ツュンベリ『江戸参府日記』
Carl Peter Thunberg(1743-1828)はスウェーデン人で、リンネ(Karl von Linne, 1707-1778)の弟子の植物学者、植物誌研究のため、オランダ東インド会社の医師となって(オランダ人になりすまして)1775年来日。翌年長崎商館長の将軍謁見に随行して、江戸との間を往復した。彼は、専門の博物学のみならず、人間的側面にも深い関心をもち、当時の日本社会についても、興味深い観察を示している。
「自由は日本人の生命である。それは我儘や放縦に流れることなく、法律に準拠した自由である。法律はきわめて厳しく、一般の日本人は専制政治下における奴隷そのものであると信じられてきたようである。しかし、作男は自分の主人に一年雇われているだけで、奴隷ではない。日本人は、オランダ人の非人間的な奴隷売買や不当な奴隷の扱いを嫌い、憎悪を抱いている。身分の高低を問わず、法律によって自由と権利は守られており、しかもその法律の異常なまでの厳しさとその正しい履行は、各人を自分のふさわしい領域に留めている」(p.220)。
江戸時代が自由であったとは異常に感じられるが、一定のタブーを守れば、当時の日本人、特に都会人は存外自由で、古代の自由を讃美する賀茂真淵、のびやかな情感を俳句や絵画で表現した与謝蕪村、奔放な生涯を送った平賀源内など、溌剌たる精神活動が開花していた。
「裁判所ではいつも正義が守られ、訴えは迅速かつ策略なしに採決される。有罪についてはどこにも釈明の余地はないし、人物によって左右されることもない。また慈悲を願い出る者はいない。いったん契約が結ばれれば、取り消されたり、一字といえども変更されることはない。この国ほど盗みの少ない国は殆どないであろう。強奪はまったくない。窃盗はごく稀に耳にするだけである。ヨーロッパ人は、幕府への旅の間も、全く安心して自分が携帯している荷物にほとんど注意を払わない」(pp.224-5)。
司法権が清廉で、犯罪が少ないことなど、現代日本の特色と見られている属性が、ここに見られる。
「こんなにも法令集が薄っぺらで、裁判官の少ない国はない。法解釈や弁護士といった観念はまったくない。それにもかかわらず、法が人の身分によって左右されず、一方的な意図や権力によることなく、確実に遂行されている国は他にない。法律は厳しいが、手続きは簡潔である」(p.284)。
法律家が少ないことを、欧米と比較して異常なことのように言う人もあるが、この江戸時代で整然たる秩序が保たれていたことを考えれば、少しも不思議でない。
「法律は古くから変わっていない。説明や解釈などなくても、国民は幼時から、何をなし何をなさざるべきかについて、確かな知識を身につける」(p.291)。
この日本社会観察は、1811-13年北海道に抑留されたゴロフニンの体験記とも驚くほど似ている。