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『しろうこがあのサーヴァントを召還したもようです。第2弾 精神汚染魔術師ミスター青髭の場合。』


「ゲホッ、ゲホゲホッ!」


 血を吐いた。

 びっくりした。

 初めてだった。

 血を吐くような修練を自分に課してきたつもりだったけど、こんなに大量の血を吐き出したのは、初めてだ。

 漫画やアニメなんかではよく見る表現だけど、実際に見ると驚いてしまう。

 だって、血だぜ?

 それも、どろりと黒い、血の塊。

 それが、口から吐き出されるんだ。

 咳と一緒に。

 鼻の穴からも。

 耳道の奥だって、痺れるように熱い。

 ひょっとしたら、そこからも、血が流れてるのかも、知れないな。


「げぼっ……げは、げほげほげほ…」
「はて、どうしましたか?先ほどまでの威勢の良さは、一体どこへ?」


 ぐにゃぐにゃに歪んだ、声がした。

 高いところから、だ。
 
 多分、床の上に蹲った、オレを見下ろす位置から、だ。

 もっとも、ダンゴムシみたいに丸まって血反吐を吐くオレからすれば、子供の立ち位置だって高いところになる。

 悔しくないかって?

 そりゃあ悔しいさ。人間、見下ろされて、見下されて、愉快な気持にはならない。

 それが、飛びっ切りのげす野郎なら、なおのこと。

 それが、例え、オレのサーヴァントであっても。


「聞いているのですか、私の、この『青髭』の話を。聞いていないのでしょうね、もし聞いているのならば、そうも無様に這いずり回るはずがありませんから」


 まるで、幼稚園の先生が、自分の受け持ちの幼児に話しかけるような、優しい声。

 優しい、声。

 優しい、声の、まま。


 ―――どすっ。


 爪先が、鳩尾に、めり込んだ。


「がはっ!?」
「なんだ、ちゃんと起きているではないですか。ああ、安心しました」


 がす。がす。がす。


「げほっ、げはっ。ぐえぇ―――!?」


 条件反射、だった。

 もう、何も、考えられない。

 苦しくすら、ない。

 ただ、熱くて。

 けられたのか、なぐられたのか、なぶられたのか。

 それすら、わからなかった。

 ただ、もう、おわってほしくて。


「…たす…けて…」


 おれは、ぶざまに、いのちごいをしていた。


「ひっく…もう、やめて…」


 気づけば、お腹を庇っていた。

 きっと、もう、オレは女になっていたんだろう。

 そこは、赤ちゃんを育てる、大事な部屋があるから。

 そこだけは、傷つけられたくなかったんだと、そう思う。


「もう、終わりにしますか?」


 がつん、と、音がした。

 耳のすぐ側で。

 視界が、大きく濁った。

 まるで、古いブラウン感の、縦に走ったノイズみたいに。

 やっぱり、痛くない。

 頭を蹴られて、踏みつけられて、踏み躙られても。

 熱い。

 ただ、熱い、だけ。

 熱いだけ、の、筈なのに。

 涙が。

 止まらない。


「ああ、残念。至極残念。私のマスターに選ばれたからにはどれほどの傑物かと思えば、まさかこの程度ですか。己の信念を、この程度の仕打ちで曲げてしまうような?ハハハハハ、これは傑作だ!」


 朦朧とする、意識。

 一体いつから、コイツに嬲られ続けているのだろう。

 胃の中は、血反吐でいっぱいだから、空腹なんて感じない。

 眠気は、頭を蹴飛ばされる度に吹き飛ぶから、眠くもない。

 時間が、分からない。

 太陽が、何度昇ったのだろうか。
 
 もう、指折り数える指も、全部が逆方向に折れ曲がってしまって。

 それすらも、億劫だった。


「いやいや、それとも私が愚かでしたかな?なにせ、貴女は英雄でもなければ聖女でもなく、まして貴族ですらない。ただの、野卑な村娘にすぎないないのですから!這いつくばって、支配者の慈悲を請い、その身を差しだすだけが許された、踏み躙られるべき対象なのですから!」

 

 
『衛宮さん。一応忠告しておくけど、貴女のサーヴァント、まともじゃないわ』
『最後の令呪は大事に残しときなさい。きっと、それを失ったら、貴女、あいつに喰われるわよ』

 遠坂の言ってることは、正しかった。
 でも、決定的に、間違えていた。
 最後の令呪を残してたって、コイツは、オレを、喰ったんだ。
 オレの一番大切な、それともどうでもいいものを。
 無惨に、散らしたんだ。

 信頼、してた。
 だって、オレの料理が旨いって、そう言ってくれたんだ。
 ここは良い街だって、そう言ってくれた。
 オレを守ってくれたし、忘れ物だって届けてくれたし、一緒に買い食いだってしたし。
 なのに、なのに―――。

 開かれた、土蔵の扉。

 漏れ出す、淡い光。

 一体なんだろうと、眠たい目を擦りながら、中を覗いてみると。

 そこに、地獄があった。

『何をしているかですって?いえ、なに、貴女からの魔力供給が些か貧弱なようなので、自力で補給をしていたのですよ。いえいえ、お褒めの言葉は結構です!このジル・ド・レェ、貴女に勝者の栄光を掴ませるため、粉骨砕身の奮闘を見せます故…』


『た…す、けて…。』


 ―――なんだ、ここは。


『ここ…どこ…?』


 ―――これは、なんだ。


『お…かあ…さん…。』


 ―――ひと?


『ころし…て…お、ねがい…。』


 ―――違う。


『いた…いの…。』


 ―――これは、違う。


『いたい…。』


 ―――こんなモノが、人であってはイケナイ。

 人。

 人。
 
 ひと。

 くろい。

 こげた、かおり。

 まるくなった。

 ひと、だったもの。

 まちぢゅうに。

 たくさん。


   『た すけ て』


 ああ。


   『し に たくない   』


 あああ。


   『 わた  しもつ れて  いって』


 ああああああ。


   『なん  でお まえだ  け』


 あああああああああああ。


   『     ね  たま   しい』


 わたし、は。

 みすてました。

 あなたたちを。

 みすてました。


『どうしましたか、シロウ。些か顔色が優れませんが…?ここ最近の夜更かしで、疲れが出ましたかな。そうだ、そういう時は、これが一番効きますぞ!何を隠そう、この小瓶に詰まったのは、幼子の■■■をすり潰して精製した逸品でしてな、これを飲めば、疲れなど一口で吹き飛ぼうというもの!』


 ごめんなさい。

 もう、わたしには。

 あなたたちを、たすける、ことが。

 ヒトのカタチをやめてしまったあなたたちを、たすけることが。

 だって。

 ヒトのカタチでないものは、もう、ヒトではない。

 人としていきることが、できない。

 だから。

 だからだからだから―――。


『衛宮志保が、青髭に命ずる!その子達の魂に、尊厳と安らぎを与えよ!』


 それで、一回目。

 刹那、持ち主の意志を無視した膨大な魔力が、呪われた蔵の中を暴れ回った。

 それは、人の形を辞めた、憐れな肉人形の群れを飲み込み。
 
 後には、何も残っていなかった。

 最後に、あの子達は、微笑っていたのだろうか。

 無限の苦痛から解放された自分達を、祝福してくれたのだろうか。

 それとも―――。


『はぁ―――、はぁ―――、はぁっ―――っゲボォっ…ごほっ、ごほごほ…!』

『…それが、貴女の贖罪ですかな…?』


 反吐吐き出し、服の袖でソレを拭った、オレを見下ろしながら。

 したり顔をしたソイツが、愉快そうに呟いた。


『………だまれ』

『貴女は、見捨てた。男を、女を、幼子を、老人を、そして家族を。そして、貴女は生きている。みっともない後悔を抱きながら、その生を恥じながら、その呪われた身体を憎みながら』

『…だまれ』


 嗚呼、それは、全くもってその通りで。


『ふ、ふふ、ふははははは!なんと滑稽な存在だ!なるほど、貴女が何の触媒もなく私を呼び出した、その理由が今わかった!なるほどそうですか、貴女は悪を見たかったわけだ!己の悪を塗りつぶすほどの、大いなる悪を!いいでしょう、ならば、無能な神に代わって、この私が見せ付けてあげましょう!人が、どれほどの悪を為し得るか!この世界のうちで、貴女の為した罪が、どれほどちっぽけで取るに足らないかを―――!』

『だまれって…いってるんだ…』


 それすらも、ひょっとしたら、そいつの言う通りかも、知れなくて。


『いいのです!いいのですよ、敬愛すべき我がマスターよ!貴女は、何もしなくていい!ただ、見ていればいいのです!人の脂で燃えさかる、人の形をした松明を眺めながら!肛門から口までを串刺しにされた人間が、平均して何日生き延びることが出来るかを教えてあげましょう!胎児を喰わされた妊婦が、どれほど滑稽な声を上げて吐瀉物で溺れ死ぬかを聞かせてあげましょう!ありとあらゆる拷問、ありとあらゆる死のカタチを見せ付けてあげましょう!』

『だまれっていってんだろうが、このくそやろう―――!』

『なに、遠慮は不要ですぞ!そして、貴女は最後に命ずればいいのです!私に、自害しろ、と!ほら、そうすれば貴女は、この世で最大の悪を滅した、紛れもない正義の味方になれるではないですか!』

『てめぇええええっ!』


 真っ赤に染まった視界。
 怒りか、屈辱か、悲しみか。
 それとも、その全てか。
 きっと、そうだろう。
 オレは、多分、涙を流しながらコイツに殴りかかって、それで―――。


「ああ、また眠ってしまったのですか、シホ。全く、情け無い…」


 ごすっ。

 また、蹴られた。

 ごろり、と、仰向けに蹴り転がされた。

 何となく閉じられていない目に映り込んだのは、見慣れた土蔵の天井だった。

 何回も、何回も、死にかけながら、魔術を磨いた、この場所で。

 オレは、こいつを、召還して。

 なら、全ての苦痛は、このときの為に?

 コイツを呼び出して、ここをキチガイじみた、惨劇の舞台に変えるために?

 そのために、切嗣に魔術を教えて貰ったのだろうか。

 そのために、切嗣の理想を受け継いだのだろうか。

 そのために、切嗣に救われたのだろうか。

 こいつを、呼び出して。

 こんな、惨めな気持を味わうために?

 そんなの。

 ぜったいに。


「………がう…」

「おお、まだ人の言葉が話せるのですか!舌が千切れ、歯が折れて、それでもまだ!」


 もう、何も感じない。

 いたさも。

 さむさも。

 あつさも。

 何も。

 自分が、足で立とうとしているのか、腕で立とうとしてるのか、わからない。

 それでも。
 
 それでも、こいつの前で、これ以上、無様に許しを乞い続けるわけには―――いかない。


「…って、おれ…き…ぃつぐの…こ…も、たから、なぁ…」


 舌がもつれて、上手くしゃべれない。
 そもそも、半分千切れかけた舌は、上手に発音してくれなくて。
 でも、これだけは。
 これだけは、ちゃんと、しゃべらないと。


「で、何をするのです?案山子よりも覚束ない足で立ち上がって、何をしようというのですか?」


 ふん。
 
 笑ってられるのも今のウチだ、バカヤロウ。

 オレは、大きく息を吸い込んで。

 こう、言って、やったんだ。


「衛宮志保が命ずる!青髭!今後、聖杯戦争に無関係の人間を、一切傷つけるな!」


 これで、二回目。

 目を丸くした、目の前の顔。
 ああ、こいつ、こんなに可愛い顔も、出来たんだなぁ、と。
 でも、もう一度、大きく息を、吸い込んで。


「この糞野郎、今後一切、聖杯戦争に関係のない人達を、傷つけるなぁ!」


 手の甲を、三度目の痛みが、走り抜け。

 これで、三回目、最後の、命令だ。

 ああ、安心、した。
 
 かくりと、膝から、力が抜け。

 オレは、冷たい土蔵の床に、跪いた。

 それが、限界、だった。


「…驚きました」


 だろ?

 きっと、腫れ上がったオレの頬に、会心の笑みが浮かんだ筈だ。

 ざまあみやがれ、くそったれ。


「てっきり、貴女は私に自害を命ずるものだと…」

「…もう、ぎせいしゃは、ださない…。オレが、こんなくだらないイベントを、おわらせてやるんだ…」


 だって、おれは、衛宮志保だ。

 衛宮切嗣の、娘だ。

 それに、おれは、衛宮士郎だ。

 衛宮切嗣の、息子だ。


「あははははっははははっはははあぁ!くる、くるくるくるくるくるくるくるくるくる、狂ったか、敬愛すべき我がマスター、エミヤシホよ!そ、それは、さきほどのは、さんどめ、三度目の、三度目の令呪なのですよ!」


 狂笑は、いつ終えるともしれないで。

 もう、そいつの顔を見上げるのも、億劫で。

 ただ、膝立ちの姿勢のまま。

 ぼんやりと、そいつの爪先を、見つめていた。


「ええ、いいでしょう!諦めましょうとも、これより先に無辜の民を害するのは!流石の私も、令呪の重ね掛けで命じられれば、従わざるを得ない!」


 しかし―――、と。

 ぐいっと、髪の毛を掴まれて。

 持ち上げられた、そこには。

 無限の喜悦を湛えた。

 そいつの、魚じみた、無感情な顔が、あった。


「貴女は、どうでしょうかな?貴女は私のマスター、掛け値無しの、聖杯戦争の関係者だ。行き場を無くした私の欲望が、まさか貴女を食い破らないとでも?」

「…いや…おまえ、お…れを、す…き、ほうだい…に、する…だろうさ…」

「よく御存じで。では、これも知っていましたかな?私はね、男女を問わず、中性的な子供達、天使のような子供達が大好きなのですよ。そう、ちょうど貴女のような、ね」


 ソイツは、べろり、と、オレの頬を舐めた。

 でも、オレは、何も感じないで。

 ああ、だから、何度もオレが殺される夢を見たのか。
 泣き叫びながら犯されるオレは、意外と扇情的で、絵になっていたなぁ、なんて思い出す。


「男に生まれながらに女としての生を強制された貴女は、限りなく私の理想に近しい。ですから、此度の召還で貴女をマスターとして頂いて以来、一体幾度、想像の中で貴女を穢したか…。その身体に教えてあげましょうか?」

「いいさ…おれをすきにしたいなら、すればいい…」


 にんまりと、わらってやった。

 わらって、やったのだ。


「まけるもんか…。もう、にどと、おまえなんかに、まけるもんか…。ぜったいに、おまえなんかに、まけてやるもんか…」


 男のローブ、その裾を、両手で掴みながら。

 精一杯に睨みつけてやる。

 これから何をされようと。

 これから、どれほどの辱めを受けようと。

 絶対に、心折れないように、砕けないように。

 折れ砕けた指で、精一杯に。


「…おお、やはり、やはり貴女だったのですね…」


 気づけば、男は、泣いていた。

 目を開いたまま、涙を、流していた。

 まるで、お母さんを見つけた、迷子、みたいに。

 微笑って、いたんだ。

 
「…何の縁もなく英霊を召還する等、不可能です。…ならば、貴女と私は、やはり再会する運命にあった。なのに、それなのに!神は、またもや貴女に、呪われた生を宿命づけた!またしても、くだらない民草共のために、その崇高なる命を差しださせようとは!」


 抱きしめられた。

 ぎゅうっと。

 膝を突いて、ソイツの服の袖を握りしめたまま。

 まるで、神に祈るような、姿勢のまま。


「いいのです…。もう、貴女は何も恐れずともよいのですよ…。これからは、私が貴女を守ります…。貴女を救国の英雄に祭り上げておきながら、掌を返して裏切った屑共からも…。命欲しさに貴女の名誉に泥を塗った、愚民からも…。そして、私から貴女を奪った、下賤な神からも…」
「…お、まえ…なにを、いって…?」


 ぽたぽたと、頭の上に、水滴が落ちる。
 それが、火傷しそうなくらいに、熱かった。
 

「ジャンヌ…嗚呼、この遠い地の果てで、時の牢獄の切れ端で、よもや貴女と契ることになろうとは…」


 ジャンヌ?

 ジャンヌって、あの…?


「…おい、ジル…。オレ、は、そんなんじゃあ…ない…」
「いいのです!先ほども言ったでしょう!もう、貴女は何もしなくてもよい、と!私が、全てを為しましょう!私の愛で、貴女に、全てを思い出させてあげましょう!」


 どさりと、押し倒された。

 仰向けに。

 聞こえた。

 びぃぃぃって。

 胸元から、繊維の切り裂かれる、儚い音。

 そして、剥き出しの肌に触れた、冷たい外気。

 そこから侵入してくる、枯れ木じみた、コイツの指。

 乳房を、誰にも触れさせたことのないトコロを、力尽くで揉みしだかれた。


「や、めろぉ…!」
「ああ、ジャンヌ、貴女の胸も、こんなに高鳴っている…!」
「ち…がう、オレは違う…オレ、は、お、おとこ…だ…ひぅっ!!」


 ズボンの隙間から突っ込まれた。
 そして、触れられた。
 女の、中心。
 一番敏感な部分に。


「ならば、これは何だというのです!この、淫らに膨れた淫核は、一体誰の所有物だというのです!」


 痛みなら、耐える自身があった。
 もう、二度と、砕けないと。

 なのに…。


「ひぁあっ!やめっ、やめて、くれぇぇっ!」
「ここですか!?ここが感じるのですね、ジャンヌよ!おお、不浄の穴で快楽を貪るとは、なんと浅ましい!しかし、気に病むことはない!私は、貴女が如何に穢れようと、愛します!永遠の忠誠を誓います!ですから、私の前では全てを曝け出して下さい!」
「あっ、はぁっ、ふっ、はっ、ぅうん!」


 そして、オレは、犯された。


 ―――違う!ジャンヌは、そんな野卑な声で喘がないはずです!


 初めての経験は、友達が言ってたほどには痛くなかった。


 ―――また歯を立てましたね!ジャンヌの口技はもっと巧みに違いなぁい!


 そのまま、三日三晩、犯され抜いて。


 ―――そうです、それでいい。ああ、ジャンヌ、貴女はようやく思い出してくれたのですか…。


 もう、声も枯れて、喘ぎ声も出せなくなった時。


 私は、思い出したんだ。

 自分が、何者か。


 そして、何を為すべきなのか。



 晴れ渡った夜空に、青みが差していく。
 今日が、東の空から始まっていくようだ。
 開け放たれた扉から差し込む冷たい空気は、故郷に吹いたそれに等しい。
 ああ、この国も。
 私の故国と同じように、疲れ、病んでいるのだろう。


「ジル」
「ここに」


 後ろに控えるのは、私がもっとも信頼する、部下であり、同胞であり、盟友。
 何故、彼のことを忘れていたのだろうか。
 こんなに、愛しい、人だったのに。


「行きましょう」

「…しかし、戦いは私の役目故…」

「私は、生前、常に陣頭にあった。それは、生まれ変わった今も変わりません」

「おお…。いと誇り高き聖処女は、この穢れた時代においても健在でしたか…」


 歩みを進める。
 もう、振り返ることは無いだろう。
 戦うのだ。
 神のために。
 神の国を、この歪んだ世に現出させるために。
 
 そのために、聖杯が必要だ。
 聖杯。
 神の血を受けた、聖遺物。
 
 欲しい。
 いや、手に入れなければならない。
 卑賤は異教徒どもの、その指先一つとて触れさせてなるものか。


「…衛宮、さん…?」


 声が、した。
 どこかで聞いた、声。
 でも、きっと、初めて聞く声だ。
 だって、それは、私の神の前に立ちはだかる、憎むべき敵の声だから。


「志保、貴女…その格好、どうしたの…?それに、その顔色…一体、なにが…?」

「下がれ、凛。あれは、既に衛宮志保ではない」

「アーチャー、それってまさか…!」

「ああ。既に汚染されている。おそらく、手遅れだろう」

「そんな…!…ううん、了解したわ、アーチャー、要するに…」

「ああ。あれらは、我らの敵だ」


 異教徒が、何かを言っていた。
 その赤い服の中央に、十字架が。
 全く、異教徒が私の神のシンボルをあしらった服を着るなど、とんだ不敬である。
 生かしておくわけには、いかない。


「ジル」

「はっ」

「殺しなさい」
「承知!」


 溢れ出した、海魔。
 その材料が何かなんて、私は知らない。
 知る必要もない。
 私は、ただ、歩くだけ。
 戦場の真ん中を。
 神を、称えるために。
 全てを壊しましょう。
 殺しましょう。
 私の望みを妨げる、全ての存在を。
 そして、広めるのです。
 真たる、神の教えを。
 この世界に蔓延る、堕落しきった教義ではない。
 本当の、神のご意志を。
 そうすれば、この世界から、争いが消える。
 誰しもが、涙を流さない、不争の国に。

 ―――それは、きっと、親父が願った―――。


「…えっ…?」


 気づけば、頬を、涙が伝っていた。
 
 きっと、朝日が目に染みたのだろう。

 それ以外に、私が涙を流す理由など、ないはずだから。


「志保…」

「…私のことか。何だ、異教徒の女」

「あれっ?私、こう見えても一応、教会の信徒なんですけど?」

「そうか。では、堕落した教義に身を捧げているわけだな。背信者め。私が地獄に堕としてやる」


 剣を、構える。 
 神が、私にくれた、唯一無二の神秘。
 彼が、教えてくれたのだ。
 であれば、私は、絶対に負けない。


「ちっ…!貴様、アイツの魔術回路を全て開いたか…!」
「ははははは、余所見をしている暇があるのかな、弓兵!」


 彼も、戦っている。
 ならば、私も戦おう。
 彼と、私のために。
 そして、神のために。


「…痛くしないわ。だから、出来るだけ簡単に、殺されてね」


 宝石を構えた、目の前の女。
 そうか、こいつは、魔女だったか。
 ならば、火あぶりだ。
 生前の私が、そうされたように。


「安心しろ、魔女。貴様は簡単には殺さん。貴様の苦痛は、ジルの秘蹟の生け贄として、未来永劫に神の供物となる。そう、神の国が降りてくる、その日まで」
「冗談きついわよ、アンタ!」


 魔女は、宝石に込めた魔力を解放し。
 私は、剣を抜き。
 そして。

 

 後書き。
 久しぶりにやっちまいました。ハピリィでほのぼのを書きすぎた反動です。
 どちらかというと、こういう作風のほうが好きな作者ですから、今後もこういう話が出るかも。その時は、必ず注意書きをいれます。
 出来れば、笑って許してやってください。
 ではでは。