マリー・アントワネットの「ケーキ」

 

拙宅の最寄駅の構内にフランス風洋菓子店兼喫茶店があり、ひょいと見たらブリオッシュというものがあったので、早速食べてみた。普通のパンに少し牛乳や卵が混ぜられたもので、ひどくおいしいというものではない。

これを試食した理由というのが、「食べるパンがありません」と言われて、「それじゃあケーキを食べればいいじゃないの」とマリー・アントワネットが答えたという話の、Let them eat cakeと伝えられた英語の原語がQu’ils mangent de la briocheで、briochecakeと英訳したのは誤訳だという説があるからである。食べて見た感じでは、パンとケーキの中間よりはパンに近い感じで、誤訳説に分があるように思えた。cakeと英訳されたことで、彼女の悪名が世界に流布されたと同情する人もいる。

もっと同情すべきは、この言葉は彼女の言葉ではなく、革命よりずっと前に書かれたルソー『告白』第六章の下記の箇所が出典であることである。

 une grande princesse à qui l'on disait que les paysans n'avaient pas de pain, et qui répondit: Qu'ils mangent de la brioche.

    [ある姫君(une grande princesse)百姓どもには食べるパンがございませんと言われて、「ではパン菓子を食べたらいいでしょう」と答えた(土居寛之訳、角川文庫(中)六六頁)]

この「パン菓子」の原語がbriocheである。

マリーを殺した革命家たちが、それを正当化するために悪名を着せようと、この「姫君」を彼女にしてしまったのである。この「姫君」がマリーである可能性はない。彼女がパリに嫁入りしてきたのは1770年だが、ルソーが『告白』を完成したのは前年の1769年だからである。