惜別―日本大学法学部教授会

 

 私がこの学部にお世話になることになったのは、1996年度から非常勤講師として法思想史を担当してからですが、専任とさせて戴いたのは1998年4月1日からで、その後この2008年8月1日に退職するまで、10年あまりお邪魔致しました。超我儘で当り障りの多い人間ですので、到底おしまいまでは務まるまいと思っていたのですが、何とか最後まで務めさせていただいたのは、先生方のご寛容のお蔭だと感謝しています。特に手落ちだらけで、ご迷惑ばかりおかけした事務の方々が、終始親切に庇って下さったのは、感謝の極みです。大学を支えているのは事務だなあと以前から思っていましたが、私立大学においては一層そのことがあてはまると痛感しました。

 この十年間で一番印象深かったのは、柳澤先生がお気の毒だったということです。権力者がある考えに取りつかれて、誰もチェックできなくなることが、どんな有害な結果をもたらすかは、柳澤先生の犠牲によって示され、権力抑制の必要を説いたモンテスキューの偉大さを改めて感じます。

 もう一つ感じたのは、人間六十代は、まだまだ仕事ができる、ということです。前の職場が六十歳定年で、その後先輩たちが何をしているか断片的にしか知らなかったので、このように六十代の方々がばりばり働いておられる職場に接したことは新鮮なショックでした。私も何とかこの十年にいくつかの仕事をまとめることができ、早く老けこんではいけないなと思うとともに、老人国家日本における人材活用のヒントともなりました。ただ明治の指導者たちは三十代で指導的地位に立って国を率いたのですから、若い方々の活力を抑えるようなことがないよう、くれぐれも配慮すべきでしょう。

 この教授会が自由で活発な討論の場で、執行部原案がしばしば議論の結果撤回や修正を余儀なくされるのは、組織の健全性を示すもので、沼野・坂田両学部長とも、相当迷惑で不愉快であろう議論にも、忍耐強く耳を傾けられる態度には感銘を受けました。さきほどの柳澤先生の悲劇とも関わりますが、ぜひこの伝統は続けていっていただきたいものだと感じました。

 古代アテナイの政治家で詩人でもあったソロンに「人は様々なことを学びながら老いていく」という言葉がありますが、若い頃は当り前過ぎて何でこの言葉が有名なのか分かりませんでした。しかし自分が年をとってみると、人生には常に思いがけない経験が待っており、eye- openingな体験に日々接するのだということが分かってきます。この言葉で重要なのは「学ぶ」ということで、これは「学んで時に之を習う、また悦ばしからずや」という老境の孔子の言葉にも通ずると思います。常に心を新たな経験に対し開いて、「学ぶ」という態度を続けることが、この言葉の教訓で、これは自戒の弁でもあります。

                     (2008918)