未来に生ずるであろうことは、無限の過去より存在し、必然の中にあったのである」と言っている(Capelle,48[Diels, A39])。原子論者たちが、もっぱら機械論的世界観に立った真に科学的精神の持主であったことを最も特徴的に示すのは、「ペルシャの王になるよりも一つの因果法則を発見したい」という彼の言葉であろう(Fr.2)

  原子論者が自然解釈において応報律から解放されたことと、ソフィストたちが社会理論において応報観念から解放されたことは、完全な並行現象である。「社会的に有害な行為に対し行為者に強制を加えるという刑罰制度は、応報という宗教的観念からではなく、予防という合理的意図から説明さるべきである」と説いたのは、レウキッポスの同時代人プロタゴラスであった。刑罰は、何だか難しげな(dunkel, obscure)は根拠でなく、明確な目的によって科さるべきである。曰く、

   過去に悪をなしたから罰するというのでは、けだものが怒って衝動的に行動するようなものである。過去の悪は今さらどうすることもできない。刑罰は過去の悪に報復するのではなく、未来への展望において行なわるべきものである。罰せられた本人やその処罰を見た他の人々が将来罪を犯さないようにするのがその目的である。刑罰は予防のためのものなのだ(プラトン『プロタゴラス』324(33)

  こうして自然法則も国家法も、応報神話の桎梏から解放されたのである。

 しかし因果法則は、原子論者たちの著作に示された純粋な姿においてさえも、その出自を消去し去ることはできなかった。アエティウスは、レウキッポスは、万事は必然に従って(kat’ananken)生ずるが、この必然は即ち運命(heimarmene)であると言い、更に「何ものも根拠なく生ずることはない。万事は根拠(logos)に基づき、必然(ananke)に従って生ずると言っている」と言う(Fr.2)。ここで原因の概念がlogosと表現されており、これはヘラクレイトスのlogosである(原子論者たちは彼から強い影響を受けた(34))。ヘラクレイトスにおいてlogosはすべてがそれに従って生起する(gignomenon gar panton kata ton logon)世界理性であり(Fr.1)、それがレウキッポスに至って機械的原因に転化したのである。後者においてもanankeは絶対的強制をもって貫徹するとされているが、これはヘラクレイトスのlogosにおける不可侵の神の意志を承継したものである。

 このことはデモクリトスにおいて、一層明確に表われている。アエティウスによれば、デモクリトスは必然を衝突するアトムの衝撃と反撃(blows and counterblows)として捉えたようだ(35)。この主張を理解するためには、デモクリトスにおいて、変化とはアトムの衝突と分離に他ならないことを知らなければならない。存在するものはアトムのみであり、それが「相互に不和となって」空間の中で衝突するのである。物が現れたり消えたりするのは、要するにこういうことなのだ。ディオゲネス・ラエルティオスは、レウキッポスの説を次のように紹介している。

      世界の生成の次第は下記の如くである。あらゆる形状のアトムたちが無限定なるもの[apeiron]から切り離されて、巨大な空間へと運ばれ、それらが渦をなす。アトムたちは相互に接触し合い、旋回し合ううちに、似たもの同士が他から離れてまとまってくる(Diog. Laert., IX,31)

 必然(ananke)とは、我々が「因果性」とよぶもので、それはアトムの衝突と分離、衝撃と反撃という形で発現する。原子論者たちは、因果性を運動対反動という図式によって捉えたのである。これは罪と罰、功と賞を結び付ける応報律に似ている。アトム同士は相互に「不和」となって衝突するというのは、万物の状態を「戦い」として捉えるヘラクレイトスとそっくりである。そしてこの衝突は「対向する潮流の衝突によって調和へともたらされる」。応報律においても、方向は動と反動は逆方向であるが、その性質は同じものである。「等しきものによって等しきものに報いる」のであるから。デモクリトスの因果法則においても、衝突するアトムとアトムは、「不和」ではあるが、性質は同じなのである。ヒベー・パピルス[Bernard GrenfellArthur HuntがエジプトEl Hibehで発掘し一九〇六年に翻訳出版したパピルス。紀元前三〇一〜二九八年の記録]に、デモクリトスの説として「湿った元素においては、一般にそうであるように、等しきものと等しきものとが集る。こうして海やその他塩辛い水も成立した」という言葉があり、断片一六四では次のように言う。

   動物たちは同種のものが集う。鳩は鳩と、鶴は鶴と、等々。無生物の場合も同じで、ごった混ぜの穀物を篩にかけた場合や、波に運ばれる小石の場合などを見れば分る。

  篩の運動によってヒラマメはヒラマメ、大麦は大麦、小麦は小麦で集る。後者においては細長い小石同士、丸い小石同士が同じ場所に打ち寄せられる。あたかも、似たもの同士が惹きつけあう力をもっているように。

 そしてアリストテレスは、「デモクリトスは、作用するものとそれを受けるものは同一物で同一性質のものである、なぜなら異なるもの、異なる性質のものが相互に作用を受けることは不可能だからだ、と言っている。もし相異なる二つのものが何らかの仕方で作用し合うとすれば、それは異なるものとしてではなく、何らかの共通の属性をもっているもの同志であるからである」と述べている(『生成消滅論』323b[Capelle, 35; Diels, A63])。それは磁石が鉄を惹きつけるように、「等しきものが等しきものを惹きつける」からである。アフロディシアスのアレクサンドロス[~三世紀小アジア・カリア出身のアリストテレス学者]は、「デモクリトスはこの仮定の下で、磁石と鉄は同種のアトムから成るものであると想定した」と言っている[Capelle,37;Diels, A165]。それは罪と罰、(刑罰や復讐における)殺人と殺人が本質を同じくするように、また功と賞が本質を同じくするように、磁石と鉄も本質を同じくし、従って前者が後者を惹きつけるのである。デモクリトスは、作用を「受ける」という言い方をしているが、その背景には、刑罰を「受ける」という観念がある。

 

Aitiaの意味

 

 プリニウスは、デモクリトスは「罰と賞」(poenam et beneficium)という二つの神のみを認めた(!)と言っているが(36)、それもありそうなことである。アリストテレスも、原子論者たちの説く因果法則について、「彼等は、何ごとも偶然には生じない、自ずから、あるいは偶然によって生じたと我々が考えているものも、みな何らかの原因(ti aition)を有している」と説明している(『自然学』196a)。デモクリトス自身も(37)、また初期自然哲学者たちも、原因をaitiaとよんでいるが、その言葉が元来「罪」(Schuld, guilt)を意味したものであることを忘れてはならない(38)。現代ドイツ語でさえも、屡々「惹き起こる」(verursachen)ことを「〜のせいで起る」(verschulden)と言う(39)。結果は原因の「せい」(Schuld, responsible)で起るのである。このことは、近代科学においてなお、「原因」「結果」の観念に、罪と罰という観念が残存していることを物語っている。

 

 

 

(1)         Karl Joel, Geschichte der antiken Philosophie, Vol.1, 1921, p.258; Cf. Kelsen, “Die Entstehung des Kausalgesetzes aus dem Vergeltungsprinzip,” Journal of Unified Science (Erkenntnis), Vol.8, (1939/1940), pp.69ff.

(2)         初期の自然哲学に残存する自然の社会的解釈の要素は、タレス、アナクシマンドロス、パルメニデス、エムペドクレス、ゼノンなどの自然哲学者たちが、政治家でもあったという事実と関連しているかも知れない。Cf. John Burnet, Early Greek Philosophy, 4th ed., 1930, pp.46,52,90ff.311.

(3)         ヨエルは言う、

     ホメロスが素朴に「水が万物の起源だ」と述べたからといって、そこから「水が万物の原理だ」とするタレスの命題が出てきたとは、いくら無理をしても言えないであろう。オケアノスは特定の海に住む神で、そこからすべての水がすべてのものの根源であるというタレスの説に至るには、道は遥か遠い。(Joel, Der Ursprung der Naturphilosophie aus dem Geiste der Mystik, 1906, p.6)

        確かに遠いことは遠いが、道が通じていることは事実である。この道の距離は、神話から自然哲学に至る距離より遠いとはいえない。まして[ヨエルのいう]神秘(Mystik)から自然哲学に至る距離よりは短いのではあるまいか。

(4)         Hermann Diels, Fragmente der Vorsokratiker, 5th ed., 1933[以下Fr.で表示する断片番号は同書による]

(5)         Joel, Geschichte, Vol.1, p.260.

(6)         もっともバーネットは、アナクシマンドロスがarcheという用語の導入者であるという一般的見解は誤りであると言っている(p.54)[Capelle翻訳の番号は、Wilhelm Capelle, Die Vorsokratiker, 2nd ed., 1938による。以下同じ]

(7)         Cicero, De natura deorum, I,10(Loeb).アナクシメネスの影響下にあったアポロニアのディオゲネスは、「私の考えでは、理性をもつものは空気とよばれており、それは万物を導き、万物を支配する。なぜなら、私の考えでは、これこそが神に他ならず、あらゆるところに在って、万物を整序し万物の内にある」と言っている(Capelle, p.312, Burnet, p.354)

(8)         Joel, Der Ursprung, pp.66ff.

(9)         アリストテレスによれば、デモクリトスでさえ、運動の原理ないし原因は魂だと考えていた(『心について』405a,406b,409a)。

(10)      Burnet, op.cit., pp.53ff.

(11)      医学において正義に対応するものは健康である。ピュタゴラス学派と親密な関係にあったクロトンのアルクマイオンが「健康は平等(isonomia)である」と唱えた理由も容易に理解できる。彼は「人間的事物はすべて二である」と言ったが、バーネットはその意味について、「人間は冷暖・乾湿などの対立物から構成されており、病気は一方の他方に対する専制支配(monarchy)である。この専制支配をアナクシマンドロスは『不正』とよんだのだ。健康とは人体内において平等な権利[isonomia]をもった自由な政体を樹立することである」と説明している(Burnet, op.cit., p.196)

(12)      Capelle, op.cit., p.75.

(13)      イェーガーは、アナクシマンドロスの断片が言及している「法」とはポリス(ギリシャ都市国家)の法であり、「彼が定式化したのは自然法則・物理法則でなく道徳法則である。自然現象がこの規範に支配されているという認識には深い宗教的意味がある。それは単なる事実の叙述ではなく、世界の本質の正当化である。これによって、世界は大文字で書かれた『コスモス』、ドイツ語で言えば物(Dinge)の法共同体であることが示される」「アナクシマンドロスの断片が我々に示しているのは、因果律の問題が神義論(Theodizee)[英語版:神の人間に対する関わり方(the ways of god to man)] の問題に発していることである。彼のディケ[正義]観念は、都市国家を全宇宙に投射とする発端である」と言っている(Werner Jaeger, Paideia, Vol.1, 2nd ed., 1936, pp.217ff.)

(14)      カッシーラーは、神話的思惟においては「あらゆる現象を支配する普遍的時間秩序」と「この現象が服している永遠の正義の秩序」の間に結びつきがあると言っている(Ernst Cassirer, Das mythische Denken, 1925, p.144)。例えばバビロニア=アッシリア宗教において、正義の神、即ち応報の神であるマルドゥクは、怪物ティアマートを征伐した後、星を神々の住み家と定め、星の軌道を決定し、「黄道十二宮、一年の期間、十二の月を定め、日が逸脱しないように限界を確定した」。――エジプト宗教においては、月の神、神々の書記、天上における裁判官トートが時間を分割し、尺度を定めた。彼はまた話し言葉、書き言葉を与え、数を数え、計算する能力を神と人に与えて、矩を示した。中国宗教においても時の秩序と正義の秩序の間には同様の関係があり、カッシーラーは「人間の道徳的行動が時間、否暦に拘束されている」と言っている。インド=ゲルマン人の宗教においても法秩序と時間秩序の間に結びつきがある(op.cit., p.145)。エウリピデスにおける時間観念と応報女神[ディケ]との関係については『ヤハウェとゼウスの正義』一四七・八頁参照。

(15)      Capelle, op.cit., p.127.

(16)      Cf. Walther Prellwitz, Etymologisches Wörterbuch der griechischen Sprache, 2nd. Ed., 1906, p.286; Emile Boisacq, Dictionnaire étymologique de la langue grecque, 1916, p.621.

(17)      「我々に聖なる神秘を顕わしてくれたオルフェウスは、不可抗で神厳なディケは、ゼウスの王座の隣に坐し、すべての人間行為を監視していると述べたもうた」(Capelle, 15[Diels, Orpheus14])

(18)      プラトン『ノモイ』(715 e)にも「古き伝承によれば、神は万物の端緒・中間・末尾を掌握し、その本性に従って軌道を辿り、目的地に直行する。この神には常にディケが随伴し、神の法に従わない者を裁く」とある(Capelle, 17)。――世界法則は神の法であるから不可侵であるという思想は、オルフェウス教徒たちの信仰には神話的形をとって現われる。ダマスキオスの描くオルフェウス教の教義によれば「初めに水と質料があり、質料から地が生じた。それ故水と地が最初の存在である。第三のものはこの両者から生れた。それは二つの頭(雄牛の頭と獅子の頭)をもった龍である。その間神の顔があり、両肩に翼がある。この龍は『不老のクロノス』とよばれ、またヘラクレスともよばれた。この龍は必然とともにあるが、必然はアドラステイアと同様身体をもたない(asomatos)asomatosdisomatos(両性具有)の誤りではないか?)。それは全宇宙に広がり、その果てに接している。必然は第三の元素と考えられている。・・・但しオルフェウスがこれを両性的だとしたのは、万物を生み出す原因と考えたからではあるまいか」(Capelle, 13, p.37)。このアドラステイアは「不可抗な者」を意味し、世界法則を人格化したものであるが、オルフェウス教団の教義によれば、賞罰の観念に支配されたもので、まさしく応報律に他ならない。その刑罰は「遁るべからざるもの」とされるが、注目すべきは、世界法則のこの不可抗性、応報の不可抗性が、時(Chronos)と結びついていることである。オルフェウス神学のこの叙述の終結部は「この神学は『最初に生れた神』を讃え、ゼウスと名づけた。ゼウスは万物と全宇宙の支配者で、それ故パン(普遍的な神(Allgott))とよばれる」と述べている。

(19)      このような世界観からすれば、引力の法則も法規範である。自然秩序も法秩序も同じものなのだ。エウリピデス『メデイア』において、メデイアの犯罪的計画について合唱隊は「聖なる川は山に登る。正義は不正となり、秩序は崩れる」と歌う(410f.)

(20)      世界法則の不可侵性が応報を司る正義の神の不動の意志であるという思想は、バビロン宗教にも見られる。バビロンの創世叙事詩はマルドゥク神について次のように歌っている(Gunkel, Schöpfung und Chaos in Urzeit und Endzeit, 1895, pp.441ff.; Langdon, The Babylonian Epic of Creation, 1923)

          

               土板五

1.    マルドゥクは偉大な神々の居場所を作った。

2.    星たちや星座を固定した。

3.    年を定め黄道十二宮を定めた。

4.    十二の月の各々に三つの星を配置した。

5.    十二宮に従って日々を定めた。

6.    主神ニビルの居場所を作り、その境界を定めた。

7.    違反者や怠け者をなくすためである。

8.    エンリルやエアの地を確定した。

 

    宇宙の秩序と時の秩序を建設したマルドゥク神は正義の神であり、その職務の一部は下記の通りである。

 

         土板七

   35. マルドゥク神は神々が心の中で思うことを察知する。

   36. 悪行者を遁すことはない。

   38. 叛乱者を鎮圧する。

   39. 裁判を行なう。

   45. 悪を根絶する。

   132.マルドゥクの言葉は信であり、その命令は不可変である。

133.その言葉は他の神が無効にすることができない。

マルドゥクは「復讐者」とよばれており、ティアマートとその軍勢に対する戦いとその勝利は応報と性格づけられている。

(21)      ヨエルは、この断片九十四について、「ここでは自然法則の概念が擬人的である」と言っているが(Joel, op.cit., p.87)、「擬社会的(soziomorph)」という方が正確であろう。

(22)      Simplicii in Aristotelis Physicorum libros quattuor priores commentaria III,5, ed. Diels (Commentarium in Aristotelem Graeca, Vol.IX[1882], p.480)

(23)      Hippolytus, “Refutation of All Heresies,” IX,5 (Ante-Nicene Christian Fathers, V, 127) 「世界火」に関するヘラクレイトス説についてのこのヒッポリュトスの叙述は、(ペルシャ信仰の影響を受けた)ユダヤ=キリスト教の最後の審判信仰の倫理的・法的世界観を想起させ、これをヘラクレイトス説のキリスト教的再解釈と見ることもできよう。しかしキリスト教的潤色から自由な本来のヘラクレイトス諸断片においても、濃厚な規範的性格が見られ(ヨエル(p.286)は「彼は見ない、評価するだけだ」と言っている(p.286)が、当っている)、彼の説がキリスト教的著作者たちにキリスト教的解釈を加える素材を提供したことは否定できない。このことには彼の現世否定的基本姿勢が大いに貢献している。彼は民衆を知性に欠け、悪しきものだと論じたが、それはユダヤの預言者たちの怒りに充ちた言葉を想起させる。ユスティヌスは彼を「キリスト以前のキリスト」とよんでいる。そうだとすれば、彼のEkpyrosis[万物火化] 説が、罪に充ちた世界に対する最後の審判の予言と解されても不思議でない。――ニーチェもヘラクレイトスの世界観の徹頭徹尾規範的な、即ち倫理的・法的性格を強調している(Die Philosophie im tragischen Zeitalter der Griechen, Werke X, pp.30ff.)。彼のヘラクレイトス思想の叙述は、自分の言いたいことをヘラクレイトスを通じて言っているという感がある。「彼は叫ぶ、『私は生成を考察した。事物の波動とリズムを私ほど凝視した者はいない。それで私は何を見たのか?合法則性を、不可謬の確実性を、不易の正義の行路を、あらゆる違法行為を訴追するエリニュェス[復讐鬼]を、そして正義支配の舞台、ダイモン[精霊]の遍在する自然力の舞台としての世界を。私が見たのは、既に生成したものも処罰ではなく、生成の正当化である。この不可謬の形式の内に、聖なる法則の内に、涜神や背教が姿を顕わす時はないではないか?不正義の支配するところ、恣意と混乱と無規律と相剋がある。だが、この世を支配する者は法則であり、ゼウスの娘ディケ[正義の女神]ではないのか?その世界に罪とか贖罪とか裁き、罪人たちの断罪の場などの余地があるのか?』と」。だがニーチェが看過しているのは、現に不正が存在して、それをディケが罰していることである。「この世界は罪の世界だ」という現世否定観こそヘラクレイトスの思想なのである。

(24)      ディールズはこの女神を「強烈な復讐者」(gewaltige Rächerin)と訳している。

(25)      Capelle, op.cit., p.164.

(26)      ヨエルは、初期の自然哲学者たちはオルフェウス思想の影響下にあった、というよりその思想が余りに似ているため、わざわざ影響をうける必要がないほどであった」(Der Ursprung, p.142)、(オルフェウス教団の基本思想である)「輪廻思想は、初期自然哲学の必然的基盤であった」(p.15)と言っている。その輪廻思想は、まさしく応報律のイデオロギー的表現の一つに他ならない。

(27)      「アナクシマンドロスにおいてもヘラクレイトスにおいても、ピュタゴラス学派の人々においてもエムペドクレスにおいても、世界過程(Weltprozess)は道徳的過程である」(Joel, op.cit., p.156)

(28)      「そこにはアレス(Ares、戦争の神)もキュドイモス(Kydoimos、争いの神)も存在せず、ゼウスもクロノスもポセイドンも存在しなかった。存在したのは唯一、愛の女神キュプリス(Kypris)である。人々はこの愛の女神に、様々な聖なる贈り物を捧げた。絵画や香りよき香料や没薬や乳香、そして地面には褐色の蜂蜜が献酒として捧げられた。祭壇には雄牛の血の臭いもせず、その生命を奪って貪り食うこともしなかった。犠牲獣の血の臭いなど、彼等は嫌忌していた」(Fr.128)

(29)      Cf. Ferdinand Dümmler, Akademika: Beiträge zur Literaturgeschichte der sokratischen Schulen, 1889, p.221.

(30)      Cf. Capelle, op.cit., p.236.(n.1)

(31)      「確かにエムペドクレスは原因概念をアナクサゴラス以上に用いてはいるが、なお充分ではないし、その過程で矛盾に陥ってもいる。時には愛が分離し、争いが結合することもあるではないか。宇宙が争いによって諸元素へと分裂すれば、火などの諸元素は一体化する。諸元素が愛によって統合されれば、諸元素を構成する分子は必然的にまた分裂する」(『形而上学』985b

(32)      Hippolytus, op.cit., VII,17.[Cf.Diels, Fr.115,l.23]

(33)      プラトンは、応報刑論者で、そのことは特に、死者の霊魂が来世において応報を受けるという説において表明されている。それ故『プロタゴラス』においてプロタゴラスが説いているこの説は、ソフィストの説である。

(34)      Cf. Capelle, op.cit., p.281.

(35)      Diels, Doxographi Graeci, 1929, p.321.

(36)      Plinius, Natural History, II,14.このbeneficiumという単語は、功と賞の両方を意味し、そのこと自体が応報律の要件と効果の「等しさ」を示している。デイールズによれば、プリニウスはここでデモクリトスが罰と賞を神であるとしたと言っているが、これは、応報学説を知っているのだから、ピュタゴラス派に属したメンデスのボロス [Bolos of Mendes、紀元前二世紀のデモクリトス派科学者]の説ではないか、という説をM・ウェルマンが唱えているという(Diels, Fragmente, Vol.2, p.103)。しかしボロスはデモクリトス派の学者で、応報学説(「学説」(Lehre)というよりも「原則」(Prinzip)であろう)は、ギリシャ倫理の根本規範で、ギリシャ思想の共通財であった。

(37)      例えば断片八十三[「過ちの原因(aitie)はより良きものを知らないところにある」]

(38)      Aitiaという言葉が最初に登場するのはピンダロスやアイスキュロスであるが、両者ろも「罪」の意味で用いている。ホメロスにはaitiosという形容詞、aitiaomaiという動詞は出てくるが、aitiaという名詞は出てこない。aitiosは常に責任がある(schuldig, guilty)という意味で、aitiaomaiは常に咎める(beschuldigen, accuse)ないし追及する(anklagen, charge)という意味で用いられている。aitiaという単語は古代インド語のainas(冒涜・罪・非行)と語源的に連なっている(Cf. Leo Meyer, Handbuch der griechischen Etymologie, Vol.2, p.103)。イェーガーは、「近代的思惟の基礎となっている原因(aitia)の概念は、罪を意味し、法的責任から物理的原因へと変化したものである。他に法概念が自然現象に関する概念に変異した例にKosmos(秩序、宇宙)、Dike(正義)、Tisis(賠償金)などがある」と言っている(Jaeger, op.cit., p.220)

(39)      Cf. Leopold Ziegler, op.cit., pp.212ff.  ラテン語のcausaにも原因という意味ばかりでなく、責任という意味もある。例えばcausam aliquius rei sustinere[何事かの責任をとる]という言い方など。もともとcausaは法的事件を意味する法概念であった。

 

[あとがき] 本訳稿は、Kelsen, Vergeltung und Kausalität, 1941第五章を訳出したものであるが、ドイツ語版Society and Nature, 1943をも参照した。両者がずれている場合については、適宜判断した。Vorsokratikerの断片番号はDielsにより、Dielsに言及されていない場合にはCapelleの番号によった。