第一話


 全身を覆う、こそばゆいような快美感で、目が覚めた。

 筋肉が適度に疲労していて、甘い痺れが、心地いい。
 幼い頃、友達と全身が泥だらけになるまで遊んで、少し熱いお風呂に浸かって、そのまま布団に入ったときのような、えもいわれぬ満足感と、それ以上の多幸感。
 頬が、無条件に笑みを作ってしまうくらいに、いい目覚めだった。
 きっと、それは俺の隣で寝ている彼女も、同じなのだと信じたい。
 魔術の師匠で、あの戦いを生き抜いた戦友で、それ以上の存在。
 遠坂凛。
 彼女とこういう関係を結ぶようになって、どれだけの時が経過したのだろうか。
 まだそれほど経っていないような気もするし、もう結構な時間が経ったような気もする。
 でも、たった一つだけ、言えること。
 こいつは、絶対に手抜きを許してくれない。
 なんでも、そう。
 魔術の稽古も、英会話の勉強も、デートのエスコートも。
 そして、ベッドの中でも。
 昨日は、激しかった。いつもだって、こいつと閨を共にするときはへとへとだけど、昨日はまた一段と凄かったのだ。
 もう、舌も、指も、腰も、くたくただ。
 こいつは、何にだって手を抜かない。
 どんなに激しく責め立てても、ほんの一瞬気を抜けば、いつの間にか攻守交替、こちらが喘がされる破目になる。
 その時の、獲物を咥えた豹のような、笑み。
 それが、堪らなく憎たらしくて、堪らなく美しくて、何よりも愛らしくて、だからこそ、それを快楽で歪めてやりたくなる。
 ここを触ったら、こいつはどんな声を上げてくれるだろうか。
 ここを突いたら、こいつはどんな声で啼いてくれるだろうか。
 ここを舐めたら、こいつはどんな瞳で俺を見つめてくれるだろうか。
 そう、まるで新しい玩具を買ってもらった子供みたいに、わくわくしながら彼女を弄ぶ。
 彼女も、まるで生餌を与えられた子狐みたいに、俺の体を弄ぶ。
 何度も、注ぎ込んだ。
 何度も、搾り取られた。
 貫くという行為は、包み込まれるという行為。
 果たして、捕食されたのはどちらか知らん。
 そうして、一体どれだけの時間が流れたのだろうか。
 いい加減、お互いの体液でぐちょぐちょになったシーツが重みを増してきたとき。
 どちらからだったか、ヒュプノスの甘い誘いに膝を屈したのだ。
 多分、ほとんど同時だったと思う。
 何故なら、遠ざかる黄金色の意識の中で、彼女の一際甲高い嬌声を聞いたことを覚えているからだ。
 そんなことを考えただけでも、俺の奥で、何かが溢れそうになる。
 ああ、なんと幸せ。
 お腹の奥、自分の知らない部分が、ほんわかと熱をもってしまうくらいに、幸せだ。
 ………ん?
 お腹の奥が、暖かい?
 どうも、妙な感覚。
 それだけではない。
 肛門と陰茎の間、本来であれば何物も存在し得ないところに、じんじんと熱い痺れがある。まるで、何度も何度も、何か硬いもので擦ったかのように。
 なんだろう、これは?
 頭にかかった、白い靄を吹き飛ばすような疑問。
 でも、今はとっても気持ちがいいから。
 とりあえず、よく寝ましょう。
 殺風景な俺の部屋もこいつと一緒にいれば、幾分華やいで感じられるだろう。
 起きるときは、一緒に起きたい。
 そして、どちらともなく、お互いの体を弄りあう。
 昨日、さんざんキスされたところを、愛撫されたところを。舐めまわされたところを、突きあうのだ。
 疲れきって重たい瞼を、二人で全身をくすぐりあいながら、なんとか持ち上げるのだ。
 きっと、楽しいだろう。
 この上なく、幸福だと思う。
 だから、もう少し寝ていよう。
 だって、こいつも、よく寝ている。
 俺の、腕の中で眠る、凛。
 その逞しい腕が、俺の枕に。
 その適度な堅さと、暖かさ。
 何よりも、守られているという安心感。
 それらが、俺を眠りの世界に誘う。
 ここは、安全だから。
 世界で一番安全な場所だから。
 どれだけ無防備に眠ったって、誰も怒らない。
 ………。
 たくま、しい?
 ………。
 なんか、おかしい。
 何が、そう問われても返答しえないのだが、何かが致命的にずれている。
 何だ?
 何が、おかしい?
 どくどくと、心臓が早鐘を打ち始める。
 その音が、俺の聴覚を研ぎ澄ましていく。
 これなら、庭先で落ちた木の葉の音も聞き取れるのではないか、そんな錯覚。
 その聴覚が、捕らえたもの。

「ん…しろう…」

 俺の名を呼ぶ、きっと俺の恋人の、可愛らしく、それでいてよく響く、低い声だった。
 もう、致命的な何かを覚悟しながら、ゆっくりと目を開く。

 そこにあったのは、美しいほどに凛々しい男性の寝顔。
 艶やかな黒髪。
 長い、睫毛。
 形のいい、鼻筋。
 俺を包み込む、分厚く逞しい胸板。
 引き締まった腹筋。
 そして、男の朝の生理現象で、雄々しく天を貫く、股間のそれ。
 悔しいことに、俺のより大きい。

 弾かれるように、立ち上がる。
 障子を通して降り注ぐ、暖かい曙光。
 その中で、俺は、自分の体を見下ろした。

 肉付きの薄い、白い皮膚。
 あるかないか分からないような、胸のふくらみと、その先を飾る桃色の突起。
 腹部は、あばら骨が浮くほどに細く、くびれている。
 そして、股間。
 そこには、淡い、本当に淡い茂みと。
 泣き出しそうなくらい秘めやかな、一本の縦筋が。

 ああ、俺は、ご近所の大迷惑になる声で叫ぶんだろうなあ、そんな予感。
 それは瞬く間に、実行に移された。

「なんでさーーーー!」

 もう、嫌です、こんな人生。

 
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