長尾龍一 児島惟謙のような歴史上の人物の名の建物でお話をさせていただくのは大変光栄だと思っております。今の西さんのお話を承っていて頭のいい人はいいものだな、特に図式の作り方がみごとだと感嘆しました。私の話も図式がはっきりしなくていけないなと思うのですが、もう大分年をとって頭もぼけておりますので。実はきのうの夕方7時ごろまで、7月23日はあさっての土曜日だと思いこんでいたのです。別の仕事が一切りついたところで、「ひょっとしてきょうが22日だと、あしたが23日じゃないか」と気がついて、大慌てで準備をし、9時ごろうちを飛び出して、何とか11時半に新大阪に着きました。ネクタイを忘れてきたのは、そのせいで、失礼お赦し下さい。

  敵対刑法問題は主としてシュミットに関係すると思いますが、私のシュミット研究はケルゼン研究の副業という位置づけです。今ケルゼン著作集というのを出しており、「自然法論と法実証主義」という巻の校正が終わりかかっているところで、後書きを書かなきゃならない。それは敵対刑法やシュミットには余り関係がないように感じていたのですが、自然と法の対抗関係、法が自然を抑え込もうとし、それに対して自然が抵抗する、というような問題はケルゼン問題にも通ずる、と考え直しています。もっと具体的にはホッブズの自然状態の問題ですね。(もっとも「ホッブズの自然状態は全くの無規範状態ではない。自然状態にも規範がある」というTaylor-Warrender Thesisという主張があります。彼らは、「自然状態も規範的世界なのだけれども、それを実行させる保障がないから、義務不履行の責任が阻却されるに過ぎないのだ。だから相手が先に履行した場合にはちゃんと履行義務があるのだ」というのです。私は、ウォレンダーのそういう説が間違っているとは思わないのですが、ホッブズの心の中にもいろんな層があって、「完全な無規範状態としての自然状態」という観念の層もあるのではないかと思っています)。

  従来の理解では、ホッブズの自然状態は、社会契約によって克服され、契約締結とともに自然状態から国家状態に移ると考えられていたと思うのですが、シュミットは、そうではなくて国家契約を結んだ後も依然として自然状態は残っていると言う。リヴァイアサン(国家)とビヒモス(反乱勢力)の対抗関係は契約締結後も残っていて、国家がちょっと力を緩めれば反乱勢力は立ち上がる。(僕が出した変な例では)ビヒモスは仁王様に踏まれながら上をぎょろりと睨んでいる天邪鬼みたいなもので、ちょっとと踏む足の力が弱まれば、立ちあがって反抗する、と。この残った自然状態の根源は、人間の不条理な情念、彼が言うvain glory、自分は他人よりすぐれているのだとして平等主義的な法秩序に対し抵抗する情念である、というのがホッブズの思想ではないか。

  それからまた僕がちょっと考えたことなのですが、「半自然状態」というものが考えられるのではないか。例えば森の中の一本道で、向こうから人がやってくる。その人は強盗かもしれないし、人殺しかもしれない。相手もまた同様に感じている。この状態は一種の自然状態ではないか。もっとも僕がそこで殺されて、やがて友人が行方不明だと警察に届け出る、警察が調べて犯人を突き止めて裁判にかける、となれば、山の中の一本道も全くの自然状態ではなく、法秩序のもとにある。しかし事後的に警察が発動して法が適用されるかもしれないけれども、当分の間は自然状態である。死ぬ僕にとっては、「当分」といったって、残りの人生の全部です。この世の中は大部分が、事後的には法が適用されるにせよ、当面は自然状態であるような状態、即ち「半自然状態」なのではないか。例えばアパートの中に仲の悪い夫婦が2人で住んでいるという状態だって、自然状態じみている。現在のここでも、だれかがピストルを持って僕を撃とうと思ったら撃てる。警官のいる交番の真ん前以外のところはいつどこでもそうだし、警察官だって十分信用できるかどうかわからない。ホッブズのいう自然状態は、昔々にあっただけの状態ではなくて、あらゆるところに常にあるのではないか、と。

  そして、テロリズム問題も、自然状態の問題と境を接している。確かに国家は、テロリストに対しても、可能な限りは法のもとで行動しようとする。しかし「敵」という概念は自然状態の概念だと中期のシュミットは言っている。国家にも、テロリストのような体制の根源的敵対者に対しては、自然状態に戻って闘おうという衝動が潜んでいるのではないか。「敵対刑法」という概念には、国家の自然状態回帰衝動の臭いがする。そう考えると、ホッブズの自然状態論には、自然は、いかに人間が抑えようとしてもそれをはねのけて顕わになろうという発想が潜んでいる。ホッブズの怖さは、ロックのように、一応自然状態はもう抑え込んだという前提から市民社会論を展開するに留まらず、自然状態が永遠に残存すると指摘したところにあるのではないか、と。

  その上でホッブズとシュミットを比較してみると、「ホッブズの個人主義対シュミットの団体主義」という主題に遭遇する。ホッブズの自然状態は、一匹オオカミの対立状態であるのに対し、シュミットの自然状態はリヴァイアサン(国家)とリヴァイアサン、リヴァイアサンとビヒモス(反乱集団)の集団的対立である、と。ホッブズの個人主義的な自然状態モデルをシュミットが集団主義的な形で拡大再生産したのだ、という図式ですね。

  もっとも、ホッブズ解釈の問題として、ホッブズは単なる個人主義者かどうかという問題があります。ホッブズは国際関係を自然状態だと言っている。ジョージ・ブルというアメリカの学者がその主張を起点として、リアリズム国際政治学を展開しています。世界の全部の国が核ミサイルで全世界を撃てるようになったとすると、例えばネパールが突然アメリカを憎んでワシントンやニューヨークを核ミサイルで撃つことも可能になる。個人モデルのホッブズの自然状態は、せいぜい1人が1人を殺すくらいだが、世界190の国全部が相互に滅ぼしあえる、全体を巻き添えで滅亡させ得るという、恐るべき自然状態が拡大生産されて出てくるのではないか。だからホッブズ自身の中にも団体主義的な要素がある。彼が自然状態における個人間の対立をbellum(戦争)という団体的概念を用いて叙述したのもその現われだし、対話編『ビヒモス』で1640年代のイギリス内戦を「リヴァイアサン対ビヒモス」として叙述したのも、彼の集団主義的発想を物語っているでしょう。

  ちょっと順序が悪いのですが、ここでホッブズ解釈の問題に多少立ち入らせて頂きたいと思います。ホッブズは、De Civeや『リヴァイアサン』の中で、自然法規範を列挙していますが、最初に生命防衛権という自然権が挙げられ(A)、それからPacta sunt servanda(合意は拘束する)という契約の拘束力が導入され(B)、その後に雑多な法規範が並んでいます(C)(C)についてホッブズは、色々規範が並んでいるけれども、全体の趣旨は要するに「おのれの欲せざるところを他人に施すことなかれ」という黄金律に尽きるのだと言っている。この言い方だと一番目から十何番目まで全部が黄金律に含まれているようですが、本当は違うので、僕の考えではホッブズにこの十幾つ並んだ自然法の規範のリストの中で、一番の生命防衛権(A)が最高の位にあり、Pacta sunt servandaB)が二番目、そして三番目以下の(C)だけが黄金律なのではないかと思うのです。だから(B)と(C)を比べれば(B)が上位にある。これが即ちホッブズの法実証主義で、「契約によっておまえたちは国家権力を選んだのだから、国家権力が黄金律に反するようないわゆる悪法を作ってもそれに従わねばならないぞ」という法実証主義が導き出される。しかし、(A)はそのまた上にあって、いざ、契約(B)によって作った国家が自分を殺そうとしたら、自分は例えば刑務所の役人を殺して逃げることもできる。もはや生命権(A)は国家法(B)に拘束されないという。だからホッブズ法哲学は、窮極的には、個人の生命を絶対とする徹底的な個人主義であると思ってるのです。

ここでもう一つホッブズ解釈の問題に立ち入ると、「ホッブズと宗教」という難問があります。イギリスのフッドという学者が、ホッブズは本気で(彼流の)キリスト教を信じていたと言っていて、これもなかなか説得力があるのですが、私は、ホッブズは何にも信じていなかったという説なのです。彼が独身生活でも一生懸命健康を保って九十何歳まで生きたのは、存在するのはこの世の生だけだから、何よりも大事にしなきゃと思ったからじゃないか、と。しかしこれはホッブズ解釈論争の中で勝負は五分五分でしょうね。

   ここで話をシュミットに移しますと、第一に、彼は最初から団体主義者であった。初期の1914年に『国家の価値と個人の意義』という小さな本がありますが、その中で「個人は無意味だ、法も反個人主義だし、国家も反個人的なもので、問題は法と国家のどっちが重要かだけだ」と言っています。彼はホッブズをいろいろ引用しているけれども、ホッブズにおける個人主義的要素はすべて捨象しているということです。

   シュミットにおいて敵対刑法論との関係で問題となるのは国家緊急権論でしょう。Politische Theologie(1922)という本の中で彼が言っていることを、ケルゼンの概念図式で整理すると、彼は非常事態において、無制限の授権法だけが残ると主張している。ケルゼンの用語法からいえば、無制限の授権規範も法規範なのですが、シュミットのその当時の用語法からすると、normativという言葉は本質的要素として制約を含んでいるもので、無制約なものはnormativでない。だから絶対君主などの主権者は、非常事態でないときはさまざまなnormativな拘束に服しているが、非常事態になると、あらゆる規範から解放されるという。これをケルゼン流にいえば、そこでは主権者には、無限の授権をする唯一の規範だけがその上にあるということです。Politische Theologieの英訳などは、彼のこの議論を無規範的な事実の議論のように解しているけれども、よく読んでみれば、議論はすべて規範的な議論で、非常事態においては国家緊急権という規範的な権利だけが残る、最後には主権者に全面的に授権する規範だけがある状態になると言っているのです。

  それに対してDer Begriff des Politischen、これは1932年の第2版が有名ですが、最初に発表されたのは1927年にArchiv für Sozialwissenschaft und Sozialpolitikに載せた比較的短い論文です。その中でシュミットはnormativexistentiellという対立概念を導入している。ここでのexistentiellとは、もはやあらゆる規範とは独立した没規範的な事実を意味し、緊急事態になれば無規範状態になる、というのです。また国際関係は敵対関係で、無規範状態の世界であると言っている。これは中期シュミットにおける国際法否認説です。この国際法否認において、彼とホッブズとには新たな接点ができた。それ以前は、彼は(ケルゼン流に構成すれば唯一彼の上位にある無制限の授権規範に基づいて決断を下すという)決断主義という形でホッブズを扱っていたのですが、ここでシュミットの国際社会がホッブズの自然状態であるということになる。これがホッブズとシュミットをつなぐ新たな大きな線です。さっき言ったようにホッブズの自然状態は個人間の自然状態だが、シュミットの自然状態は集団間の自然状態だという話になるのですね。

  それでは後期シュミットはどうか。第2次大戦中の1940年か1941年ごろ、シュミットに「ヨーロッパは具体的秩序共同体である」というような思想が登場する。戦争の真最中にどうしてこんなふうに考え始めたのか不思議なところがありますが、恐らくナチドイツの大陸支配と関わっているでしょう。戦後、Der Nomos der Erdeという本でその発想を体系化した。それによれば、「ヨーロッパ国家間の関係、例えばドイツとフランスの関係は、中期には自然状態だと言ったけど間違っていた。実はヨーロッパは『ヨーロッパ公法』という具体的秩序の中にある法共同体だったのだ」というのです。そこでは戦争は制約され、さっき西さんがおっしゃられたように、敵にも法的地位を、「正しき敵」という法的地位を与える、そういう法共同体だったのだ、と。

  彼は、中期の自分のパラダイムをヨーロッパに関しては捨てたわけですね。しかしヨーロッパに関しては捨てたけれども、その外に対してはどうか。Nomos der Erdeの中でも、少なくともある時期までヨーロッパと外の世界との関係は全くの無法状態で、何をやってもいいという状態だったということをしきりに言っていて、その状態は訂正されずに終わりまで来ているような感じも受ける。だから結局、シュミットは後期に具体的秩序思想によって、ヨーロッパに関して中期の自然状態図式を捨てたのだけれども、その外との関係では捨て切ってていないように思われる。このことはイスラムとの関係とか、ベトナム戦争の理解だとかいろんなことにかかわってきます。

  それから、ちょっと後でもう1回触れるところですが、ついでに言うならば、彼は今やこのヨーロッパ共同体は第二次大戦によって破壊されたと考えた。アメリカ的普遍主義とソ連的普遍主義に挟まれて、この具体的秩序はもはや破壊されたのだ、と。ヨーロッパ的秩序もうない。ドイツは東西に分割され、ヨーロッパは東西に引き裂かれた。こういう敗北意識が戦後の彼の気分だと思いますね。

    ところで、シュミットには、近代ヨーロッパ史は没落の歴史であったという歴史観があり、以下その点に触れたいと思います。オーギュスト・コントの有名な3段階説によれば、人類の歴史は神学的段階から形而上学的段階、そして実証的段階へと精神が展開していく。これは超越的なものを否定する典型的な反宗教的啓蒙思想の歴史観ですね。これについて、モリス・オーリューというフランスの公法学者がおります。彼に、1890年代の後半に書いた社会科学概論みたいな著書があって、東大の中では経済学部にだけあるのですが、最近、私それを借りてきてざっと目を通したのです。それで思ったことは、オーリューは普通に法解釈学者で立派な公法学者と思われているけれども、もっと広い視野をもった強固なカトリック信者でもあるということです。彼は、宗教がだんだんなくなるというコントの三段階説に対して、感情的ともいうべき激しい反発をしています。シュミットは、自分が具体的秩序思想というものを唱え始める契機となったのがオーリューだと言っていますから、シュミットの具体的秩序思想というものは、従来考えられてきたよりずっとカトリック的なものだと感じました。従来は、具体的秩序思想を彼が唱え始めた時期がナチの発足期だから、ナチ正当化の新しい工夫だというふうに言われてきましたが、実は彼が具体的秩序思想を抱懐し始めたのは1932年頃らしく、その契機にオーリューの影響が深く関わっているらしいのです。

  シュミットは1929年にスペインでDas Zeitalter der Neutralisierungen und Entpolitisierungen(「中立化と脱政治化の時代」)という講演をしていますが、この中で彼はコント流の歴史観に正反対の歴史観を提示している(その中にちょっとコントの名前も出てきます)。以下はそのざっとした紹介ですが、私の勝手な事例解説も含んでいます。彼によれば、ヨーロッパ近代史は100年ごとに新しい段階に移ってきた。16世紀は神学の世紀で、あらゆる問題が神学的に立てられ、神学的に解かれた。

ここで持ち出す煉獄の話はちょっと雑談風になるのですが、さっきの西さんのお話について、僕が物すごく感心したのは、2時10分にぴたっと終わったことです。僕がどうなるかはわからない・・・。煉獄とは、天国と地獄の間にあって、中途半端に善いことや悪いことをした人間がそこへ行き、罪の分を痛めつけられ、それによって罪が清められて天国に行く、いわば準地獄なのです。この煉獄については聖書の中にはどこにも記述がなく、9世紀ごろから聖職者の間でそれを唱える人が出てきて、13世紀ごろに教会の正統学説の中に取り入れられたというのです。ダンテの『神曲』は、正統化されてほどない時期にこの煉獄を描いたものかも知れません。この煉獄というものが登場すると、キリスト教の教義も大きく変わってきます。第一、人格が立派ですぐに天国に行く人もいるかもしれませんけど、大部分の人間は煉獄に行くでしょう。とすると、この煉獄をできるだけ短く軽くしてもらおう、苦痛を軽くしてもらおうとはだれでも考えることで、教会は、壁に亡者たちが煉獄で痛いとか熱いとかと苦しんでいる絵を飾って、「おまえたち、ああいう眼にあいたくなければ教会に寄附しなさい、そうしたら神父さんがかわりにお祈りしてやるから」みたいな話になってくる。そこから教会の腐敗が始まるわけですね。だから煉獄の教義は教会の腐敗というテーマとは非常にかかわりがあるわけです。ルターが攻撃したのも煉獄の教義です。

16世紀に煉獄を攻撃した勢力は三つあった。一つは聖書学者たち、「聖書の中にどこにも根拠がない、あれは坊主が考えついたただの作り話だ」と。もう一つは「天国を金で買うなんて、そんなことはおかしい」と、貧乏貴族や何かが考えそうなことですよね。それから3番目は、だれだと思いますか、竹下君、だれだと思う?

○竹下 賢 だれですか。

長尾龍一 君主ですよ。例えば遺言で土地などの全財産を教会に寄附するという者が続出してくると、税金が減るんです。それで君主たちは「去年まであそこから年貢が入ってきたのに、何だか知らないが、今年は入ってこない、何故だ」と尋ねると、「教会に寄附したのです」という。おもしろくないわけですよ。そこへ、例えばヘンリー8世などのところにお雇い宮廷神学者がやってきて、「煉獄なんてないんですよ」とか言うわけで、「これはいい話を聞いた」ということになる。それで離婚問題もあって、カトリック教会と縁を切るということになったわけです。やがて、プロテスタントのイギリスで煉獄の教義が禁止されます。ウェーバーのいうカルヴァン派の予定説と資本主義精神の結びつきにも、煉獄の問題が大いにかかわっています。天国に行くか地獄に行くかの二者択一だからこそ、カルヴァン派は非常に緊張度を持って勤労したということでしょう。つまり、煉獄があったら、「自分の罪は中くらいだから何とかなるじゃないか」という感じになっていく。ルターが反旗を翻したときに、北ドイツの諸侯の相当部分がルターを支持した大きな理由が、煉獄がなくなると免罪符(贖宥状とかというんですか、カトリック教会では)でイタリアに財産を持っていかれなくなるということだった。そういうことがなければ、一人の坊さんが何か言ったというだけで、大勢力がついてくるわけはないわけですよ。

  ともかく、神学の16世紀においては、イタリアがドイツから財産を搾取するという経済問題も、煉獄という神学の問題、神学的教義の問題として争われたわけですね。それで130年間にわたって宗教戦争があって、それでもうへとへとになって、もうやめようということになったときに、神学的対立を棚上げにするという思想が出てきたわけで、人々は、17世紀思想を導く「形而上学的自然」という概念によって、神学的対立から中立の領域をつくることを考えたのですね。

  だから17世紀のグロティウスの自然法もホッブズの自然状態も、ある意味ではガリレイの自然科学も、自然という概念を通じて、さまざまな神学的対立から中立的な領域をつくり、そこを共通の場にしようとしたというわけです。16世紀まではイスラム教国とキリスト教圏とは同じように宗教的世界観をもって生きていた人たちだったのが、この時期にイスラム、依然として中世的神学の精神的支配を受けているイスラム圏と、宗教的な問題を棚上げにし、世俗化していくキリスト教圏・西ヨーロッパとが分岐した。その先端にホッブズが立っている。『リヴァイアサン』第13章に、人々はどういう動機から自然状態を脱却するかが列挙されている。一つは死の恐怖、第2が快適な生活への願望、それから3番目が勤労によってそれを獲得しようとする意欲。この三つの動機に理性の助言が加わって、自然状態の人間が国家契約に導かれる。

  この死の恐怖とは生命欲で、それを最重要視することは、名誉のほうが生命より大事だと考えた騎士道モラルの否定です。そして勤労によって幸福を獲得しようとするという意味は、貴族的なライフスタイルの否定です。否定されるのは貴族的なものばかりではなく、殉教者を最も尊いものとする宗教戦争の論理の否定でもある。命よりも大事なものがあるとするのがヒロイズムですから、ホッブズの人間論はヒロイズムの否定ですよね。日本でも、昔の武士やら昭和10年代の日本人には、死ぬのを怖がっているような人間は人間のくずだみたいなものだという考え方があった。そういう人間のくずみたいな人間が本当の一番正しい人間だというのがホッブズの考えです。

  それでホッブズの延長線上に「ブルジョワ法治国」がある。刑法でいえば刑罰は死刑と自由刑と財産刑ですが、生命と自由と財産と、この三つが人間にとって一番大事なもので、それを奪われるなら犯罪を犯さないという、そういう人間によって構成された社会が「ブルジョワ法治国」です。17世紀、18世紀の世俗化されたヨーロッパでこのブルジョワ法治国が確立したわけで、その倫理学の代表者がベンタムです。古典経済学の体系もそういう人間像の上に成立するわけです。その意味で、死の恐怖を社会秩序の基盤に据えたホッブズこそ、ブルジョワ法治国思想の先端に立っているのです。これが19世紀になって、マルクス主義的ヒロイズムや植民地解放運動のヒロイズムによって動揺してくる。ホッブズが描いたブルジョワ法治国路線が動揺してきて、そこでまた自然状態が復活する、とこういう話になるのです。

なお17世紀精神の代表者としてスピノザをここに出したのは、余り大きな体系的な意味をもたせているのではないのですが、ユダヤ教という儀礼の宗教の中にあった彼が、「儀礼はくだらない、宗教の本質に反する」といって儀礼を拒否したことの意味を考えようという趣旨です。これはイスラムのベールなんかの問題にかかわっていて、現在でも儀礼が西側とイスラム社会の非常に大きな対立点になっている。スピノザは儀礼を否定することによってユダヤ教から破門されたわけで、現代における西側とイスラム世界の対立の発端に立った思想家の一人ともいいうる、というわけです。

  17世紀の宗教対立の中で、1648年ごろにヨーロッパの主な国々が集まってつくったウェストファリア体制、その中心をなすのは何であるかというと、地域主権原則です。地域主権原則を宗教戦争の論理の側から見れば、要するに自分と同じ信仰、自分から見て一番正しい信仰だと思っているものを信じている人たちの集団が、よその国で迫害されても救援軍を出さないということです。僕はこの原則を「見殺し主義」名づけている。それ以前は「見殺し主義」がなかったから、隣の国だとか向こうの国で自分と同じ信仰の人々が迫害されると出兵し、その結果として国際戦争が起こった。「もう戦争はこりごりだ。あっちの国で迫害される人々は確かにかわいそうだけど、ここで兵隊を出したりすれば、宗教戦争時代に戻る。それはいやだ」。この「見殺し主義」がウェストファリアの精神です。

  しかし、このウェストファリア体制は、それだけでは非常に危うい体制であった。なぜかといえば、どこの国にも、「外国で自分たちと同じ正しい信仰を持っている人々が迫害されている状態を見殺しにしていいのか」という、強い宗教的動機を持った人たちの集団がある。ウェストファリア側の論理に立つ各国の権力者たちは、常に足元でそういう勢力に脅かされていたわけです。だから補完原理として「寛容」という原理がもう一つ導入される。宗教戦争の論理に戻らないために、自分の国でも少数派の信仰者を迫害しないことにする。相互的にそうすることによってウェストファリア体制は安定するわけです。ウェストファリア体制が単なる「見殺し主義」であったならば、国内における宗教的動機の強い人たちの集団を抑えることはできないけれども、それに寛容という原理が加えられて、ヨーロッパは平和を獲得した。この寛容とは、別の言い方をすれば宗教的狂信からの決別で、宗教の棚上げということにつながるわけです。

  17世紀にこうして宗教的な問題を棚上げにし、「自然」という概念をかわりに置いたことが、シュミットの言うところの中立化への方向づけであるわけです。その後はいよいよ中立化から更なる中立化へと精神史が進行していきました。自然概念について形而上学的対立が起これば、人間の経験とか感性とかというものだけを信ずる「人間的自然」の18世紀になる。それからその自然の中で一番強い欲望は経済だとして、19世紀の経済の時代となり、更に20世紀の技術の時代へと進行する。

このシュミットの叙述は、宗教を棚上げにし、超越的なものを次々に棚上げにしていった過程の叙述で、コントの三段階説の再解釈とも言えましょう。こうしてイスラムとヨーロッパとがどんどん離れていったということになるんですね。

  シュミットは神学の陣営の人間ですから、現代の無神論的な文明の約束する地上楽園信仰を、アンチクリストの誘惑だと否定しました。アンチクリストとは、キリストが再臨する前に、キリストのふりをして出てきて、人々を滅びに誘う者で、ユダヤ教でいう偽預言者ですよね。アメリカとソ連はおのおのの仕方で地上の楽園を約束している。ヨーロッパもその潮流の中でいよいよ「精神」を失っているように見える。20世紀は技術の時代、精神なき技術の時代のように見える。しかしまだ20世紀は30年しか経っていない。これから20世紀に起こることは歴史の逆転ではないか、ということをシュミットは1929年の講演で示唆的な言い方で言って、ヴェルギリウスの言葉を引用している。Ab integro nascitur ordoというのがその言葉ですが、黄金時代から銀の時代へ、それから青銅時代へ、そしてどん底の鉄時代になっている今、いよいよここまで来たところで歴史が逆転するだろう。それがAb integro nascitur ordoというヴェルギウスの予言なのです。これはキリストの生まれる直前の紀元前1世紀の言葉だから、キリスト教世界ではキリスト登場の予言だと言われているらしいのですが。いずれにせよシュミットは、いよいよ精神を失ったヨーロッパでも、ここで逆転が起こるということを示唆的に予言しているんです。シュミットがこの段階で念頭に置いていたのは多分ファシズムだと思います。まだナチ政権の直前ですけど、ドイツで起こっているファシズム運動、イタリアのファシズムなどですね。しかし結局彼も後に、ナチス国家も結局は近代の機械的な国家に過ぎなかったというようなことを言っています。

  その後、彼の立場は、さっき言ったようにヨーロッパ秩序、ヨーロッパの具体的秩序というふうに変化しましたが、戦後は、ヨーロッパの具体的秩序も没落した、もはやアメリカとソ連によって挟まれて、みずからの拠点を失ったというように見ている。第2次大戦後の彼はずっとペシミストですね。「パルチザンの理論」という本を先ほどは西さんも引用されましたけど、ヨーロッパがつくった戦争限定の秩序を全世界中において破壊しているのがパルチザンだということで、パルチザン戦争としてのベトナム戦争はヨーロッパ的古きよき秩序が世界的規模で崩れているという脈絡で、とらえられています。

  このあとの僕の話は余談じみた話で、こんなことをまじめに信じているわけではないのだけども、イスラムとヨーロッパが16世紀から分岐してきて、そして今、ベルリンの壁も崩れて、ヨーロッパが統合して、何かよさそうなイメージがあったところで起こったのが、21世紀の発端の9・11事件です。これは16世紀以来ヨーロッパの宗教的精神が脱神学化してきた歴史が極限まで来たところで、思いもかけないイスラムという宗教的精神によって、歴史の逆転が始まったように見える。ほんとにそう見えるかどうかもわからないのだけれども。――というようなことが、私がきょうお話ししようと思ったところなのですね。

長尾龍一 そうですね、一つ考えている主題は「テロリズムの集団主義とテロリストの実存主義」です。テロリズム全体の構造は集団対集団の対立ですが、テロリストは実存をかけてテロリズムを決行する。テロリストの人間像についてはいろいろな研究がありますけれども、一方で強い終末感などがあり、他方で生活の破綻とかがある。例えば安田善次郎を殺した犯人などは、経済的に破綻して満州に行って、また失敗して帰ってきてとかいうようなことが一方にあり、他方で「ここで一発やってやろうか、やるなら一番悪名高い有名人を殺せ」というような発想になる。

  今のイスラムのテロリストたちは、アルカイダとかいろんなところの機構のPR機関が自爆者を募集し、そしてそれに応じて志願した人たちでしょう。自爆者の遺族には恐らく一定の補償のようなものがあり、その補償金を負担するサウジアラビアの大金持ちとか、そういうシステムがある。しかし例えばこの間、アメリカの軍の病院で、イスラム教徒の医師が並みいる人間を射殺した事件がありましたが、その人は、最初はアメリカの軍の中の軍医として立身しようと思っていたのだけど、だんだん中で疎外感を持ってきて、過激派のイマムの説教を聞いて決意して、大量殺りく者になったのです。自爆システムとは殆ど無関係に実存的に自爆したのです。さっきのホッブズとシュミットの個人と集団という話で、個人が一たん自爆するという決意を持つと、自爆者と敵社会との関係が自然状態になる。

  僕はずっと昔、何かのハイジャック事件があったときに、東京新聞という新聞に書いたことがあります。ハイジャックされた飛行機が空港にとまっていて、中に爆弾を持っているテロリストと大勢の乗客がいる。外では警察が取り巻いて、隙があれば突入しようとしている。その状態は、一瞬のすきもつくってはならない、殺すか殺されるかという一種のホッブズ的自然状態です。乗っ取り犯人たちは「飛行機を飛ばせ」と要求する。飛ばしてどこへ行くか、韓国に行っても、敵に取り巻かれていることに違いがないから、自然状態は続く。北朝鮮に行くと、仮に日本と北朝鮮との間が自然状態的敵対関係にあるならば、ハイジャッカーと外の秩序は自然状態的対立でなくなる。本当に北朝鮮とほかの国との関係が自然状態なのかどうか問題だけども、仮に自然状態であるとすると、小さな自然状態が大きな自然状態に解消し、ハイジャッカーたちは表に出て、一応話が完結する、と。

     もう一つ考えたことは、敵対刑法という主題は、実体刑法よりむしろ刑事訴訟法に深く関わるのではないか、ということです。実体刑法を適用するのは何より裁判官ですが、捜査においては検察・警察、さらにはCIAなど様々な権力集団が関わります。テロリスト組織を摘発するための拷問といった主題も刑訴の方に多く関わると思います。敵対刑法の先例の一つに魔女裁判がありますが、魔女は現世の敵であり、彼女らの背後に悪魔がついていて励ますから、拷問に関する法典の制限規定を無視しても拷問してよい、と16世紀の刑法の本に書いてあるそうです。

  拷問に関しては、ヒロイズムの破壊というテーマもあります。肉体的苦痛によってヒロイズムを破壊することも、テロリストと戦う側の一つの重要な点でしょうね。オーウェルの「1984」の中に、かつて華やかな闘争者であったトロツキーに当たる人物が、英雄的に殺されるのではなく、精神的によれよれの最もみっともない形で世の中に出てくる、それによって彼を英雄にすることを妨げるという話が出てきます。拷問によって屈服させることは英雄を英雄でなくする手段でしょう。

長尾龍一 難しいことをおっしゃる。しかし、まず僕は、先生のおっしゃられたこととちょっと違った考えを持っていて、科学哲学は全然、先生がおっしゃったようなものじゃないのではないかと思っているのです。先生がおっしゃられたような、仮説を立てて検証するのは、科学そのものであって、科学哲学はそれとまた違うのではないか。科学の前提を問うのが科学哲学で、不確定性原理が自由と必然の問題にどう関わるか、因果律の必然性を否定するものなのそうでないのか、そういう議論が科学哲学の議論ではないかと。

長尾龍一 いや、検証できる領域は科学の領域なのです。僕は哲学の定義について、こういうことを言っているのですが――。世界で一番頭のいいような人たちが一生懸命努力したら答えが出てくる見込みがあるような問題は科学の主題で、そうやってもなかなか出てきそうもないものは哲学の主題だ、と。例えば古代においては、雷とか稲妻とかという現象は不思議で不思議で、ほとんど古代の有力な哲学者の半分ぐらいの人はこれについて論じているのです。電気現象がまだ分かっていないから、全部間違っているんだけど、アリストテレスなんかも雲と雲が二つぶつかって、そのときドンと音がして光が出るんだとか、いろんなことを言っています。古代の人にはそれが到底わかりそうもなかったから、哲学だったのでしょう。現在において、ビッグバンの前はどんな状態だったかとか、こういう問題は哲学の問題かもしれない。ビッグバンの前の状態がわかるようになったら、科学の問題だけど、今はまだ科学哲学の問題かも知れませんね。宇宙は、今、膨張しているけれども、もう1回収縮してくるかとか、そういう議論は今、科学の問題なんだけど、そういう議論がどういう認識論的な根拠から成り立っているかとかいうようなことが哲学の問題なのでしょうね。

  法哲学に関しては、法の究極的な根拠がよくわからない、わかれば科学だけどわからないから哲学なのでしょう。自然状態の問題は典型的な法哲学の問題だと思うんですね。自然の中から規範が出てくる。だから規範を突き詰めていくと、最後のところで何らかの仕方で自然にぶち当たる。その自然と規範がどういう関係に立っているか。わかれば科学の問題だが、いくら考えてもよくわからないから哲学の問題だ、と。したがって、ホッブズ的問題、ホッブズのように自然状態がどういう仕方で法秩序につながるかということについて考えることが、法哲学の一番基本問題ではないかと思うんですけどね。

長尾龍一 いや、とんでもございません。間違ってるかもしれませんけども。

長尾龍一 これはやっぱり難しい主題で、カトリックの人に訊いて頂きたい。僕の素人考えでは、彼のカトリックは主流派からかなり外れた流派に属しているようで、第二次大戦後は、バチカン会議による開明派路線に強く反対しているグループに属していると思います。ハンス・バリオンという彼の親友は、バチカン会議の結果を全く否定しているようです。それから、これも素人考えですが、19世紀末よりカトリック教会の正統教義はトマス・アクィナスのトミズムとされたと思うのですが、トミズムが終末論を棚上げする傾向をもつのに対し、シュミットは終末の切迫という意識の持ち主ではないかという感じをもっています。全然間違いかも知れませんが。それから、田中耕太郎さんがシュミットが嫌いで嫌いで、安井 郁がシュミットのグロスラウム(大圏)理論を受け売りしたと言うので、教授昇進に猛反対した。この間、あるカトリック信者の憲法学者と話したとき、この話題が出たら、やはり教会内の教義の対立がからんでいるだろうという意見でしたね。しかしとにかくPolitische Theologieの2というのが難しくてさっぱりわからない。こういう問題は僕なんかに訊くのはまずいんじゃないですか。

長尾龍一 それはやっぱり、僕みたいな中途半端な人間に訊かないほうがいいんじゃないかな。僕はわからないですね。

長尾龍一 余り特別な感想もないのですが、一つはテロリズム問題に対するこういう議論が刑法学というところから出てきたことへの感想ですね。それが必然なのか偶然なのかわからないのですが、刑法から出てきたことによって個人責任的、個人主義的モデルに議論が偏向しているのではないか、という印象をもっています。テロリズム問題は、アルカイダみたいな小さなものか、タリバンみたいに相当大きなものかはともかく、集団対集団の闘争という性格を持っていて、刑法という切り口は、いい切り口かもしれないけれども狭いのではないかと感ずるのです。西さんの国際法もそうですが、刑法以外の法領域からこの問題にアプローチする必要があるのではないか。刑法と刑訴を区別するとすれば、さっきも述べたように、刑訴のほうが裁判所を舞台とする刑法よりも法全体の問題として拡大する可能性があるのではないか。

それから、僕の全然知らないことなのですが、さっきから小耳にはさんだところでは、ヤコブスさんという人は、敵対刑法の概念に、相手を人格として扱うか扱わないかというような概念基準を持ち込んでおられるらしい。僕はそれ自体としてもかなり疑問をもつのですが、その点はともかくとして、次のようなことを感ずるのです。すなわち、人格概念は規範体系がつくり出すもので、規範体系ごとに人格概念がある。法的人格と別に道徳的人格や宗教的人格というものが仮にあるとすると、法的人格を持たないとして否定された犯罪者も、死刑のときの教誨師、すなわち宗教家によって、魂の救済の対象として宗教的人格として扱われる。さらにまた道徳的人格に関しても、道徳体系ごとに別々の人格があるのか。例えばテロリストを否定する道徳から見れば、そういう人物が非常に悪しき人格、無人格かもしれないが、それを英雄的人格としてとらえる規範体系もある。多元的な人格概念があるのではないか。そうだとすれば、「コントロバーシャルな概念を定義に持ち込むな」という定義論のルールに反するのではないか、と。

   また規範概念を通じずに人間を見ると、人間は人格でない、単なる物としてとらえられる。例えばフォイエルバッハの目的刑論は、将来の犯罪を減らすための手段として人を罰するのですから、人間を手段として扱っているわけで、犯罪者を人格でなく物として扱っているのではないか。ここでフォイエルバッハ解釈の問題に入れば、その背後にカントがあり、カントは人間を「単なるザッヘとして扱わずに人格として扱え」と言っている。この「単なる」というところが重要な点で、フォイエルバッハは、法的にはベンタムと同様人間を功利主義的目的の手段として扱うが、道徳的にはカント的な人格として扱うべきだと言っている。「単なる」の方が法で、そうでない方が道徳ですね。これは難しい思想史的議論に立ち入ることになりますが、ヤコブス氏が敵対刑法は「人間を人格として扱わない」ものだと仮に言っているとすると、そこには、敵対刑法ばかりでなく、伝統的な刑法学の有力な流派である目的刑論において、一般の犯罪者が「目的のための手段」として扱われているのではないか、という問題がある。イェーリングの『法における目的』の英訳が『法は目的のための手段である』となっていることも思い出します。

それから敵の処遇という問題については、まず近代国際法の中では敵も人道的に扱われますが、昔は、敵の一族全員を殺りくし、さらには名誉もすべて剥奪する復讐衝動の世界であった。テロリストによって近代西洋法体制が根本的に挑戦されているならば、実定法的には現代の人道的国際法を基礎として判断することになにせよ、思想的にはホッブズの自然状態に立ち返って考察する必要があるのではないか、敵対刑法論の本来の志向はそれなのではないか、と思うのです。これを僕流にいうと、復讐衝動は人間の自然的衝動で、闘争においては相手を徹底的に憎み、名誉から生命から、すべてのものを剥奪しようとする衝動である。その自然的衝動がだんだん抑制されてきたが、人間はいざ非常事態になると自然的衝動が復権してくる、現在のテロリズム問題にはそういう側面があるではないか、とか考えてみたのです。

  それから、ほかの方々のお話へのコメントでは全然ないのですけど、さっき僕の報告のところで、お話しようと思っていながら忘れてしまったことを一言お話しさせて頂きたいと存じます。2006年僕はアメリカのバージニア州ウィリアムズバーグというところの友人を訪れ、次の目的地ニューヨークに行くため、リッチモンド空港に向かって1時間ばかりタクシーに乗ったのですが、そのタクシー運転手はベツレヘム生まれのパレスチナ人で、1時間にわたって僕に一生懸命演説するんですよ。

  その演説というのが、こういう話なのです。「私はベツレヘムに生まれたが、イスラエル人の迫害に耐えられないので、アメリカは自由の国だというから来てみたのだが、来てみたらやっぱり差別がきつく、おれみたいにちゃんとしたエンジニアなのに、タクシーの運転手なんかしているんだ」という話から始まって、いろんな話になってきたのですが、その中で彼はこんなことを言ったのですね。「もともとユダヤ教とキリスト教とイスラム教は同じものだ。同じ預言者を信じており、コーランの中でもアブラハム以下イエスまでのキリスト教の預言者たちはみんな預言者として扱われている。我々はユダヤ教とキリスト教を友と考えており、マハディ(救世主)が現われて終末になれば、そのことがあらわになるだろう。ただ、シオニストだけは違う。聖書の中では、ユダヤ人は永遠に放浪する運命にあることになっている。それなのにパレスチナにやってきて国をつくろうという考え方が聖書の違反で、その結果として我々はひどい目に遭っている。我々はユダヤ人そのものを敵視はしない、彼らは我々の信仰の友だと思っているが、シオニストだけは別だ。彼らのすることは過酷でナチスと同じだ」と、そんな話だったのです。そして最後には「この三つの宗教のいずれが正しいか、時が至り救世主があらわれたときにわかるだろう。そのときが私の生きているうちに来るか来ないか、それは知らないけど」と言うのです。

  私はこの話を聞いて、こういうふうにして生きてきて、こういうふうに考えている人たちがいるということに、何というか一種の感に打たれました。さっきの僕の話と関連づけるならば、十五、六世紀ごろからイスラム教とキリスト教世界が大きく分かれ、キリスト教世界は世俗化の一途をたどってきた。恐らくヤコブス先生なんかの法治主義とか市民法秩序を守るというような考え方も、17世紀の中立化・宗教的寛容という思想の延長線上にある。そういうものと、イスラム教の持っている宗教的な世界観とがここに衝突している。イスラム教の中から、世俗的な西洋文明に追い詰められているイスラム教の現状に対し危機感を持って、もはや終末も迫っているし戦わなきゃならないと思っている人たちが出てきている。イスラム教が全部そういう思想だとは思わないけれど。テロリズムの問題も、現代西洋法治国の刑法理論の視角からばかりでなく、16世紀以来のこのような思想史的脈絡から考えるべきかな、と思ってみているのです。

長尾龍一 ご質問の趣旨を充分理解できたかどうかわからないのですが、僕の解釈では、Politische Theologie(1922)のシュミットはホッブズを決断主義者、非常事態において主権者の超法的決断を説いた思想家として捉え、それを支持している。そしてDer Begriff des Politischen(1927)のシュミットは、それに加えてホッブズを没規範的な自然状態の思想家として捉え、ホッブズの個人主義的パラダイムを団体主義的に翻案して、政治集団間の実存的闘争として政治的世界を捉えた。さっき言ったように、1914年の本からシュミットは団体主義者であることを宣言しているのですから、個人主義者のホッブズとは違う、違うけれども両者には自然状態論という接点があるという理解です。