New moonに誘われて
6月4日。あの日も、こんなふうに月が美しい夜だった。
アンジェリークにとって、甘く苦い記憶が甦る。
まだ女王候補だった頃、一度だけ二人きりで彼の誕生日を祝った。執務が終わるのを待って、初めて
二人だけの夜を過ごした。月明かりの下で、彼の為に焼いた甘くないケーキを食べながら、ずっとたわ
いもない話をした。気難しい彼へのプレゼントには、随分頭を悩ませた。悩んだ末に、シルバーの腕時
計を贈った。
「へえ〜。なかなかいいじゃん!おめえ、結構いい趣味してんな」
照れくさそうに、喜ぶゼフェルの顔が忘れられない。
遠からず、答えをださなければならない。自分は女王候補で彼は守護聖なのだ。
だが、その重さを受け止めるには、二人は若過ぎた。
先を思い悩むよりも、目の前の幸せに夢中だった、無邪気な日々。
「なあ、来年も一緒にいてくれるよな。約束だかんな!」
ぶっきらぼうな命令口調なのに、こちらの機嫌を窺うように不安気なルビーレッドの瞳。
彼らしいストレートな言葉に、アンジェは頬を染めながら、こくんと頷いた。
(ごめんね、約束守れなくって・・・・)
アンジェの瞳から、とめどなく零れる滴が、胸のレースにしみを作っていく。
女王の悲しみをよそに、今日も聖地には、いつもと変わらない静寂が広がっている。
バルコニーから見上げる青い月の輝きは、ひときわ美しい。
(三日月には、不思議な力がある。そう言ってたのは、ルヴァだったかしら・・・・・)
もしも、願いがかなうなら・・・・・
今日だけでいい。ただのアンジェリークに戻って、ゼフェルの隣にいたい。
ずっと後悔していた。
森の湖で告白された時、アンジェは咄嗟にそれを断ってしまった。
どうしても、捨てられなかった。エリューシオンの民が。
なにより、サクリアがそれを許さなかった。我が身の中の強いサクリアは、心さえも女王になるよう導こうとし
ていた。
すべてが過ぎた事だ・・・・・・・そう自分に言い聞かせて、どれだけの時が流れただろう。
だが、事あるごとに、アンジェの中でゼフェルの存在はどんどん大きくなっていった。
宇宙の移動。二度目の女王試験。そして、レヴィアスからの侵略・・・・・
「ぜってぇ、何があっても、俺がおめえの事守ってやる!だから、待ってろ」
二度目の試験、そして彼と一緒に旅する新宇宙の女王。コレットに嫉妬しなかったかと言えば嘘になる。胸
が張り裂けそうだった。だが、ゼフェルの気持ちは変わらないと信じたかった。
アンジェの気持ちも変わらなかったのだから。
女王になって、何度もゼフェルへの恋を忘れようとした。だが、押さえようとすればする程、ゼフェルを求め
る気持ちは強くなった。
「辛い事があったら、俺の胸で泣けばいい」
その言葉に、どれだけ支えられたか分からない。だが、その言葉に素直に甘えるには、アンジェの地位は
重過ぎた。地位は、人に壁を作る。ジュリアスに敬語で話される度に、アンジェは自分の地位を思い知らされ
た。候補時代にかなり仲の良かった、オスカーやルヴァでさえ今は、一歩距離を置いている。
(変わらなかったのは、ゼフェルだけだった。相変わらず口が悪くて。ゼフェルだけが・・・・・・・)
渡せなかったプレゼント。
最近、ますます工学の分野に興味があると聞いて、取り寄せた分厚い専門書。
自分の元にあっても、本も居場所がないだろう。
(これだけは・・・・・)
アンジェは、部屋着に白いカーディガンを羽織ると、サクリアでゼフェルの館へと向かった。女王になって私用
でサクリアを使うのは初めてである。どうしても、今夜は彼に会いたかった。
一方鋼の館では、三人の守護聖が酒宴の真っ最中だった。
もともとゼフェルは、寂しがりやな方である。普段でもそうなのだ。誕生日に館に一人でいたら、アンジェの事ば
かり考えてしまう。いっそ、下界へ繰り出そうかとも思ったが、心の片隅でアンジェが来るかもしれないと言う期
待を捨てられなかった。
自分でも、未練がましいとは思う。すでに答えは出た筈なのに。
アンジェの瞳の中に、その表情に、仕草に。自分への愛情を感じるのは、思い上がりだろうか?どれほど悔や
んでも、すでにアンジェは女王なのだ。あの頃の自分に、攫って逃げる覚悟などなかった。
「ゼフェル・・・・今日は、大人しいね。また陛下の事考えてたんでしょ?」
マルセルの澄んだ紫の瞳。まるで、すべてを見透かされているような気がする。
「うるせえな。なんで俺が陛下の事なんか・・・・最近会ったか?どうせあいつ、相変わらず能天気なんだろ?」
ゼフェルは、グラスのワインをあおった。
「俺、夕方会ったよ。なんか寂しそうだったぜ。なんかぼんやりしてて、ロザリアに怒られてた」
「けっ!とろくせえな、全く。あんなんでよく女王なんか勤まってるぜ」
「ゼフェル・・・・・いい加減、素直になりなよ。陛下だって、本心からゼフェルを振ったんじゃないのは分かってる
んでしょ?僕・・・・・女王と守護聖が・・・・恋したっていいと思う・・・・・」
「ああ・・・・・俺もそう思う。もし、ジュリアス様達が反対したら、俺ストライキでもなんでもやって認めて貰えるよう
協力するからさ」
思いがけないランディの激励。てっきり、彼は首座の守護聖の意見に従うとばかり思っていたのに。ゼフェルの
目頭が熱くなる。
「ランディ野郎・・・・・お前・・・・・」
「あっ、ゼフェル泣いてる!ほんと、涙もろいよね。あ〜あ、陛下がもし僕を好きになってくれるなら、どんなに反
対されたって負けないけどね。ゼフェルって、案外大した事ないね」
「なんだと〜?もういっぺん言ってみやがれ!」
「どんなに反対されたって、僕なら陛下を諦めたりしないよ!」
「よせよ、マルセル。ゼフェル、落ち着け。マルセルは酔ってるんだ」
マルセルとて、ずっとアンジェが好きなのだ。それだけに、ゼフェルの煮えきれない態度が癇に障るのだろう。
ランディは、ためいきをつきながらワインの空瓶を数えた。
(1・2・3・4・・・・・いくらなんでも、飲みすぎだよ。そろそろ帰った方が良さそうだな・・・・)
「マルセル、もう帰ろう。明日も執務があるんだ。ゼフェルも、もう寝ろよ。ほら、もう11時だ」
ランディは、机の上に転がっていた腕時計を手に取った。
「おい!それに触るんじゃねえ!」
急に激しく叫んだゼフェルに、ランディは目を丸くした。
「いったいどうしたんだ?この時計、そんなに大事なもんなの?」
「いらねえよ、こんなもん!お前らも、陛下陛下ってうるせんだよ!あんな女、もう興味ねえよ!」
ゼフェルは、壁に腕時計を投げつけた。
コンクリートの壁に打ち付けられた腕時計は、文字盤のガラスがこなごなに割れていた。
「ゼフェル・・・・なんて事するの?それ、陛下に貰ったんでしょ」
マルセルの非難がましい口調に、ゼフェルは吐き捨てるように答えた。
「もういらねえんだよ、こんなもん!」
その時、小さく扉を叩く音がした。
「んぁ?こんな夜中に誰だよ?ルヴァか?」
「そうかも。どうしよう、ゼフェル・・・・酔ってるのがばれたら、三人とも謹慎かも!」
「ちぇっ、やべえな・・・・よお、ランディ。おめえが一番酔ってねえだろ。なんとか追い返せ!」
「ずるいなあ、ゼフェル。まったく・・・」
ランディは、ぶつぶつ言いながらも扉を開けた。
「へ・・・・陛下・・・・・どうしちゃったんですか?こんな夜中に?その格好・・・・・」
ふりふりのレースの付いた薄手の部屋着とカーディガンは、体の線まではっきりと見えた。ランディは、目の
やり場に困った。
「とりあえず、その格好を見られるとまずいですから、入ってください」
(まずいよ・・・・・・・)
マルセルは、あわてて時計と破片をかき集める。
てっきりもう夜中だし、ゼフェル一人だと思っていたアンジェは激しく動揺していた。
(ど、どうしよう・・・・マルセルやランディまでいるなんて・・・・)
ランディに手を引かれ、アンジェはおずおずと部屋へ入った。
そこで目にしたのは、こなごなに砕けた腕時計の欠片。
「これ・・・・・・・・・・」
みるみるアンジェの顔が青ざめていく。アンジェの右腕から本が滑り落ちる。
翡翠の瞳は、まっすぐにルビーレッドの瞳に向けられ、それを射抜いた。ゼフェルは気まずさに思わず視
線を逸らした。
「急に来ちゃって、ごめんなさいね・・・・」
アンジェは、絞り出すようにそう告げると、駆け足で部屋を後にした。
「おい!待って!話を聞け」
振り返らずに遠ざかる金の髪を、三人は呆然と見送る。
「ちくしょう!待てって言ってんだろ!聞こえねえのか、アンジェ!」
マルセルとランディは、互いの顔を見合わせた。
(あ〜あ・・・・言っちゃったね・・・・アンジェって・・・・・)
(あいつ、素直じゃないな・・・・・・こんな夜中に訪ねてくるなんて、やっぱり陛下もゼフェルの事を・・・・)
ゼフェルは、アルコールのせいでふらふらな体で、やっと立ち上がった。
「ゼフェル頑張って!僕らは、絶対二人の味方だからね!」
「ああっ!あいつ、今度こそ逃がさねえからな!」
ゼフェルは酔いを覚まそうと、一気にミネラルウォターを飲み干すと、アンジェを追いかけた。
すぐにアンジェの姿が見えた。
(馬鹿野郎!あいつ素足じゃねえか!どうやってここまで来たんだ?)
「陛下!じゃなくてアンジェリーク!待ってくれ!お前何しにきたんだ?」
月明かりの下、アンジェは必死で走ったが、素足のせいか上手く走れない。ゼフェルは、あっという間にア
ンジェに追いついた。
「きゃっ!」
草に足を取られ、とうとうアンジェは転んでしまった。
「だから待てっていってんだろう!ちくしょう、怪我しなかったか?ほんとに手間のかかる女だな、おめえ」
ゼフェルは、アンジェを捕まえると強く抱きしめた。細い肩が小さく震えている。
「まだちょっと寒いからな。特別に、俺様が暖めてやるぜ。しっかし、なんでこんな格好してんだ?」
「だって・・・・本だけ置いてすぐ帰るつもりだったから・・・・・」
「本?なんで、本なんか・・・・・」
そう言い掛けて、すぐにそれが誕生日プレゼントだという事に気付く。
「覚えてたんだな・・・・・サンキュ・・・・あと・・・・悪かった。腕時計壊しちまった。信じてくんねえかもしんねえ
けど、ずっと大事にしてた。けど、さっきランディ野郎が触っちまって。あいつの手垢が付いたのかと思った
ら、なんか無性に悔しくって。俺・・・・ほんと、バカみてえだ・・・・」
アンジェの流す涙を優しく拭いながら、ゼフェルは頭を下げた。
「今日だけでいい。俺の側にいてくれ。俺・・・・やっぱりお前じゃねえと駄目だ」
「今日だけ?明日からは、もう私はいらないの?」
上目遣いで甘く囁きかける声。ゼフェルに残されていた、女王と守護聖という壁はあっけなく崩壊した。
「そんな訳ねえだろ・・・・俺は、お前が好きだ。ずっと・・・・・女王になってからも、馬鹿みてぇにお前だけ見
てた。でも、お前も俺の事好きだろ?いい加減白状しろ!」
「うん・・・・好き・・・・・・」
アンジェは、恥ずかしそうに頷いた。さっきまでの悲しい気持ちが、みるみる溶けてなくなっていく。
「やったぜ〜!後で気が変わったなんて言っても知らねえからな!もうお前がなんって言ってもお前の事離
さねえから覚悟しろよ!」
ゼフェルは、アンジェを抱き上げるとぐるぐると何度も回した。部屋着ごしでも、くびれた体の曲線と温かなぬ
くもりが伝わってくる。甘い髪の香りも、吸い付くような白い肌も、誘うようにちらちらと見え隠れする肢体も。
まるで夢の中のようだ。夢の中で、何度アンジェを抱いたか分からない。夢と違いのは、リアルな感触。
すでに理性は限界である。
「さてと、部屋に帰ってこの続きをするとすっか。なんなら、俺はここでもいいけどな!」
「この続きって?お誕生会の続きって事?」
ピントの外れたアンジェの言葉に、ゼフェルは、いらだたし気にプラチナシルバーの髪をかいた。
「違うだろ?俺らは両思いっつう事だよな?じゃあ、そのなんだ・・・・いろいろあるだろ?やる事がよ〜」
その言葉にアンジェは、首まで真っ赤になる。
「ゼフェルの馬鹿。絶対嫌だもん。そんなお酒くさいのに・・・」
「こまけえ事いってんじゃねえ。たった今、俺の事好きだって言ったじゃねえかよ!嘘だったのかよ?」
「嘘じゃないけど・・・・でも・・・・お部屋にまだマルセル達がいるかもしれないし・・・・」
「追い出しゃいいんだよ!さて、とっとと風呂に入って酒抜くとすっか〜!やるぞ〜!」
これ以上何を?と聞くほど、さすがにアンジェも子供ではなかった。
だが・・・・・
「そうだ!ゼフェル、ちゃんと時計直してよね!もう、信じられない」
はっと我に返った様に、アンジェは膨れっ面になった。
「分かってるよ〜。そうだ、俺がずっと前お前に渡したピアスあったろ?あれと御揃いの指輪作ったんだぜ。
なんなら、お前にくれてやらねえ事もねえんだけどよ〜!欲しいだろ?」
にやにやと笑うゼフェルが憎らしくて、アンジェはますます膨れっ面になっていく。
「べ〜だ!そんなの、いらないもん!前にリュミエールに貰った真珠のピアスと指輪があるし!」
この一言は、ゼフェルもかなりむっとした。
「なんだと?お前どういう性格してんだ?好きでもねえ男から物貰ってんじゃねえよ!」
「だって、リュミエールはお兄さんみたいなんだもん。お兄さんから貰ってどこが悪いの?」
「あ〜!!!ごちゃごちゃうるせえ口だな!黙ってろ!」
そう言って、アンジェの唇を塞いだ。息が出来ないような深い口付けに、だんだんアンジェは体の力が抜け
ていく。芝生の上に寝かされると、すぐにゼフェルが覆いかぶさってきた
ゼフェルの指先は、器用にカーディガンや部屋着を剥いでいく。剥き出しになった肩や首筋にに唇が触れ
ると、びくんと痙攣したように体が反応した。
キャミソール越しに触れた胸の柔らかさに、ゼフェルの鼓動はどんどん早くなっていく。
「なあ、アンジェ・・・・俺、本なんかよりお前が欲しい・・・・いいだろ?」
「いいわけないでしょ!もう!もう!もう!もう!酔った勢いなんて、最低なんだから!ゼフェルなんて大嫌
い!」
ただ本を届けにきたアンジェに、心の準備などある訳がない。しかもあまりにムードがない。アンジェはゼ
フェルの体を払いのけると、ぽかぽかと頭を叩き出した。
しばらくゼフェルは、おとなしくアンジェに叩かれていたものの、結局その夜アンジェとゼフェルは結ばれた
らしい。当然、アンジェの強い要望で屋外ではなく、ベッドである。
翌日、ゼフェル達の飲酒はばれて、ルヴァからえんえんと説教される羽目になった。
だが、どれだけ怒られようが、上機嫌でニタニタするゼフェルは相当気味が悪かった。そして、翌日寝不足
なアンジェは、執務中に居眠りして、ロザリアの逆鱗に触れる。
ロザリアの鋭い追及にアンジェが秘密を守りきれる筈もなく、後にその夜の事は皆の知る事となった。
「ねえねえ、オスカー。ゼフェル、うまい事やったわね〜。どう、アンタ悔しいでしょ?」
オリヴィエは、さも愉快そうに笑った。
「悔しいとか、そういう問題じゃないだろうが・・・・女王と守護聖がよりによってだな・・・・その・・・男と女の関
係だなんて許される筈がないだろう!」
「だから、よ・・・・・あいつなりに考えたんじゃない?先に既成事実作っとけば、あとで騒いだって無駄っても
んだし。本気で陛下と結ばれるには、これしかなかったんじゃない?前もって相談なんかしたら、ジュリアス
やアンタに引き離されるのがオチじゃない★」
「たしかに遅かれ早かれ、こうなるとは思ってたがな・・・・・陛下のあんな幸せそうな顔を見たら、誰も反対は
出来ないだろう。今回ばかりは、ゼフェルにやられたかな?」
「恋は誰にも止められないってね。まあ、ショックなのは分かるけどさ・・・・・・・あのふたりお似合いだし、祝福
してあげようじゃないの!」
オリヴィエは、オスカーを励ますように、バンバン背をを叩いた。
「ああ・・・・そうだな・・・・その代わり、今夜は付き合えよ」
出逢って二度目のバースディ。こうして、この日は二人にとって忘れられない記念日になった。
fin
2003年ゼフェル様お誕生日創作。しかもこれ、贈答品らしいです。
やはり厚顔すぎるでしょうか?
ミカルさん、セイリモのお返しがこんなんですみません。シリアスに見せかけた、馬鹿っぷるでした。
勿論、返品は可ですよ〜!
(* ̄∇ ̄*)エヘヘ〜♪ 綾乃さんありがとぉぉぉ☆ 棚からぼた餅、思っても見なかった贈り物を頂いてしまいました。返せって言われても不可能ですよん♪
心はガラス細工なのに言動は乱暴者、そんな愛しのゼー様に、アタックかけに行ったリモちゃんは偉い♪♪
二人のアマアマなんて、もう涙出るほど嬉しいです。(自分じゃ絶対書けませんので)
素晴らしいゼー様と、リモ子をありがとうございます。
贈り物の部屋に戻る
ホームに戻る