フランスのナチス加担の遺産

▽Fernand Pléeは第一次大戦に従軍し、1916年のVerdunの戦いで勲章を受けた。第二次大戦中も連合国軍に貢献した功績により、Eisenhower将軍から感謝状を受けている。彼は1941年中部Franceの城Château de l'Écluseを購入した。現在は40年前にそれを相続した孫の所有である。一家は夏を子連れでここで過ごしてきた。2006年、Salbris市はその近くに港を構築する計画を発表し、Plée家はそれに反対して訴訟を起こした。そこで市側が調査してみたところ、1941年11月27日Plée氏はその城をフランス「アーリア化庁」から購入したことが判明した。そこで市側はPlée家はその土地の占有者であって所有者ではなく、市の計画に反対する権利はない、と主張した。その土地はユダヤ系の実業家Émil AkarからVichy政権が没収したものであることが判明した。Akar氏は1936年に城を2000hectareの土地とともに購入していた。彼はナチを逃れてMarseilleに移り、1940年11月16日、そこで死亡した。現在Paris近くのMeudon市助役を務めているAkar氏の曾孫Jean-François Akar氏(69)は、「そんな土地には関心がない。城など要らない。我々やその子供たちがこういうことがあったということを知るだけで充分だ。祖先の罪で子孫を罰するつもりはない。罪なき者を罰するのは正義ではない」と語った。1995年以来、Chirac大統領は、Vichy時代にフランスがユダヤ人に取った行為の「集団責任」を認め、資料を探索し、犠牲者を探し出して、可能な限りの補償をしたが、なおこんなことが発掘されるのである、と(Herald Tribune 3/3/10)。

▽Franceはナチの被害者として振舞い、Vichy時代のユダヤ人迫害には目をつぶってきた。1970年代にRobert O. Paxton, Vichy France, 1972やMarcel Ophüls監督の映画Le chagrin et la pitié, 1971によって問題とされ、Nazi hunterのSerge KlarsfeldがLyonのGestapo chief Klaus Barbieを摘発した。しかしMitterrand大統領は「Vichy政権は違法な政権で、France人がユダヤ人に謝罪する必要はない」と言っていた。Vichy政権の警察長官René Bousquetの暗殺事件が起り、遅ればせながら親ナチ民兵隊指導者Paul TrouvierやBordeauxのVichy官僚Maurice Paponがユダヤ人に対する犯罪者として訴追された。1995年に至ってようやくChirac大統領がフランスの名においてユダヤ人に謝罪した。1942年7月14日(Bastille記念日)4500人の警官によるユダヤ人狩りが行なわれ、12884人のユダヤ人が逮捕され、その殆どはAuschwitzで死んだ。2010年に、La rafle du Vél d'Hivと呼ばれるこの事件を扱った2つの映画La RafleElle s'appelait Sarahが上演された(Alan Riding)((Herald Tribune 7/21/2012)。