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『しろうこがあのサーヴァントを召還したもようです。第1弾 自堕落□□□□征服王の場合。』


 自身は、気の長い方だと思っている。
 修理云々は結構根気のいる作業だし、ここ数年は日課の鍛錬だって休んだ覚えがない。暇さえあれば、掃除洗濯は欠かさないし、廊下の雑巾がけだって大切な作業だ。
 だから、オレは、気の長い人間だと、思っていた。
 今日までは。


 どすどすと、廊下が悲しげな軋み声を上げる。
 いや、オレの体重でもこんな音が出せるもんなんだ、と、心の片隅で暢気に感心しながら。
 しかし、視界が焼け付くような怒りが、大部分の思考を停止した脳髄を蕩かしている。
 
「ああ、后よ。王の御前です、もう少し雅やかさを保たれては如何か」
「しゃらっぷ!」

 後ろから慌てたような声が聞こえるが、そんなものは聞こえない。
 例え聞こえたとしても、聞いてなんかやるもんか。
 羞恥と怒りに染まった鼓膜は、そんな音声で震えてはくれないのだ。
 
 つまり。

 体は女、心は男、世を忍ぶ仮の名を衛宮志保、何を隠そう本名衛宮士郎、今年で十八歳、青春真っ盛り。

 とってもとっても、とぉっても。

 怒ってます。


「らぁーいぃーだぁーっ!」


 ばしゃん、と、襖を一気に開く。
 一瞬、屋敷全体が震えたような気がしたが、しかし気のせいではあるまい。
 乙女の怒りは、天地を揺るがすのだ。
 そして、そんなこと、蟻が足下を通ったときの象程度にも、気にも止めず。
 のんびりと、泰然自若とした、それともデリカシーの欠片も見当たらない、声がした。

「おう、帰ったか、シロウよ。ガクエンセイカツとやらは如何であった?まぁ、積もる話は後だ。とにかく、余は空腹である。夕餉の準備をせよ。今日はとんかつが食いたい。いや、トンに勝つ、トンとは何であるかなどちいとも知らぬが、なんと華々しく縁起のよい料理か!長年に渡る大征服が成就した祝勝であるゆえな、呆れるほどに分厚いヤツを頼むぞ!」

 視線すら寄越さずに、ごろりと畳に寝転んだまま。
 というか、その野郎の視線はテレビのブラウン管(我が家に液晶という概念は存在しない!)に釘付け。
 そして、そのブラウン管に何が映っていたかといえば。
 ドット絵で表された、飛行機、戦車、潜水艦。
 もう、お決まりの光景である。
 ひょっとしたら小学生、遅くとも中学生の社会科の教科書には必ずその名を記される、偉大なる征服王イスカンダル。
 その、現世における日常が、この姿。
 なんちゃら大戦略とかいう、一昔以上前のレトロなゲームにうつつをぬかし、日々、どこぞのニート王もびっくりなほど、自由気ままで怠惰な生活を送っておられるのだ。
 これが、彼の治世があと十年続けば、間違いなく世界中に覇を唱えていたであろう、かの征服王の姿なのだ。
 それを知れば、こいつの研究に生涯を捧げたであろう歴史学者の皆さんは、嘆くか呆れるか。
 
 そこまでの思考で、約二秒。

 そして、視界が真っ赤に染まり。
 焼け付いた怒りは、彼我を思い遣る、優しい感情を押し流す。
 ならば、オレの為すべきことなんて、ただ一つだろう。
 
 無言で、歩く。
 横たわった、カバみたいな巨体すら、無視しながら。
 前は思いっきりその脇腹を踏み抜いてやったんだけど、この馬鹿、眉一つ動かしやがらねえ。あげく、『遊んで欲しいのか?いや、まだ陽は高い。こんな時間から交わっては、お主の体が持たぬぞ?』とか言い放つ始末。格闘技における体格差というのは、かくも絶望的なのだ。
 それに、今のこいつに最も強烈なダメージを与えうるのは、肉体的な苦痛などではない。
 
 だから、ポチっとな。

 ぶつん、と真っ黒に還った画面。
 無闇矢鱈と華々しい音声も途絶え。
 戦争は終わったと、そこに平和が戻ったのだと、万人に知らせる。

 まぁ、なんというか。

 えらくすっきりした。

「あ゛―――!し、ししシロウ、き、きさま、なにをするかぁ―――!よ、よの、にじゅうよじかんにわたる、えいこうのきせきが、きせきがぁ―――!?」
「だまれこの無駄飯ぐらいキング!」

 この際、丸一日もゲームやってたのかよという、常識的な意見は飲み込もう。というか、この男にその種の常識を求める方が愚か者なのだということは、この一ヶ月で重々理解した。

「や、やっとえくすとらはーどもーど、その中でも最難関にして最後を飾るに相応しい重厚なシナリオをクリアしかけていたというのに…。正しく悪鬼羅刹が如き所行、シロウ、貴様いつから悪魔に魂を売った!?はっ!?さては貴様、シロウの皮を被った別人であるな!今すぐ正体を顕せ、この征服王が誅戮してくれる!」
「そんなことはどうでもいい!馬鹿なこと言ってないで、今すぐそこで正座しろ、正座!」
「正座だと!?何故、この偉大なるイスカンダルが、そのようなこと…」

 ふうう、と、思いっきり息を吐き出し。
 ひゅう、と、肺腑を新鮮な空気で満たし。
 それを再び、思いっきり、吐き出した。

「いいから正座―――!!!」

 

 
「…確か昨日、言ったよな?」
「…はて?何のことだ?」

 無駄に、本当に何の生産性も無いくせに無駄に大きな体は、正座をしてもなお、オレと同じ所に視線がある。
 くそ、その半分でも寄越せよコンチキショウ、と、漏れ出しそうになる愚痴を飲み込んで。
 
「お前の喘ぎ声、快楽に泣き濡れながら余の精を求める声ならば確と鼓膜に焼き付けたが、それ以外は忘れた」
「そ、そそそっちを忘れてくれ、頼むから!」

 血液が、その持ち主の意志を無視しながら、顔面に集まっていくのを自覚した。
 っていうか、こいつ、何でそんなこと憶えてるんだ?こっちは早々と意識を失って、それどころじゃあなかったっていうのに。

「その前だ、その前!」
「…優しくしてくれ、か?確かに少々激しい夜伽であったかも知れんが、しかしもっともっととお強請りをしたのはお主であろうが?」
「ももももっとまえ―――!」

 こ、こいつの脳味噌には、えろい話しか残らないのか?!
 そ、それに、このオレが、そんなことを、この無駄飯ぐらいのでかぶつに、口が裂けても言うはずが…。
 言った、気がするなぁ…。

「…その前…その前………おう、そう言えば」

 ぼん、と、分厚い掌が打ち合わされる。
 大きな目と大きな口を丸く開けたその様は、水族館のトドみたいにユーモラスであるが、それを可愛らしいと思えるのは強化ガラス越しの第三者だからこそ。普段からコイツの自由奔放な振る舞いに苦しめられているオレにしてみれば、憎々しい以外、如何なる感情も湧いてこないのだ。

「…『この時代、お前が生きてた時代みたいに、野盗もいなけりゃ危険な野生動物もいない。ましてや、女を拐かすような不埒者なんていないから、送り迎えはいらない』、確か、そう言ったよなぁ?」
「おう、確かに聞いたぞ」

 この馬鹿、しれっと言いやがった!

「じゃあ、コイツはなんだ、こいつは!」

 今もオレの背後に跪く、金髪碧眼の青年の頭を、怒りに震える指で突っつく。
 確か、その名をミトリネス。
 偉大なる征服王イスカンダル、その親衛隊の一員である。

「おう、ミトリネスか。今日もご苦労であったな。忠道、大儀である」
「勿体なきお言葉。光栄の極みであります」

 感激に打ち震えるそいつの瞳からは、滂沱の涙がだくだくと流れ落ちる。
 野郎同士熱く視線を交わす、その暑苦しい様を見ていると、何となく、このまま女でもいいのかなぁと思ったり思わなかったり。
 しかし、それとこれとは別の話である。こいつらは心底馬鹿だから、空気を読むとかそういうことを知らない。心中を察するということがあり得ない以上、伝えたいことはしっかり言葉で伝えないと、何一つ伝わりゃしねえのである。

「で、ミトリネスが如何したか?こやつの熱き忠節の有り様、一片足りとて疑う余地は無いが?」
「黙れこのガイキチ共!こいつのせいで、オレは、オレはよぉー!」




 それは、下校途中、というか、その最も初めの一幕。
 そこは、これから部活に家にと、みんなの足取りも軽い、下駄箱で。
 今日も一日大過なく過ごせたという、密やかな安堵感と満足感を味わいながら、上履きを脱ぎ、ローファを履いていたら。
 みんなの視線が。
 明らかに不審と好奇を孕んだ視線が。
 オレと、オレの背後に吸い込まれていたんだ。

 ―――まさか。

 ―――はは、まさか、だよ。

 ―――だって、昨日さんざん、言ったもん。
 
 ―――いくらあの馬鹿だって、昨日の今日で、そんなこと。

 答えは、知っていた。
 結末は、知っていた。
 でも、希望に縋り付くくらい、許してくれたって良いだろう?
 そう、優しい絶望に包まれながら。
 ぎぎぎ、と、油のきれたブリキ細工みたいに、首を巡らせれば。
 そこには、長身痩躯、金髪碧眼、眉目秀麗、完全場違いな、異国の青年が、直立不動の姿勢で、立ち尽くしておりました。

『…お、おま、たしか、みとりね…』
『はっ。その通りであります』
『なな、な、なんで、おおおおま、こここここっ?』
『…こここっ?鶏でありますか?』

 とりあえず、その時代錯誤に煌びやかな服の袖を引っ掴み、階段の奥の物陰まで連れ込む。
 その途中ですら、ひそひそとこちらを指さしながら、話し声が聞こえる。
 そりゃあそうだ。
 もし立場が逆なら、オレだってそうする。
 どこぞの誰かが学園に連れ込んだハンサム外人、好奇の視線に曝されないはずがない。噂だってするだろうし、後ろ指だって指されるのである。
 それくらい、分かる。
 分かるが、だからといって、オレの無念が晴れるはずもなく。
 オレには、それらの声が、オレの静かな学園生活に捧げられた、悲しげな鎮魂歌にしか聞こえなかったわけだ。

『おい、ミトリネス、お前、なんでここに…!?』
『はっ。己の身命に変えても、后を守り王の元に送り届けること。王から、そのように仰せつかっておりますれば』
『いや、だからって、昨日、あの馬鹿に言ったぞ?聞いてないのか?!』
『いえ、いつも通りに振る舞えとしか…?』
『そんな―――』

『…?衛宮女史、その御仁はどなたかな?』

 そこに、彼女は、いた。

 蛍光灯の、人工的な灯りを、背負い立ち。

 誇らしげに逸らされた豊かな胸、その半分くらい寄越せよコンチキショウ。いや、ココロはオトコノコでも、オプション装備は欲しくなるものなのデスヨ?

 がっしりと組まれた腕は、自身の才覚に絶対の自信を誇っていることを顕している。

 氷の女、氷室鐘。

 少なくとも、色恋沙汰については、この学園で最も関わり合いになりたくない、女。

 彼女が、オレとミトリネスを視界に収め、確かにそこに、立ち尽くしていたのだ。

『げっ…ひ、ひむろ…』
『…人の顔を見てその反応は些か不快であるが…もう一度、問おうか。その御仁、明らかにこの学園の生徒ではないとお見受けするが、一体どなたかな?』
『し、しらない!こいつ、こんなやつのことなんて、ちいっとも、しらない!この不審者を、婦女暴行未遂犯を、今すぐ警察様か葛木先生に突き出してくれ!』
『ふ、婦女暴行未遂犯…』

 ミトリネスは、まるでKOパンチを食らったボクサーみたいによろよろと蹌踉めき、やがてがっくりと膝を突いた。
 青く血の気を失ったそいつの頬を、いつか脱水症状で死ぬんじゃないかと疑うほど、豊かな水量を誇る涙が、だくだくと流れ落ち。
 ああ、またかよ、と。
 オレは、心の中で、だくだくと涙を流すのです。

『き、后よ、このミトリネス、無礼があったなら腹を割いて詫びさせて頂こう。しかし、このようなカタチで我が忠義を疑われたのでは、王に合わせる顔が無くなってしまう。まして、貴方様に横恋慕したなどと王に疑われては、今の今まで忠節に励んだ、この身が憐れに過ぎる。ならば、いっそのこと、貴方様の剣にて、ひと思いに切り捨てて頂きたい!』

 そいつは、いきなり土下座して、首を差し出した。
 きっと、こいつなりの、最大限の忠誠の表し方なんだろうな。
 そこが中世ヨーロッパあたりなら、騎士の誉れとして詩人に謳われるような有り様は、しかし。
 ここは、現代日本、しかも、この上なく平和な穂群原学園の校舎の中なわけで。
 もうね。
 滑稽というか。
 場違いというか。
 無数の衆目に、曝されて。
 死にたいのはオレだよと、言うべきか。
 
『たたた、たて、立ってくれ、頼むから立ってくれぇ!』
『后からお許しが頂けるまで、立つわけにはいきませぬ!』
『ああ、もう、許す!許すから!ミトリネス、お前は忠義の騎士の見本だよ!王様にも、きちんとそう伝えてやるから!』
『おお、まことですか!このミトリネス、これほどの歓喜を頂いたこと、今生にてございません!王はもとより、后よ、貴方様にも、この卑小なる身命を賭して仕えること、ここに改めて約させて頂きたいと思います!』

 その蒼玉のような瞳から流れ落ちる涙は、だくだくを超えて、最早危険水域に。
 ああ、もう、勝手にするがいいさ、と。
 諦め半分、そしてもう半分も、観念して。

 要するに、心の底から諦めて。

 跪くそいつから、手の甲に、熱い口づけを受けたとき。
 この場にいたのが、オレだけで無かったことを、思い出したのです。

『…ほう、衛宮女史、君はいつから、どこぞの王家に嫁いだのかな?』
『ひ、ひむろ、ち、ちがうんだ、これは…』
『だが、君は后なのだろう?后と呼ばれるからには、どこぞの王の妻なわけだ。違うかな?』
『おお、中々に理解の早い女性であるな。その通り、こちらにおわすは、彼の偉大なる征服王、イスカンダルのマスターにして、その寵愛を受けられたお方であらせられる。故に、ヒムロ殿といったか、そなたを后のご学友と見込んで、一つ頼まれてはくれぬか?』
『イスカンダルとは、かの有名なアレクサンドロス大王のことか?おお、これは一大事。ならば、この氷室鐘、身命に代えてその依頼、受けさせて頂こう』

 なんというか、こいつら、ノリノリである。
 あはは、もう、なんとでもしてくれ。
 まな板の上で捌かれて、ぐつぐつと鍋で煮られている鯉の心境である。

『后は、この通り、見目麗しいお方であらせられる故な、下種な欲望を抱いた、不貞の輩が寄ってこないとも限らん。美しい花のみが持つ、重たき宿命の悲しさよ。そのことに、我が偉大なる王も、常々頭を痛めておられる』

 ええ、ゲームの攻略本を片手にね。

『なるほど、要は、この愛らしい花に要らぬ虫が寄らぬよう、手筈を整えて欲しい、と』
『やはりヒムロ殿は聡明であらせられる。話の通りが良くてありがたい』
『ならば、彼女が偉大なる征服王と契りを結んだことを周知徹底させれば、彼女に獣欲を抱く不貞な輩も、劇的に数を減らすのでは?』
『おお、それは名案!なんと、ヒムロ殿は軍師であらせられるか!』

 そ、それは、明日からオレが、学園全体の晒し者になる、と。

 まさか、そんな非道。
 
 縋るように、彼女の顔を、見ると。

 にやり、と、眼鏡の奥で、悪魔が微笑った。

 悪魔だ。

 あれは、あくまじゃあなくて、悪魔だ。

『や、やめてくれ、氷室、いや、氷室様―――!』
『いや、衛宮女史、私とて本意では無いのだよ?しかし、色恋沙汰は、何かとはっきりさせて置いた方がよいのではないかな?なにせ君は美しい。このままでは、叶わぬ恋に身を窶し、人の道を違える者も現れぬとも限らない。そう、例えば先日の焼きそばパンのように、人の物を横取りするのはいけないこと、そうは思わないかね?』

 こ、こいつ、こないだの購買で、オレが焼きそばパンを横取りしたこと、まだ怨んでやがるのかー!
 あれはちっともわざとじゃなくて、偶然というか、マキデラというか、色んなものが悪い方向に連鎖反応を起こした、不幸な事故だったというのに!

『す、すまん、氷室!焼きそばパンなら、また今度、おごるから…』
『私は、あの時、焼きそばパンが食べたかったのだよ、衛宮女史。食い物の恨みは恐ろしいというが、一度自身で味わってみては如何かな?』
『氷室、氷室―――!』


「后だぞ、后!嫁だぞ、嫁!しかも、征服王イスカンダルの!明日から!オレは!一体!どんな顔で!教室に!入れば!いいっていうんだよぉ―――!」

 ゆさゆさと、総身の力を込めて、ライダーの上半身を揺する。
 しかし、やはり馬鹿みたいに太いそいつの首は、ぴくりとも揺れず。
 ただ、オレの細い体が、ぶらぶらと揺れているだけだった。

「…理解に苦しむな。全く、何の問題も無いではないか。お主は、このイスカンダルたる余のマスターであり、その妻である。まったきもって明々白々たる事実、それが市井の民の知るところとなって、何の問題がある?なぁ、ミトリネスよ」
「はっ。王の仰る通りかと」
「だだだ誰が、誰の妻になったっていうんだ、誰が―――!?」

 惚けた顔に、思いっきり怒鳴りつけてやる。
 でも、コイツは眉一つ動かすことはなく、というかますます不思議そうな顔をして。
 ああ、もう、泣けてきた。
 えへへ、コイツを殺して、オレも死んでやろうかな。

「…一つ尋ねるが、シロウよ。この時代、この国において、男女は何の愛情も親愛もなく、閨を共にするものなのか?」
「へっ?」

 涙と共に、見上げる。
 そこには。
 真剣な、声。
 そして、真剣な瞳。
 思わず、どきりとした。
 だって、気づけば、目の前にそいつの顔があったんだ。
 どきどきしない方が、おかしいじゃあないか。
 そいつは、ぽりぽりと顎を掻きながら、なおも問うた。

「お前さんが余の事をどう思っとるかは知らんがな、少なくとも余は、一夜の情熱に身を委ねてお主を抱いたことなど、一度足りとて無い」
「お、おまえ、いきなりなにをいって…」
「余はな、この先、一生分の喜びと苦しみを共に分かち合うに足る女以外は、抱かぬと、そう言っておる」

 その声の、どこにも冗談は無くて。
 その瞳の、どこにも嘘は、無くて。
 ただ、真剣に、オレを見つめながら。
 オレを、俺の心を、その視線だけで、抱き寄せながら。

「お主はどうなのだ、シロウよ?お主は、愛してもおらぬ男に、毎夜抱かれておるのか?余は、お主を手籠めにしておるだけなのか?」
「え、ええ、なななな、なにを…?」
「誤魔化すな、シロウ、いや、我が妻よ。お前には、この征服王イスカンダルのマスターたる資格、勇者としての資格があり、そしてなお美しい。ならば、お主以外、我が妻には相応しく無い、そういうことだ」

 只でさえ大きかったそいつの笑みが、より一層に大きくなり。
 まるで、オレを一飲みに出来るんじゃないかってくらいに大きな口が、大きく笑い。
 そして、急に、近づいてきて。
 でも、オレの体は、いつも通り、ちいとも動かない。
 ああ、またかよ、と、諦観の気持。
 ゆっくりと、目を閉じる。
 そういえば、いつの間にか、ミトリデスが姿を消してた。

 ―――まったく、こういうときだけ、変に気が利くんだよなぁ。

 そんなことを考えながら、オレの小さな体は、コイツの大きな腕に、抱きしめられていたのだ。

「…拒まぬのだな」
「…だって、無駄だろう?」
「その通り!余のこと、良く理解しておるではないか!」

 豪快な笑い声が、屋敷の隅々にまで響き渡る。
 ふと気づけば、お臍のあたりに、何か固くて大きい物が押し付けられていて。
 よく、こんなものが、オレの中に入ったもんだと、感心し。
 ああ、明日、足腰が立つかなぁ、と。
 遠い未来の自分を思い煩った。

「まぁよいか。腹は減ったが、しかし体を動かした後の飯というのもまた格別。夕餉を征服する前に、シロウよ、お主の体を蹂躙し尽くしてくれよう」

 その飯を作るのは誰だと思っていやがるんだ、と、内心で毒づきつつ、しかし暖かな体温を心地よく思う。
 結局、オレも、状況に馴染んでしまっているんだなあ、と。
 諦念の溜息とも、満足の吐息ともとれる、曖昧な息が、来るべき激しい快楽への熱い期待に濡れながら、漏れ出したのです。

 

「おお、これは馳走であるな!しかし、人数が間違えているのではないか?今日はタイガは来られぬと言っていたし、余とシロウの、二人分でよいはずだが」
「ご飯はみんなで食べるもんなんだ。ほら、ミトリネス、お前も一緒に食えよ」

 正座の姿勢で、空虚な空間に呼びかける。
 お腹に力を入れると、その奥が、ずくりと疼いた。
 まだ何か入ってる気がしてひりひりするが、最近はこの感覚にも慣れてきた。最初は痛くて泣けてきたほどだってのに、人の順応性というのは恐ろしいものだ。
 それでも、まだ流石に胡座をかけるほどの余裕はないから、この姿勢。
 そんなこと、目の前で太い笑みを浮かべるこいつには、死んだって教えてやらないが。
 
「ミトリネスよ、シロウはこう言っておるが、どうする?」

 ぶん、と、空間が揺らぎ、そこに一人の戦士が現界する。
 もう、何度も見慣れた顔であるから、別に驚きはしない。
 
「…身に余る光栄ですが、臣下が主と食卓を共にするわけにはいきませぬ故、ご辞退させて頂きたい」
「駄目だ。家族は一緒に食べないと。それに、お前、一応オレのこと、守ってくれたんだろ?なら、一緒に食べろ。これは、命令だ」
「…それは、王妃としてのご命令でしょうか?」
「…そうとってもらってもいい。だから、一緒に食べよう」
「そういうことであれば、是非!」

 そいつは、嬉しそうにちゃぶ台に座った。
 隣のライダーも、心なしか嬉しそうだった。

「しかし、ミトリネスよ、役得であるな」
「はっ、汗顔の至りです」
「このままでは、ミトリネス以外のものから不平が噴き上がりかねんな。『俺にも后の飯を食わせろ』、と」
「然り、后の馳走は、天上の祝宴に並ぶ料理にも勝ります故」
「一々大げさなんだよ、お前ら…」

 疲れた顔をしながら、しかしどうしようもなく浮かんでくる笑みを噛み殺し、お茶碗に暖かいご飯をよそう。
 大盛りのそれを、嬉しげなライダーに渡し。
 心持ち少なめのそれを、恐縮したミトリネスに渡し。
 最後に、自分の小さなお茶碗に、いつもより多めのご飯を、よそった。
 だって、あれだけ大声、出さされたんだし、汗だってたんまり流した。
 だから、いつもより、ほんの少しだけ、お腹が減っているのだ。

「それだけでよいのか?」
「これでも、いつもより多いくらいだよ」
「しかし、それではやはり、毎日誰かを護衛にやらねばならぬぞ?」

 一体、一千人を相手に料理をしたら、どれくらいの食費がかかるのだろうかと、全く見当違いなことを考えていたら、ライダーがそんなことを言った。
 はて、オレのご飯の量と、護衛云々が、どういう関係を持ってくるのだろうか。

「お主が大きく育つまで、危なっかしくて一人歩きなどさせられんということだ」

 ばさりと投げられたのは、新聞記事のスクラップ。
 箸を咥えながらそれを開くと、でかでかとこんな見出しが踊っていた。

『淫行教師、自分の生徒に暴行』
『帰宅途中の小学生、襲われる』
『地域で児童を守れ』

「確かに、野盗や野獣の類は余の生きた時代と比べて少なくなっているようだが、その手の輩は寧ろ増えてさえいるようではないか。そのような時勢、お主を一人夜道に歩かすなど、生き血を被って獅子の檻に飛び込むような物であろうが…おや、どうした?」

 ふるふると、手が震える。
 
 なるほど、こいつは、オレのことをそういうふうに、見ていたと。

 変態の魔の手に曝される、憐れな幼女と映っていた、と。

「…おい、オレ、これでも、一応十八歳の女性なんだぞ…?」
「なんとっ…!」

 はっとした表情を浮かべ、その後いかんと口を塞いだ忠義の戦士。
 安心しろ、ミトリネス、金輪際、もうお前のためにご飯は作ってやらん。
 というよりも、そんな女の子を后とか嫁とか手籠めにするとか、それって一体どうよ!?

「安心せよ、お主の容貌が如何に幼かろうと、余はそのような些末ごとにとらわれはせぬ。しかし、世の一部の男共、たしかロリコンとか言ったかな?それは、シロウのような、まるで幼女のような外見にこそ欲情するのであろう?それを守るために、余は―――」
「ようじょっていうな―――!あと、今の話の流れからすれば、ロリコンはお前だ―――!」

 決めた。
 
 食ってやる。

 ばくばく食って、ぶくぶく太って、こいつらを呆れさせてやるのだ。
 
 もう、体重計とか、体脂肪率とか、知ったことかコンチキショウ。

「おお、中々よい食べっぷり。これは余も負けてられんな」
「不肖ミトリネス、至らぬ身ですが追随させて頂きましょう」

 がつがつという効果音が相応しいような食卓からは、当然の如く、文字通り瞬く間に全てのおかずが消え失せて。
 オレがたらふく食った分、残りの二人の胃袋はスカスカで。
 当然、埋め合わせの料理を作らなければならないのは、オレなわけで。

「おーい、シロウよ、料理はまだかー?」
「うるせえ、だまってやがれ!」

 結局、摂取したカロリー以上の労働を、課せられるわけだから、やけ食いは何の意味もない。
 というか、ミトリネスを現界させなきゃ、そんなに腹は減らないんじゃあないのかと、根本的な疑問が浮かんだが、しかしそれは飲み込んだ。
 だって、食卓を囲むのは多い方がいいし。
 それに、まぁ、なんだ。
 こんな日常も、悪くないんじゃあないかな、と。
 最近のオレは、そうも思うわけなのですよ。


 追記。

 見た目幼女なシロウちゃん、彼女に召還されたロリコン征服王、イスカンダル君。そんな設定。なんでミトリネス君が常時現界していられるのかとか、細かい突っ込みは飲み込んでくだちい。
 多分次回は、旦那を召還したしろうこさん。きっとダークになるか、底抜けのギャグで終わるか。作者自身予想がつきませぬ。