キョウコ・イノウエ『マッカーサーの日本国憲法』(MacArthur's Japanese Constitution : A Linguistic and Cul tural Study of Its Making, 1994)[古関彰一・五十嵐雅子訳]

   Freedom of religion shallbe guaranteedという条文が米国憲法にあったとしたら、それは主権者たる国民が、政府に信教自由の保障を命ずるという意味になる。日本国憲法の占領軍側の草案も、このshallという言葉を用いて人権を保障していた。ところが邦訳された日本国憲法においては、「信仰の自由は・・・これを保障する」となり、誰が保障するのかは明確でなく、「政府への命令」という意味は消え失せている。

   そもそも占領軍側草案におけるshallの命令者は日本国民であろうか、否、占領軍が日本政府に対して命令したものではあるまいか、と著者は言う(pp.117-9)。そうだとすれば、憲法の人権条項は、「日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障礙ヲ除去スヘシ」(The Japanese government shall..)というポツダム宣言の条項と同じ構造・性格のものだということになるであろう。

   著者は言語学者でイリノイ大学教授。本書は言語学・文化摩擦という見地から、日本国憲法制定経過を見直した野心作である。戦中戦後の米国対日政策の構造についての理解が不充分であるとか、日本の研究者にとっては当り前の事項についての解説が多いとか、欠点もないではないが、米国人を読者として書かれた非「専門家」の著作として、独創的洞察が随所にちりばめられており、それらの欠陥を補って余りがある。

   本書の特徴の一つは、憲法審議に当った帝国議会議事録を主たる素材として、当時の議員たちの思想や意識を詳細に吟味しているところにある。従来日本における憲法制定経過研究は、占領軍と日本政府の間の折衝過程に関心を集中し、政権作業の90%は1946年3月までに終り、議会での審議は形式的事後処理に過ぎないかのように扱われてきた。憲法学者たちは、そこでの討論、特に新憲法に批判的・懐疑的な議論を、新時代に適応しきれない旧政治家たちの時代錯誤的議論として、その意義を軽視してきた。

   本書を読むと、文化摩擦という見地からは、そこに数多くの興味深い素材があることを痛感させられる。現在米国人が好んで「日本の異質性」を指摘するように、当時の議員たちの意識には、現在生き残っているものが少なくない。「文化摩擦」という見地は、二つの文化を優劣という価値判断を抜きにしてとらえる視角であり、現代米国における文化的多元主義の潮流が著者の背後にある。

   本書を読んで改めて気づくことの一つは、議会で行なわれた政府の答弁には何の権威もなく、占領軍の公定解釈によって無造作に無視されてきたことである。金森徳次郎国務相は、繰り返し新憲法は「家」制度の絶対的廃止を要求するものではない、と答弁し、その点に不安をもつ議員たちを慰撫しようとした。しかし議会のこの雰囲気とは全く別に、オプラーを中心に新家族法の起草が行なわれていたことは周知のとおりである。

     (『法学セミナー』1994年9月号)

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