マックス・ホランド『潰えた野望』(三原淳雄・土屋安衛訳)(Max Holland, When the Machine Stopped, 1989)

   1911年、15歳の少年フレッド・バーグ、ハンガリーから移住、旋盤工となる。1920-30年代、シカゴで商業に従事。1943年、ロサンジェルスで機械工場(バーグマスター社)を開き、機械を次々に開発、一流企業に発展。1961年、中京電機の特許権侵害で勝訴、翌年同社と提携。1962年、息子ジョー社長となる。1965年フーダイ(Houdaille)社に身売り、同コングロマリットに属する。1967年、ジョー、フーダイと対立して去る。1969年経営悪化始まる。1970年山崎鉄工所と技術提携。1971年、特許権侵害の民事訴訟を受ける。古参工員の辞職相次ぐ。1974年、山崎、ケンタッキーに工場設立。1977年、フーダイ、山崎を特許権侵害で国際貿易委に提訴。契約破棄。1978年、フーダイ、LBO(Leveraged Buy-out)により、3億5000万ドルで身売り。日本、機械輸出自主規制。1980年不況到来。3週間スト。フーダイ社、日本工作機械排除の政界工作を弁護士コペイケン(Richard Copaken)に依頼。1982年、コペイケン、日本の「不公正貿易」に関する700頁の陳情書を貿易代表部に提出。同時に出版し、ベストセラーとなる。日本製工作機械排除を目的とする「上院決議525」成立。1983年、中曽根首相訪米。政府、陳情却下。1984年、経営危機深刻化。大隈鉄工所と提携交渉。10月リストラ決定。バーグマスター社解散。1987年、フーダイ社、英国TI社に身売り。

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   「機械を作る機械」の制作に当る工作機械工業は、本質的に大規模にはならず、職人気質の少数の人々による地味な領域である。だがこうして作りだされる機械の性能・精度こそ、産業を支えるものだ。1960年代から70年代にかけて、日本の工作機械工業はアメリカを追い抜いた。その過程をアメリカ側から見たのが本書である。

   著者は、29年間このバーグマスター社で働いた父より、創意工夫によって一代で同社を築き上げた創業者、職人気質に満ち溢れた工場、しかしそれが機械を知らず、財テクばかりに熱心な経営者に買い取られた同工場が、内面的に解体していく過程、そして日本の工作機械工業が、かつてのフレッドのような努力を重ねて、短期間に成長したことなどを聞いて育った。

   ところがワシントンでは、同社は、不公正に潰されたアメリカ工業の殉教者のような宣伝がなされている。それが変だと感じたところから、著者の調査が始まったのである。内容はすべて実在の固有名詞つきの話で、ジャパン・バッシングの発端、日本が不公正か否かをめぐる法律家の論争など、興味深い内容に満ちている。全体の主題は、アメリカ機械工業は「物作り離れ」の自業自得として滅びようとしている、というものである。原著が出たのが1989年、その頃日本は「財テク」ブームに狂奔し、若い知識人は思想界のバブルというべき「ポストモダニズム」なるものに浮かれた。本書は日本正当化の書としてではなく、日本への警告の書として読まるべきであろう。

(『法学セミナー』1994年12月号)