「何ゆゑ兄弟の目にある塵を見ておのが目にある梁木(うつばり)を認めぬか」とは、山上の垂訓(Mat.7:3)の戦前訳。梁木とは、『広辞苑』によると、「柱上に渡して小屋組を受ける横木」のことである。戦後訳はこれを「丸太」と訳している(「塵」の方は「おが屑」となっている)。King James版はmoteとbeamで、英和辞典を見ると、beamは「梁、けた、横げた、はり材、角材」とある。ギリシャ語(コイネー)のbeamの原文はδοκος で、Liddell-Scottの希英辞典ではbearing-beam, in the roof or the floor of a houseとあり、更にgenerally, a balk or beam、更に bar of a gate or doorとある(「塵」の方はκαρφος で、a dry stalk, a chip of woodとある)。何れにせよ目の中に丸太が入るなどということは考えられないから、何か語学的な問題が介在しているに相違ない。恐らくJesusの言語であるアラム語からギリシャ語に訳すところに問題があるのであろう。聖書学者に叱られるかも知れないが、アラム語では恐らく柱よりずっと小さいものを意味する単語だと想像して、「塵」と「棘」くらいにしようかと思う。