観念論について
Descartesと英国経験論との関係において、根源的事実は「我」なのか「意識」なのかという問題が浮上した。「唯我論」といっても、「我」の唯我論と「意識」の唯我論が対立することになる。
「意識」の唯我論は、人間は自分の意識の外に出ることはできない、太陽や月の光を感ずることはできるが、「物自体」としてのそれに接近することはできない、というある意味で当り前の主張となる。しかも意識の世界の大部分は自分の勝手にできないものであるから、謙虚な人間観と連なるであろう。もっともこの「自分の勝手に」という「自分」が意識と別に存在するか否かという問題は残存する。そこから「意識のみが存在して『自分=我』は存在しない」という無我論(後述のLichtenberg等)と、「我」も「意識」も存在するという一種の二元論とが分岐することになる。人間は自分の意識を出ることができない、「物」も意識の世界の中の観念に過ぎない、という思想は「主観的観念論」とよばれることがある。
それに対し「意識」とは区別されて「我」というものが別に存在する、という思想は、この「我」を宇宙論的存在に昇格させて、巨大な形而上学の体系となる。John Lockeが「我」の存在は直観(intuition)によって、神の存在は論証(demonstration)によって、その他のものは感覚(sensation)によって知ると言った時には、関心が感覚の方に集中していて、形而上学へとは発展しなかったが、Kantが認識主体としての「我」が時間・空間・範疇という普遍妥当的真理を具備していると説いたことを発端として、Fichte以下のドイツ観念論者の自我哲学が展開する。しかも宇宙の「我」としての神と、中間の「我」としての国家と、個人の「我」が連結されると、壮大な宗教哲学・国家哲学となる。このような思想は「客観的観念論」の一種といえよう。万人の「我」が世界精神と結びつくと考えれば、この思想は唯我論とは絶縁している。
私は無知で、よくは分からないのだが、こういう議論が古代インドの哲学思想と問題関心を共有していると言う人もある。ヨーロッパのインド哲学研究においてオルデンベルク(Hermann
Oldenberg, 1854-1920)などドイツ研究者の影響が強く、インド思想をドイツ観念論に引きつけて解釈する傾向があったこともその一因であろう。宇宙精神としてのBrahmanaと個人の精神としてのAtmanが一体である(梵我一如)という思想は世界精神と個人の精神を結びつけるHegel哲学などと接点をもつかも知れない。また「唯識論」という漢語は意識のみが存在するという思想を連想させる。ドイツ思想においてSchopenhauerなどより「意識下の意志」という思想が登場し、Freud心理学などに連なっていくが、これは唯識論における「阿頼耶識」と似ているという人もある。しかし「阿頼耶識」は前世から現世に至る人格的体験の蓄積であるらしく、父母と息子の三角関係のトラウマなどという矮小なものではないという。
大乗仏教においては自我の没却、無我という思想が現われるが、これはIch denkeと言わず、Es denkt in mir.と言うべきだと言ったGeorg Christoph Lichtenberg
(1742-1799)を思わせるところがある。もっとも、解脱への修業というような宗教的実践と結びついた思想と、経験論の帰結を突き詰めた理論的思惟を同日視することはできないであろう。しかし盲目的な意志の支配から解放されて涅槃を求めるというSchopenhauerの場合は、自覚的にインド思想の驥尾に附している。
「客観的観念論」は「物」の世界(形あるものの世界)、経験的世界の上位に高次の観念の世界があり、物や経験の世界はその支配を受けているというような思想で、「形而上学」(metaphysics)という名でよばれる(ギリシャ語でmetaという言葉は「上」ではなく、「後に」などという意味で、Aristotelesの講義録の配列上哲学の部分が「物理学」(physics)の後に来たことに由来するが、彼の哲学が形而上学的であったから、「上」という意味に変ったのである)。Descartesの「我」を発展させたドイツ観念論は「客観的観念論」の一形態で、「客観的観念論」の最も古典的思想家はPlatonである。「観念論」(idealism)という言葉自体、Platonのidea論に遡るものであろう。
前に述べたように、Platonは、幾何学的図形はイデアの世界においては厳密に正確であるが、経験的図形は不完全であることから発想し、地上の事物は天上のイデアの不完全な「影」(eidola)・模造品であると考え、イデアの認識は五感ではなく、一種の理性的直観によるものであるとした。そのような直観能力をもつ少数者が支配することが彼の政治的理想で、哲学者の支配する国が理想国である。
生物学に関心が深かったAristotelesは、Platonのideaに当るeidos(「形相」と訳される。実はPlatonもeidosという言葉を併用している)について、動植物の成長・成熟した形態や建築の設計図など多様な発想を持ち込んでいる。宇宙全体の諸事物は、形相に向って発展し、その窮極には「最高形相」たる神がある。
人間界においては、「今晩寿司を食おう」という観念に従って鮨屋に足を運ぶように、観念が物や意識を支配するということは否定できないように見える(そのことを否定するのが「決定論」である)。ひまわりが「花」という形相を実現するために土から栄養を吸収するように、生物も形相が物質を動かしていると解釈することも、日常的経験に適合している。しかし彼が宇宙全体を形相因や目的因の支配する場だと考えたのは、「宇宙の万象は神の意志に導かれている」と考えない限り無理があり、近代の自然科学者たちに批判されることとなる。
常識的に考えれば、「人間的能力の範囲内では、人間の頭脳に宿る観念が物質界を動かしうる」と考える限度では、観念論はそれを否定する唯物論より事実に即しているが、超人間的観念が世界を支配しているという思想は、人間の認識能力の限度内で考える限りは、一種の信仰に他ならないであろう。