徳岡 仁『上海レポート――巨大開発と犯罪』
「日本人は世界で一番上海を語りたがる国民」だそうで(平野純編『上海コレクション』(ちくま文庫)11頁)、題に上海という字を含む本だけでも、優に百冊は超える。明治以来その妖しい魅力は多くの人々を惹きつけ、平野編所収の芥川龍之介・横光利一・火野葦平・開高健・有吉佐和子など15編の上海論は、その魅力を語って余りある。この傾向は現在でも続いており、夕刊紙投書欄を大阪弁に訳した鈴木常勝編『上海コロッケ横丁』(新泉社)など、大書店の中国コーナーには、幾冊もの「上海もの」が並んでいる。
本書は、中国専門家による1990-92年上海滞在リポートで、軍隊よりの頻繁な武器窃盗、離婚の増加、知識人女性売春の激増、賄賂・麻薬・人身売買・公共財産窃盗の横行など、日々悪化する社会的混乱を伝えている。ある中学の男子生徒喫煙率が四割、一人っ子政策の反面「黒子(へいず)」(戸籍外児童)が増加し、そのため無届産婆業が増え、「?会(バンフイ)」のような犯罪組織が横行している。すり集団「新彊?」、路上詐欺師集団「貴陽?」、強盗の「東北?」、上船切符詐欺の「温州?」など、地域単位の犯罪組織は、ロシアの「グルジア・マフィア」を思わせる。
中国では「農村戸籍」と「都市戸籍」が区別され、農民の都市流入は厳重に規制されているが、「盲流」とよばれる農村人口の上海への違法流入が百万単位で続いている。彼らの多くは無職・無宿で、建設現場などで単純労働に従事し、常に失業の危機の中にあり、「毎年上海から退去を命ぜられ送還される乞食は一万人あまりにのぼるが、実際生活に困窮して物乞いだけをするのはわずかに4.5%」「大部分は何らかの犯罪にかかわっていた」という。民事紛争も激増し、「律師」(弁護士)という職業が脚光を浴びている。
著者は、「近い将来『魔都上海』が忽然とその姿を現すのであろうか」と観測している。人間の肝が売られ、人力車を連ねて町を見物していた夫婦の夫が、ふと振り返ると妻の車が見えず、それが「永遠(とわ)の別れ」となったというあの「魔都上海」である。英和辞典によると、shanghaiには「麻薬をかけて船に連れ込み水夫にする」という意味の動詞がある。
ところで、私は1991年9月と92年4月に各々10日ほどこの都市を訪れた。91年は史上空前といわれる華中大水害の直後で、浮浪者にあふれた町を想像していた。しかし繁華街南京路や旧日本人街の虹口地区をはじめ、貧民街、それに南翔など郊外の町を一人でフラフラ歩き回ったが、危険なことは一度もなかった。駅前のホームレスも北京より少ない。「魔都」復活にはまだ間がある、という印象であったが――。(『法学セミナー』1994年8月号)
[附記] 2007年夏三度目の上海旅行をした。南京路は洋風化して、銀座などに少し近づいていた。ビルが林立して、平屋建ての家がどんどん取り壊されていた。産経新聞前田徹特派員に連れられて、「農民工」のinterviewに出かけたが、40代で歯がぼろぼろになった人などが建築現場で働いていた。飯場でinterviewすると、食堂では坐って食事ができる「坐食組」は特権層で、一日の食費が6元(100円足らず)、一般労働者は立って食事をする(立食組)。食費は3元(50円足らず)。それでも彼らは「上海は文明的だから好きだ。できるだけここにいたい」と言っている。彼らの月給が800-1200元くらい(12000-18000円)。それでも故郷に送金している。
中堅サラリーマンの給与が5000元(60000円)だとして、市内の住宅(「マンション」の一画)が最低で60万元(900万円)。 月に4000元貯金して1年で48000元、13年でようやく624000元だから(そして住宅がなければお嫁さんも来ないから)、彼らは必死で働いて貯金している。しかも現在不動産価格はうなぎ昇りに上昇しており、目標がどんどん遠くなっている。親の老後の生活費をかじるか、もっと給与のいい職場を探すか、さもなくば株など財テクに賭けるかだが、それであっという間に貯金を失ったりする人も多い。
一方では不動産を何軒も貸しに出している羽振りのいい人たちもあり、「南京路においしい小籠包のレストランがある」と昼食に連れて行かれ、6人で昼食をした。「奥の部屋は500元つかわなければ貸せない」ということで、食べて飲んで、「いまいくら?」と訊くと「二百何十元」という話。そこで更に食べて酒も飲み、各人土産ももらって「さていくら?」と訊くと、「390元」。結局500元は食べきれず、これで許してもらったが、一日3元で立って食事をする人たちとの貧富の差!しかし中国の物価の安さ。6人で飲んで食って8000円にならないのだから(本website「民工問題」参照)。