副島隆彦『現代アメリカ政治思想の大研究』

   アメリカ論を色々読んでも、巨象の鼻とか尾とか、部分を捕えた感じしかしないが、本書はそこでの政治的言論を、多様な次元から眺望し、全貌がある程度概観できる貴重な作品である。しかも400人にのぼる代表的言論人の思想や主張、さらに背景がsketchされ、Japan Times常連執筆者ジョージ・ウィルやマーク・ロイコ、CNN討論番組の常連パット・ブキャナンなど、マスコミで耳目に触れる人々がどういう潮流や位置づけの人物かもわかり、格好の座右の書である。

   しかし本書の価値を便利さだけに求めるのは誤りであろう。アメリカはイデオロギーの国、政治家は政治思想家、政治思想家は政治的存在で、ウドロウ・ウィルソンのように政治学者が政治家になることも稀ではない。レーガン政権のジーン・カークパトリック国連大使は、ジョージタウン大学教授。民主党急進リベラル派に属したが、70年代に思想変化を来して「新保守主義」に転じた。彼女のこの転向は、政治史と政治思想史の一大事件であった。

   著者は政治哲学・法哲学の研究者で、アメリカ保守主義やリベラリズムの諸潮流を、背後の哲学と関連づける。ロック、バーク、ベンタムなどの古典的体系を背景に、シュトラウス、ハイエク、アーレント、チョムスキー、ロールズ、ノージックなどの影響下で展開された政論の闘争は、集権と分権、「大きな政府」と「小さな政府」、グローバリズムと孤立主義など、多様な軸に分岐し、ユダヤ人・黒人問題、フェミニズム、諸宗教など、多様な問題を素材とした壮大なドラマである。

   著者の視野は、経済学・社会学など多様な学問領域に及び、フリードマン対ガルブレイスの対立、パースンズやダニエル・ベルの行動主義的で進歩主義的な方法が破綻した経緯など、アメリカ社会科学史んついての興味深い解釈を含んでいる。日本でも注目を集めているマッキンタイアーやサンデルの「共同体主義」について、知識層の外には殆ど影響がなく、近い将来政治的力をもつ可能性もないと診断されているのも興味深い。

   日本知識層のアメリカへの無知に対する批判は厳しく、私なども大いに胸にこたえる。タブーのない自由な発想から、多様な領域の問題を縦横に論ずる論述も痛快で、賛否はともかく、頭の固い進歩的文化人以外の読者はエンジョイできるだろう。

   私は以前から、日本知識層界における予備校教師の重要性に着目してきた。江戸期重要思想家の多くは、今でいえばそのような地位にあったのである。学問は大学教師がやるものだとは悪しき迷信であり、面白くないものを少し書くだけで、しかも傲慢な同僚たちは、この著者と入れ替えたら、という気もする。もちろん、もう少し非拡散的・集約的な仕事をして頂いた上でのことであるが・・・。(『法学セミナー』1995年12月号)