どしゃ降りの涙♪ 10





伝説の勇者の一人、僧侶エリアスが興した聖なる国【エクレシア教国】は、天竜(サタン)の復活を阻む為に、1000年間もの間、宗教で人心を纏め上げた統一国家だ。
国を統べる『教皇』は、民が選ぶのでも世襲でもない。
生まれつき、触れるだけで傷を癒すことのできる力『癒しの手』を、神から授けられた者だけが至高の地位につく。だが、そんな祝福を持つものはここ数十年現れず、この国の教皇は長いこと空席だった。

アンジェの勇者候補であるロクスは、エクレシア教国にとって、将来『教皇』の座につくことが約束された、待望の『癒しの手』を持つ青年だった。



首都アララスに舞い降りたセイラン達は、早速勇者候補と接触を試みるべく、ゼフェルが彼を見かけた酒場に向かった。だが、酒気と博打、そして金を持つ男に侍る娼婦達の、仮初の愛憎に乱れたいかがわしい空間に、銀糸の髪を持つ青年の姿はなかった。

「ゼフェル、君さっき、ロクスをここで見たんだよね?」
「ああ、そこのカウンターで、女を10人ぐらい侍らせて喜んでたけどよ」
「……それもどうかと思うけどさ………。いいさ、もし今そいつがどっかの宿屋で娼婦達と、ハーレム状態のままベッドで乱交しているのなら、ロザリアをバイクに隔離してからその宿屋を焼き討ちすればいい……」
「おめー、そいつ、そこまでして欲しい勇者か?」
「僕に聞くな」

セイランは、大きくため息をついた。
正直な所、そんな不健全な男など、最愛かつ純真なアンジェの傍に近づけたくない。なんせ無邪気な彼女は愛らしい。いつ甘い言葉を囁く男に騙されて、ぱっくり美味しく食べられてしまうかもという不安がむくむく心に沸いてくる。

≪………待て!! 負けた金は必ず返す!!……≫

突如、店の外から男の甲高い声が耳に届くが、セイランは別に気にもとめなかった。金銭のトラブルなど、こんな場末では、何処にでもあることだ。
だが、ぱたぱたと透ける背の羽根をはためかせ、小さい手の平サイズになったロザリアが、蒼白になって彼ら二人の元に飛んできた。

「セイラン!! ロクスが路地裏に連れていかれましたわ!!」
「はぁ?」

☆☆

「明日の朝、大聖堂まで来てくれたら、必ず払うから!!」

酒場の裏口でゴロツキと呼ばれる逞しいお兄さん達に囲まれ、襟首を引っ掴まれて吊り上げられている男は、本来なら国民の為に神に祈る筈のその両手を組み、取りたて人に対し、涙を流さん勢いで頭を何度も下げて哀願している。
彼が身に纏っている、高貴さを示す紫の衣がいっそ滑稽だ。


「なぁセイラン、あいつホントにボウズ? 実はアンジェの勘違いで、そっくりな赤の他人っつーオチなんじゃねーの?」

気配を消し、建物の影に隠れたゼフェルは、ゴーグルをくるくると指で弄びながら、呆れたように目を眇める。
その横に立つセイラン自身も、本心から幼馴染の意見に一票を投じたい気分だ。


「……ゼフェル、言っとくけれど僕のアンジェがあいつを選んだ訳じゃない。勇者の人選は神の意志だ。そうだよね、ロザリア?……」
「ええ。私も信じたくないけど、あれでも本当に将来の教皇で、アンジェの勇者候補ですわ」

近い将来、一国の主になる予定の男が、借金取りに必死で哀願する姿は情けない。
しかも奴は、『金は明日大聖堂に取りに来い』と平気で言い放ったのだ。奴らに支払われるものはきっと、民があくせく働いて、国に収めた血税だろう。

これでいいのかエクレシアの国民?


「僕だったら、こんな奴を税金で養っているなんて真実を知ったら、いくら悲願の教皇様でも、確実に血祭りだろうね………、ふーっ、おい、そこの君達。僕らもそいつに話がある。悪いがこれで交渉権を先に譲ってくれないか?」

セイランは建物の影からすうっと姿を現し、自分の長衣の袖を纏めていた右手の腕輪を一つ引き抜くと、ゴロツキめがけて緩やかに放り投げた。


純金に、一級品のエメラルドとサファイアを大量に嵌め込み、白百合と一角獣が形取られた品は、セイラン手作りの細工物だ。天界でも垂涎の的となっている宝飾品は、物の品定めに疎い身を持ち崩した男達にとっても、一目で計り知れない価値を推測できる品だった。
彼らは一斉に、それを惜しげもなく放って寄越した男を見た。
セイランの首に巻かれたチョーカー、そしてもう片方の腕輪にも同等の価値を見出し、もとたかろうと思ったのか、己の腰の長剣を弄る男もいる。だが、建物の影からのっそりと姿を現したオスカーとヴィクトール、そしてペンギンの着ぐるみを着たオリヴィエを見て、直ぐに彼らは怯んで大人しくなった。

「……よ、よし。明日の朝一番に大聖堂に行く。金貨3000枚、耳を揃えて準備しておけ……」

ゴロツキのリーダー格の男が、そうロクスに言い放つ。
セイランはそれを、目を眇めて見ていた。

金貨1枚あれば、アルカヤの貧しい5人家族は1週間暮らせる。
金貨30枚あれば、畑の鋤を引く駄馬が1頭買える。
金貨100枚あれば、都市部の家賃が一年賄える。

なのに3000枚もの金貨を、たった一晩で負けてしまうなど、この男は一体どういう賭け事に手を出したのか?

ましてやセイラン達に助けられた分際で、ロクスはオリヴィエを見つけた途端、露骨に眉を顰めて睨みつけてきた。


「お前もホントしつこいな。私は勇者になんてならないって言ったろ?」


ここまで舐めた態度を取る男なら、普通だったら今頃、とっくに半殺しな目に合わせて、簀巻きにした上、川に捨てているだろう。
だが、アンジェのためだと思うから、セイランは内心燻っている怒りを隠し、涼しい顔を浮かべ、左手に残っている繊細な細工品を見せびらかしながら笑った。


「なら僕と賭けをしない? 君が勝ったら金貨3000枚は僕が払ってやる。その代わり君が負けたらアンジェの勇者を承諾する」

ロクスもにやりと笑った。

「精錬潔白な天使様が、博打か?」
「僕らも必死なんでね。君の興味を引く為なら、普通の『お願い』では無理だと学習したんだよ。勿論、不払いとかは心配しなくていい。天界は宝物の宝庫だ。この程度の宝飾品なら、僕の宮殿だけでも、ゴロゴロ転がっている」

セイランは左手の腕輪をするりと外し、緩やかな弧を描いてロクスに放った。
受け取った彼は、流石幼い頃から贅沢に育てられただけはある。その宝飾品が紛い物どころか、きちんとした店で売れば、これ一つだけで、楽に金貨3000枚以上価値を見出せると理解した途端、にやりと口元を歪めて笑った。

「……僕の行き付けの店で勝負だ……」

馴染みの店なら、いかさまもし放題という所だろう。そして、セイランをカモにして、彼や彼の仲間が持っている金目の宝飾品を根こそぎ貰おうという腹づもりだ。
ロクスの暗喩に気づかないふりをし、セイランは純真な天使のふりしてにっこり頷いた。


☆☆


古来から、戒律に縛られた僧侶達の多くは、民に徳の高い説教をする反面、影では女達と享楽的に遊んでいる。セイランに言わせれば、日常を清く正しくあれと締め付けるから反動が来るのであり、神に仕える聖職者であろうと、人間である以上、適度の息抜きまで奪う必要は感じない。

だが、ロクスは明かにやりすぎだ。
本来、成人したら教皇に即位する筈の男が、23にもなって式典が行われていないのは、彼の素行があまりにも悪いからだ。


そして今、沢山のギャラリーに囲まれつつ、セイランの目の前でチップを山と積み上げ、五枚のカードを捲る彼の口元は、なけなしの虚勢で下品に歪み、いびつな薄笑いを浮かべている。


ロクスは最初、イカサマのセオリー通り、長衣の袖にネコババしたカードを隠していた。
だからセイランも、悪びれずに手の平サイズになったロザリアに姿を消してもらい、彼が袖から欲しいカードを引きぬく毎に、ついでに2〜3枚引っ張って、ワザと彼の失敗を演出したのだ。

イカサマが発覚すれば、その勝負に賭けられたチップと三倍の違反金が相手のものとなる。僅か5回のイカサマがばれただけで、ロクスの負けは金貨800枚に膨らんでいる。

真っ向からの勝負に切り替えたロクスだったが、消えているロザリアなら彼の手持ちカードを読み、セイランに知らせるなど造作もない。
最早、彼の敗北は確定しているのに、諦めの悪い男はまだ逆転のチャンスを狙い、自分の手元にあるなけなしのチップを、更にテーブルに山積みした。

≪セイラン、ロクスは3と8のツーペアです≫

ロザリアから、周囲に聞こえない心話を受け取り、セイランは己の手札を見た。
ハートのカードが五枚揃っている。彼の役はフラッシュだ。相手が次にカードを一枚チェンジした時、3か8のカードが来ない限り、楽に勝てる札である。

セイランは彼と同額のチップをテーブルに並べ、五枚のカードを開いて置いた。
途端、ロクスの綺麗な顔がすうっと強張るが、彼はうっすらと微笑んだまま、望みをかけてカードを一枚場に捨てる。

「あんた、見かけと違って結構場慣れしてるな」
「まあね。どんな種族だって個性はある。大体、皆がアンジェみたいな清廉で愛らしい奴ばかりだったら、僕らの世界はとっくに崩壊していると思わないかい?」

ギャラリーが多いので、セイランもワザと『天使』とか『天界』という言葉を使わないように心がけた。ロクスは口元をにやにや歪め、中央に置かれたカードの束から、一枚新たな札を得ようと手を伸ばす。

「ふーん、君はあの『ちんくしゃ』の仲間だったんだ」


ピキッ


セイランと、姿を消していたロザリア、そして彼の背後で勝負を見ていたクラヴィス、同じくゼフェル、エルンスト、オスカー、オリヴィエ、ヴィクトールの表情は瞬時に固まった。
勿論、セイランとロザリアとクラヴィスは、ロクスの言葉が勘に触り、残りの面々は、セイランの顔色の変化に怯えている。

今までの柔和そうな『天使』の仮面が剥がれ落ち、無表情になったセイランは、ゆるゆると顔をロクスに向けた。

「今、君は誰の事言ったんだい?」
「誰ってそりゃ、あのおつむがパーのチビの事に決まっているだろ?」

セイランの怒りのボルテージは、一気に急上昇した。思わず拳を振り上げたが、ロクスが先に手を出してこない限り、人間に対する正当防衛は成立せず、セイランは目の前の男を殴れない。
ぶるぶると震える拳を鉄の意志で引き戻し、代わりに射殺さんばかりの目でロクスを睨みつける。
だが、セイランが自分に拳を絶対に振るうことはないと納得した男は、途端に態度がでかくなった。大きく足を組み、自分が捲ったカードを片手に、どっかりと腕を伸ばして椅子の背もたれに体重を預け、それから不遜にセイランをにやりと見上げる。

「あんたさ、随分あの脳タリンを庇うじゃないか?」
「……あんた、言葉を慎め。アンジェは僕の恋人だ……」
「ほー、変態のロリコンだったんだ。ちんくしゃ相手によく欲情するよなぁって……、ああ、悪い。あんた達は皆、童貞だったっけ?」

ぷつんっと、セイランの中で、堪忍袋の緒が切れた瞬間だった。
彼は荒々しく席を立つと、震える拳を握り締め、憤怒に歪んだ目で、にやにや笑う男を睨みつけた。

「用事を思い出した。ゼフェルでもクラヴィス様でもオリヴィエでも誰でもいい。この場は任せる」
「いやあ、気を悪くしちゃったみたいだね。悪気はないんだよ〜……あははは。とうとう僕にもツキが回ってきたみたいだね。フルハウス!!」

ロクスはほくそ笑みながら、3枚の5と2枚の3をテーブルに並べ、場に並べられたチップの山を、意気揚揚と自分の手元に引き寄せた。
今、彼は最高に良い気分だろう。セイランを言い負かしたと思い込み、人ごみを掻き分けて酒場の出口に向かう彼に対し、高らかに哄笑まで浴びせているのだから。


――――――それが更に、彼の逆鱗に触れている事に気づかずに――――――


≪セ……セイラン!!≫

ロザリアが、姿を消したままぱたぱたと彼の元に飛んできて、裾を縋るように両手で引っ掴んだ。そんな彼女に対し、彼は薄っすらと微笑み、珍しく優しく妖精の頭を指で撫でた。

「アンジェの勇者だから。なるべく穏便になって貰おうと思ったけれどさ、あいつには少し教育的指導が必要だと思わないかい?」

ロザリアはこくりと息を呑んだ。

「何をなさるつもり?」
「うん、ちょっと思いついたことがあってね」
「……殺人だけは止めてね。あんたが堕天使になったら、あの子はきっと泣くわ」
「判ってるさ。アンジェにバレて、彼女を悲しませるようなヘマはしない」

言葉のニュアンスに、ちょっとしたズレを感じるが、セイランとロザリアは、双方にっこりと黙殺した。

「ロザリア、君はこのままクラヴィス様の所に戻って、今まで通りにロクスのイカサマを阻止しつつ、彼の手札を教えてやってくれ。僕も準備ができ次第、直ぐに戻るから」
≪ええ、判ったわ≫

ロザリアは羽根を翻し、再び酒場の中に戻っていく。
それを確認した後、セイランは、歩きながら自分の上着を次々脱ぎ、上半身を体もあらわなノースリーブの黒いシャツ一枚きりになると、兆発的に通りすぎる男たちに目配せを送った。

美しい二本の腕で、ゆっくりとシャツの裾もたくし上げ、形良いへそも見せる。
もともと娼婦もかすむ程の美貌だ。いかがわしい路地で、誘うようにむくつきの男達に笑って見せれば、鼻の下を伸ばしたカモが、そそくさとセイランの元に群がり出す。

「よぅ兄ちゃん、いくらだ?」
「当然僕は高いよ。さぁ、アンタ達はいくらつけてくれる?」

その一言で、彼が男娼だと証明された。
その途端、遠巻きに見ていた男までもがどんどん彼の周りに群がっていく。

「俺は二時間で金貨1枚出すぜ」
「俺は一晩で金貨5枚だ」
「俺なら10枚はずむぜ!!」
「俺は20枚出す!!」

この界隈では二度とお目にかかれないような上玉に、博打で儲け、気が大きくなっていた男達が、どんどん値段を吊り上げていく。
そして値段の交渉が白熱していけばいくほど、物見高い酔っ払い達が、やんやとはやしたてる。美貌の男娼を、誰がいくらで競り落とすかと、面白くなっていく見世物に、周囲の人垣もまたどんどん多くなっていく。

そして、とうとうセイランの待ちわびていた奴らがやって来た。

「よー兄ちゃん、誰に断ってここで商売してるんだぁ?」

集まった人垣を掻き分けながら、この辺の娼婦達を纏める元締めの下っ端らしき男たちが十数人、指を鳴らしながらセイランをぐるりと取り囲んだ。
だが、凶悪な面構えの男達に凄まれても、セイランは涼しい顔を崩さなかった。

「ふてぶてしい野郎だぜ。身を売るんだったらなぁ、それなりの筋を通せや。聞いてんのかぁこらぁ?」

下っ端の一人が、セイランの胸倉を引っ掴んだ。
その途端、セイランは酷薄な笑いを浮かべた。

「誰が僕に触れていいって……言った?」

腰からするりと短銃を抜くと、セイランは自分を掴んだ男の顔を、銃身で殴りつけた。
横に吹っ飛んだ男が、彼を囲んでいた人垣の一角を崩す。
そこにすかさずセイランは、見せしめを兼ねて倒れた男の両手両足を綺麗に一発ずつ銃で撃ち抜いた。その後、更にしつこく下っ端達のリーダー格らしき男の襟首を引っ掴み、その額に銃口をピタリと押し付ける。

「君達に買って欲しい男がいるんだ。当然、僕じゃない。金貨……そうだね〜……とりあえず500枚でいいか。さあ、今すぐ耳を揃えて出しな?」
「………てめえ、俺達にかつあげたぁいい度胸じゃねーか?」
「……そっちこそ、この僕に逆らって見せるなんてさぁ……あんた本当に勇気あるよ」

セイランは、けらけら笑いながら、銃口を更にぐりぐり押し付けた。
いくらチンピラが虚勢を張り、口調は凄んでみせたとしても、セイランが引き金一つ引けば最後、彼の頭は脳漿が吹っ飛ぶだろう。また、セイランは前回の大戦で幾多の魔族の命を奪い、葬ってきた天使でもある。
セイランにとって、最も大切なのはアンジェだ。だから基本的にはそれ以外のものはどうでもいいと思っている。ましてや初対面の人の命など、石ころや虫けら同然。歯向かえばやっぱり笑いながら血祭りにあげるだろう。
そして、裏街道に身を置く人間達は、基本的にわが身を危うくする本当にヤバイ奴には逆らわないものだ。
彼らは本性を現したセイランを見て、瞬時に彼が【大量殺戮者】……いわばこの世界でも最も危ない【殺人鬼】の部類に属する者だと見抜いた。

セイランに銃をつきつけられた男は、武器を持っていないことを示すように両手を開いて高く掲げた。

「………金貨500枚は直ぐに用意しよう。それで、俺達に売りたい男は何処だ?……」

セイランは満足そうに、にっこりと極上の笑みを浮かべた。





酒場の中の賭博場では、身を消したロザリアの協力で、ペンギンの着ぐるみを着たオリヴィエが、セイランの後を引き継いでロクスをボロボロに負かしていた。
今、ロクスの手元にチップは一枚もない。また彼は先程も別の勝負で3000枚負けている。
セイラン達を、身なりも良く、明かにカモにできそうだと思ったからこそ、馴染みの博打仲間はロクスにチップを貸したのだ。だが結果は散々、カモるどころかロクス自身がもう賭けるものは己の纏っている紫の法衣のみという有様で、当然彼に新たに金を貸すような輩は一人もいない。

「……明日、大聖堂に来い。今日の負けは払ってやる……」
「ちょっと待ちなさいよ。最初の約束だと、あんたは私達の『依頼』を引き受けてくれる筈だったじゃない?」

オリヴィエの言う『依頼』とは、アンジェの勇者になることを、承諾するということである。だが、ふてぶてしい将来の教皇は、聖職者にあるまじき行為をぬけぬけと行った。

「……さぁ、何の事だか。知らないねぇ……」
「………あんたさぁ、一応忠告しとくけれど、今の内に素直に謝って、私達の『依頼』を受けた方が身のためだよ?………」

天使と交わした約束を平気で破るなんて、ただでさえ天罰が下ったって文句が言えないと言うのに、ロクスの相手はあの『セイラン』である。
無知は怖いというけれど、オリヴィエは気の毒そうにロクスを眺めた。

性懲りもなく、席を立って帰ろうとする彼を、ヴィクトールとエルンストが揃って背後から彼の体を押し戻す。セイランに頼まれた仕事は、彼が帰ってくるまで、こいつをこの場に留めること。アンジェを愚弄され、唯でさえ怒り狂っていた今の彼に、逆らうような命知らずはこの場にはいない。

だが、行動の邪魔をされた我が侭男は、不快げに愁眉する。
「大体、何処に貴様達と約束したっていう証拠がある? 文句があるなら自分達の愚かさを呪え」
「そういう態度は面白くて、僕は好きだね」

衣服を元のように整えたセイランが、すがすがしい笑顔で戻ってきた。

「だって、気に食わない相手を完膚なきまで叩きのめす楽しみができるんだから。そう思わないかい?」
「ふん……誰が貴様の思い通りに……」

と言いかけたロクスは、セイランの背後にぞろぞろ立つ男達の群れを見て、瞬時に顔を強張らせた。
彼はこの酒場の常連だ。しかも今まで散々この界隈の娼婦達と楽しく遊んでいる。
そんな彼が、娼婦達のあがりをピンハネする、チンピラ達の顔を知らない筈なかったのだ。

「どこに行っていたのだ?」
「僕の最愛の人に対する無礼を、その身で償って貰おうと思ってね♪」
珍しく、セイランはクラヴィスにも、にこやかに笑った。

「オリヴィエ、今の彼の負けはいくら?」
「金貨1000枚ほどだよ」
「ふーん、なら後500弾んで貰うって訳だね」

涼しい顔でにっこり笑い、セイランは背後の逞しいチンピラ達に振り返った。

「まぁこっちの兄ちゃんも……面はまあまあ綺麗だし」
「隊商専属の娼婦ならさ、体力いるし男でもいいでしょ?」
「こんなほそっこいので、体持つか?」
「きっと大丈夫だよ」
「まぁ三ヶ月だしな。キャラバン自体も成人した男は80人ぐらいだ。一晩5〜6人相手させても……まぁ戻ってくるまでには金貨500の元は取れているだろう。その頃までにはもう一パーティーぐらい探してやれるし」
「……何の話だ、お前達……」
「あんたを売り飛ばす商談中♪」

セイランに軽く言われた途端、ロクスの顔が、紙のように白くなる。

「まぁ、俺は単なる客引きだ。決めるのは雇い主になるが」
「どうぞどうぞ。なんならここでつまみ食いしてくれていいよ」

セイランに呼ばれ、隣国のレグランス出身らしき顔面黒々とした髭を持つ、頭にターバンを巻いた巨躯の男達を従えた恰幅の良い中年の男が、歩み寄った。彼はそのままいきなりロクスの顔をひっつかむ。
どうやら彼が隊を纏める長のようだ。

「な……なんだお前は……!!」
そう彼が喚いたとしても、売り物の人間の意見など、無視である。

「500はちょっと高くないか?」
「いいや、妥当な金額だと思うけど。彼の顔と身体は極上だし、高い教育を受けているから言葉も問題はない。現地でいちいち娼婦探すよりも安上がりでしょ?」

セイランは、当然の事のようにしれっと言う。
異国の男達は、途端弾けるように下卑げた笑いを撒き散らした。

「まあ、味みてみねえ事には決まらないな」
「どうぞ、売り物ですから♪」
「待て……勝手に決めるな……、あうっ!!」

ロクスの体に一斉に伸びた男達の手が、彼を椅子から引っ張りあげる。
隊商の男達が、値踏みを始めたのだ。

「細っこい身体だな。慣れてサービスを覚えるまで、一回銀貨5枚ってところだぜ」
「一晩、10人とやって……金貨5枚の稼ぎだぞ」
「ほう、100日やらねーと元は取れないな。おい、これには金貨450しか払えないぜ」

ロクスは男達の腕から逃れようと、必死で体を動かして暴れ出す。

「おい!!私は……将来の教皇だぞ!!」
「そんなお偉い人が、こんな場末の酒場にいるわけねーだろ!!」

男達が盛大に笑いとばす。
セイランは間髪入れずにぬけぬけと言い放った。

「君が教皇なら、僕らは天使だ」
「そりゃあいいぜ。客引きが天使なら、客の俺は神様かい?」
「待て……待ってくれ!!わ……私に何かがあれば、……副教皇が黙ってないぞ……!!」

じたばたと体をくねらすロクスに対し、セイランは冷酷な悪魔のような寒々しい笑みを浮かべた。


≪君、ホントに馬鹿だね。今から隊商の幌の中で鎖に繋がれて、大陸のあちこちに移動する君を、どうやって副教皇が見つけるというんだい? ましてや君を買ってくれる隊商には、この僕……エミリア宮の主、セイラン・レミエルが直々の祝福を与えてやるっていうのに、人間の分際で何ができると言う?≫

幻視を統括する天使ならば、姿変えの術など朝飯前だ。
将来の教皇ならば、書物で何度も目にしているであろう……『レミエル』の名前に、セイランを完全に侮っていたロクスは、愕然と目を見開いた。

≪もし君が男達に足を開かずに責め殺されたって、君の素行の悪さは十二分に世間に知れ渡っている筈だよね。いつかこうなるのではないかと思っていたと、嘆きつつもきっと皆は、あきれて納得するだろう≫

「……ま……待ってくれ………」
セイランの予想は、ロクスにも十分ありえることだと思い当たっていた。今の彼は、反論する声も弱々しい。だが、根暗く怒っているセイランに『情け容赦』という文字はない。

≪君はその毒舌で、きっと僕のアンジェもさぞかし泣かせてくれたんだろうね。それ相応の報いは受けてもらうさ≫

ロクスの髪を掴んで顔を上げさせると、セイランはくすくす笑って、腰からダガーを取り出し、彼の紫の法衣を襟首から下まで一気に引き裂いた。そして、皮製の首輪を客引きのチンピラから受け取り、下着一枚に靴のみというみっともない姿になった彼の首に嵌め、鎖までつけた上で隊長に差し出した。

「450でいいですよ。たっぷりしつこく、払った金の分だけ楽しんでください♪ おい、宿はどうだ?」
セイランの言葉に、弾かれたように客引きが、強面に精一杯の愛想笑いを浮かべ、酒場の二階を指差した。

「大部屋を一つ準備しました。まぁ10人程度でしたら十分楽しめる広さです」
「よし、契約は明日の朝だ。気に入ったら払ってやる」

男たちはロクスの鎖を引っ張り、彼を二階に連れていこうとする。
セイランはにこやかに手を振って見送った。

「…おい、おめー……あれ、いいのか? アンジェが知ったら泣くんじゃねーの?」
親友がさりげなく、遠回しに忠告をする。それに対し、セイランは晴れ晴れと軽やかにきっぱりと言い放った。

「僕らの掲示する勇者の仕事より、男娼の方がいいっていうのなら、仕方がないだろう?」

――――いつロクスが、そんな事を言った!?――――――

誰もが心の中でそう思ったが、笑っているセイランが怖くて一人も嗜める者はいない。

「僕は個性や個人の意見を尊重するタイプだ。ま、僕のアンジェの為にも、彼が早々に気持ちが変わってくれる事を祈るけどね」

そしてセイランは、口元に両手を筒のように揃えた。

「じゃあねロクス。明日の朝に再び会おうね。君が僕らとの約束を思い出し、身心ともに僕のアンジェの『お願い』を、気持ち良く受けてくれることを期待している」
「ぎゃああああ〜〜!!私は男が嫌いだああ!!」


逞しい腕に体をベタベタに触られつつ、味見と称して髭面の男達に口付けをされ、牛馬のごとく鎖で引っ張られる半裸のロクスは、今必死で階段の手摺にしがみ付き、動くものかと頑張っている。

「あんな汚い物を見ちゃ駄目よ」
オリヴィエは、彼の腕の中で真っ青になり、耳を塞いで眼をとじ、ガタガタ震えているロザリアをぎゅっと抱きしめた。

そんなロクスの狂態に、原因を作ったセイランは平然と涼しい顔を示している。
「こんな事ぐらいで犯られる男なんか、魔軍相手に戦う勇者が務まるわけがない」

【やられる】の字が違うと、誰もが思ったが、彼が怖くて突っ込めない。

「さてと、時間がないし、そろそろ次に行こうか?」
「待てぇ〜!! 待ってくれ〜〜!!」

息もたえだえになりながら、助けを求めるロクスを見捨て、酒場の出口に向かったセイランは、バイク前で佇み、心配げにちらちらと酒場の扉を振り返るヴィクトールの肩にポシッと手を置いた。

「頃合を見計らって、あいつを回収してくれ。ただし、その時は今後、舐めた真似が二度とできないように、きっちり『アンジェの勇者を了承します』っていう、契約書を書かせるんだ、いいね?」
朴訥で真面目な軍人妖精は、ホッと安堵の吐息を洩らし、直ぐに長剣を引き抜き、酒場に戻っていった。
彼に任せておけば、大丈夫だろう。

バイクは残りのメンバーを乗せ、悠々と空に舞った。




06.07.13




二週間ぶりのセイランですvv
相変わらず、奴は鬼畜です。ていうか、ナンパな男に容赦がない(  ̄ ̄∇ ̄ ̄; )?
後2話で終わります、ふぁいと〜!!

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