▽『産経』木村正人記者は、Teheran, Yalta, Potsdam会談でChurchillの通訳を務めたHugh Lunghi氏(89)とinterviewした:(Yalta)「ソ連は対ドイツ戦の勝利をほぼ手中に収めていた。Stalinはご満悦の様子で、彼を取り巻く空気は快活そのものだった」「極東問題はRooseveltとStalinの2人で話し合われ、Churchillは署名に応じただけだった。それが知られるようになったのは戦後何年もたってからだ」「StalinはRooseveltに『千島列島は日本が第二次大戦で占領した領土の一部だ』とデタラメの説明をした。Rooseveltは、千島列島が日本の領土になった歴史的経緯を正確に示した米国務省の資料に、目を通していなかった」「千島列島は1975年の樺太千島交換条約でRussiaから譲渡された日本の領土で、引き渡しは国際法上の誤りだ」「Stalinはすべての事実と、自分が何を求め、何を成し遂げたいのかを知っていた。非常に簡潔に要点を突いて話し、袋小路に迷い込むこともなかった」「(すべて暗記していて誰の力も借りず受け答えし)、会談中一切メモを受け取らず、決意が固いことを周囲に見せつけようとしていた」「(高血圧のRooseveltは)見るからに調子が悪そうだった。顔は蝋のように黄色かった。顧問団から多くのメモを受け取り、質問に答えるのを助けてもらっていた。Churchillともメモを交換していた」「(三つの会談で米英ソによって戦後秩序が決められたにもかかわらず)ソ連はかなり邪魔だてしていた。Stalinはソ連が対ドイツ戦で攻勢に転じたKurskの戦い(1943年)など、ドイツに関する軍事情報を一切米英に与えなかった。猜疑心が強いStalinは全員を敵とみなしていた。冷戦は大戦中からすでに始まっていた」(産経)[Lunghi氏はロシア系の母をもち、通訳したとき20代の前半であった(http://www.bbc.co.uk/worldservice/people/features/mycentury/transcript/wk44d1.shtml)。同氏の回想はいろいろあるらしく、internetでもaccessできる]。