▽Australia QueenslandのWarrongo族の言語を、その最後の話し手Alf Palmer(本名Jinbilunggay)が、1971年25歳の日本人青年角田太作に会い、伝授した。角田はそれから3年間この言葉を学び、書き取り、録音し、また神話や狩猟漁に関する伝統的知識などの伝授を受けた。角田は1974年、Warrongo文法に関する400頁の修士論文をまとめ、copyをPalmerに送った。Palmerはその7年後の1981年101歳(?)で死亡。「それで私は世界唯一のWarrongo語の話し手となった。流暢ではないがね」と角田は言う。1998年、先住民の間で言語復活運動が起こっているとのmailが来て、Palmerの孫の女性(Rachel Cummins)が言葉を教えて欲しいという。2000年3月に彼女を訪れてみると、彼の修士論文を大切に保存していて、「私がこの言葉を復活させる義務があると思うの」と言っている。そこで2002年3月、角田はCumminsに祖父のtapeを聞かせると、彼女は会ったことのない祖父の声を聞いて泣いて喜んだ。やがて何人かのWarrongo人も出席するようになり、yamba(家)、yuri(Kangaroo)、gamo(水)などの基本単語を教えた。彼は言語教育の素人だが、三枝夫人が立正大学非常勤講師として言語を教えており、単語帳などを作って夫を助けた。「kangarooの絵を示しつつ、『或る男がKangarooを捕まえた』『誰がKangarooを捕まえたか?』『彼は何を捕えたか?』」などと応用していく。それ以後も夫妻は4度同地を訪ね、授業を続けている。しかしWarrongo語は難しい。動詞や名詞の語尾変化が英語より多く、複合文の作り方が独特で、世界に6000-7000も言語がある中で、6つくらいしか似たものがない。この言葉を保存することは人類文化の遺産保存の意味をもつ、と。しかし角田夫妻の旅費滞在費等はすべて自腹を切ったもので、継続が困難である(Japan Times(Jan.17, 2010))。