ハンス・ケルゼンと抵抗権

ケルゼンの規範的行動原理

   ジャニクとトゥールミンの共著『ヴィットゲンシュタインのウィーン』が世紀末及び20世紀初頭のウィーン精神史を扱った最善の著書の一つであることについては、異論のないところであろう。同書の中にハンス・ケルゼンの名が一言軽く言及されている(註では省略されている)。著者たちは言う、第一次大戦後、実存的精神をもった知識人たちは、歴史の断絶に強い衝撃を受け、状況に対し極度の深刻さをもって立ち向かった。ところが他方で、価値観というものは実際的なものだということを全く疑わない人々もいた。ハンス・ケルゼンはその一人で、頓着なく、憲法起草・議会制樹立という任務に向った、と。

   確かに、シュテファン・ツヴァイクなどの同時代人に比べると、戦後の現実から受けた衝撃は強烈でなかったように見える。しかし私の見るところでは、それは、彼が実用主義的価値観の持ち主だったからというより、むしろ戦前前後を一貫して研究に専心していたからである。『主権の問題と国際法の理論』(一九二〇年)の「序文」において、彼がその頃何に専心していたかを語っている。「私は、『国法学の主要問題』(一九一一年)その他おいて、主権の問題を論ずることを、それが法理論の核心をなす問題だと考えながらも、避けてきた。それを次の仕事である国際法の理論との関連で本格的に論じようと思ったからである」と。この国際法論は、一九一悟五年頃執筆を開始し、翌一六年にはほぼ完成した。戦争・敗戦という混乱の中でも、彼は研究に専心していたのである。ロバート・ヴァルターは、ケルゼンの生涯を、「学問に専心した生涯であった」と言っている。しかしそれでも、このケルゼンも、この世にいる以上、実践者として生きざるを得ない。そこで以下では、彼の実践者としての生き方・行動原理を考察してみたい。

ケルゼンと抵抗権

   かつて私は東京近郊のアパートに住んでいた。自宅の前の車道を毎日横切らなければならないのだが、その歩行者用の赤信号が、それほど車の交通量が多くないにも拘らず、やたらに長く、時々「自分の危険で」信号無視して道路横断をした。ある日、訪ねてきた年下の友人とそこを通りかかった時、信号を無視しながら、「これが不合理な法に対する僕の抵抗権だよ」と言った。友人は「ケルゼンの法実証主義に抵抗権の余地があるんですか?」と訊いてきたので、「そりゃ当然あるよ」と私は答えた。以下は私の説明である。

   ケルゼンは「理論的無政府主義者は、法律家が法とよぶものについて、それを裸の力以外のものと認識することを拒否する。我々は、そういう態度を、決定的に論駁することはできない」と言っている。まず問題になるのは、「理論的」無政府主義者とは何かである。それは当然、無政府主義を理論的に奉ずる者であろう。それは無政府主義を自らの行動原理として採択する実践的無政府主義者と対比される。しかし「理論的無政府主義」にも二種類のものがある。仮に「道徳」の概念を最広義にとり、「実定法以外の規範体系」と定義するとすれば、無政府主義には「道徳的」無政府主義と「没道徳的」無政府主義の区別がある。前者は「より高次の道徳」の見地から一切の実定法の正当性を否定する理想主義的立場であり、後者は一切の規範的議論、当為の範疇を否定する立場である。

   理想主義的無政府主義者は、実定法を無視して、自分の道徳的信念のみに従って行動する。しかし無視することと違反することは同じでない。常に法に反する行動をとったら、生きていけず、実際的見地からしても、時には合法的に行動せざるを得ないだろう。自動車を運転しようと思えば法に従って法に従うことを制約して免許証を取得し、運転に際しては交通規則を守らざるを得ない。

   もしこの人物が理屈っぽい人物であれば、どういう場合に実定法を守り、どういう場合には守らないかの原則を定式化するだろう。この原則は、その人物の奉ずる道徳体系の下位規範であり、いわば国際私法のようなものであろう。この下位規範によって実定法規範がその道徳体系の中に取り込まれるのである。恐らく「その報ずる道徳体系の重要部分に抵触しない限りにおいて、実定法規範に従うべし」というような形で。諸宗教は、その実定法に対する態度を各々定式化してきた。ある宗教は、信者たちに、すべての「地上の権威」への服従を命じ、いかなる実定法規範を遵守するよう命ずる。しかし大部分の宗教は、実定法を留保つきで正当化する。そこで各人の奉ずる道徳規範と実定法が抵触するならば、その道徳規範体系に下位規範として導入された実定法規範に反して行動する可能性がある。即ちその行為は「実定法に抵抗する道徳的権利」として正当化されるのである。

   確かに、自然権を否定するケルゼンによれば、抵抗を正当化する自然権は存在しない。しかし権利の概念は、いかなる規範体系にも随伴するものである。相対的規範体系もまた、相対的権利を随伴し、相対的抵抗権を随伴する。

   ある人物の道徳的信念は意識的なものでもあり得るが、意識化的・無意識的なものでもあり得る。何れにせよ、それはその体系内における実定法の地位を定める下位規範を含んでいるはずである。その道徳的信念が実定法とぴったり一致するような人物も考えられないではない。しかしそんな人物は滅多にいないだろう。その人物は法が変れば、道徳的信念も変えざるを得ない。そんな態度は、「信念」という言葉の通常の意味に反している。普通の人間が自分の行為原則として採用している道徳体系は、多かれ少なかれ実定法とはずれているであろう。そうであるとすれば、その人物の状況は、前述した理想主義的無政府主義者の状況と同様なものである。彼らは、自分の依拠する行動原則をもち、それと実定法が抵触するならば、「抵抗権」の問題が登場する。なぜなら規範体系と言うものはすべて(道徳的)権利を内包しているはずだからである。

   ケルゼンは、すべての規範体系の効力は仮説的であると言っている。いかなる規範体系も、その根本規範は「受け容れることもできるし、受け容れないこともできる」、と。ロバート・ヴァルターも「法の純粋理論は、根本規範を想定(voraussetzen)するに過ぎないものであるから、それは『人は実効的秩序に服従すべきか、それに反抗すべきかという問いに答えない。いかなる科学もそれに答えることはできないのである」と言っている。

   ところで、行動者としてのケルゼンにとっての行動原理は何か。彼は言う、「私は、民主主義が実現し得る自由のために無条件に戦い、死することができる」と。「無条件に」「戦う」とは、実定法に抗する行動を含意するであろう。そして「死する」とは実定法に反して行動し、生命を棄て、道徳的殉教者になることを含意するであろう。彼は、「自らの信念の妥当性が相対的であることを自覚しつつ、なおそのために妥協なく戦うことこそ、文明人と野蛮人の相違である」というヨゼフ・シュンペーターの言葉を、「極めて正しい」と評価している。これが即ち、ケルゼンが自らの行動原則として採用したものである。この原則から、抵抗権が、相対的効力をもった抵抗権が導き出されるのである。

刹那主義的無政府状態

  規範体系は「正義」と言い換えられ、また「神」と人格化されることがある。日本の作家芥川龍之介(一八九二〜一九二七)は、この状況を次のように性格付けている。

           正義は武器に似たものである。武器は金を出しさへすれば、敵にも味方にも買はれるであらう。正義も理窟をつけさへすれば、敵にも味方にも買はれるものである。古来「正義の敵」と云ふ名は砲弾のやうに投げかはされた。しかし修辞につりこまれなければ、どちらがほんとうの「正義の敵」だか、滅多に判然したためしはない。(中略)わたしは歴史を翻へす度に、遊就館を想ふことを禁じ得ない。 過去の廊下には薄暗い中にさまざまの正義が陳列してある。青龍刀に似てゐるのは儒教の教へる正義であらう。騎士の槍に似てゐるのは基督教の教へる正義であらう。此処に太い棍棒がある。これは社会主義者の正義であらう。彼処に房のついた長剣がある。あれは国家主義者の正義であらう。わたしはさう云ふ武器を見ながら、幾多の戦ひを想像し、をのづから心悸の高まることがある。しかしまだ幸か不幸か、わたし自身その武器の一つを執りたいと思つた記憶はない。

他方マクス・ヴェーバーは、この世は神々の間の永遠の闘争の場であり、「我々はそのどれかを選ばねばならない」、そして一つの神を選べば、他の神々を怒らせる、と述べている。従って、その武器の一つを執りたくはない芥川も、戦線から身を退くわけにはいかないのである。

  我々の前には、諸々の既存の規範体系のメニューがあり、その各々の頂点には根本規範がある。「既存」のメニューの他に、我々が新たな規範体系を作り出すこと、即ち我々が道徳的立法者になることも、不可能ではない。極限的には、各人が自分自身にとっての立法者であるような状態も考えられる。これは極限的なアトム化であり、まったくの無政府主義的世界である。

更に突き詰めて、この状況に時間の要素を持ち込むと、話はいよいよ途方もないものにまる。確かに、一つの規範体系に一生忠実であり続けるのもいいことかも知れないが、そうしろという絶対的な規範があるわけではない。これまで奉じてきたものよりもっといい規範体系が見つかれば、改心することも許されるであろう。第一次大戦前は自由主義者、戦争中は愛国者、戦後はロシア革命に感激して社会主義者になり、更に1930年代にはファシストになった。そして第二次大戦後は再び自由主義に戻った、というような人物もいる。

ここで我々は、「実存は本質に先立つ」というサルトルの言葉を思い出す。ここで「本質」とは既存の道徳体系であり、「実存」とは「その時々の決断」であると考えることもできよう。友人が戸を叩く。スターリン体制、あるいはヒットラー体制の下で、助けを求めているのである。こういう場合にどう行動すべきか。色々な規範体系は色々な解答を用意している。しかし現実に何をすべきかは、お前の実存が決定すべきである。サルトルの言葉を使えば、「実存主義はヒューマニズム」であり、どう行動するかは我々の人間性によるのである。

この哲学によれば、 我々はいかに行動すべきかを、瞬間瞬間ごとに決断しなければならないのではないか。これは極限的な無政府主義的倫理思想である。根本規範は各人が選ぶというケルゼンの理論はここに帰着するのか。

神々の共存

全くの無政府状態から出発して思索した政治哲学者は少なくない。古代中国思想家墨?やその弟子たちの言葉や事績を集めた『墨子』という本に、「尚同」という章があり、大略次のように言っている。

  昔々、権力のない時代があった。そこでは各人が各々自分の「義」をもっていた。「一人がいれば一義、二人がいれば二義、十人いれば十義」という状態で、各人が争い合い、全くの無秩序状態となった。そこで天は聖人を地上に送り、義を統一させようとした。聖人は一つの義を選んでそれを実定化した、ここに政治秩序が成立したのである、と。

   十六・七世紀の宗教戦争時代、西洋思想家たちは無政府的現状の中で秩序の樹立を試みた。社会契約という理論構成はその試みの一つである。トマス・ホッブズは、宗教戦争の根源は人々の「自己欺瞞的自尊心(vain glory)」にあると考えた。宗教戦争の当事者たちは、「真の神」「真の神意」を知っていると標榜していたが、ホッブズはそんなことは人間の知性によって到達し得るものではなく、知っていると標榜するのは自己欺瞞だと考えたのである。「神が私の夢に現れてこう言った」というのは「神がそう言ったという夢を見た」に過ぎない、と。人間の知性にとって可能なのは主観的夢までで、真の啓示には接近不可能だ、という。

   「万人の万人に対する闘争」という自然状態に終止符を打つだめに、理性は人々に契約の締結を助言する。その契約の内容は、平等の基礎の上に立つ相互的自己抑制である。ホッブズの列挙した自然法規範のカタログは、この要請の具体化に他ならない。彼は、「物は平等に分割すべし」、「分割不可能なものは共有すべし」、「分割も共有も不可能なものは、輪番で享受するか、籤で享受者を定めよ」と教えている。自然状態の悲惨に悲鳴を上げた人々は、この理性の助言を受け容れ、社会契約を結んで国家を設立する。この理論構成は墨子のものと似ているが、「契約」という構成、及び契約条件の平等という点は近代西洋の特徴である。ジョン・ロック以下の政治理論家たちは、このホッブズの思想を承継した。

   平等の基礎の上に立つ相互的自己抑制という要請は、ウェストファリア条約が樹立した近代国際法の原則である。そして絶対的正義と言う宗教者の自己主張は寛容の観念によって相対化された。「上位の権威を承認しない」主権国家は、その相互的平等の原則を受け容れた。そうなれば主権は絶対的権力でなく、相対的権力となる。

   ケルゼンは、「諸国の国家法に対する国際法の上位性」という理論を構成したが、この理論はこの体制に適合したものである。若きケルゼンの処女作『ダンテの国家論』は、その重要な主題の一つとして世界帝国の理想を取り上げている。そして彼の国際法上の処女作『主権の問題と国際法の理論』の末尾は、クリスチャン・ヴォルフの世界国家の理想への言及で閉じられている。このヴォルフの思想が国際連盟(Völkerbund)というカントの思想をもたらした。カントの用いたVölkerbundというドイツ語におけるBundという単語は、英語のLeagueよりももっと緊密な結合を意味している。

   マクス・ヴェーバーが、現代のイデオロギー闘争について「神々の争い」という比喩を用いたのは一九一九年のドイツ・ミュンヘンでの講演であった。ここで「神々」とは、共産主義者や極右民族主義者という絶対的自己正当化に凝り固まった集団を意味している。他方ケルゼンは、一九二〇年の著書『民主制の本質と価値』という著書において、ピラトのような知的人間は、イエスが救世主かどうかの決断を下せなかったのだ、と言っている。そういう人物が、敵対諸陣営の共存という解決を受け容れるのである。ケルゼンは、同書において、自己流の仕方で、絶対的自由の自然状態から、民主的政治秩序が樹立される過程を再構成している。激動の二五年間の後、遂にドイツの政治的諸勢力は、自由民主主義体制の多党制の下に自己相対化した。これこそケルゼンがその生涯を通じて唱え続けた体制である。

  日本の憲法学者宮澤俊義(一八九九〜一九七六)は、一九六二年、「神々の共存」という短い文章を公刊した。題名からして著者の志向を窺わせるものである。宮澤は日本における最善のケルゼン学者の一人である。ケルゼンが、「私の正義」は「寛容の正義」だと述べたのも、「神々」の共存する正義という趣旨であろう。そうなると、我々は「寛容の自己矛盾」という難題に直面する。「寛容な人間は非寛容な行動に対しいかなる態度をとるべきか」という問題である。この問題は、「自由主義の自己矛盾」とも関連する。「自由主義者は反自由主義的行動に対しいかなる態度をとるべきか」と。

   これはまた「寛容に限界があるか」という問題とも関連する。我々が自滅を避けるべきだとすれば、寛容にも限界があるだろう。それは「神々の共存」の体制が危うくなる点ではあるまいか。ケルゼンの抵抗権は、まさしくこの限界を超えた場で発動する。ここでケルゼンは、民主主義が実現し得る自由のために無条件に戦い、死する」信念を実践するのであろう。その信念の相対性を自覚しつつ。