どしゃ降りの涙 12










――――自分は一体、どこの住人なのだろうか?―――――


父は吸血鬼、母は父の手により同族に変えられた人間の女だったという。
そして、クライヴは母を殺したハンターの手により、死した腹から取り出された。

本来ならば母親の仇と恨むべきだろう。だが、彼がいなければ自分は母とともに死んでいた。
その男に吸血鬼ハンターの仕事を仕込まれ、成長した自分は今や立派な狩人だ。
昼の光を避け、闇夜を徘徊し、もし母が死ななかったら自分も仲間の一人となっていたかもしれない夜の世界の住人を屠り、昼を過ごす人々から金銭を得て日々の糧を得ている。

自分も、いつか完全に『吸血鬼』になる日がくるかもしれないというのに。

吸血鬼とのハーフだから、普通のハンターより遙かに強く死ににくい。だからハンターギルドからの自分への依頼は、他者がしり込みするぐらい危険なものばかりだ。
しかもクライヴに協力する者はない。
いつ豹変し、人間の生き血をすするかも判らないものになど、人々は自分達の『仲間』とは決して認めることはない。
クライヴの力を利用していても、いつ敵になるやもしれぬ相手に背中は預ける程の信頼はないのだ。

自分は、一体どちらに属する者なのだろう?
人間のままでいられるのか? それとも同属殺しの吸血鬼?


判らなかった。
生きていれば、いつか答えはでるのだろうかと思い、ただ生き延びて既に21年。
今も結局、自分がどちらの陣営に属しているのか知らない。


そんな自分に、この幼い天使は『勇者』になってくれと頼む。
一人で戦ってきた自分に、初めて手を貸してくれたのがこの天使。
『ありがとう』と、心の底から感謝されたのも初めてかもしれない。

耳に聞こえる女のすすり泣く声、怨嗟に満ちた化物の断末魔の叫び声。
それが自分の居場所、そのどちらかしか選択枝はないと思っていた。

人間も吸血鬼も信じられない。
母の暖かなぬくもりなど知らない。犬も猫も鳥ですら、クライヴが触れようとすれば、脅えて逃げる。
なのにこの子だけは……、自分に手を差し伸べた。


ぺっとりと小さな塊が、クライヴの腕の中ですやすやと眠っている。
この暖かで、小さくて丸い、可愛い天使に心が癒される。


――――天使の勇者――――


それが、行き場のなかったクライヴに与えられた、心休まる居場所。



☆彡☆彡



クライヴは、うとうととまどろみながら、己の腕に抱いている天使の髪を優しく掻き撫でた。
春の陽だまりを彷彿させる、ふわふわな金髪はぽわぽわと温かく、一度触れてみたいと憧れていた仔猫とはこんな感じなのかと笑みを零した。
自分の傍らに命がある、それが妙に嬉しくてくすぐったい。

ふと、彼の腕の中のぬくもりが、急にずしりと重くなった。
ぼんやりと眠りの淵にいる彼に、まるで水面から響くような、遠くの方で誰かがえくえくとすすり泣いている声がおぼろげに響いてくる。
日が完全に昇れば朝だ。
クライヴには寝る時間だが、普通の人間なら腹を空かせて起き上がり、朝ごはんをほお張っている頃だ。

(……腹を空かせたのか……?)

一体誰がなどと、眠気で鈍くなった頭で考えるまでもない。今ここにはおチビな天使しかいない。

(………天使は、一体何を食べるんだ……?)

4〜5歳の育ち盛りの子供なら……ミルク? いや、それだけでは腹が持つまい。
このまま眠ってしまいたかったが、クライヴは意志でねじ伏せ、目を擦りながら身を起こした。
この家に、子供が食べられそうなものはない。ましてや年の殆どを凍土に覆われた土地に、育つ作物は希少である。アルカヤ大陸ではどこも主食はパンだが、この辺は丸ごと塩で茹でたジャガイモと、自分で狩って作る干し肉か油で漬けた魚だ。
どちらも腹に重すぎる。砂糖菓子でできたようなチビ天使には、キツイメニューだろう。

(イモを摩り下ろして小麦粉と混ぜて練って……焼いて作る餅なら柔らかいか。後、先日農家から貰った牛の乳があったな。蜂蜜と混ぜれば甘い…)

クライヴの顔は無表情だったが、内心は仔猫に初めて餌をやる飼い主の気分だ。
天使が嬉しそうに目を細めて食べる姿が脳裏に浮かべば、知らず胸がわくわくとときめいてくる。彼は日の光に重たくなった体を、大きく伸ばした。
途端、鼻腔を擽る鉄錆の匂いに愁眉する。
おまけに、目を擦った時に、指に何かしっとり冷たいものがへばりついていたのか、顔が濡れている。

(……何だ?……)

眉を顰めながら手の平を覗き込む。
すると、天使を撫でていたクライヴの右手の平は、べったりと真っ赤な血で染まっていた。

「な…!!」

クライヴはエビのように飛び起き、己が抱いていた天使を見おろした。


「……痛い……、痛いよぉ……、えっえっえっ!!」


絶句した彼の目の前にいるのは、もう幼子ではなかった。
17歳ぐらいの美しい少女に成長した天使は、クライヴが上半身へ巻いてやった包帯がきゅっと締まり、縄のように傷口に食い込んでいる。そのため、ゾンビの爪に裂かれた傷が、再びぱっくりと裂けて血が流れていた。

「ま……、待っていろ!!」

クライヴはすぐさまベッドから転がり落ちると、床に置いてあった愛用の剣を抜いた。
今の彼では気が動転して、ナイフを探す余裕すらなかったのだ。

きゅうきゅうに締まってしまった包帯を裂くために、ピタリと刃をあてがうと、天使は更に手足をパタつかせた。

「……痛い、痛い、痛い、痛い……!!」
「…う、動くな!! 頼む……」

いっそ、彼女を抱えて隣家に助けを求めようかとも思ったが、外を見れば、雪に日の光が反射して、眩い程照り返している。
これでは、外に一歩出た途端、クライヴは動けなくなってしまう。
せめて曇りだったら…と、臍を噛むが、やれないことでうだうだ悩んでいる場合ではない。
自分に居場所をくれた天使の一大事だ。家にある薬草のありったけをかき集めても、手当てしてやらねばならない。

「少し我慢してくれ、傷つけたくない」

クライヴはアンジェをうつ伏せると、血が流れていない左肩を膝で押さえつけ、暴れている右肩を左手で引っつかんだ。
ゾンビを貫く刃は鋭い、下手したら肉までばっさりと切り落としてしまう。

「……ふぇぇ、えっえっ…父様ぁ……父様ぁ……」

傷口が下になり、さぞかし傷むのだろう。すすり泣く声がますます甲高くなる。だが、締め付けている包帯を解くのが先だ。
彼は泣きじゃくるアンジェにのしかかったまま、赤く汚れた布に、再び刃の先をあてがった。


そんな時だった。
ぶぅぅんと耳障りな蟲の羽音が届き、銀色に輝く巨大な橇もどきが、クライヴの一間しかない部屋に出現したのは。

異変に気づき振り向いた彼は、その見慣れぬ不思議な浮いている乗り物の中に、見知った被り物を着ている妖精を見つけ、顔を輝かせた。


「おい、そこのペンギン妖精!! お前の天使が………」
「貴様、一体何をやっている!!」

クライヴの助けを求める声を遮り、青紫色の髪を振り乱した美貌の男が、腰から黒く冷たい金属の塊らしき武器を引き抜いた。
ハンターの勘で命の危険を感じた彼は、咄嗟にベッド下に身を隠す。

「よくも僕のアンジェを……、くたばれこの強姦魔!!」

悲痛な絶叫とともに、落雷のような轟音が轟く。同時に木製の簡素なベッドが、金属の弾に抉られて穴だらけとなる。
クライヴはこくりと息を呑んだ。
飛距離といい、威力といい、とてつもない殺傷力だ。一つでもこの身に浴びればただでは済むまい。

「誤解だお前達、俺の話を聞け!!」

返答は鉛弾の雨だった。床を転がって難を逃れたクライヴだが、いつまでもこのままでは持つまい。駄目でもともとという気持ちで、もう一度声を張り上げて叫んだ。

「……俺はただ、怪我した彼女を手当てしてただけ……」

彼の逃げ惑いつつの微かな声など、所詮銃器の破裂音にかき消されてしまう。
ベッドの上では、いち早く橇から飛び降りた、同世代の少女と漆黒の髪を持つ長身の男が、泣き叫ぶ天使を抱き起こしたところだ。

「あっちいってて、邪魔よ!!」
「私の娘の裸を見れば、ジャハナに生きながら叩き込むぞ!!」

最悪だ。
行き場にあぶれた男たちの怒りの矛先の行き場は、自分の元しかない。
家の外は日が昇っていて、何処にも逃げ場はない。
自分の口下手を十二分に自覚していたクライヴは、大きくため息をつきながら、握っていた刀をしっかりと構えなおした。



☆彡☆彡☆彡


血が上ったセイランが、気前よく銃をぶっ放す。
オリヴィエもオスカーも、ゼフェルも、エルンストですら卑劣な女の敵に対し、拳を振り上げて殴りかかりに行く。


「「アンジェ!!」」
「……、痛いよ〜!!」


えぐえぐとすすり泣く愛娘の元に、まっしぐらに駆け寄ったのはクラヴィスだった。だが、追い越したロザリアが、クライヴにピンヒールでキックをかまして親友を抱き締める。

「……私は父親だぞ!!……」
「ですが殿方ですわ。叔父様はアンジェの服を、急いで調達なさってきてくださいませ」

と言われても、着の身着のままで来た彼らに、予備の服などない。
仕方なく、クラヴィスが己の長い黒衣をせっせと一枚脱いでいる隙に、ロザリアはしげしげと親友の状態を確かめた。

ベッドの上でアンジェに圧し掛かってた男を見て、ロザリアはアンジェが勇者候補に襲われているものだと思った。
だが、アンジェはどう見てもきつきつの包帯に巻かれ、痛みに泣いている。

(誰よ、こんな下手な巻き方をしたのは!!)

舌打ちし、ロザリアは血で真っ赤に染まった邪魔な布切れを、慌ててナイフで切り裂いた。見れば、彼女の胸元には、横一直線に無残に裂かれた五本の刃傷が走っている。
となるとさっきの男は、やはりアンジェに乱暴を働いたわけではないらしい。

ロザリアはこくりと息を呑み、恐る恐ると振り返った。

平屋一階建ての室内は、150平方メートルはあり、かなり広い。
板張りに毛皮の敷物が敷かれた室内を、ゴロゴロと転がって逃げていたクライヴは、かなり頑張ったがやはり多勢に無勢だったようだ。
いつの間にか銃声は止み、彼はぐるりと5人に取り囲まれ、ゲシゲシと足蹴を食らっている。

「よくも、よくも僕の恋人を!! あんた、ただで楽になれると思うなよ!!」

あのセイランが、憤怒に顔を赤くし怒鳴り散らしている。アンジェが真実愛されていることを目の当たりにできて、自分やクラヴィス的には良かったかもしれないが、現実はやはり厳しい。
例え勘違いでも、勇者候補にしでかした狼藉は許される範疇を超えている。責任は、やはり暴行を働いた殿方の皆様に、きっちりと取ってもらうしかない。
ロザリアはこほんと一つ、咳払いをして喉を整えた。

「ありがとう、クライヴ。貴方はアンジェの手当てをしようとしてくださったのね」

凛としたよく通る妖精族のプリンセスの声に、再び室内は凍りつき、恐ろしい沈黙が舞い降りた。
クラヴィスとかちりと目があったロザリアは、互いに無言のままこっくりと頷いた。
二人の思いは、この瞬間ぴったりと一致した。

(………私たちは知りません。ええ、あの人達とは、今は一切何の関係もありませんわ……)


☆彡

ロザリアのそらぞらしい御礼の言葉は、喧騒を一瞬で鎮めた。

硬直したセイランの目は点になり、オスカー、オリヴィエ、ゼフェル、エルンストも、蹴るために振り上げた足を、そろ〜っと下ろした後、一斉に気まずそうに、床にうつ伏せに倒れ付している哀れなクライヴを見た。
彼の背中は、5種類の靴跡でべたべたに汚れており、見るからに悲惨な状態だ。

セイランは、動転した気を落ち着かせるつもりか、ぽりぽりとほっぺたを掻いた。
「え〜っと、ロザリア……、どういうこと?」

「貴方さっきポーション飲ませたでしょ。それが今になって効いちゃったってことかしら。この子ったら体が大きくなってしまったから、小さい体の時に手当てしてもらった包帯が、体中締め付けちゃったのよ。全く、人騒がせなんだからぁ」

またまた重苦しい沈黙が、どんよりと押し寄せる。
その小さい体の時に、アンジェに手当てしてくれたものはといえば、そこに踏まれて倒れている男しかありえまい。

「…なんつー不幸な奴……」
ゼフェルの鋭い突っ込みが炸裂するが、今更どう足掻いても、好意を踏みにじられた挙句、体まで踏みにじられた憤りを、笑って許して欲しいな〜などの、寛大さを彼には求めても無駄だろう。

どうしようと、5人の罪人は目で連絡を取り合った。
そして、今までリーダーシップを取ってきたセイランにと注目が集まる。
だが彼は流石切れ者だった。
深くため息を一つついた後、皆の期待に答えるように、にっこりと清々しい笑みを零した。

「これはクライヴと君の分♪ 彼の担当は君だ♪」

セイランは爽やかに、オスカーの手の平に、ハイポーションを2瓶置いた。

「なにぃぃぃぃぃ!!」
「じゃ、後は宜しく頼むね。皆、撤収するよ♪」
「「「は〜い♪」」」
「ちょっ、ちょっと待てセイラン!! おい、オリヴィエ!! 俺達は親友じゃなかったのか!!」

オスカーとオリヴィエの熱い友情は、ゾンビ・ハンターならぬ、見た目ゾンビと化したクライヴに、彼ががしっと足首を引っつかまれた時点で、炭と化し終わっていたのだろう。
クライヴが、おどろおどろしい妖気を漂わせ、スラリと日本刀を引き抜いた頃には、赤毛の王子ただ一人を残し、皆は後も振り返らずに猛然とダッシュでバイクに飛び乗っていた。

「じゃあね〜♪」
オリヴィエペンギンが、すちゃっと着ぐるみの手で敬礼を見せる。

「アンジェ、帰ったらじっくりと傷の手当てしてあげるからね、もう少しの辛抱だよ」
セイランはぐったりしたアンジェをしっかりと抱きかかえた。

「おっさん、尊い犠牲、感謝する!!」
「き〜さぁ〜まぁ〜らぁぁぁぁぁ、うわぁぁぁぁぁ!!」
オスカーの野太い悲鳴が聞こえる中、バイクは全速力で天界へと帰還した。




こうして一部の勇者と、一部の妖精にとっての災厄は、ようやく終了したのだ。



☆ ☆☆

翌日の昼下がり。


「以上を持ちまして、報告を終わります」

クラヴィスを除く四大天使……ジュリアス・ミカエル、ルヴァ・ラファエル、ディア・ガブリエルを前に、包帯だらけの赤毛の妖精騎士は一礼した。

実はオスカーはジュリアスのスパイだった。
彼はセイランと行動を供にし、色々と彼の心情を探り…包み隠さずにジュリアスに報告することを命じられていたのだ。

「やはりあやつはレヴィアスと接触していたのだな」
「まぁまぁジュリアス、彼はちゃんと誘惑の手を振り払ったじゃありませんか」
「だが、あの男は息子を諦めたわけではないのだろう。これでセイランとて、何時堕天するかわからぬということが確定した」

アイリーンの所で見た、人工の皮膚で覆い、隠してある魔傷のこと。
聖杯を使って追い詰めておきながら、レヴィアスをとり逃がしたことの真相といい、どちらも捏造次第では、天界からセイランを放逐できる、絶好の脅迫ネタだ。

「ですがジュリアス様、私が見た所、クラヴィス様のご令嬢……アンジェリークが、いえ次代のジブリール様がいる限り、彼女が彼の道しるべとなりましょう。セイラン・レミエルが堕天使になる可能性は低いと見受けられます」
「いいや、レヴィアスは狡猾で執念深い。きやつは己の欲望を必ずや果たそうとする」

「あ〜…ジュリアス、私もオスカーに賛成です。あの娘はまさしく、我々の希望ですよ。クラヴィスは担ぎ出せませんでしたが、妖精族との交流も深く、なによりも天界一の放浪者、あのセイランに手綱をかけることができたのですから」

ルヴァはお茶を啜りながら、糸目を首座の天使に向けた。

「もういいではありませんか、ジュリアス。疑心暗鬼にならず、希望を持っても」
「ルヴァ、何をそなたは」
「セイランは、僅かでしたが私の養い子だったんですよ。ゼフェルのとても好い幼馴染ですし、私はつまらぬ嫌疑で、あの優秀な才能を損ないたくないんですよ。それにあんまり彼を追い詰めればね、アンジェは絶対にセイランの傍をはなれないでしょうに。それとも貴方は二人まとめて天界から放逐しますか?」
「ジュリアス、あの子が私の姪であるとともに、お姉さまの後継者であることを忘れてませんか? 先代ジブリールの遺児までも堕天の疑いをかけるのならば、私はガブリエルの名の元に、貴方と真っ向から対立いたしますわ」


ディアが反旗を翻せば、ディアを熱愛しているルヴァもつく。
そして、娘だけには心を開いているクラヴィスも同様だ。3人もの現在の四大天使が離反すれば、ジュリアスの管理能力が疑われ、首座の地位すら危うくなるだろう。
何故なら今、ジュリアスが失墜したとしても、天使族の束ねとなれる程の力量を示す天使は既に存在するのだ。

レヴィアス・ルシフェルの愛し子、セイラン・レミエルが。

どれ程忌々しく思っても、セイランの悪評を流し、公然と彼を始末し憂いを断つまで、彼はしばし沈黙を守らざるをえなかった。


☆彡☆彡


「全く困った男だ。天使族の長に立つものが、いつまでも兄への私怨と疑心暗鬼に囚われるとは。お前も少しは身辺に気を配ることだな。あやつは自分自身が天界の法律だと勘違いしている、お前が目下一番の目障りだ」

クラヴィスの執務室で水晶球を覗いていたセイランは、冷ややかに執務机に頬杖をつく、長身の上司を見上げた。

「僕に助言なんて、一体どういう風の吹き回しなのさ?」
「お前がジュリアスに処分されれば、アンジェが泣く」
「へぇ、それって僕を暗に娘の恋人と認めたってこと?」
「………」

無言は肯定、そう勝手に解釈したセイランは、にっこり笑っていそいそと懐から一枚の書類を取り出した。

「じゃ、ついでにこれにもサインして。どうせ確定している未来なんだから、早い方がいい」

頭にでっかく【婚姻届】とある。クラヴィスの眉間の皺が急に深まった。
いくら天界でも、18を過ぎるまでは親の許可が必要だ。

「成人前の一人娘を、誰が嫁に出すか!!」
「じゃ、こっちでもいい。はい、さっさとサインして。僕だって暇じゃないんだからさ」

じゃきっと銃をつきつけ、書類にサインを促す。
【セイランとゼフェル、下記のもの二名、特別にアルカヤへ派遣する】の文字に、クラヴィスの彼を見据える紫水晶の瞳が更に険しくなった。

「僕の有給休暇、まだ40日残ってたよね。折角の休日だし。さぁ、アンジェと何処にデートに行こうかな♪」
「私用で地上に降りるな」
「とんでもない、一人戦地で苦戦している可愛い恋人に、色々と補給物資も届けてあげたいしね。だからあんたの許可がいるんだよ」

「図に乗るな!!」

切れたクラヴィスが、ゆらりと全身を紫のオーラを滲ませて立ち上がった。
それと同時に、彼の怒気に誘われて、罪を犯した罪人の魂が住まうジャハナから這い出てきた亡霊が、ひたひたとみるみる彼の執務室を埋め尽くす。
セイランは、とっととウリエルの印鑑を勝手に借りると、ぺたりと書類に一押しし、笑って執務室から逃げだした。

亡者が溢れたこの宮殿に、怒り狂ったジュリアスが飛び込んでくるのは時間の問題だろう。
ずっと喪に服していたクラヴィスの宮殿も、賑やかになって大変宜しい。

どんな涙もいつかは乾くということだろうか。
生きている限り。
前に進む限り。




逃げ出したその足でフロー宮殿に顔を出せば、主はやはり開発室に引篭もり、昨日集めたデーターを頼りに、バイクの更なる改造に勤しんでいる。

「ようセイラン、どうした?」

油にまみれて真っ黒な彼に、セイランはにこやかにぴらぴらと書類を振った。

「今日もアルカヤ行きの許可書をもぎ取ってきた。しかも騒ぎの後始末は、全部クラヴィス様持ち。君も行く?」
「当たり前じゃねーか。お前とつるむと面白れーし♪ おい、エルンスト!! 爆弾の試作品をバイクに積み込め〜!!」
「チャーリー、後、勇者達の武器を一揃えね。支払いは僕のAPポイントで♪」


昨日同様、急なお出かけ決定に、わらわらとフロー宮の職員が慌しく駆け回りだす。その間を縫って、セイランはゼフェルからぽんっと渡されたバイクの装甲を受け取ると、せっせと溶接を手伝いだした。


(またいたぶられる一部の勇者達にはご愁傷さまだけど、ね)


一日も早く、アルカヤを平和にしたいと望む、アンジェの気持ちが最優先。
どれだけどしゃ降りの涙が流れても、アンジェの幸せが、自分の喜びなのだから。



FIN


06.09.20.










鬼です。セイラン。
アンジェ至上主義も大概にね(笑)。



このお話は、青海萌子さまのサイト開設記念に差し上げるためにスタートした連載でした。
なのに蓋を開けてみれば、完成まで足掛け…5年?
オープン記念どころか、かの方のサイトはとっくに閉鎖を迎えられ…遅筆も大概にしとけよと怒られても仕方が無い状態でしたが…どうしても書き上げたかったんです。アイリーンの所での、あのセイランの過去を。

子供の幸せを、親が勝手に決めてはいけません。
ましてや親の都合で邪魔になり、また残していくことが不幸だからと殺すなんてもってのほか。
自分の心の中で絶対正しいと信頼し、愛していた存在に裏切られたセイランが、自分の心にけじめをつけ、立ち直っていく軌跡がどうしても書きたかったんです。
そんなミカルのエゴで、長い間途切れてしまったお話を、ここでお読みくださった皆様には、感謝しております。

そして、実は未来編のメモもあったりします( ̄― ̄)θ☆( ++) 
かなり長編になりますし、フェイバリット・ディアのゲームも時代の彼方に消えうせ、知らない方の方が多い昨今……とっくにサイトでのアップは断念してます。
でも、セイラン達の今後が知りたいという方々の為に。

内容を抜粋するとこんな感じでした↓(超シリアスです。苦手な方は、ダッシュで回避願いますm(__)m)


エノクの書では、「レミエル」は神の傍にはべる7天使の一人ですが、実は同じ書物でしっかりくっきりと「堕天使」と書かれているそうです(←オイ)。

…将来セイランは、レヴィアスの執念が実り、奴の姦計に嵌められ、堕天使となりますΣ( ̄ロ ̄lll) ガビーン

でも、魔界には行かず、奴はインフォスやアルカヤを含む人間界に留まり、1匹狼を貫きます。
そして、世界の何処にでも、アンジェはお持ち帰りします。
彼女はかつて自分の勇者だった者達の子孫に、ゴロゴロ懐いて(普通は逆だろ?)、とっても可愛がられます(←コラ)

セイランを野放しにせず、ジュリアスが執拗に殺そうと追いかけます。
命を狙われている男に、付き従う自分の娘。
クラヴィスは自分を庇って死んだ妻と、娘がダブって見えます。なのでこのままではきっと、セイランを庇って死ぬハメになると予知します。
彼はアンジェの幸せを思って、昼行灯を辞め『娘を取り戻すためだ』と偽って戦場に駆け戻り、ジュリアスを大層喜ばせます。
そのままジュリアスは全軍でもって、魔界制圧へと乗り出しますが、実はクラヴィスの目的は、ジュリアスの暗殺。
クラヴィスは、誰がこの世界に戦を呼び込むか、ちゃんと判っていたんです。おのれの価値観を、神の思し召しだとこじつけ、粛清に乗り出した首座の天使。

彼の兄が堕天したこと、それがコンプレックスの引き金です。
ジュリアスは、自分の双子の兄を心の奥底では妬んで憎んでました。自分にないカリスマ、人をひきつけ、心酔させる魅力、そして神の信頼。
それが堕天し、魔界の王となったとき、自分を苦しめてきた過去の汚点は消してしまえという狂気となります。
所詮は身勝手な逆恨みですが、天使族のトップに立っているから質が悪い。

この話のラスボスは、魔王のレヴィアスでなくジュリアスです。

ゼフェルは情が深いから、嵌められて堕天した親友も討てないし、かといって兄ルヴァが討たれるのも嫌だと、心が板ばさみとなり精神が崩壊し……、自滅しかけたところを、レヴィアスに捕まり誘拐されます。
ゼフェルは、レヴィアスが息子を取り戻すための餌です。
セイランは、一度懐に入れたものはとことん大切にするから、絶対ゼフェルは見捨てられない。

また妖精族は混戦のどさくさに紛れ、天使に反乱を起こして隷属を拒否します。最初はリュミエールvsジュリアスでしたが、リュミエールとカティスがジュリアスの罠に嵌って殺されますので、激怒したロザリアと彼女と結婚したオリヴィエが正面から激突します。

幾多の命が散ります。
ぶっちゃけ4大天使は全滅です。


ディアは初めて見る戦場に、裏切りと怨嗟と死の狂気に耐え切れず、自滅して堕天し、『ガブリエルの地位にあるものが、みっともない』と、ジュリアスに秘密裏に殺されます。
ルヴァは、ディアが処分されたことを知りませんでした。最後にそれを知ってしまい、ジュリアスを呪います。
クラヴィスはジュリアスを殺した直後にオスカーに討たれます。
オスカーは自分の父母がジュリアスに粛清されることを知っていながらも、ジュリアスに忠義を貫き、また最後までジュリアスに尽くしたので、妖精族の裏切り者として王子の地位を剥奪、そしてオリヴィエに殺されます。

ディア亡き後、ルヴァの協力で母の地位を引き継いだアンジェが、ルヴァの命を使って世界を天界、魔界、人間界にきっちり分けます。
天界の介入を退けた妖精族は、女王ロザリアとともに人間界に降ります。そこに、アンジェとセイランはちゃっかりくっついていきます。
天界はゼフェルがルヴァの地位を引き継ぎ、魔界は今までどおりレヴィアスが支配することに。

セイランとリモ、オリヴィエとロザリア、レヴィアスとチビコレット、ゼフェルとチビレイチェル、オスカーとレイラの子孫が最終カップルです。

かつて信頼し、時を同じく過ごした仲間だったからこそ、愛憎ドロドロ。好きだった親友が敵になった時、大切な存在だったからこそ、自分の想いが届かず、何故わかってくれないのかとの憎しみも凄まじい。

ミカル、実はこういうシリアスも、結構好きなんです。
プライベートで、いつか書きたいと狙ってます(遠い目)


月猫がミカルのお尻を叩き、メモを纏めてくれなかったら完結しませんでした。特大の感謝は姉さまにvv
そして、待っていてくださった皆様に、少しでも楽しんでいただけましたら嬉しく思いますm(__)m


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