マンガ「バートランド・ラッセル」

 

   ナチPoland侵攻3日後の1939年9月4日、Russellはある米国の大学で「人間界における論理の役割」という公開講演を行なっている。そこへ反戦論者の聴衆が立って、「論理が世界戦争への参戦を正当化するのか」と質問する。Russellは「ああ、論理とは何だろうねえ」と呟いて、幼時以来のこの問題との格闘の記憶を回想する。

   彼の両親はアマチュア科学者との三角関係から、どこかへ逐電してしまい、祖父母に育てられた。祖父Lord John Russellは、二度首相を務めた政治家で、Bertrandは信心深く気難しい祖母に育てられる。叔父Willyは狂気の故に幽閉されており、これが「自分は狂気を遺伝しているのではないか」という生涯に亘る強迫観念の発端である(この漫画はその恐怖感・夢魔をけばけばしく描き出す)。

   十代になると、彼は恐怖からの逃避を数学に求める。Cambridgeに入って、厳格な基礎づけなしに直感で議論しているそこでの数学に失望し、堅固な論理的基礎から数学を再構成せねばならぬと確信する。ちょうどその頃彼は米国人でQuaker信者の少女を誘惑中で、このAlysが(4人のうちの)最初の妻となる。

   二人は大陸旅行に出かけ、(Aristoteles以降最大の論理学者)Gottlob Fregeや(数学的無限論の創造者である)Georg Cantorに会う。驚いたことに、二人とも些か「頭がおかしい」(daft)。1900年Parisの「国際数学会」に出てみると、当時最高の数学者PoincaréとHilbertが直観と論証の何れが優位かをめぐって激論を交わしていた。

   英国に戻った彼は、Whiteheadとの共著Principia Mathematicaに取り組む。ところが1901年春、彼は重大な困難に直面する。「自分自身を含まない集合」という難問、「自分で散髪しない者だけの散髪をするセヴィリアの理髪師は、自分の髪の毛をどうするのか」という問題である。この難問によってRussellとFregeの、数学を論理学に還元しようとする試みが失敗する。Cantorはこの難問を耳にして、「狂人らしからぬ」反応をした。彼は、この矛盾を含まない集合論を考案し、それが現代の数学基礎論となっている。この漫画にはCantor狂乱の場面がいくつも描かれている(登場人物には他にも色々狂気を示す者がいる)。

   Russellの学問的自信は、Wittgensteinの批判によって打ち砕かれ、「自分は論理とは何か全然分かっていなかった」と自覚する。Russellは自分は狂気ではないと考えていたが、長男と孫娘がschizophrenicになり、孫娘は自殺したところから、狂気の遺伝子への恐怖がぶり返す。Russellは論理学における「暗い二律背反」(Dark Antinomy)と自分の精神の「狂気の強迫観念」(Specter of Madness)という二つの敵と終生格闘したのである。

   最後の場面で、この漫画の(ギリシャ人)作者たち(二人の著者と二人の作画者)はアテネの野天劇場で『オレステス』三部作を鑑賞し、最後に叡智(wisdom)の女神Athenaによる決着を見て、「Life>Logic」という平凡な不等式の真理性に立ち返る。

   本紙にも、雪降る大学構内で、Russellが枯れ木に三枚の葉が残っているのを見て、「この枝に三枚の葉が存在する」、故に「宇宙に三枚の葉が存在する」と推論すると、Wittgensteinが「宇宙などという訳の分からない者を導入すべきでない」と批判する二コマが収録されている。なお本書にMangaという名の犬が登場するが、これは現代ギリシャ語で「カッコイイ男」という意味で、Japanese comicsの意味ではないそうだ。本書はギリシャで出版されてsurprise best sellerとなった。英訳はLogicomix: An Epic Search for Truth。

                                (Herald Tribune, Sept.26, 2009)