賭けの行方 1








≪注意書き≫ 
ミカルの書くアシャンティは……ジャン様の姉の魂が宿っており、実年齢はロテ様より九つも年上という設定になっております。そのため、かな〜りロテ様が甘えんぼで情けない。
そんな彼らでも良いわ〜♪という、寛大なお心をお持ちの方のみ、この創作をお読みくださいませ。
苦情は一切受け付けておりませんm(__)m


……気を取り直して……



☆☆


「ジャン様申し訳ありません。我が団長は、ただ今聖乙女候補生を交えて極秘の作戦会議を行っております。御用をお伝えできるのは終えてから。お急ぎの要件でしたら私が代わりに承りますが」

野営のテントの前で見張りを勤めていた燐光騎士は、少し青い顔をしながら言う。
ジャンはにっこり微笑んだ。

「僕の見間違いじゃなければ、ここはロテールの使っているテントじゃないみたいだけれど」

優しげな表情だが、目だけは笑っていない。
それに気づいた途端、ピキンッと燐光騎士の表情は強張った。
嵐雷騎士団は偵察と情報収集が主な任務である。彼らは冷静な目で物事を分析し、自己の憶測を交えず、正確な事実のみを携えて、聖乙女に情報を持ち帰る役目を担っている。
しかも、ジャンは弱冠14歳にして、その騎士団の束ね……団長職につく者だ。
嵐雷騎士団長の目を誤魔化せる者は少ない。
燐光騎士は、その少年らしからぬ鋭い目に晒され、たらたらと冷や汗を流した。
木々に茂る葉が赤く色づきだす初秋の夜は、夏の残り香のような生暖かい風が吹く。
歩哨に立つ燐光騎士が、その身をぷるっと震わせたのは、ジャンの眼差しを真っ向から受けた為である。

「君の立場はわかった。僕は会議の邪魔をしないように、静かにテントに入るね。僕の情報は、試験に関係することだ。きっとアシャンティも涙を流して喜んでくれるだろうから♪」

楽しげな口をききつつ、更に見張り達に寒い一瞥を投げる。
暗に何をやっているのか判っているんだからと匂わせつつ、ジャンはテントに向かい、足音も殺して歩いていった。
最早、ロテールに知らせる術はない。
燐光騎士達は、己達の主の未来を想い、そっと心の中で祈りを捧げた。



そしてその頃、作戦会議を行っている筈のテントの中は………。


「フルハウス!!」
「……ツーペア〜〜………」
「よおっしアシャン!! 後五回勝てば俺の逆転だな〜♪♪」
(って、ロテール……まだやるのかあんたわぁぁぁぁ〜〜〜!!)


トランプカードを放り上げ、歓声を上げてガッツポーズを取るロテールとは対称的に、アシャンティは腹ばいになって抱え込んでいた枕に顔を突っ伏した。
もう時刻は余裕で夜半を過ぎている。
眠い。
今彼女はルフットの森に張られた野営テントの中にいた。彼女は燐光騎士団とともに、哨戒任務に来ているのだ。

彼女の戦い方は、実は精霊を大量に召喚し使役するという、誰も真似することのできない掟破りなスタイルだ。なんせ精霊使いが現れたのは、この世では1000年ぶりの出来事である。聖と自然の加護を一身に受けるアシャンは、時によっては天候をも動かせる強大な魔力の保有者でもある。そんな化け物じみた力は、アルバレアの騎士どころか勿論現役の聖乙女でも保有していない。

だがそんな彼女だから、アルバレアの魔術と法術が殆ど使えなかった。魔法形態が全く異なるためだと思うが、聖乙女の候補生をやっている以上、これは致命的なハンデである。
彼女がちょいと精霊を召喚してしまえば一瞬で終わる戦いでも、ロテール以外の騎士の目がある以上、アルバレアの魔術が不得手な彼女は地道に剣で倒さねばならない。
しかもアシャンが随行する哨戒任務は、彼女の聖乙女試験の一環である。
一緒に随行してきた燐光騎士団の面々は、アシャンのためにせっせとモンスターを捜し、彼女に仕留めさせてくれる。

実践を多く積ませることで、彼女をより鍛えようとするのはいいが、いくら十七歳の若い体でも、魔術も使えず剣のみでの連日のモンスター討伐はキツイ。
アシャンはもうくたくただった。
なのに、この馬鹿男は!!

(私の貴重な睡眠時間を………返せぇぇぇぇ!!)

そう、怒鳴りつけたいのをぐっと押し隠し、アシャンは恨みの混じったキツイ目でロテールを見上げた。
ロテールは満面の笑みを浮かべ、楽しそうにカードをシャッフルしている。

「さあ勝負だアシャン♪ 今度も俺が勝つ!!次も次も、その次も勝って、賭けは絶対俺が勝つ〜♪」

まるで子供のように浮かれはしゃぐ団長を見て、燐光騎士第一小隊長のアリシアやその他の従者達はくすくす笑った。アシャンはロテールの陰謀で、哨戒任務は必ず燐光騎士団と組まされる。となると、自然団の主なメンバーとは親しくなるので、アシャンは彼らには、他の候補生よりも遥かに好意的に迎えられていた。

彼らは最初、団長が夜中にウキウキとアシャンのテントに潜り込む姿を見て、彼がとうとう我慢の限界が来て、アシャンの寝込みを襲うのではないかと心配し、ダッシュで駆けつけてきてくれたのだ。

ロテールがアシャンに見せる妄執とも呼べる執着もさりながら、彼がアシャンの兄とも旧知の仲で、彼女が聖乙女候補として王都に召喚される前に、既に婚約を済ませてしまっていたことは有名な話だった。
ただ、アシャンが非常に聖乙女になりたがっており、ロテールの求愛を退け、ついでに隙あらば家同士が取り決めた婚約すら破棄しようと狙っていることも有名な話だった。だが、彼女が優秀な聖乙女候補生であるならともかく、魔術と法術がからっきし駄目となれば、まず聖乙女になれる可能性はない。候補生を降りても全く惜しくないと思われているアシャンである。そして、彼女は気立ても良く優しかったし、何よりも団長がベタ惚れなのだ。だから燐光騎士団の皆は、何かと団長の恋を応援していた。

今もこのテントの周りを『緊急極秘会議』と称して歩兵を立たせ、鉄壁のバリケードを作り、ロテールの微笑ましい『賭けトランプ・ゲーム』の時間を邪魔しないように目を光らせている。
彼女達の、当初の趣旨は何処にいったのだ!?

(もう、アリシアさん達ってば……私の操を心配して来てくれたんじゃないのぉぉぉ!!)

直ぐに彼をここから連れ出してくれればいいのに!!
それが駄目なら、せめて皆に立ち去って欲しかった。そうすれば、アシャンは速攻ロテールをぶちのめして叩き出し、安眠を手に入れることができたのに。

だが、アシャンの願いは空しく、皆は温かい目で団長を見つめ、一向に立ち去る気配を見せない。
ロテール以外には、桁違いの武力を秘密にしているアシャンである。見かけは十七の可愛らしい娘が、こんな夜更けに寝室代わりのテントの中で、二人っきりでカード・ゲームともなれば、ロテールに魔が差し、初心な十七の娘を言葉巧みに騙して食べてしまうのでは……と、皆が心配してくれる気持ちも判る。

判るけれど……今のアシャンには、迷惑だった。

「もうロテール……いい加減に私を寝かせて〜〜〜」
アシャンのぼやきを耳にし、ロテールはきらりん☆と瞳を輝かせた。

「そうか!! アシャンは降参するんだな♪ よし、それならば、賭けは俺の勝ちだ♪ 約束どおり、今度の宮廷晩餐会には、この俺をしっかりとエスコート役に選ぶんだぞ♪♪」

途端、アシャンはむくりと顔を上げ、突っ伏した頭の前に配られたカードを拾い集めた。

「だから言ってるでしょう? 私は絶対に今度の晩餐会には『ジャン様』と行くって。前だって、その前だって、結局ロテールに邪魔されて誘えなかったんだから〜!! ロテールも、私ばっかり誘ってないで、もっとファナやミュイールと親交を深めたらどう?」

「ふ……子猫ちゃん達との親交なら、お前さんに心配されなくとも、バッチリ深まっているぜ。二人とも、俺とお前の恋を応援してくれるってさ♪」

(ふざけてろ!! 馬鹿!!)

恋を応援ではない。アシャンは魔術も法術も扱えない落ち零れ候補生で、試験終了後に聖乙女になれなければ結婚まで決まっている。だから試験も適度に手を抜いて、毎日ロテールとラブラブに過ごしていると思われているのだ。真面目に聖乙女を目指している二人にしてみれば、不真面目なアシャンなど、目障りだからさっさと試験から脱落してしまえと思っているだけである。

「もう……私は、絶対聖乙女になるんだから!!」
「俺は、お前を早く抱きたい♪」
「……………」
「ずうっとお預け食らったんだ。もう俺は餓えて腹ペコ。早く食べさせて♪」

まるでおねだりする子供のように上目遣いで微笑まれ、ついでにあ〜ん♪と口まで開けられる。アシャンの頬が真っ赤になった。

「………もう……知らない………!!」

ロテールは、アシャンの秘密を知る唯一の男だ。自分でもたまに化け物ではないかと思うような女なのに、彼はそれでも自分のことを好きと言ってくれる。
ロテールはかけがえのない人だ。
愛しいと思うし、彼の願いを叶えてあげたいとも思う。
だからこのままアシャンがヴォルト家に嫁ぐ方が、両家のためにも良いかもしれない。

魂がアシャンティの体に乗り移っても、自分と精霊との契約には支障をきたさなかった。ならば聖達との交流に、処女の清らかな体である必要はないのかもしれない。
けれど、ロテールの求愛を受け入れて、自分がこの精霊を使役する力を失う可能性もある。そんな危険が少しでもある限り、彼女はロテールと結ばれる訳にはいかない。

ギアールとの戦が刻々と迫っている。
ジャンの部隊はギアールに幾多の部隊をスパイに送っている。きっと彼らが戦の先端を切ることになるだろう。
ジャンが戦地に赴くのであれば、アシャンも必ず行く。
行って必ず彼を守ってみせる。絶対に。

この大陸に住まう神が、自分をどうして生かしてくれたのか知らない。けれど、過去を殆ど失ったというのに、彼女はジャンのことだけは覚えているのだ。
彼女はきっと、ジャンを守る為に生き返ったのだ。
ロテールはきっと、もしアシャンが望めば彼女が聖乙女になっても、勤めを果たし終えるまで待ってくれるだろう。けれど彼の弟や領民は納得しまい。伯爵家には跡取がかならずいる。

アシャンはもし聖乙女になれなければ、嵐雷騎士団にとっとと入隊して、出世街道を駆け上り、ジャンの側近の一人になるつもりだから。やっぱりロテールの求愛は受け入れられない。

アシャンは配られたカードを引っ手繰ると、眠い目をこしこし擦り、恨みがましい目でロテールを見上げた。

「今までの勝敗はチャラでいいから、この勝負で終わりにしましょう。貴方が勝ったら晩餐会には一緒にいく。負けたらとっととここから出る」
「待て!! それは困るぞアシャン!! 俺のプライドもかかっている!!」

ロテールは剥きになって首を横に振った。
なんせ、アシャンに今日カード・ゲームを教えたのは彼である。ロテールはゲームの説明をしながら『ふ……手加減して欲しいかい? 子猫ちゃん♪ まあ、俺にキスしてくれるのなら、少しぐらいハンデをやってもいいぜ♪』などと言う程余裕を見せていた癖に、いざゲームが始まった途端、ハンデどころか自分が十回連続して負け、直ぐに顔色を変えることになったのだ。

「これからはマジでいかせてもらうぞ!!」

そう宣告し、彼がやりだしたのはあこぎないかさまだった。今使っているカードと同じ札をシャツの袖に隠し、せっせとロイヤル・ストレート・フラッシュや、エースのフォー・カードなど、レアな役をぽんぽん出してきた。
そんな邪道な手段……聖と契約を交わしているアシャンに判らない筈がない。

「ロテール〜……貴方のそのダイヤのエース、どうして私のところにもあるのかしら〜〜〜
私の目には、同じ札が二枚あるような気がするんだけれど……気のせいだったか〜し〜らぁぁぁ〜〜!!」
「うわぁ!!」

彼が隠し持っていた余分なカードを腕づくで引っ手繰り、ついでに拳骨を頭におみまいし、その後アシャンが自分でカードをシャッフルすれば、後は運と数学の確率だ。只でさえ強運なアシャンである。地道にカードを読みを間違えなければ、彼女は負けなかった。

だが……睡魔には勝てない。
一時間二時間とゲームが進んでいくにつれ、アシャンの瞼はどんどん落ち、ロテールが勝てるようになってきた。

ロテールは夜遊びに慣れている。彼にとっては夜中以降が本領発揮の時間だ。
アシャンはもう一度大きく溜息をついた。

「ねぇ、王都に戻った最初の休みに一日デートするから。それで今回は譲ってくれない?」
「嫌だ。駄目だ。却下だ」

ロテールは、カードを捲りながら子供のように口を尖らせる。

「『アシャンは俺のだ!!』と公言してはばからないのに、当のお前がジャンと晩餐会に現れたら俺の名誉に関わるだろ。お前と俺の婚約を決めた、ヴォルト家の名前も地に落ちる。領地で俺の留守を守ってくれる弟や領民のためにも、そんなみっともない真似はできない!!」

どうして彼は晩餐会のエスコート役ぐらいで、そんな『おおごと』にしたがるのか? アシャンは大きく溜息をついた。
ロテールは、カードを一枚捨て、新たなカードを貰う。
アシャンも二枚交換し、札を開いて場に置いた。

「クイーンのスリー・カード」
「………ツーペア……くそ!! もう一回だ!!」

ロテールは、悔しそうに喚くと、彼は剥きになってまたカードを拾い集めだした。
アシャンは思わずクスリと笑ってしまった。
彼女はこういう子供っぽい姿に弱い。ついつい彼の頭を膝に乗っけて、撫で撫でしたくなるではないか。
アシャンはむくりと身を起こし、ロテールの顎に指を絡めた。

「ねぇロテール。いい子だから、私を休ませて頂戴」

ちゅっと、頬にあやすようなキスをする。ロテールは滅多に貰えないアシャンからのキスに目を丸くしたが、やがて楽しそうに、彼女の腰に両手を回してきた。

「じゃあ、俺が添い寝をしてあげよう♪ アシャンが怖い夢を見ないように、ずっと見張っていてやるからな♪」
「遠慮しとくわ」

にっこり笑って手を祓おうとすると、ロテールは両手に力を込め、ぎゅっとアシャンの体を抱きしめてきた。

「そう言うな。ちょっと耳を貸せ」
「こら。止めなさいロテール」

アシャンはめっと近づいてくるロテールの顔を軽く押した。
だが、ロテールはアシャンの手の平を潜り抜け、彼女の頬に顔を寄せた。

≪晩餐会はジャンと行け≫
「………!!………」

熱い吐息が耳朶にかかる。彼は周囲の者に聞こえないように、そっと囁いてきた。

≪聖乙女候補をエスコートする晩餐会は、お前が公然と、唯一ジャンの隣に立てる一時だもんな。俺はお前とは一生共に歩くと決めている。俺は伯爵だから……着飾ったお前を連れて晩餐会に行く機会など、未来になれば沢山ある。そうだろ?≫

少し残念そうに、ロテールは優しく笑った。
艶めいた紫水晶の瞳が、真正面からアシャンを覗き込む。
その全てを見透かすような目に気取られないように、アシャンは腹に力を入れ、ポーカー・フェイスをを作った。

ロテールが望む、≪伯爵夫人になって、社交界を闊歩する日≫など……そんな未来の約束などできない。
この体は自分のものではない。自分をこの体に移した神にしかアシャンの未来はわからない。本来の持ち主……アシャンティ・リィスは死んでいるのだ。
決めるのはアシャンじゃなくて神だ。そして神が望んだ自分への役割は、この大陸を巻き込んだ戦を終わらせること。
伯爵夫人になるのは戦が終焉した後だ。その時、神は役割を終えたアシャンをどうするのだろう? このまま生きていけるのか? それとも………? 

「………ロテール…………」
≪……………いつも言っているだろ。俺がお前のジャンの身代わりだ。お前が彼に姉だと名のれる日が来るまで、俺は弟で我慢してやるよ…………それに……≫

彼のぞくぞくとする低い声音には、軽口に隠れた諦めの悲哀が混じっている。

「……ロテール………」
「言ったろ? キスをくれたら手加減してやるって。約束どおりさ」

ロテールは、そっとアシャンを手放して笑った。
『十七歳の小娘で、二十五の弟を持てるか』と。
そういつも二人っきりのときの、憎まれ口を叩くこともできなかった。
ロテールの気持ちが嬉しくて切ない。彼の気持ちに答えられない自分が悲しい。

「……ごめんね、ロテール……」

アシャンは溜まらなくなって、ロテールの頭を己の胸に抱き、ぎゅっと抱きしめた。
柔らかいサラサラの金の髪。彼の体から立ちこめる花の香り。彼は戦地にあっても、いつもコロンの匂いを忘れない。洒落好きで意地っ張りで子供っぽくてカッコつけで。
万華鏡のようにくるくる変わる表情に引き込まれる。魅せられる。愛しくなる。

本当にこの人と未来を共に過ごせたらどんなに良いだろう?
夫と呼べたら、どんなに楽しいだろう?
自分は、幼くして別れたジャンを愛している。ジャンと自分は二十も年が離れていて、自分が赤子だった彼を育ててきたのだ。生前、生涯結婚しないと神殿で誓った自分にとって、ジャンは自分の息子も同然だ。
けれどロテールは……一生懸命に、アシャンの心の隙間を見つけ、自分を刻もうと忍び込んでくる。

最初はなんて迷惑な遊び人か……口説くゲームがしたいのなら、他の女にしてくれ……と誤解していたけれど、今ではロテールが愛しい。けれどジャンの次に愛しい。
この男の腕に飛び込めたら、どんなに幸せになれる?
この優しくて子供っぽい人を愛せたなら、どんなに彼を幸せにしてあげられるだろう?
だが、どんなに愛を渇望しても、それが借り物の生命を生きる自分には過ぎた望みであると判っていたから。

アシャンはこの手を取れない。
ロテールを愛してはいけない。
この男の手は取れない。取ってはいけない。

いっそ、心を殺すことができたのなら?
人を想う気持ちは止められない。
それに、アシャンは嘘偽りを口にできない。神との契約により、言霊の呪縛に縛られている。愛しているロテールに向かって、お前なんか嫌いだとは言えない。

「愛している……ロテール……でも……」
でも、一番大切なのはジャン……。
そう合えて口に出さなくても、ロテールは判ってくれている。

「俺も愛しているよ」
お前がジャンのことが一番大事でも……。
そう彼も合えて口に出しはしないが、アシャンも彼の後に続く言葉を判っていた。

本当にこんなに優しい男はいない。
「愛している……愛している……ロテール……」

甘えたで我侭で、人を散々好き放題振り回す癖に、実は人一倍アシャンに気遣ってくれる優しい人。でも、アシャンにとって、一番大切なのはジャンなのだ。育ててあげられなかった子供。たった四つで手放さなくてはならなかった弟。たった八つで聖騎士になり、それからずっと死線に身を置いて来た彼………アシャンが死ななかったら、彼はそんな寂しい少年時代を過ごさなくてもよかった筈。

≪ごめんなさい。ごめんなさい、ロテール……≫

そう彼女が小声で囁いたのを聞いたのだろう。腕に一瞬甘い痛みが走った。
「……!!……」
腕の中にいたロテールが、彼女の腕を軽く噛んだのだ。

「そんな寂しい言葉は俺にはいらない。そんな憎らしい唇は閉じさせてしまうとするか」
「……あ………」

ロテールが、優しく腕を彼女の後頭に伸ばしてきた。
ぐっと力を込めて屈まされる。
下にいるロテールが、じっと紫の瞳をきらめかせて、アシャンの唇に己のを重ねようと上向く。
互いの吐息が、互いの口元を掠めたその時……。

「君達は一体何やってるんだ!!」

その抱擁は、意外な訪問者の訪れで幕を下ろした。
青ざめたアシャンは、すぐにロテールを突き飛ばしてテントの入り口を見る。
するとそこには、怒りで顔を赤くした嵐雷騎士団長ジャン・アンリ・ダッソーが、鎧に身を固めた姿のまま仁王立ちしていた。

「ずいぶんな緊急会議だねロテール? 己の部下にテントを守らせて、恋人との夜を楽しんでいたって訳?」
「あ……そんな……ジャン……さま……」
「今アシャンには、何も聞いていない」

ぴしゃりと冷たく言われ、アシャンは蒼白になって口を閉ざした。
ジャンは、実はアシャンとロテールをあまり好いていない。
過去、彼がアシャンに散々貼り付かれていた頃、嫉妬に狂ったロテールに、毎回喧嘩を吹っかけられ、嫌がらせや揶揄を浴びせられ、すっかり二人に関しては性格がねじれてしまったのだ。

「哨戒任務の真っ最中に、凄い心臓だねロテール? ましてやアシャン、君は試験の真っ最中じゃなかったのか?」
「ジャン。アシャンに皮肉を言うな。彼女のテントに忍び込んだのは俺だ。だが、聖乙女の試験に差し障るようなことは何もしていない」
「どうだか。一向に魔術も法術も上達しない候補生なんだ。昔のエミリアみたいな不祥事が起こっているんじゃないかって、皆噂している」
「なに!!」

暗に『お前達はもう寝ているんじゃないか』と言われ、アシャンとは違う意味で、顔色が変わったロテールが、きつく目を吊り上げ腰の剣に手をかけた。

≪止めてロテール!! 怒るわよ≫

アシャンはロテールの剣の柄に手を置いた。
ジャンに刃を向けたら許さない。そういう意味も込めての囁きだ。
ジャンの目があるから、ロテールを力づくで抑えられない。それがあまりにもどかしくて。
アシャンはふるふる首を振り、表情を取り繕ってジャンの方に向いた。

「ジャン様、今日はどんな用事でここにいらっしゃったのですか?」

彼女がジャンの顔を見上げると、燭台の灯りが今まで陰にしていたジャンの顔を克明に映し出した。
彼の頬にはざっくりと獣の爪傷があった。頬に走る一筋の傷から、ぬめぬめとした血が見える。鎧もマントも泥と血で汚れている。
明らかにモンスターと一戦交えた後だ。
アシャンの血の気が瞬時に引いた。

「ジャン様!! お怪我の手当てを!!」

慌てて駆け寄った彼女だが、無慈悲なジャンはアシャンの白い手を振り払った。

「ここから3`先の森奥に、僕の部隊が魔獣化した狼の群れを包囲したよ。四日前、キースの村を襲って人を食い殺したやつらだ。さっさとロテールと一緒に片付けてきてくれない? 僕の部隊は君の試験に協力してるから、防戦しかできなくて、みんな多かれ少なかれの怪我を負っている。もっとも、君がさっさと候補生を辞退してくれるのなら、僕らも君のために、こんな苦労はしなくて済んだんだけれどね」
「……ジャン様、早く怪我の手当てを……」
「人の話を聞いてた? 君達がさっさと狼を退治するまで、僕は治療する気はないよ。僕の部下が必死で包囲しているのに、僕だけのうのうとテントで傷の手当てが受けられるか」

ジャンはきつくアシャンを睨み、またさっさとテントから出て行ってしまった。
アシャンの目にこんもりと涙が溜まる。
ジャンが血を流している。たった十四歳の少年が、騎士団長の重職を背負い、戦場にいる。
その手当てもしないうちに、彼はまた戦地に戻るというのだ。
今までそばにいたのに、彼を両手で抱きしめることもできない。
姉だと名のれないもどかしさと悲しさ、そしてやり場のない憤りに、ふるふると体が震えていく。

姉だと名のれたら……。
貴方の姉だと、ただ一言告げられたら……。

「……ふ……う……ひいっく…………」

アシャンはこみ上げてくる大粒の涙を拭うと、直ぐに寝床に置いておいた長剣を二本引っ掴んだ。泣いている場合じゃない。ジャンはモンスターの群れに帰っていった。狼ごときにやられるとは想わないが、早く怪我の手当てをしないと、彼の愛らしい顔に傷が残ってしまうかもしれない。

「待てアシャン!! 鎧を着ていけ!!」
ロテールがアシャンの腕を引っ掴む。

「時間がないの!! ジャンが……ジャンが……!!」
「駄目だ!! 言うことを聞け!!」
「どいてよ!! ジャンが……ジャンが!!」
「アシャン!! うわっ!!」

アシャンはロテールの顔面に拳を食らわすと、皮の長靴に両足を突っ込み、直ぐにテントから飛び出した。




「ロテール様!!」
「いててててて………あのじゃじゃ馬め………」

アリシアに助け起こされ、ロテールはアシャンに張り飛ばされた左頬を抑えて起き上がった。そんな彼の耳に、馬のいななき声と、大地を蹴って疾走する、蹄の音が聞こえてきた。
その音に、ロテールはぞっとした。
そう、アシャンは結局鎧も身に着けず、単騎でモンスター討伐に行ってしまったのだ。

「俺の馬を早く!!」
「ロテール様!! 鎧をお召しください!!」
「いらん!! 早くしないと、俺のアシャンが!!」

結局、似た者の二人だということを披露しながら、ロテールは剣だけ引っ掴み、テントの外へ駆け出した。
しかし、密に織られた布地の向こうは、横殴りの風が吹き始めている。
それに、どんよりと水気を含んだ大気の気配。
さっきまで風一つなく、星が瞬いていた筈なのにである。
ロテールは、顔を覆った。
間違いなく、アシャンの仕業だった。

「……アリシア。もうすぐ嵐が来る。急いで野営のテントを増設して、軍馬を避難させておけ……」
「………はい………」

アリシアはロテールの命令に従った。
ロテールは愛馬に跨ると、即座にアシャンの後を追い、森の小道を駈けた。
直ぐにロテールの予想どおり、横殴りのそよ風は暴風へと変わり、冷たい大粒の雨を運んでくる。
彼は、飛び散る砂利と土と木の葉に視界を阻まれ、ずぶ濡れになりながら嵐雷騎士達一個小隊が包囲している地区に辿り着いた。

そこで彼が見たものは………。

「ふ……く……うわぁぁんあんあん………えっく……ひいっく………!! えっ…えっ……ふくぅ……!!」

赤毛に金髪が混じり、ピンクに見える髪を振り乱しながら、彼女は獣を追う。狩る。切る。
嵐の中、可愛く啜り泣きながらも、アシャンは二本の剣を駆使して魔獣と化した狼を、次々仕留めていく。
彼女にはロテールの援護は必要なかった。
鎧の代わりに風の精霊の加護を身に纏い、人間離れした動きで森を駈ける。
太刀を一閃する度に魔物の屍を作り出す。その無駄の無い動きは正に舞を見ているよう。
しかも、精霊の加護は常人には見ることができない。一見、アシャンは魔術一つ使わずに、既に剣のみで三十匹以上の魔獣を屠っているのだ。アシャンをできの悪い候補生と侮っていたジャンや嵐雷騎士達は、己の目が信じられずに、蒼白になって立ち竦んでいる。
無理も無い。彼らはアシャンの『本気になった戦い』を見るのは初めてなのだから。
ロテールは溜息をつきながら、顔を覆った。

(……これは……面倒なことになるな……)

アシャンは、敵の魔獣が一匹もいなくなったことを気配で悟ると、えくえく泣きながらジャンの元に走っていった。
血まみれの剣を放り出し、雨で濡れた手を同じく自分のずぶ濡れの服で拭うと、彼の頬を引っ掴んだ。

「約束です!! 直ぐに怪我の手当てをして!!」

アシャンは、不得意の法術……ミスティ・レインを唱えて、ジャンの頬の傷を癒し始めた。
ジャンは、立ち竦んだままアシャンの治療を受けている。
当たり前だ。こんな候補生が何処にいる!?

ロテールとて、単騎でやれと言われても、こんな短時間には魔獣は殲滅はできない。そして、彼女が駆使した風の精霊は、普通高位の聖職者でない限り、常人の目には見えないのだ。そして、徐々に傷が癒えていくのを見て、またアシャンの顔がくしゃりと歪んだ。

「……良かった……本当に良かった……ジャン様の顔……良かった……」

ジャンの顔を両手で覆い、えくえくとアシャンはすすり泣いた。
彼女は心の底から安堵して、幸せそうにジャンの頬を両手で挟んでいる。

「……アシャン……もういいから、泣かないで……」

ジャンは少し頬を赤らめながら、おずおずと彼女の頭を撫でた。そんなふうに彼に優しくされれば、アシャンの涙腺は更に緩む。
涙が止まらなくなり、えくえくと泣きじゃくる彼女は、酷く頼りなげで………本当に十七の可愛い娘に見える。

ロテールはぎりりと歯噛みした。
彼が弟と判っていても……、あんなふうに自分のアシャンを可愛くするなんて……憎い!!
彼女の心も知らず、いつも泣かせてばかりいる癖に、気がむいた時だけ優しくするなんて……憎すぎる!!

アシャンの心が収まり、森を襲っていた暴風雨が過ぎ去ったのとは裏腹に、ロテールの心は、ちりちりと嫉妬の炎が吹き荒れていた。



そして…………、晩餐会当日。


アシャンは朝からずっと興奮していた。
哨戒任務の後、ジャンに決死の想いでエスコートを申し込んだ時、正直アシャンは断られると思っていたのだ。
だが、彼は昔…アシャンが王都に来た頃と同じように、優しい笑みでまでつけてあっさりとOKしてくれたのだ。

『聖乙女を目指すなら、ロテール以外の騎士団長のことを、もっと勉強しておいた方がいいからね。僕は今回、アシャンを見直したよ。不得手の法術も、前のように個人指導してあげる。だから、最後まで頑張って』

そんな奇蹟のように嬉しい言葉までつけて♪
(あ〜…もう!! 胸がドキドキする♪♪)

何と言っても、初めて着飾ったジャンのエスコートで王宮に行けるのだ。アシャンはもう、天まで昇るような夢心地だった。
今夜は、彼女の腕の中にすっぽりと収まる子供だった彼が大人になって、アシャンの傍らで彼女の手を引いてくれる。
嬉しくって幸せで、もうじっとしている時間も惜しくて、彼女はうきうきと目一杯おしゃれをした。

この日のために新調した薄いピンクのドレスを着、髪も女官さんを拝み倒して丁寧にアップして貰い、義姉が持たせてくれた、とっておきの真珠の三連ネックレスを首に飾り、慣れない化粧もバッチリとした。

鏡に映ったアシャンティは、彼女自身も見違えるぐらいに、大人びて艶やかだった。
全ての準備が整い、いよいよ迎えの馬車がきたと女官が知らせに来てくれた時、アシャンは胸も足取りも弾ませ、満面に笑みを浮かべて聖女宮の正面玄関まで駆け出した程だ。

なのに………そこにいたのは……!!

「よう子猫ちゃん。今日は一段と綺麗だな♪♪」

金髪をきれいに梳かしつけ、涼しげな白と紫の騎士団長の礼服に身を包んだ麗しい伯爵だった。

「………………」
アシャンは無言でくるりと踵を返したが、ロテールが悠々と肩を掴んだ。

「こら、アシャン。何処に行く?」
「ん? 女官さんが間違えたみたいだから、部屋に帰るの。貴方は今日、どっちを呼びに来たの? ファナ? ミュイール? 呼んで来てあげようか?」
「生憎、俺が用があるのはアシャンティだけだが?」
「あらごめんなさい。私の今日のエスコート役はジャン様の筈だけれど? ポーカーは私が勝ったんだし、邪魔しない約束よね?」
「悪いが、俺も賭けに勝ったんだ♪」
「はぁ?」
「ほら。見てご覧♪」

ロテールは嬉しそうに取り出した紙を広げ、ぴらぴらとアシャンに突きつけた。
その紙に綴られた見慣れた文字は、まぎれもなくジャンの書いたもの!!
アシャンは慌ててロテールの手から、紙を引っ手繰った。

「何これ? 私……ジャン・アンリ・ダッソーは、ポーカーの負け代金100ギザイン(1ギザイン=1万円)を支払う代わりに、アシャンティ・リィスのエスコート役をロテール・アルヌーフ・リング・テムコ・ヴォルトに譲るものとする……って、ロテール!! あんたはまさか!!」

ロテールは、悪戯が見つかった子供のように、得意げににっこりと笑った。

「初心者は賭け事に熱くなりやすいし、ジャンは直ぐ顔に出るからな。俺は別に金には困ってないし、あいつのささやかな薄給を五か月分も差し押さえるなんて気の毒だし。けれど、あいつの持っているもので、俺の欲しいものもない。となると、俺にとって有益なのは、この権利の譲渡ぐらいしかなくてな」

アシャンは怒りでふるふると身を震わせた。
まだ十四歳のジャンが、賭けポーカーなど自分からやりたいなどと言う筈がない。
絶対ロテールが仕組んだに決まっている。

「さあ、アシャン♪」
「馬鹿!! 一人で行け!!」

嬉しそうに手を差し伸べるロテールの頬を、アシャンは思いっきり平手で引っ叩こうとした。だが、怒りに震えるアシャンの行動など、ロテールは楽に予想できたのだろう。
楽しげにかわして、うきうきとアシャンの手を引っ掴む。

「別に俺はいいんだぜ。アシャンが俺と晩餐会に行かなければ、俺はジャンの給料を五ヶ月間差し押さえるだけだしな♪♪ あ、今日は無言や無視や睨むのは止めておくれよ。お前が完璧なレディを演じなければ、俺の教育方が疑われる。それに将来の聖乙女を目指すのであれば、国王やお歴々の目の前で、みっともない行動は慎んだほうが、アシャン自身の為にもなる♪♪」
「………!!………」

最早、アシャンに何ができただろう。
怒りのあまり蒼白になりながらも、アシャンはロテールの差し出す手の平に、己の小さな手を乗せた。

「嬉しいな〜♪ 着飾ったアシャンと夜会だ。将来の予行練習だ〜♪♪」
ロテールは浮かれまくってアシャンを馬車に押し込み、晩餐会へ向かった。



そして……その夜、ロテールは完璧に淑女と化したアシャンティの傍らに寄り添い、幸せな一時を過ごした。
ロテールの目論見通り、国王を始め、聖乙女や大貴族、そんなお歴々の目の前で、二人が仲睦まじく会話を弾ませる姿をバッチリ印象付けることに成功した。
アシャンはロテールのものだと周囲に知らしめることができたのだ。彼女はますます聖乙女の選考から外れた筈。このままで行けば、ファナかミュイールのどちらかが新たな聖乙女に決まり、彼女達の即位と同時に、自分とアシャンの挙式も行えるかもしれない。
ロテールは幸せだった。

例えこの夜会後、しばらくアシャンに冷たくされることが判っていても………。


そして後日……。王宮の庭で。

「なぁ、アシャン。今度の日曜日、一緒に収穫祭を見に行かないか?」
バキッと、いきなり顔面を拳で殴られる。
「木の葉が舞ってきたな〜。日に日に寒くなる。アシャン、上着を貸してやろうか?」
と、話しかけても無視である。しつこく話し掛ければ、ドゲシッと向こう脛を蹴られてしまう。

ロテールは、あの幸福な晩餐会の翌日から、アシャンに徹底的に無視されていた。
甘い微笑みどころか、毒虫を見るように冷たい眼差しで睨まれる。
「アシャン〜!! 今度ドレスを見立ててやるから!! 頼むから口を利いてくれ!!」
握り締められた拳が、まともにロテールの鳩尾に炸裂する。

「アシャン〜!!」

晩餐会後、約一ヶ月間。ロテールはアシャンに一切口を利いて貰えなかった。
ロテールが冷たい彼女の後を追いまわし、必死で機嫌を取ろうとする姿は、もはや珍しいことでもなんでもなく、日常の風景と化していた。
 
勿論アシャンもジャンも、ロテールに何度誘われても、彼と賭けポーカーをすることはなかった。

Fin





02.06.06


(―‘`―;) ウーン……これはきっと、本編書かないと判らないよな〜……。
これは蜜柑さまの麗しいアシャンがロテ様の頭を抱きしめているトップ絵に萌えてできた創作です。
ロテ様……本当に情けない。
ゲームではもっとカッコいいのですが、うちのアシャンが強すぎるので、どうしてもお尻に敷かれてしまうらしい〜(涙)

蜜柑様……こんなロテ様ですが……許してくれます?


06.05.17

昔のCDを整理していて、ぴょっこりとでてきたもの。パソコンクラッシュした時、二度と帰ってこないと思っていたから、凄く懐かしくて嬉しかった。



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