▽「近時片々」がSocratesやPlatonが現在のギリシャを見たら何というだろう、と疑問を提出している(毎日夕刊5/6/10))[それは明らかである。「人生で閑(σχολη)ど大切なものはない。雑談(διατριβεια)をして毎日を過ごせ」。Adam Smithとか、Max Weberとか、Joseph SchumpeterとかHayekとかという勤勉やinnovationを説く思想家たちについては、「聖なる、驚異的な、愛すべき人物としてその前に跪坐するだろう。そして、そのような人物はこの国にはいないし、またいることが許されていないと彼に告げ、その頭に香油を注ぎ、髪飾りで飾った上で、他国へと送り出すであろう」(Politeia 398a)。働かずに観光客からカネをむしりとる権利に関するギリシャ人の厚顔さは唖然とするほどである。私がギリシャ旅行をした時、Chicago大学考古学出身のバス・ガイド(むくつけき中年男である)は、「祖先たちと我々とは共通である。SocratesもPlatonも怠け者であったが、我々も怠け者だから」と言っていた]。

ギリシャがトルコから独立したばかりの1832年、英仏露の大国がBeyern王Ottoをギリシャ王として送り込んだ。Ottoはドイツの建築家、技術者、医師、兵士などを伴ってギリシャ入りし、彼らのギリシャに抱いていたロマンを実現しようとした。19世紀は古代ギリシャに対する憧れが復活した時代で、GoetheもShelleyもByronもDelacroixもそのロマンに熱中した。小さな村に過ぎなかったアテネは、彼らのイメージに従ってギリシャの首都として建設された。ギリシャはDisney Landのように、空想によって発明されたのである。現実のギリシャ人は、それに付き合えばカネも出るし、外交上の助力も得られるから、あたかも古代ギリシャ人の生まれ変わりのようにふるまった。ギリシャ語も日常用語・学校国語・古代ギリシャ語があって、それらのまぜこぜの変な国語となった。今やこの幻想と現実のひずみが現実化したのである(George Zakardakis)(The Washington Post-Japan Times(11/12/2011))。