『主権の問題と国際法の理論』(一九二〇年)序文
純粋な法理論、特に社会学的・心理学的要素から純化され、また政治的要素から純化された法理論を構築しようとする仕事を、私は『国法学の主要問題』(一九一一年)において開始し、以後様々な論考において継続してきたが、いよいよ本書において、通説の議論の改革必要性が特に緊要である主題に到達した。即ち法学的理論構成の焦点の一つである「国家主権」の問題である。法学全体系の連関が鮮明となるこの主題において、方法論の基本問題の当否が論定されるのである。
私はこれまで幾度も、主権問題と直面する場面を迎えたが、それを避けてきた。なぜならこの問題の解決のためには、国際法の理論との原理的対決が必須だからである。国家は秩序であり、法秩序であるが、「主権の本質は何か」「主権は国家の本質的要素であるか」という問いに答えるためには、国内法と国際法の関係を論ぜざるを得ない。本書の主要主題は両規範体系の関係の議論であり、その最重要の帰結は、両者が統一的に把握さるべきことの認識である。
『主要問題』において私は、法認識はその対象を法規範(Rechtsnormen)として捉える他ないこと、法学の学としての任務は法命題(Rechtssätzen)の統一的体系を創造するところにあることを力説したが、本書において到達した国際法と国内法の統一性という結論は、この法認識の統一性の表現に他ならないのである。哲学の任務は認識一般の窮極的統一の問題であることをパウル・ナトルプ[Paul Natorp, 1854-1924]は見事に示したが、個別科学もまたその窮極的統一性を求むべきで、諸々の法領域の窮極的統一を主張し、それを示すことは、法哲学の任務であろう。そうであるとすれば、法学の個々の領域においても、このような統一への衝動をもつことは、その領域が「創造性を有していること」の証明であり、法学の哲学は本来的にそのような衝動を具有しているのである。
法学において現在なおこの統一性の要請が充分自覚されていない理由はどこにあるか?思うにそれは、法理論家の視野が、法規範というその本来の認識対象から、他の認識領域へと逸脱しているからではあるまいか。実体化(Hypostasierungen)や仮象問題(Scheinprobleme)が作り出した擬制に眼を眩まされ、擬制の覆いを突き抜けて、本来の対象に到達することができないのである。思い浮かべ(Veranschaulichung)、惰性への安住、安易な比喩などを求める心性が、認識者の眼から本来の対象を覆い隠している。幽霊のように、比喩が独立の存在と表象され、法的認識の補助手段が実体のように扱われて、認識の妨げとなり、現実と取り違えられた仮象が分裂させたに過ぎないものを、統一として把握することを妨げている。法理論上の擬制に対する闘争は、『主要問題』においてと同様、本書においても展開されている。私がなそうとしていることは、法律家の思考の中で固形化され、物化された法的諸形象を単純で純粋な法命題の関係に還元することである。
統一と純化を追求する過程で私の認識も進歩し、本書において、かつて述べた見解を深化したり、(もっと一般的な次元で述べた)法的構成を修正したり、更には駆け出しの頃に唱えた説を謬説として否定したりもしている。注意深い読者はこの変化に気づかれるであろうし、私もそれを隠そうとはしない。変化は進歩であるから。しかしこのような変化にも拘らず、『主要問題』において敷設した基本線は、本書においても維持されていると思う。
この序文は、その基本思想への(たいていは誤解の上に立った)批判に反論する場ではあるまいが、ここで二つの、たびたび提起された批判に対してだけは一言したい。
「法命題、及びその機能的関係のみを対象とするこの考察が社会的『現実』(Wirklichkeit)や、いわゆる『実情』(Praxis)を把握し得ない」という批判について。そんなことは百も承知である。むしろ私は敢て、「そうしないことこそ立派なことだ」と言いたい。私は法を独立の、特に自然と異なった体系として考察しているが、それはすべての法律家が、特に口に出さずに行なっていることである。私は法学を、対象においても方法においても独立の、特に自然科学とは異なった学問であると唱えているのであるが、それは法学の最高の代表者たちが献身していきたこと、今でもしていることである。それで私は、「現実」とか「実情」とかいうものは、他の認識体系を論拠として援用するもので、その援用は法学の出発点とは本質を異にする理論(たいていは自然的事実についてのナイーヴな議論)であり、権限をもたない法廷に訴えようとしているのだとして、その議論を排斥するのである。認識がその対象と方法によって画定された限界内に留まるという意味での純粋性は、あらゆる「学問」を可能にする基礎である。特に法学にとっては、その限界内の範囲は狭いものであり、従って私は、その限界内に留まることによって、全学問体系の中での法学の意義を小さくする危険があることを認めるに吝かでない。「法律家」はあらゆる問題を理解し、心理学や社会学の問題を法学的議論で解決し、政治的諸要請にも答える使命があると考えている人々には、これは大いに嘆かわしいことに相違ない。しかしそういう法律家たちが法学特有の論理を振り回して、まともな学者世界の顰蹙を買い、民衆の意識の世界で三百代言(Rabulisten)と見られるようになったことも、法学の権限踰越の副作用であろう。
もう一つ、私は奇妙極まる誤解に反論しなければならない。その誤解によると、私は「実定法は何らかの『先取りされた諸観念』から導き出さるべきもので、『抽象的の構成さるべきもの』である」と主張しているのだそうだ。確かに私は、判決・行政行為・法律行為などの個別法規範を法律という一般的規範に帰着させ、その法律を憲法という一般的規範に帰着させ、その憲法を論理的源泉である最高規範、憲法制定権威を設定する法的仮説に帰着させるが、上位規範から導き出されるのは「効力」(Geltung)であって、内容(Inhalt)ではない。憲法は想定された始原規範(Ursprungsnorm)から法的効力を得るが、その内容は憲法制定権威の経験的意思行為より獲得する。判決もその効力は法律より得るが、内容は裁判官の意思行為という事実に由来する。法が始原規範から論理的に「創造」されるという場合、その規範の段階ごとに事実の段階が並行している。この事実の方は、(論理的妥当(Geltungen)とその論理を思考する心理的事実との関係と同様)、法を法たらしむる条件(condition
per quam)ではなく、その必要条件(condition sine qua non)に過ぎず、その内容は事実として法律家が決定するのである。そしてその始原規範よりの「論理的創造」は自然法論のいう演繹と混同してはならない。私を批判するなら、実証主義者過ぎるといって批判すべきで、非実証的だとして非難すべきではない。実際私は、以前より一層法実証主義が法認識に課する限界を重視している。実定法体系が無前提的に可能であるなどと考えるのは批判力を欠いた教条主義であって、重要なことはこの体系の相対的アプリオリ性を自覚することである。私がこの点で依拠するのはカントの先験哲学である(それを法学に取り入れたのはルドルフ・シュタムラー[Rudolf
Stammler, 1856-1938]の功績である)。もっとも私は職業的哲学者でなく、法律家として法律家に語りかけているので、哲学的に不正確な点は大目に見て戴きたい。何しろ法律家たちは純粋認識の厳密な用語に慣れていないし、唯物論的先入観に深く囚われているから。そして私は法学界で行なわれている諸観念や非学問的・前学問的用語法に適合せざるを得ないのであるから。
近年問題設定において、また結論において私の研究と関連する著作が色々現われている。例えばネルソン[Leonard Nelson,
1882-1927]の秀作『法なき法学』(Rechtswissenschaft
ohne Recht, 1917)やクラッベ[Hugo Krabbe, 1857-1936]の傑作『現代国家思想』(Die moderne Staatsidee, 1919)など。もっとも私のこの著書は[両著以前の]一九一五年に執筆を開始し、一九一六年には大体完成していたが、大戦間の軍務によって出版が遅れたことを附記したい。
文献引用に関しては、(本書を必要以上に分厚いものにしたくないし、また文献史は本書の目的でないので)、限定した。しかし本書は従来の学説を批判するもので、指導的地位の著者たちや通説の特徴的・典型的定式化を行なった著作者たち、特に現在通用している法学的方法の代表者たちとは、遺憾ながら批判的に対決せざるを得なかった。しかし批判の対象はあくまでその学説と方法であって、人ではない。常に私は人物に即して(persönlich)ではなく、主題に即して(sachlich)議論するよう努めた。
最後に私は、私の学問上の友人や弟子たちに深い感謝の意を捧げたい。彼等は私の仕事を深く理解し、様々な方向へと、私自身以上に良く、またより広く発展させている。私はこのような精神の木霊をいよいよ頻繁に耳にするようになってきており、正道を歩んでいるという自信を与えてくれる。
一九二〇年早春 ハンス・ケルゼン