新版あとがき
本当に短かったと九十歳
これは最近の新聞で見かけた川柳である(『毎日新聞』二〇〇九年八月十四日)。それから見ると二十年などわずかなものだが、それでもやはり、これを『法学セミナー』に連載した一九九〇・一年から、色々なことが随分変わった。
本書の内容を執筆し始める直前に「ベルリンの壁」が破壊され、ソ連帝国の崩壊過程の中での執筆であった。本書で扱ったように、連載の最末期に、バルト三国がソ連から独立した(二二三頁)。アフガニスタンに関していえば、連載から現在までの間に、タリバン政権の成立(一九九六年)と崩壊(二〇〇一年)という歴史が介在しているが、依然前途不透明の混乱が続いている。中国の政治勢力・経済勢力としての急激な台頭は、連載期以後に顕著となったものであるが、本書で扱った環境破壊や人治主義的性格は、あまり変っていないように思われる。
「バブルがはじけた」という経済上の大事件は、年功序列・終身雇用制という戦後日本の雇用慣行を大きく動揺させた。本書十四章の日本資本主義論はもはや妥当しないものかどうか、それ自体一つの論題であろう。最近の経済危機は、本書で「新保守主義」として論じたものについて、新たな論争を巻き起こしている。
立法に関しては、民事訴訟法(一九九八年)・破産法(二〇〇四年)の全面改正、商法から会社法が独立したこと(二〇〇六年)など大変革もあり、その他大小様々な重要法理の制定や改廃が行なわれた。刑法や民法も口語体となり、かつて暗唱していた条文も変ってしまった。旧版には「借地借家法」制定時の議論を論評した章があったが、時期外れになったので、削除した。また第二章で扱った脳死問題は、「臓器の移植に関する法律」(二〇〇七年)によってある部分は立法的解決を見た。
この二十年に私の身分も変り、教養学部の法学教師が、一九九八年から法学部の法哲学・法思想史担当者となった。教養学部にいれば、実定法の入門講義をせねばならず、また同僚や学生から法律問題についての質問を受けたりするので、一応は新聞の法律記事や法律雑誌にも眼を通したりしたが、法学部に移ってみるとそんな必要がなくなり、殆ど実定法の勉強をしなくなった。不動産について新たに一章を書き直そうかと思ったが、学力的に無理になっている。
第十三章「離婚その後」は、旧世代の男の独善という批判もあり得るかと思う。当時妻が非常勤講師として研究・教育を続けていて、こういう夫婦の共存形態も存外合理的なのではないか、と感じていたことが行間に現れていることは否定できない。その後彼女が専任のポストを得ることになり、非常に張り切って次々に論文や著述を発表した。やはり女性は職業人として半人前のような状態に満足している訳ではなかったのだと悟り、反省した。しかし余りの多忙で、癌の進行に気づくのが遅れたことは、悔いても余りある。しかし「だから非常勤講師を続けるくらいの方がよかったのだ」などとは毛頭思っていない。溌剌として、次々に主題を発見して追求したあの生活を、もっと続けさせたかったと思うのみである。
本書がなお出版するだけの価値があるか否かは疑問もあるが、村岡侖衛氏の親切なお勧めにより、刊行することにした。なお最近執筆した小論を四点加えた。村岡氏にはいつもながら感謝に堪えない。
二〇〇九年八月十八日 長尾龍一