目黒二中昭和29年卒A組クラス会(20091128日・祐天寺にて)

 

出席者16人(男106

順番に挨拶した私の話[[ ]内は座席に戻った後の会話]

思い出すとやはり都築(校長)先生は偉かったですね。

先生は土佐の方で、土佐は日本で唯一ザ行の「ズ」とダ行の「ヅ」の発音の区別があるのですが、いつだか先生が「ザ行のズは、ダ行のヅは」と仰った。あとで「違いが分かったか」とまわりの友達に訊いてみたけど、誰にも分らなかったようですね。

三年の時の教室が校長室の真上だったので、自習でうるさいとよく校長先生が顔を出されました。ある時騒いでいると突然現れてポケットから財布を出され、当時の一番高いお札、一万円かな(というと染谷さんが「千円よ」と教えて下さる)、「こんなお札は本当は何の価値もないのだ。お札というものは日本銀行に持っていって金に取り換えてくれるとき、価値があるのだ」と仰った。ずっと後で、井上準之助蔵相の金解禁世代の発想なのだと悟りました。

いつだかふと陸(くが)君の名に気づかれて、「いい苗字だなあ」としきりに感心されました。陸君はクラスで最初に亡くなった。日本光学での工場災害だと聞きましたが、彼は小学校から同級生だったから親しかったのだが、一番人柄が良かった。あんないい人が先に死ぬなんて不条理ですよね(「ツンチャン[津原君]もいい人だった」という声あり。[「そう、クラスがばかに騒がしかった時、英語の大河原先生が怒りだして、男子を一列に並べてビンタを食らわせはじめた。僕もぶたれたけど、ツンチャンの前でやめたんだ。彼が眼鏡をかけていたせいもあるかも知れないけど、やっぱり彼はぶつにはしのびなかったんだと思うな」])

しかし都築先生が偉いと思うのは、校歌だよ。中村真一郎作詞、入野義郎作曲、当時一流の詩人・作曲家ですよ。歌詞も応援歌調じゃなくて格調高いしね。あの人選も校長先生の肝いりで、作詞者に来てもらって周囲を案内し、たぶん社会科の先生に調べさせて、地域の歴史を歌詞に読み込んだ(「そのかみの鷹狩りの思い出の眠るところ」だろう、と五十嵐君)。立派な歌だったと思うね。

僕の近況だが、実はあさって締め切りの原稿をかかえていて、今大変なんだ。テーマは「トルーマン政権の極東政策」っていうんだが、僕らの小中学校時代のことさね。ルーズヴェルトはドイツと日本を敵にし、ソ連を味方にして戦ったんだが、戦争末期の4月12日に急死して、副大統領のトルーマンが大統領になった。それから八年、こんどは冷戦だから日本が味方になり、ソ連が敵になって、発想の転換が必要になる。トルーマンは20世紀の大統領でたった一人大学を出てないんだ。外交も素人だしね。それが発想の転換には却ってよかったという。しかしダレスが蒋介石がクリスチャンだからとかいって、台湾に立て籠もった彼の政権を中国代表、拒否権をもつ国連安保理事国にして、結局72年までそれで通したのは失敗だった、とか、そんなことを書いているんだけど・・・。