レーリング & カッセーゼ『レーリング判事の東京裁判』(小菅信子訳)

  ベルナルト・レーリンク(Bernard V.A. Röling, 1906-85)は、1946年東京裁判判事として来日、広田弘毅、重光葵、東郷茂徳、木戸幸一らを無罪とする少数意見の主張者として知られるが、他方岡敬純、佐藤賢了、嶋田繁太郎には死刑を要求した。基本的には多数意見と思想を共有した裁判官である。晩年の彼に親炙したイタリアの国際法学者アントニオ・カッセーゼ(Antonio Casseze, 1937-)が回想のインタヴューを記録したのが本書である。  刑法学者として出発した彼が、国際法学から「平和研究」へと関心を移していった過程も、フロティウスの国で小国であるオランダの平和への関心を物語って興味深いが、本書の面白味は、余り学問的でない、日本人の意表を衝くような観察や感想にある。

  判事たちは、新聞は米軍の「星条旗」(Stars & Stripes)だけを読んでいた(p.37)。Nippon Timesという日本の新聞もあったのに。米兵たちは日本人をgook(アジア人の蔑称)とよび(p.42)、深々とお辞儀を交わす日本人に苛立った憲兵が、彼らを足蹴にして追い出した(p.44)。レーリンクはこういうことに問題を感ずる「良心的白人」である。

  フランス人判事ベルナール、ロシア人判事ザリャーノフは英語が不十分、フィリピン人判事ハラニアは対米協力的支配層で、敵意ある対日態度をとった。キーナン首席検事はしばしば法廷に酔って現れた((pp.50-55)。東条は法廷で目下に対する言葉を使ったが、判検事には分からない(p.59)。

  法律論も興味深い。ドイツのユダヤ人は自国民だから戦時国際法の保護を受けず、迫害を処罰するのに「人道に対する罪」の制定を必要としたが、日本の残虐行為は「通常の戦争犯罪」でカヴァーされた(p.91)。奴隷化や人種的迫害の処罰は、米国の黒人迫害に適用される恐れがあり、「本裁判所の管轄に関連する」という限定が付された(p.92)。侵略戦争を戦った軍人を罰するのは、彼らに戦争の性質を判断する責任を負わせる無理がある(p.57)。「共同謀議」理論は米国法の「不快な一面である」(p.95)等々。

  裁判管轄権につき多数意見と対立する覚書を提出して母国政府の干渉を受け、辞任考慮中に、訪れた寺でおみくじを引いたところ、「試練に巻き込まれるが、良心に従えば災いは起こらない」とあり、その通りにんった。「不思議な符合」で、私は「神々の庇護を受けていた」(p.102)。

  東京裁判を基本的に正当化している彼も、連合国による都市の無差別爆撃や、戦勝国からの裁判官選任などを欠陥として認めており、裁判記録を公開しなかったこととあいまって、「裁いた側」も相当後味の悪い思いをしえいることをうかがわせる。

  本書は非常に感銘深いといった本ではないが、多元的な関心に答える文献として、一読の価値があろう。(『法学セミナー』1996年12月号)