どしゃ降りの涙♪ 11
アルカヤの世界には、北の果てに【辺境】と呼ばれる地域がある。
一年のうち半分は雪に覆われた大地は痩せ、育つ作物は少ない。また1000年も昔から、吸血鬼の王がこの地に居城を構えており、夜になると死人が甦り、人の生き血を求めて闇をさまよい襲う危険な場所だ。
だが、クレージュ公という、名ばかりで力が無い領主が治めるこの地では、他の諸外国に比べて民の納める税金が格段に安い。
貧しい階級でも、浮浪民とならずに土地や家が持てるから、どんなに命が危険でも、民はこの地を離れない。
そして、村人は自分達を守るために、なけなしの金を出し合って特別な傭兵を雇うのだ。
【バンパイア・ハンター】
アンデッドが動き回る夜に活動し、命がけで魔物を仕留め、また自分達が職務の途中に吸血鬼に敗れて闇の下僕に加えられたその時は、正気を保てるうちに仲間や弟子の手にかかって命を捨てる過酷な職業だ。
アンジェの向かった目的地は、エレクシア教国にいるロクスの所の筈。なのに、勇者候補の居場所を示す光を目指し、よれよれと辿り着き、力尽きて墜落した所は、ゾンビが元気良く徘徊する、とある農村だった。
「ううううう。ここは何処ぉ〜!! きゃうううう!!」
尻餅をつき、涙目になったアンジェの目の前で、墓の土が盛り上がると同時に、腐った卵のような異臭を放ちつつ、蝋人形のような無残な死体が起き上がる。
次々と墓場から甦ったゾンビ達は、4歳児並みの小さなアンジェの体を見つけ、ゆっくりと近づいてきた。
「………ひぃっ……!!」
目が虚となったゾンビに表情はない。だが生命あるものを羨み、その心臓を欲する彼らには、明確な執念を感じる。逃げようとしたが駄目だった。彼女の両足は、何時の間にか地面から突き出た冷たい手に捕まれていたのだ。振りほどこうと足をぱたぱた動かしても、幼い足ではびくともしない。
セイランの悪意満載な迷宮で、多少怪物に慣れていた彼女だが、生憎アルカヤは人が支配する土地だ。オリヴィエやロザリア達妖精は、自由気ままに人ですら殺すことが可能だが、天使はさまざまな制約に縛られている。彼女達は人に力を貸すことは許されていても、勝手に化け物を退治することは認められていない。自分の体に一太刀でも傷を負い、初めて正当防衛の攻撃が認められるのだ。
彼らのうち誰からでもいい、体に傷を一つ貰えば天使の力の使用が認められる。律儀に天界の規則を守るため、アンジェは怖さにガタガタ身を震わせ、涙一杯の目を強く瞑った。
馬鹿である。
もしこの場にセイランがいれば、きっと目を剥いて『戦場を知らず、建前でしか物の言えないディア・ガブリエルの言い分など、聞く君の神経も疑うね。死にたければどうぞ。その代わり、僕は君を殺した世界を徹底的に復讐しつくしてから後を追うから。アルカヤと天界も滅ぼすよ、それでもいいならやれば?』と、怒鳴り散らしたであろう。
体にたった一つ傷を負うことが、首を飛ばされたり心臓を抉られたりして致命傷となる場合だってあるのに、殺意を持つ者の前で、無防備に目を瞑るなどあってはならないこと。
大柄な男だったものが、長く尖った獣のような爪で、アンジェの白い衣の襟首を鷲掴む。
空中に猫の仔のように軽々と吊り上げられた彼女の心臓をめがけ、もう片方の爪だらけの腕が、アンジェの胸元を服ごと切り裂いた。
「……きゃああああっ……!!」
致命傷にはならなかったが、堪えきれない痛みに、彼女の口から絶叫が迸った。
死人がアンジェの胸にある心臓を抉ろうと、ますます腕を振り上げる。彼女は咄嗟に聖なる光で自らの体を包みこんだ。
暖かく輝く聖なる光は、アンデッドの一番恐れるもの。実際、アンジェの体を裂いた化け物は、瞬時に灰となって消滅した。
再び地面に激突したアンジェは、痛さに蠢きながら身を起こし、傷を負い熱くなった胸を手で押さえた。横に走る五つの爪痕からは、ナイフで裂かれたように止め処もなくなく鮮血が滴り落ちる。
涙が溢れて視界を妨げ、とても戦うどころではない。
アンジェを欲し、でも聖なる光に近づけないアンデッド達は、彼女を中心に円状になって光が消滅するのを待っている。アンジェはえくえくしゃくりあげながら、腰に吊るして持ってきた薬袋を引っ張り出し、かつてセイランがくれた回復薬、ポーションを1瓶飲み干した。
夜明けまで後3時間足らず。
そしてアンデッド達は朝の光を浴びると灰になる。
薬が細胞を活性化させ、傷口の肉がじわじわゆっくりと盛り上がりだす。ポーションは睡眠動因効果も高い。アンジェはこのまま、傷口がふさがるまで眠って朝日を待とうかと思ったが、墓場のど真ん中で丸くなるのは流石に嫌だ。
結局寝心地の良い草地か木の根元を求め、うとうとしつつもふらふらと歩き始めた。
だが、墓石の間をほんの10歩彼女が進んだその先に、数十匹のゾンビに囲まれながらも一人で刀を振るい戦う、漆黒の髪、青い衣を纏う青年を見つけた。
「え? あれれ? あれ〜??」
寝ぼけ眼を何度もくしくし擦った。でも、アンジェに見間違う筈がなかった。
彼は自分の勇者候補、バンパイア・ハンターのクライヴだ。仕事中なのか、彼は額から血を流し、今にも崩れそうな体を叱咤して、息絶え絶えになりながら剣を振るっている。
「きゃううううう!!」
彼の危機を見つけた途端、アンジェの眠気は何処かに吹っ飛んだ。
直ぐにぱたぱたと小さな翼をはためかせ、彼の頭上に辿りつく。
「聖なる祝福を彼に!! ホーリー!!」
自らの胸の前で、両手の中に光を蓄え、それをクライヴの持つ剣に宿す。
青白い刀身が、たちまち柔らかな温かみのある陽光に包まれた。今まで首を刎ねなければ散らなかったアンデッド達は、聖光を宿した剣がほんの少し掠るだけで灰になる。
囲まれていたクライヴは、直ぐに危機を脱することができた。そして、みるみるうちに、ゾンビ達を一掃してしまう。
すべてを切り捨て終わり、剣を大地に突き立てて息を整えているクライヴの傍に、空に逃げていたアンジェはぱたぱたと舞い降りるつもりだった。
だがほっとした途端、薬が体を駆け巡っていたのを思い出したようだ。
意識が半分夢の中に旅立っており、かつ聖なる光を集めた彼女は、自分でも思っていた以上に疲労していたようだ。翼を上手に動かしていたつもりでも、実際はみるみる羽音が噛み合わなくなる。
「……うきゃう!!……」
結局失速して顔面から大地に落ちた。
「おい、大丈夫か!!」
馬車の轍に踏み潰されたヒキガエルのように、うつぶせて倒れている彼女を、クライヴは慌てて抱き起こしてくれた。
いくらクールな彼でも、自分を加勢してくれた直後に墜落した見た目4〜5歳の幼い少女を、見捨てる程非道ではなかったようだ。
だが、アンジェの体を見るなり、クライヴは何故か息を呑んだ。
「……酷いな、これは……」
(…ほえ?……)
アンジェは小首を傾げつつ、クライヴの視線を追って、自分の胸元に目を向けた。
(あううううううう!!)
惨たらしく獣の爪に引き裂かれ、白い衣は鮮血で染まっていた。しかもここに来るまでに、散々道に迷った上、大樹に顔から突っ込んで傷ついたり等、服もあちこち汚れてみすぼらしく、また柔らかな手足も擦り傷だらけである。
「鳥もどきの妖精はどうした?」
一瞬誰だろうと思ったが、この大陸にペンギンはいない。正体不明な生物の着ぐるみを着用したオリヴィエは、クライヴには不思議な鳥の姿に見えたのだろう。
「えっと…えっと、今日は別の勇者候補さんの所に頼みに行ってて……」
「……じゃ、お前は?……」
「えっと…えっと……、私は別行動だけど、勇者候補さんにお願いに……」
「そうか、判った」
クライヴはゾンビを切り裂いた刀の刃を布で拭い、鞘に収めた。
「俺にはやるべき仕事があるから、お前の無理はあまり聞けない。それでもいいな?……って、おい何をする!!」
アンジェは咄嗟に、クライヴのほっぺたを、むにっと引っ掴んでいた。
彼にはあまり贅肉がないから、ちょっとしかつまめなかったが、きゅっと指を捻ると確かに痛そうに顔を顰めている。
途端、アンジェは胸が一杯になり、みるみる涙ぐんだ。
「……夢じゃない……、クライヴ、本当に私の勇者になってくれるの……?」
「あ、ああ。だが泣くほどのことか?」
アンジェは夢中になって、こくこく首を縦に振った。
「だって、アルカヤに来て初めてだもん。アンジェの勇者になってくれたのって……クライヴが最初なんだもん!!」
天使が加護を与えられるのは、己の【勇者】のみ。
魔族が闊歩するアルカヤ大陸で、なす術もなく殺される民を見て、アンジェはどんなに歯がゆく思っただろう。これからは勇者に仕事を頼むことができる。
涙が溢れ、ぽろぽろと頬を伝って流れていく。
「ありがとうクライヴ……、本当にありがとう……!!」
嬉しくて嬉しくて、えくえくとしゃくりあげながら、ぎゅっとそのままクライヴの服で涙を拭う。すると、彼が躊躇いつつも、アンジェの小さな体を抱きしめ、ぽしぽしと頭を撫でてくれた。
幼子にいきなり泣かれ、どうしようと戸惑っているのがありありだ。
そんな不器用な彼の腕が心地いいし、それに薬が回ってきたせいで、意識もふわふわして目があけていられない。
アンジェは結局、そのまま疲れて眠ってしまった。
「天使どの?」
出血が多くて貧血を起こしたのかもしれない。
主が危機だというのに、鳥もどきの妖精は来る気配もない。それにもう後2〜3時間で朝日も昇る。半分吸血鬼の血が混じっているクライヴに、夜明けの光はきつすぎる。
苦しくて動けなくなる前に、日の光を遮れる場所に、彼は身を隠さねばならなかった。
「……仕方ないな……」
深手を負った天使を、墓場に捨てる程非道ではない。
彼はアンジェを抱き上げ己のマントで包むと、愛馬に乗ってまっしぐらに自分の家に連れ帰り、衣服を剥いで下着一枚にした彼女の傷口に軟膏を擦り付け、包帯をぐるぐる巻きにした。
天外孤独な彼に家族はいない。よって、この家にはベッドも一つしかない。
「…………」
所詮五歳児、小さな彼女を転がしても、ベッドは余裕でクライヴの寝る場所はある。それに辺境の地は北国、天気は変わりやすく、今も雪がチラチラと舞い出した。
クライヴは冷たい床に毛布一枚で転がるのを中止し、アンジェを起こさないように、静かに隣に横たわった。
もぞもぞ……、ピトッ。
「…………」
小さい体がクライヴの胸に収まり、もみじのようなぷくぷくとした手が、彼の寝巻きの裾にしがみ付く。
こんなに警戒心がなくて大丈夫なのだろうか?
すうすうと寝息を立てて熟睡する彼女に、心がふんわりと温かくなる。クライヴは、小さくて暖かな天使を抱いたまま健やかに眠った。
☆☆
レグランス教国の隣、アルカヤ大陸の中央部には、小国が6つ集まり、大国と引けの取らない国力を有する【六王国連合】がある。
この国に纏まった武力はないが、交易が盛んで金がある為、傭兵は雇い放題だ。また、職種ごとの組合…ギルドの発言権が大きい。
その中で、最も特殊で権力を持つものが魔術師達の【魔導士ギルド】だ。
一般の人が持ち得ない魔力を持ち、また医者であり学者でもあり教師でもある彼らは、知識の宝庫であり、六王国連合全土に広がり、学校や施療院を建てて民に慕われる存在だ。
そんな彼らの中でも剣技に優れ、戦闘訓練を受けた者は【ウォーロック】呼ばれ、一人で百人分の武力を有している。
――――筈だったのだが――――
明け方近くとはいえ街のど真ん中で、ウォーロックな筈の勇者候補…フェインは、魔導師達に襲撃されていた。長旅に相応しい厚地で砂色のマントがズタズタに引き裂かれ、天使の目から見れば稚拙な火炎や突風の餌食となり、彼の短い銀髪がみるみる路地に沈む。
バイクに皆を残し、二人だけで建物の影に身を隠していたセイランとゼフェルは、目の前の惨劇に愁眉した。
魔術が行使される爆音が周囲に轟き、煉瓦で舗装された路地を壊し、かなりの騒音を撒き散らしている。ギルドのお膝元での凶行だというのに、フェインの仲間が誰も駆けつけてこないのが不思議だ。
「……死にそうだね?……」
「……なんかさ、さっきのナンパ野郎といい、こいつといい、男の勇者候補って、どうなってんだ一体?……」
ゼフェルのため息混じりの困惑に、セイランも同じ気持ちだ。
8人がかりなら多勢に無勢だが、1人も返り討ちできないまま、路上でうつ伏せに倒れているなんて情けない。
「ねぇゼフェル、人間にも負ける男に、勇者って勤まるの?」
「…俺も激しく不安に思うけどよぉ……、ここで見殺しにしてアンジェにばれたら怖いぜ。お前、インフォスん時、憎いシーヴァスをこっそりぶっ殺して、おまけに迷宮をスルーしてあの世に送っちまったことあったろ?」
「……君、嫌な事思い出すね……」
セイランの脳裏に、憎い金髪碧眼な青年騎士の姿が横切った。
シーヴァスは、ロクスよりほんの少し素行がよい、貴族出身の美麗な勇者だったのだが、あの男はアンジェに懸想し、酒に酔ったふりをして、介抱していた彼女をベッドに押し倒したのだ。幸い、ロザリアが目を光らせていたから事は未遂で済んだのだが、自分の女に不埒な振舞いをされ、黙って許す程セイランは寛容ではない。
天使から役目を賜った勇者には、祝福の魔法が施してある。彼らは殺されても10日以内ならば復活することができる。
だから魔族の奇襲を装って、彼直々にシーヴァスを血祭りにあげ、そのまま二度とアンジェの前に姿を現せないように、天界にある霊達が眠る白バラ園に送ったのだ。
だが、自分が勇者にしたシーヴァスを心配するアンジェの母性愛は不屈だった。
セイラン直々に念を入れ、シーヴァスが自ら失踪したのだと裏工作を施した筈なのに、天然の勘でバレた。
セイランは、シーヴァスを元通りにインフォスの世界へ戻すまで、アンジェに散々泣かれた。その後も一言も口を聞いて貰えなかったばかりか、『えっちお預けの刑二ヶ月』を食らった。
地獄の二ヶ月の間、セイランの精神状態は、まさに発狂寸前、堕天使1歩手前の危険さを醸し出していただろう。
あの苦しさを思いだし、セイランの眉間の皺が深くなった。それに六人目の説得で、彼自身も疲れてきたのか、やる気も起きない。
「……おめー、なんか機嫌悪くねー?…」
「……ちょっとね。多少の『自然災害』は許される筈だろ?」
渋々と手に雷を集め、一気にフェインに纏わりついていた8人全部をこの世から抹殺する。
ゼフェルは、あーあとため息を吐き、顔を手で覆った。
「そりゃ、落雷で人は死ぬけどよ、消し炭しか残んねーのって問題だろ?」
「気にするな。僕はフェインを助けたって実績があればいい。あいつも素直に恩に着てくれて、勇者になれば楽なんだけどね」
セイランは投げやりな態度を崩すこともなく、ゆったりと路上でうつ伏せに倒れている男を説得する為、傍に歩み寄った。傷の手当て用にと、適当なアニスの葉かポーションの瓶を探して薬袋を弄っていると、先にフェインの元に辿りつき、しゃがみ込み彼を仰向けにして傷を調べていたゼフェルが、ドカッとセイランの向う脛を手の甲で叩いた。
「……何? 痛いんだけど……」
「おい、この面ってお前見覚えねーか?」
「??」
ゼフェルの記憶力は半端でない。セイランも興味を覚えたことは、一度見聞きしたことは忘れないのだが、どうでもいい人の顔を覚えるのは苦手だ。
胡乱気に血と泥で汚れた彼の顔をまじまじと見れば、ブレーメス島で会ったフクロウを連れた孤独な少女……アイリーンが枕元に大事に飾っていた細工絵に写っていた義兄と、今目の前にいるフェインの風貌がばっちり合う。
(……まさかこいつ、アイリーンの探している、彼女を『捨てた』義兄?……)
そんな偶然、いくらなんでもと思いいつつも、魔術師一家の婿ならば、職業がウォーロックなのはありえるだろう。細工絵は20歳ぐらいの若い姿だったが、顔の骨格を見る以上、目の前の男は間違いなく、年を重ねた本人だ。
(こいつが、12歳の彼女の心煮に酷い傷を負わせ、自分の時を止めてしまう程、焦がれさせた奴?)
セイランは、殴りかかりたい気持ちをぐっと押し殺し、きゅっと唇を引き結ぶと、ポーションから瓶のコルクを引き抜き、三本纏めて中身の薬品をフェインの顔に勢い良く浴びせた。
深い傷口に、アルコールの入った薬品はさぞかし染みるだろう。
190センチを近くの鍛えられた巨躯が、痛みに驚き海老のように跳ね上がる。
「う……ううう……」
激痛に震えながら、開いた琥珀色の瞳をジロリと見据え、セイランは再び薬袋を弄った。
「僕らはアンジェの仲間だ。一応襲われていた君を助けた訳だけれど、動けるのならこれをお飲み」
ゼフェルの手を借り、身をかろうじて起こしたフェインに、セイランは強めの回復薬『ハイポーション』を手渡した。
瀕死の重病人でも回復する妙薬は、大怪我も瞬時に治癒させたようだ。
だが、この薬は眠気も誘う。
セイランは、うとうととまどろみかけたフェインの胸ぐらを引っ掴むと、平手で思いっきり殴りつけた。
「ここで今寝たら凍死するぞ。君、宿は? 仲間は?」
「……あ、スマン……」
朴訥な彼は、今の悪意に全く気づいていない。
殴られたのに目をくしくし擦りながら、お礼まで言うメデタイ男に、セイランは腕を組んで冷たく侮蔑交じりにフェインを睨みつけた。
「君、ブレーメル島にアイリーンっていう義妹残してきてない?」
「あ、ああ…何故それを…」
「さっき会ったんだ。その時義兄を探しているって見せてくれた細工絵が、君そっくりだった」
「………そうか、偶然は凄いな………」
セイランの心の中で、纏めて数本の血管がぶちきれた。
「どう凄いのさ?『凄い』と君が一括りで完結した定義はいったい何? 偶然を感動するよりも前に、僕に義妹は元気だったかとか色々聞くことがあるんじゃないの? ああ、そうだよね。捨ててきた義妹のことなんか知ったことかと思ってるのか。僕は人にあんまり同情する性質じゃないけれど、こんな非道な義兄を慕って、健気につんつん突っ張って生きてるアイリーンが、健気な馬鹿に思えてきたよ」
何気ない一言に、喧嘩口調にまくし立てられれば、フェインも当然面白くない。
「助けてもらったが協力はできんと、いつも来る天使に伝えてくれ。俺は妻を捜していて忙しいんだ」
―――――妻を捜している―――――
セイランの眇めた目に、今フェインが吐いた言葉に黒いもやが映る。
レミエルは幻視を司る天使。最後の審判で人間を裁く役割を与えられた彼に、嘘偽りや虚偽の言葉は通用しない。
「……妻ねぇ……」
腕を組んだまま、指でトントンと肘を叩く。
「アイリーンの話だとさ、彼女のお姉さんって急に人が変わっちゃって、自分達の祖父を瀕死の重傷を負わせて逃げたんだってね。たった12の子が祖父の最期を看取って、葬儀も1人で切り盛りしてさ、可哀想に。その間義兄と実姉は一体何をやってたんだか。ねぇ?」
セイランにキツく睨まれれば、やましい事盛りだくさんなフェインだ。彼の琥珀の瞳が逸れ、面持ちも俯く。
「お前には関係無い」
吐き捨てた彼の言葉が、再び嘘で黒く煤けて見える。
言葉が黒くなるということは、セイランに関係無いどころか、彼の管轄のようだ。
セイランは死者の魂を導く者。だが、目の前のフェインは紛れもなく生者である。
となると、消去法で自動的に死者は彼の妻ということになる。
「僕は死した魂の管理人だ。あんた、僕の所に来るはずだった魂を何処にやった?」
「あ……なに?」
琥珀色の目が、一瞬強烈に光った。
だが、直ぐに目を伏せた彼に、セイランの頬の筋肉が引きつった。
「あんた魔術師だったね。ならさ、反魂の黒魔術に手を出した……ってとこ? 死んだあんたの奥さんが動き回っているって事はさ」
「まさかマジでこいつ!!」
セイランとフェインの顔を交互に見る幼馴染に、彼は目配せを送った。
「死んだ妻をあきらめきれず、魔法で生き返らせようとしたけれど失敗した。で、こいつの師匠だったアイリーンの祖父が、孫娘を黄泉に戻そうとしたけれど阻みきれずに逆に返り討ちに合った。それでこいつは逃げた妻を探して世界を放浪しているって訳だ。僕の推理、違うか?」
「……馬っ鹿じゃねーの、こいつ!! 何しくさりやがったんだよてめぇ!!」
ゼフェルが、素っ頓狂な声を立て、抱き起こしていたフェインの胸ぐらを引っ掴む。
天使の勇者達は、予め死ににくい祝福の魔法を施してあるから、瀕死だろうが魂が体から抜け出ようが復活できるのだ。何も手を打っていないただの死者を、蘇らすなど神ですら出来ない。
死者の総括で四大天使の一人、クラヴィス・ウリエルですら最愛の妻アンジェリーク・ジブリールを亡くした時、ただ喪に服し、日々嘆くしかできなかった。なのに、一介の魔導師に反魂?
黒魔術を行使し、師匠を死なせた。セイラン達からすれば当たり前の愚考だ。
そもそも黒魔術は、悪魔が甘言で人間を誑かすまやかし術だ。神にできないことでもできるんだと証明し、自分達を崇めたてる信者を募集する悪魔達の詐欺に、何を引っかかってるんだと罵りたい。
「俺は、セレニスを愛していたんだ!!」
「セレニス? セレニスだって!!」
激白するフェインに対し、セイランの我慢は吹っ飛んだ。
さっきバイクの中で目を通した報告書の筆頭に、セレニスという魔女の名前が明記されていたのだが、彼女こそがこのアルカヤ大陸に、再びセイランの父『レヴィアス・ルシフェル』を呼び出そうと、魔物が跋扈する世界に変えた張本人である。
一介の魔女の分際で、よくそんな大それた魔力が持てたものだと感心したが、『甦り』なら話は早い。
恐らく、セレニスは魔物に憑依された木偶人形だ。
だがそれも、こいつが反魂などという真似をしなければ、避けられた事。
セイランは握り締めた拳を振り上げ、フェインの顔を散々殴りつけた。
「すべての元凶はあんただ。このアルカヤに魔物の侵入を許したのは、あんたが中途半端な黒魔術を使ったのが原因だ。僕とアンジェとの甘い生活を邪魔しくさったのも、死んだ人間を呼び戻し、自然の摂理に反し、安らかに眠れる筈だったセレニスを不幸にし、アイリーンから優しい家族を取り上げて絶望させたのもあんたの所為だ!!」
一番腹が煮えくりかえるのは、フェインが、己自身のことを一番悲惨だと思い込んでいる事だ。
もしアンジェが死んだなら、自分は冥府でもどこにでもついて行く。
彼女のいない世界に意味はない。
フェインだって、ご法度の黒魔術に手を出す程に好いた女だったら、誰にも迷惑かけずに後を追えばよかったのだ!!
恋人を化け物に変え、世界に魔物を呼んで、生き残ったたった12歳の義妹を一人残し、1人のらりくらりと旅をしていたことも許せない。
「あんたに決定権があると思うな、この犯罪者!!魔族に苦しむアルカヤの民の不幸は皆あんたのせいだろうが!! この卑怯者がっ!! 償え!!」
半殺しにし、ぐったりと朦朧とした目の男の襟首を、セイランは引っつかんだ。
「おい、この僕が直々に祝福の魔術を施してやる。だから勇者になって魔物におびえているアルカヤの民に詫びろ。本当なら、今のあんたに『勇者』なんて肩書きはおこがましいかぎりだけれど、貴様のせいで死んだ民を、そしてこの先死ぬだろう人の命の代価を、貴様の体で支払え。もし志半ばであの世に来たって、僕はあんたを送り返すからな。あんたは生きて生きて生き抜いて、ひたすら民のために尽くせ、絶対に逃がさない、いいね!!」
セイランの純粋な怒りを一身に受け、フェインは神妙にこっくりとうなずいた。
彼は自分の罪の深さを知っている。耳に心地よい慰めの言葉より、今の彼に必要だったのは断罪する相手だったのだろう。
半殺しな目に合わされたというのに、路上に捨てられた彼の表情は、安堵で緩んでいた。
セイランはくすぶった怒りを、冷静な仮面の下にねじ込み、忌々しげに髪をかきあげてバイクを見た。
フェインに言い過ぎたとは思わないが、彼も心に傷を負っているのは事実。
目に見えない痛みを癒すことができるのは、労わりや、気遣う優しい気持ちだろう。
「コレット、できるだけ尽くしてやってくれ」
「……はい……」
おとなしくて控えめだが、優しくて母性愛の強い娘だ。
今の彼にはぴったりなパートナーだろう。
路上にフェインを見捨て、静かにエアバイクは舞い上がった。
今回傍観者を決め込んでいたオリヴィエが、ペンギンの手のままつんつんセイランの頬を突ついた。
「あんたってば、メチャクチャやってるみたいなのに、ちゃんと天使してたんじゃん」
「……」
小銃を腰から引き抜き、チャキッと鳴らしてオリヴィエの眉間に銃口を押し当てれば、彼はすぐさま両手を上げ、ピラピラと横に振った。
「ちょっと撃たないでよ。折角褒めてんだから」
「そうそう、素直に喜んどけって。オリヴィエ、セイランは天邪鬼だから、照れてる時も凶暴になるからな」
「え、あらホントだ。顔が赤いわ」
「………ゼフェル………」
むっすり口を引き結び、そっぽを向くと、ゼフェルはふふんと、得意げに鼻を鳴らした。
「へへっ、今頃こいつの良さが分かったか? 俺の幼馴染は奇人変人だけど、嘘はつかねー良いヤツなんだぜ」
「もう、いいからさっさと辺境へ行くよ。早くしないと帰る時間になるだろ?」
勇者候補の残りは一人だけだ。
だが、山の稜線がうっすらと光がかかって見える。
ということは、間もなく朝日が昇るだろう。
バイクは、ゼフェルの「いっくぜ〜!!」の掛け声とともに、元気良く空間の隙間に滑り込んだ。
その頃天界では。
「……準備完了いたしました……」
チャーリーが涙目をぐしっと拭いながら、爆弾のスイッチをジュリアスに差し出した。
セイランとクラヴィスが天界から離れた今、エミリア宮殿にある傍迷惑な迷宮を、邪魔されずに粉々に壊すのに絶好の機会だろう。
だが、ここにあるのは魑魅魍魎が蠢く魔の巣窟だけではない。
閑職に回されて以来、セイランは暇潰しに趣味の世界に没頭した。その結果、今や天界一の芸術化でもある。彼の素晴らしい作品群が沢山エミリア宮にあるというのに、それを一つも持ち出す猶予もなく、いきなり爆破など……フロー宮の売り子は、目に涙を浮かべ、駄目で元々ともう一度ジュリアスに直訴した。
「あの人の性格は破綻してますが、物に罪はありません。セイランさんの創った美術品は芸術です。世界の宝です。お願いや、後一時間、嫌30分でもええ、救出する機会を俺にください!!」
「時間がないと申したであろう。あの迷宮が今までにどれだけ天界の貴重な人材を、事々く堕天に導いたと思っている? 物で命は代えられないのだぞ」
(堕天したなんて自分達の自業自得やんけ。このお人はどこまでセイランさんのことを貶めるんや!!)
坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い。その理屈は判る。
自分の双子の兄レヴィアスが、いくら堕落したといっても、子供だったセイランは関係ない。それどころか自分の甥だろう。
なのに年端もいかない子供に救いの手を差し伸べる所か、いつか堕天すると決め付け、事々く武器の販売も制限し、監視し、彼の創造する芸術品ですら難癖をつける。一体こいつは何様のつもりなのだろう?
ジュリアスの指は、躊躇うことなく爆弾のスイッチを押した。
たちまち、エミリア宮殿に仕掛けられた火薬が破裂し、一瞬の内に白亜の美しい建物が、粉塵をたてて崩壊する。
(……酷い、…酷すぎや…、あんまりだ……)
チャーリーは、滝のように涙を流しながら、粉々に吹き飛んでいくセイランの宮殿を眺めていた。天使達垂涎の絵画や宝飾品が、一つも運び出すことがままならないまま消えていく。
彼は商人だ。芸術品を見出し、正当な値段をつけ、物の売り買いを通じて皆に幸せを運ぶことを生きがいにしている天使なのに、何故自らの手で、この世に二つとない芸術品を木っ端微塵にしなくてはならないのだ?
物に罪はない。
それを……それをよくも一方的な私怨で!!
(天界は、お前中心に回っとるとちゃうで。今に見とれよ、こいつ!!)
こうして有能な天使がまた一人、反ジュリアスに転向した。
06.07.20
難産もいいとこ!! ミカル、フェインとクライヴはプレイしてないんです。(男天使でプレイしたため、勇者を集める前にお亡くなりにして攻略キャラを減らしたヤツ←酷い)キャラ別人だったらごめんなさい。
ゲーム、フェイバリット・ディアの2作目、『純白の預言者』からは勇者が死ななくなったので、エミリア宮で魂を預かることはなくなりました。
なので、ここでセイランの芸術品(?)も消去!!
ごめんねジュリアス……、ここでも酷い役割を振っちゃって。
彼は個人の気持ちを慮ったり、情けをかけることはありません。
全ては『天界の為』『神の為』と、世界を大きく見ているので、自分自身ですら天界の規律の一歯車だと思ってます。
役目に誰よりも忠実で直向にこなすけれど、尊敬を受けるよりも憎まれる方が多い損なキャラです。
ちなみにもし現実に彼のようなキャラがいたら、ミカルは近寄りません。
自分や友人や恋人や家族よりも、大儀第一な人間なんてゴメンですもの(笑)
さて、次回で終わります( ̄― ̄)θ☆( ++)
06.07.23 改稿
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