小人の『嵐』

 

ナポリ王国は大国、ミラノ公国は小国。そのミラノ公国王プロスペロは、ナポリ王と結んだ弟に王位を逐われ、三歳の娘ミランダとともに、帆も櫂もないぼろ舟に乗せられて沖に流され、無人島に流れ着く。プロスペロは魔術の研究者で、この島で精霊アリエルや魔女の子カリバンを支配して、十二年を過ごす。そこへ、ナポリ王や弟アントニオなど、彼の王位を奪った連中を乗せた船が、チュニスからの帰国途中、島の近くを通る。プロスペロは魔術で嵐を惹き起こし、この船を座礁させる。

一行中のナポリ王子フェルディナンドは、群とはぐれ、ミランダとめぐり会って、相互に一目惚れする。プロスペロは彼に、試婚のために丸太運びなどをさせるが、彼は愛ゆえにせっせと働き、プロスペロの眼鏡に適う。またプロスペロはナポリ王や簒奪者である弟の前に姿を現わし、彼らは旧悪を反省して、奪った国をプロスペロに変還することを約束する。しかしプロスペロは引退し、魔法の杖を折って地中に埋め、魔術の書物を海中に沈め、魔術を放棄することを宣言する。あとはフェルディナンドとミランダの結婚式を待つばかり、というところで劇は終る。

シェークスピア最後の作品といわれるこの『嵐』を以前に読んだときは、少しも面白いと感じなかった。魔術やらアリエルやらカリバンやらも荒唐無稽なら、かつての簒奪者があっけなく反省して王位を返還するところも不自然で、「めでたし、めでたし」の結末へのもって行き方も、安易な印象を受けた。

ところが六十を過ぎた現在、これを読み直して見ると、作者の心理が手に取るように理解でき、自分でも唖然としている。今にして思えば、これはまさしく老人のwishful thinkingを表現した作品である。

人は歳をとると、その心は、自分の生涯を顧み、それが不本意であったという悔恨に充たされる。それは当然で、外見上成功者に見える生涯を送った者でも、かつて自分自身に対する期待が最大であった時に比べれば、実績に不満をもつのは明らかである。代議士で終れば、大臣になれなかったことを悔い、大臣になれば総理大臣になれなかったことを悔い、総理大臣になれば、歴史に残る大宰相になれなかったことや、尚早の辞任を余儀なくされたこと、構想が未完成に終ったことや、後継者の政策が自分の功績を破壊したことなどを悔いる。

そこで、一方で、何か奇跡が起って起死回生の逆転ホームランが打てないかと思うとともに、期待の実現を挫折させた者のことを思い起こし、復讐するか、相手が謝る形で和解することを夢見る。もちろんもはやそれを実行する力はないのだが・・・。もう一つは未来のない自分に代って、愛する子が、かなえられなかった自分の願望を実現してくれることに期待する。

プロスペロの魔術は、まさしくその夢を実現する奇跡をもたらすものである。それは王位を奪った者たちに対する復讐の機会を作り出し、まさにその実現の間際で、「我が怒りを崇高な理性(nobler reason)に服従させて」(五幕一場)、相手に謝らせる形で、復讐を放棄する。王として善政を布くという願望は、やがてナポリ王となる娘婿が実現してくれるだろうという訳である。

それだけ実現してしまえばあとは老いて死ぬだけで、何の魔術も効き目がない。「もう私には手下の精霊もおらず、人を蠱惑する術もない。我が末路は絶望だ」とはプロスペロのエピローグであるが、それは老人の最後の夢を見尽くしたからである。

シェークスピア晩年のもう一つの喜劇『冬の夜話』も、若き日の過ちへの悔恨と、それが子の世代に償われるという老人の願望を描いた作品である。

  シシリー王レオンテスは、しばらく滞在した弟ポリクセネス(ボヘミア王)と妻との関係を疑い、弟を追い返し、妻と一人息子を死に追いやり、妻が生んだばかりの女児を、不貞の子であるとして棄てさせる。やがて彼は根拠なく妻を疑ったことを後悔するが、もはや後を嗣ぐ子もいない。それから十六年後、ボヘミア皇太子が羊飼いの娘と恋仲になり、身分違いということで父王に反対されて駆け落ちする。しかし結局その娘が棄てられたシシリー王女だったことが判明し、「めでたし、めでたし」ということになる。

『嵐』については、「物質に対する精神の勝利を謳った作品である」とか、プロスペロの魔術は中世と近代の間の過渡期における「人間と自然の関係」を象徴するものであるとか、孤島におけるプロスペロのカリバンに対する態度は、新大陸やアフリカでの先住民に対する西洋人の態度そのままで、ブルジョワ作家シェークスピアは帝国主義の加担者でもあったとか、色々な解釈があるようだ。

1919年のミュンヘン革命に飛び入り参加し、非業の死を遂げたドイツのアナキストのグスタフ・ランダウアーは、この劇は「復讐に対する和解の勝利」を表現したもので、かつてシェークスピアは、ハムレットに復讐を躊躇させたが、最後の作品において躊躇を棄てて和解に踏み切ったのだ、などと言っている(Gustav Landauer, Shakespeare: Dargestellt in Vorträgen, 1920, p.311)

しかし気力体力の衰えた老人が、しんどい復讐より、相手が謝る形での和解を選ぶのは、一番安易な解決で、それほど崇高なことかどうか、――と、小人物老人が読むと、こういうことになる。       (『沙翁研究事始』日大ゼミ文集2001年)

 

 なお本稿は、重田園江さんから、「ミもフタもない」と酷評されたものである。