エリック・ホイト『蟻王国の愉快な冒険』(Erich Hoyt, The Earth Dwellers, 1996.鈴木主税訳)

  アリは地球上に約一万京(一兆の一万倍)いる。一匹の脳細胞はせいぜい100万個、1000億以上の人間とは比較にならないが、彼らは「歩く外分泌腺装置」で、頭部からは警戒信号、尾部からは臭いづけなど、10種にのぼるフェロモンを発し、連絡し合う。危険が大きいと危険信号も強い。死ぬとそれを知らせる臭いが出て、仲間の死は一挙に群に伝わる。

  キノコを栽培する農業アリとして有名なハキリアリの場合、体形の異なる七つのカーストが、偵察・戦闘・葉運び・球粒製造・農園管理・女王の世話等々29の役割を分担、ワーカー(働き蟻)は複数の仕事をかけもちする。あるカーストを除去すると、他のアリたちがその仕事を「意欲的に引き受ける」。

  女王が生む卵はみな同じ。カーストは養育係が餌の量や温度などを調節して、人為的(蟻為的?)に作り出す。女王は交尾によって得た二・三億の精子を膨腹部の貯精嚢に何年も保存し、そこから順番に出して卵に受精させる。女王は年百万個以上、15〜20年の生涯に2000万個以上の卵を生む。

  一匹のアリは物を考えているように見えない。10匹が蛾の死骸を取り囲んでいれば、思案があるようにも見える。だが何千匹の集団は、思考し、計画し、計算する一個の知性、生きたコンピューターである。戦闘集団の行列は、一有機体の探索用の腕である。

  1911年ホィーラーは、アリの集団を、単なる類推ではない「真の有機体(超個体)」だと主張した。一匹のアリは、生物個体というより細胞に近く、不妊の働きアリ(全部メス)たちは、資源を分け合い、互いを守り、全体の利益のために喜んで生命を棄てる。この説はフェロモン研究の発展によって、1980〜90年代に再生している。

  アリマキと、その分泌物を食料とする牧畜アリは、こんな会話を交わしているのだろう。

        アリ:アリマキさん、少し食べ物もらっていい?

        アリマキ:どうぞもってって。おなかがパンパンに張って、ちょっと楽になりたいの。

  コロニー引っ越しの時は「家畜」も連れていく。マレーシアの遊牧アリとコナカイガラムシは共生関係にあり、両者を引き離したら、両集団とも死んでしまった。  

    アリがハチから分離したのは一億年ほど前のこと、樹液の凝固物である琥珀の中で、時に昔のアリが見られる。1977年、オーストリアで原始的アリが見つかった。日夜、そして一生涯アリのことばかり考え、話して過ごし、いつも姿勢悪く下を向いて歩くアリ研究者たちは、もちろん南米・アフリカ・東南アジアのジャングルの奥深くを探索するのと同様に、そこにも駆けつけた。

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  ラフカディオ・ハーンは、アリ社会に深い関心をもち、その牧畜や狩猟、社会組織や「道徳」などを論じた本を書いた。来日後、日本女性を無私の働きアリに譬えたこともある。日々研究にいそしむ女流学者たちと日々接しながら、アリとの距離を考える。(『法学セミナー』(1998年3月号)