Angel dust 3
まるでスローモーションのように見えた。
蕾が開花する瞬間のように一瞬にしてその場が彩られたような・・・。
「・・・・ここ・・・は・・・」
鈴の鳴るような高い声が響いて、少女の瞳が開かれる。
(・・・・・・・)
アリオスとルヴァは息をするのも忘れていた。
ゆっくりと開かれた瞳は絵画よりも鮮やかで光に満ちたぺリドットのような輝きを放つ碧色。
ついで潤った唇は桃色に染まり白くはきだされた息に合わせるように陽に輝いた。
「・・・・メル・・・メルは・・・貴方たちは誰?」
途端に怯えたように胸の前で指を絡ませると、少女は上目遣いでアリオスを見つめた。
そして二、三分だっただろうか・・・いや、本当はもっと短いのかもしれない。
思わずそらせない視線を外そうと試みた時、少女の顔が途端に微笑に変わった。
「・・・良かった・・・怖い人だったらどうしようかと思っちゃった。私はアンジェリークっていいます。貴方は・・・・?」
先ほどまでの怯えた表情から一変して急に親しい人物と会った時のように緊張を和らげるアンジェリークに、アリオスは戸惑いながらルヴァを振り返る。
「父さん、一体これは・・・」
「あ〜・・・アンジェリーク?」
にっこりと穏やかな笑みを浮かべたルヴァに、アンジェリークは同じくにっこりと微笑んだ。
――――似た物同士だ。
アリオスは直感的に苦手な部類だと確信した。
「あ〜、貴方はリュミエール伯をご存知ですかねぇ〜?」
「ええ、私のお兄様ですもの・・・何か?」
ルヴァはまたう〜ん、とうなりながら書物を開き始めた。
アンジェリークは不思議そうに二人の服装を観察している様子で、時折アリオスと視線があうと、華の様な笑みを浮かべた。
「貴方って私の知っているお方にとてもよく似ているの・・・貴方の名前を教えてくれる?」
先ほどから黙りこくったアリオスに、遠慮がちにアンジェリークは言うと、アリオスは一瞬下を向いてため息を吐き出す。
「――――アリオス」
「え?」
「ア・リ・オ・ス!」
「アリオス?・・・いい名前ね、よろしくね、アリオス」
何がよろしくなんだ?
得体の知れないアンジェリークは、その人形のような外見とは正反対に人懐っこい性格のようだ。
人とあまり親しくする事が得意ではないアリオスにとって、そんなアンジェリークは父親同様『苦手』と呼べる部類にはいる。
大体さっきから人をちらちらと盗み見てると思えば、『知っている人に似ている』?
頬を思いっきり赤く染めていたら、大体予想はつく。
「―――婚約者かなんかだろ?」
「え?」
突然の問いに、アンジェリークは驚いたように顔をあげた。
途端に首筋まで赤く染まった。
「え、えと、う、うん・・・そう、よ。レヴィアス様っていうの」
「はっ・・・残念だったな、そいつと結婚出来なくて」
「え・・・?」
はっとしてアリオスが口を閉ざした時にはもう遅かった。
アンジェリークの不安げな瞳が自分に向けられて、居心地の悪さを覚えたアリオスは、居直ったように言った。
「―――死んでんだよ。とっくに・・・本当なら、お前だってな」
視線を合わさないように木製の椅子をきしませながら座るアリオスに、アンジェリークは真っ青になりながらアリオスのそばに駆け寄って机に手を置いた。
「・・・さっきから、すごく嫌な予感がしてたの・・・私ね、お兄ちゃんに褒められたくらい・・勘が当たる事が多くて・・・・」
みるみるまにカタカタと震え出したアンジェリークに、アリオスは内心どういった物かと悩んだ。
直球で行けばこの少女が倒れるのは目に見えている。
だからって、嘘をつけばいいというものではない。
いずれにせよ、ばれてしまうのなら・・・・。
「―――・・・今は西暦2001年。お前が生きていた頃から850年未来って事だ」
ニセンイチネン――――?
アンジェリークは自分の体が震えるのを必死に抑えながら、婚約者に似ているアリオスを青ざめながら見つめた。
目覚めた時から感じていた不安。
「・・・お兄様、は・・・」
「とっくに死んでる・・・リュミエール伯は俺の遠い祖先だ。だからお前の事も分かっちまったんだ」
そういってアリオスはリュミエール伯が死ぬ間際まで飾っていたというあの絵画をアンジェリークに見せた。
ロカイユ風の羽目板装飾の部屋をバックに、太陽の光を浴びて微笑む少女の絵画。
震える手でその絵画をくいいるように見つめていたアンジェリークは、そのまま倒れこむように意識を失った。
「おい!」
慌てて抱きかかえるが、アンジェリークは青ざめたまま目覚めそうに無い。
アリオスは舌打ちしながら未だに本をめくっている父を置いて寝室へと足を運んだ。
母親であるロザリアの寝室は、唯一風の入り込まない一番上等の部屋だ。
カーテンを引きながら部屋内の光を遮断すると、中央に置いてある母親のベッドにアンジェリークをおろした。
「・・・兄様・・・レ・・・様・・・」
うわごとをいいながら、きゅっとつかまれた自分のシャツからアンジェリークの手をそっとはずすと、アリオスは部屋を出た。
アリオス自身、未だに理解出来ていない。
現実に絵画に描かれている少女がいたとしても、今の時代にどうしてそんな事が信じられる?
(ちっ・・・・一体どうしろってんだ・・・)
誰にいうでもなく呟いた言葉に自分自身、苦笑しながらまだ本から目を離さないルヴァにいれ立ての珈琲を手渡す。
「あ〜、ありがとう、アリオス」
「さっきから何をしらべてんだ?」
珈琲を口に含みながら、窓の外をうかがう。
雪はやみ、少しだが陽が照り始めた。
「ああ、それなんですがね〜、アンジェリークのつけていたチョーカー、あれがですね、今は時価数億円の価値があるものだったんですよ〜」
ブハッ!
思わず吹き出したアリオスにハンカチを手渡しながら、マイペースに話し続けるルヴァ。
「それにですね〜、あのドレスなんですが・・・850年前のシルクですからね〜。それに色々な宝石や装飾・・・あれはですね〜・・・」
「じょ、冗談だろ!?あのビラビラくっついているもんが時価数億円!?」
口元をハンカチでおさえながらアリオスが言うと、ルヴァはまたにこにこと頷いた。
(時価数億円・・・それだけあれば・・・)
あの自分を首にしたマネージャーのいる会社でさえ潰せるのではないか。
自分を陥れ、家族をここまで追いやったあいつらに。
それに、それだけ金があればもう一生働く事も無い。
「・・・あいつ、行くとこなんてどうせないんだ。うちでしばらく預かるってのはどうだ?」
「あ〜、その方がいいでしょうね〜。落ち着くまではしばらく家で療養を・・・」
「馬鹿、あいつはもしかしたら財宝のありかってのも知ってるかもしれないんだろ?父さんだって今から850年前のお宝・・・気になるんじゃないのか?」
思わず慌てるルヴァに、アリオスはクッ、と笑いながら寝室に寝ているアンジェリークを見た。
扉を少し開けると、小さな寝息が聞こえてくる。
少し親密にさえなれば、何でも話す・・・。
アリオスはそんな事を考えながら空になったカップにもう一度珈琲を注いだ。
「・・・・・え?」
キョトンとして上目遣いに見上げるアンジェリークに飲み物を渡しながら、彼女の座っているベッドの前に置いてある椅子にアリオスは腰掛けた。
「だからな、あんたさえ良ければうちにいてくれないかって言ったんだ」
あまりにも突然の事に、まだショックから覚めやらないアンジェリークは戸惑っているように見えた。
ここで引きすぎても逆に不安をあおるだろうし、攻め過ぎても引かれてしまう。
アリオスは慎重に言葉を選びながら言った。
「つまり、うちでは俺が働きに出てる間、父さんも研究に出てるし、母さんもどうせ買い物にいっていない。つまり、家の事をしてくれる奴がいないんだ」
「それを―――私が?」
アリオスは出来るだけ優しく微笑むと、頷いた。
「あんたは家にいて家事をこなしてくれるだけでいい。俺も昼には一度帰るから・・・駄目か?」
ここで強制と言う手を使ってはいけない。
あくまでもこちらからのお願いという形を置く。
そうすれば、気を遣う事もないだろう。
安心感も生まれ、恐らくこの少女は簡単にうちとけるだろうから・・・。
「―――――ええ、私でよければ」
にっこりと頷いたアンジェリークに、アリオスは内心を隠して嬉しそうに微笑んだ。
「そのかわりといっては何だが、俺はお前のいっていたメルとかいう奴を探してやるよ」
「ありがとう・・・アリオスさん」
「アリオスでいい。・・・アンジェリーク」
「私も、アンジェでいいわ。契約成立ね?」
ああ、契約成立だ。
だが俺は一言も『帰る方法を見つけてやる』とはいってないんだ。
お前の口走ったメルという人物を探してやる、とはいったがな。
「ところで、メルってのはどんな奴なんだ?」
俺の問いに、アンジェリークはにっこりとこういった。
「妖精さんよ。私のお友達なの」
「・・・・・・・・・・・・・は?」
思い切り俺は間を置いて聞き返した。
今何て言ったんだこいつ?
「だから、赤い髪の男の子で・・・妖精さんなの」
「・・・分かった、妖精さんだな、オッケー。分かった」
本当は全然分かってなかった。
頭がおかしいんだ、こいつは。
「うふふ、よろしくね」
「・・・ああ」
かなり不安だが、俺達とアンジェリークとの生活は、こうして始まる事になったわけだ。
うっとりぃ…。素敵なプロローグでしたね。
次、物語は佳境に入っていくのでしょうね。
らぶりぃなアンジェが、現代の生活をどう生きるかが楽しみで楽しみで
風兎さま、続きお待ちしてますわぁ!!
BACK NEXT
贈り物の部屋に戻る
ホームに戻る