ホメロスにおける饗宴と女性

 

以下の小文は、Jan Paul Crielaard (ed.), Homeric Questions, J.C.Gieben Amsterdam, 1995所収Hans van Wees, Princes at Dinner,”  pp.154-163の要約である([]内は岩波文庫ページ数)。

西洋のブルジョワ社会のdinner partyにおいては、男女が対等の資格で食事をする長い伝統があるが、他の階級、他の社会では必ずしもそうではない。男女の食事が別々の時、別々の場所で行なわれる社会も少なくない

ホメロスに関して、Moses Finleyは「宴会には女の場所はなかった」とぶっきらぼうに言い放っている(1)。ペネロペイアは、求婚者たちと食事を共にせず、彼らの宴会中も自室にいる。ヴェイルを着け、二人の召使を伴って彼らの部屋に現われることもないではないが(Od.I334[p.26], Od.XVIII210[p.160])、息子のテレマコスに「さあ、今は部屋へ戻り、御自分の仕事である機織りと糸巻きにおかかりになるがよい」「論議するのは男たちの仕事」(Od.I356-9[p.28], XXI350-3[p.245])と追い返されてしまう。

しかしペネロペイアの場合は、招かれざる行儀の悪い客たちとの食事を拒否する特別な理由がある。夫は不在だし、「ペネロペイアに添臥できたらどんなによかろう」と口々にわめきたてるような男たち(Od.I365-6[p.28])を避けるのは当然であろう。彼女自身「一人で殿方の中には入りたくない。慎みのないことだからね」と言っている(Od.XVIII184[p.159])(「慎みのない」の原語はaideomaiで、Loebの英訳はI am ashamed to.である)。しかし息子と(乞食に変装した)オデュッセウスだけがいるところでは、席をとり会話もするのである(Od.XVII96-100[p.123])

テレマコス訪問中のヘレネは、ヴェイルも着けずに夫メネラオスと同席し、色々発言する(Od.IV121-137[pp.90-1])。『イリアス』においては、メネラオスとパリスの決闘を見るために、彼女は「白妙の麻の被衣(かつぎ)で顔を蔽」って出かけたが(Il.III141-4[p.93]・・・。

未婚の少女は宴会から排除されている。王女ナウシカアが洗濯から帰った時、両親は食堂で食事をするところだったが(Od.VI255-7[p.164],303-9[p.166])、彼女は自室に戻り、老女中の用意した食事をする(Od.VII7-13[p.171]。彼女がオデュッセウスと最後に出会った時、我々は何かロマンチックなことが起こるかと期待するが、酒盛り中の男たちの方に行こうとする彼に、「いつかまた私のことを思い出して下さい」とだけ言って別れるのである(Od. VIII458[pp.209-210])(2)

ナウシカアは「わたしにしても、誰か他の娘がそんなことをすれば――まだ両親が健在なのに、親のいうことも聴かず、正式の婚礼を挙げる前に、男の人たちと付き合うようなことをすれば、その娘のことを善くはいいますまい」と言っている(Od.VI-286-8)。「正式の婚礼を挙げる前」にはいけない、ということは、一旦結婚すれば、男とある程度自由に交際できるのであろう。宴会に人々を招く夫は、そこに妻は同席させるが、娘はだめなのである。そうだとすれば、息子の妻も宴会に出られることになるが、残念ながらその場面は出てこない。

客の妻は?「宴に招かれた者たち」は「羊を牽き、百薬の長なる酒を携え」「パンは美しいヴェイルをつけた女房たちが届けてくる」(Od.IV612-3[p.114])というから、招待はされないのだろう。開催者の妻と、せいぜいその息子の妻以外は、宴会に席をもたないのである。宴会に出た女性も、男と対等の地位が認められる訳ではない。宴会の前に、これから食べる獣の屠殺が行なわれるが、それは男の仕事で、「女たちはかん高い声をあげて神を呼ぶ」のみである(Od.III450-2[p.80])。肉を分配するのも男たちの仕事で、しかも自由人の男である。神々に衣装を供物として捧げるとか(Il.VI269-312[p.195]]、パンや酒を捧げるのは女奴隷でもできる(Od.IV761-7[p.120])。奴隷の男もせいぜい盃を配り、パンを籠に載せて配分し、酌をするまでである(Od.XX253-5[p.219])。女奴隷は、部屋を掃き、床に水を打ち、椅子に覆いをかけ、食卓を拭き、盃などを磨き、水を汲み(Od.XX149-154)、水差しに水を入れ、客に手を洗わせ、食器を準備し、ご馳走を盛りつける(Od.I139-140[p.17],IV55-6[p.87],VII175-6 [p.178])。「その傍らでボエトオスの息子が肉を切り分け」(XV138-9[p.69])と言われているように、肉に関することはあくまで自由人の男の仕事なのである。

女神はどうか。ニンフのカリプソはオデュッセウスを接待して「人間の口にするさまざまな食物と飲料」を並べた(Od.V196-7[p.137])。彼を送る時は「食糧を詰めた袋」「味の良い副食物」をもたせた(Od.V267)。肉については言及を避けている。ニンフのキルケに関しても、「数々の馳走」とだけ言って(Od.X352-372[p.263])、女性が肉を用意したとは口が裂けても言わない。誰が用意したのかはっきりしない場面では、「来る日も来る日も豊富な肉を食い」(Od.X467-8,476-7[p.268])「ふんだんにある肉を食べ」(Od.XII18-9[p.312])などと言っているくせに。

そもそも女たちは肉を食うことさえ許されていなかった。女性の食事の場面は乏しく、ナウシカアについてもただ「食事」と形容されている(Od.VII13[p.171])。彼女が洗濯に出かける時、母は「さまざまな味のよい食料を箱に詰めて副食も添え、山羊皮の袋には葡萄酒を入れ」た(Od.VI76-8)。彼女はオデュッセウスに「食べ物と飲み物」を与えるように命じたが(Od.VI209,246[pp.162,163-4]、後にオデュッセウスがその時貰ったものを「パンときらめく葡萄酒」だと言っている(Od.VII295)。女性用の食物しか持参していないからであろう。

『イリアス』において、プリアモス王が息子ヘクトルの遺体を引き取るためアキレウスのもとを訪れた際、アキレウスは、十二人の子を失ったニオベですら「泣き疲れるとやはり食事(sitos)のことを思った」、「されば高貴の御老体よ、われらも食事(sitos)に心を向けようではありませんか」と呼びかける。Liddell-Scottの希英辞典を見れば、sitosとはまずwheat, corn, grainという意味である。ところがそこで出された食事は羊肉であった(Il.XXIV602,613[p.408])。女性のニオベのsitosは植物性のものだが、Priamosには肉が出されるのであろう。孤児となったパンダレオスの娘たちも、アフロディーテが「チーズや甘い蜜、甘美な葡萄酒」で育てた(Od.XX69[p.210])。女性の食事のメニューから常に肉類が除かれている。ホメロスの女たちはヴェジェタリアンの食事をしていたのだ!

そもそもホメロスの宴会場面をよく見ると、女たちは全然飲み食いしていない。アルキノオス王が宴会で酒を飲んでいる時、アレテ王妃はその部屋で紫の糸を紡いでいた(Od.VI305-9[p.166])。メネラウスが息子の婚礼の披露宴を開いているところにテレマコスが訪れてくるが、そこにヘレネ王妃がやってくると、侍女たちは紡いだ糸を入れた籠と糸巻き棹を持ってくる。彼女は飲み食いでなく、糸紡ぎをするのである(Od.IV121-135)。テレマコスが客を連れて帰国し、客と食事をしている際にも、母ペネロペイアは「二人に相対し、広間の柱の傍らで、椅子に背をもたせて坐り、細い糸を紡いで」いた(Od.XVII96-7)。女神たちを別とすれば(ヘレは息子ヘファイストスの差し出す盃を受け取った(Il.I595-6[p.40])、ヘレは「テミスの手から盃を受けた」(Il.XV84-95[p.82])、「ヘレが美しい黄金の盃をテティスに手渡した」(Il.XXIV98-102)等)、ホメロスに登場する女性たちは誰一人として男たちの宴会で飲み食いしていない。宴会に出席する女性たちは、事前にヴェジェタリアンの食事を済ませているのである(いくらなんでも「事後」というのは可哀そうだ)。ヘレネが息子の結婚式に遅れてきたのも、自室で食事をしていたためではあるまいか。

つまり宴会での女性の役割は会話に限られている。しかしその会話も男と対等という訳ではない。ペネロペイアは宴席に出て、乞食(オデュッセウス)を虐待したことについて求婚者たちとそれを見過ごしたテレマコスを責めるが、彼女はやがて求婚者たちの贈り物を受け取って自発的に部屋に戻る(Od.XVIII303[p.165])。この場合は堂々と発言して意見を通しているが、楽人に曲目を変えるように要求した時はテレマコスに追い出され(Od.I345-359)、弓の問題について発言した時も同様の眼に遭った(Od.XXI354)。テレマコスのこのような態度は無礼だという見方もあるが、法的には成人した息子の家長権を根拠とするものである。

アルキノオス王の后アレテは男同士の争いの仲裁さえ委ねられる権威をもった女性であるが(Od.VII74[p.174])、長老は「賢明なお妃の仰せられたことは誠に適切であり、われらの思いにも適うことじゃ」「(しかし)これからどういい、どうするかは、アルキノオス王の御一存にかかっておる」と言っている(Od.XI342-6[p.293])。アレテの権威は夫の信任の上に成り立っているのである。

このような男女差別は当時の社会的現実だったのか、宴会は支配層内部の格式ばった意地の張り合いの世界であるが、日常生活においてはかなり異なっていたのではないか、という問題がある。それを知る一つの手がかりは、神々の世界ではあるまいか。そこでは夫婦喧嘩、兄弟喧嘩など、日常的な家庭的状況が描かれており、ディオメデスに槍で突かれた女神アフロディーテが母の膝に泣き伏したり(Il.V370[p.156])、ヘラに打擲された女神アルテミスが泣きながら父ゼウスの膝の上に坐ったりしている(Il.XXI506[p.299 ])。神々の食事の場面は当時の人々の家庭での食事の情景で、神々が一緒に食事をしているのは、来客のない時は家族全員が揃って食事を共にしていたことを示しているのではあるまいか。オデュッセウスが訪れたアイオロス島でも「子供らは常に愛する父と優しい母の膝下で宴遊に明け暮れて」いた(Od.X7-8)。一旦出発したオデュッセウス等が疾風に襲われて島に舞い戻った時も、アイオロスの王は「妻子と共に食事中であった」(Od.X60-1[p.249])。オデュッセウスとカリュプソも向かい合って食事をした(Od.V194-200[p.137])。

最後に、以上のルールは建前で、その現実的適用はそれほど厳格ではなかった、実際には宴会でも女性が飲食することもあれば、肉食することもあったということも考えられるが、両叙事詩にはそういう場面はない。