銀の迷宮 5
「おい、ルヴァ……釣れたか?」
「……あはははは……」
ルヴァは乾いた笑い声を立て、自分の傍らに置いてあった竹を編んで作った魚篭をカティスに見せた。
その中に入っているのは海藻と小さな蟹が三匹。愚かにも岩場で腰を下ろしていたルヴァの膝によじ登ってきたものを捕らえたものだ。
「……まぁ……今日は蟹のスープに、芋でパンを焼くか……」
カティスはくしゃりとルヴァのターバンをかき撫でると、自分が掘ってきた芋と摘み取ってきた若菜の入った籠をルヴァに見せた。青々とした菜の花と、少し黄色がかった固い芋はどちらも春の物である。
それを目にしたルヴァは、自分達二人がとうとう冬を越してしまったことに気がついた。
何処までも広がる真っ青な海。時折飛魚が跳ねる程度で、船の影など一つも見えない水平線。
事故と思えないような船の火災。この島に無事漂流できたのはひとえにカティスとルヴァの従者達が身を呈して二人を逃がしてくれたからだ。
船は沈み、この無人の小島には誰も居ない。
この島に流れ着いた難破した船の残骸から毛布や雑貨を、波打ち際に打ち上げられた死体を葬りがてら衣類をかき集めた。海水で錆びかけたナイフの刃を石で砥ぎ、草を毟って藁にして、雨水を凌ぐ為に建てた小屋の屋根と床に敷いた。
できないなど尻込みする暇もなかった。
やらなければ死ぬ。
(……私達は……絶対に国に戻らなくてはならないんですからねぇ……)
当時、フェリシア公国の公子カティスは第三子という気軽な立場に加え、正妃の生んだ子であったため、七歳の頃から『遊学』と銘打った同盟の人質としてルヴァの王宮に差し出されていた身だった。同じくエリューシオンの三番目の王子で庶子だったルヴァは、母が異国の奴隷で出産と同時に亡くなっていたため血縁者も無く、カティスと二つしか年が離れてなかったこともあり、彼と一緒に勉学を学んだ。ひねくれてもおかしくない環境にありながらも、くったくなく笑い周囲を安心させようという心遣いのできるカティスを、ルヴァはその人柄を好ましく思い、実の兄よりも慕っていた。
だが、月日は国の力関係を変える。
ルヴァが十五になった頃、隣国アルカディアの侵略が激化し今度はエリューシオンの方がフェリシアの属国のような関係になってしまったのだ。
ルヴァは『遊学』と銘打った人質として、帰国を許されたカティスとともにエリューシオンに向かった。桁違いに聡く、幼い頃から神童と呼ばれ、僅か十歳で論文を発表し、今では生物学、植物学、天文学、政治学等数多くの本を書いたルヴァである。将来は『歴史に名を残す程の宰相』になるだろうと、庶子でも数いる王の嫡子以上の価値を認められたのだ。
となれば、我が身の安全を喜びつつも、『庶子風情が選ばれて、正当な血筋の誇りを傷つけた』とルヴァを疎ましく思う兄もあったのだろう。
カティスとて正嫡の公子である。彼が二度と戻らぬことを前提に、フェリシアの中枢は政治を進めてきたのだ。血筋の良い公子には次世代の大公継承権がある。ましてやカティスは既に学者として名高いルヴァが『終生の友』と固く誓った間柄だ。カティスの帰国を快く思わない他の兄弟がいても不思議ではない。
二人は周囲が心配するほど野心などなく、ましてや皆が勝手に期待する通りに大公にも宰相になるつもりも無かった。
「……私は勉強が好きだっただけなんですがねぇ……学び舎に入って、一生歴史や伝承の研究に身を捧げていたかったですよ……」
「それを言うなら俺だって、農作物の品種改良と酒作りに一生を捧げたかったさ。くそっ……俺の葡萄の苗。フェリシアで根付けば、きっと美味い酒が造れたかもしれないのに……」
カティスが船にせっせと乗せた幾多の苗木も、ルヴァが積んだ多くの書物も、もはや海の藻屑となり自然に還ってしまっている。
その互いの大切な物品に心を馳せ、二人はしばし無言だった。
冬の透き通った空とは違う。煙って白く霞んだ淡い水色の空を見上げながら、ルヴァは深く息を吐いた。
「……春になりましたねぇ……」と。
やがて、カティスも酷く深い息を吐いて、掠れた声で「……そうだな……そろそろ潮時だ……」と囁いた。
「乾杯には酒があるといいんだが、これが代わりだ」
カティスはルヴァに向かって茶色の袋を放ってきた。両手で受け取ると、ちゃぷりと音が鳴り、見かけよりも手にずしりと重い。
「私達らしくていいじゃないですか♪」
手に入るもので程よく満足できる二人である。地に足がつきすぎて二人を良く知る者達には『じじむさい』と称されているが、この気取りの無さが居心地良かった。
ルヴァは早速袋の口紐を解き、柑橘系の実を絞り入れた飲み水の入った皮袋を口にすると、陽だまりで温まり火照った体に、程よく水分が染みとおる気がする。
この食材も豊富な孤島で、このまま誰からも忘れられて気の合う親友と二人で生活することも可能ではある。だが、人質として他国に赴くルヴァの随従を志願し、謀殺されかけた自分を守り、逃がすために殺されてしまった供の者達の想いを思うと、そんな自分勝手な生き方は決してできない。
彼らの期待に応えられる程偉くはなれないとは思うけれど、それでも命を捧げられた分、彼らの分までしっかりと生きて、この世に役に立つ人材になりたいとは思っている。
カティスとともにフェリシアに帰らねば、エリューシオンがこの公子を殺したと言いがかりをつけられ、より危うい立場に追い込まれることとて予想できるのだから。
「………絶対に生き延びて見せます………」
「………ああ……俺達は必ずフェリシアに帰る……………」
本で得た知識のみで、実践は全く無かった二人ではあるが、食材の乏しくなる孤島の冬を無事乗り切ることができたのだ。だから春になっても迎えの船が来なければ、二人はフェリシアに帰るために小船を出そうと決めていた。
二人は拙いながらも必死で漏れない樽に水を詰め、やはり流れ着いた船の残骸から見つけた避難用のボートを改造し、干し肉や芋をすりつぶして作ってみた固く焼いたビスケットを山積みし、これまた焼け残った海図を頼りに夜の星を読み、潮の流れに沿い沖に出る。
大きな航海船が通る海のルートに出れば、行き交う船に拾ってもらえると、その機会を望んでの賭けだった。
二人は、この擦り切れた服という汚い身なりなら、何処から見ても遭難者だ。例え商船とか軍船等のまともな船でなく、奴隷商に掴まったとしても、未だ十七〜十五の健康な子供なら、売るために生かされ大陸の港に辿り着くことができる。そして生きている限り、何処にでもチャンスはあるのだから。
二人がそんな決死の思いで出航し、海のルートに出て十五日後。食料と飲み水が乏しくなった頃に、言葉の殆ど通じない幸か不幸か南大陸の軍船に拾われた。国交もない国の軍人達は、当然ルヴァ達の願いも介さずにとっとと本国に船を走らせてしまったけれど、その間水夫として真面目に必死で働いた二人の為に、港で北大陸の商船に働き口を斡旋してくれた。
そこで、ルヴァとカティスは知ったのだ。
ルヴァの国エリューシオンがとっくの昔に隣国アルカディアに滅ぼされてしまったことを。
二人がエリューシオンからフェリシアに向かって出航した時から、もう一年半の歳月が経っていた。
そして、行き場も価値も失ったルヴァは、カティス共々神殿に預けられる身となった。
ルヴァの血縁者は赤子一人残らずアルカディアの者達に殺されていた。彼はエリューシオンの新王を名乗る権利はあったが、アルカディアとの戦を避けたいフェリシアから、擁護を得ることなど政治的な立場上不可能だった。
フェリシア大公も代替わりをしていて、カティスの腹違いの兄が即位していた。カティス公子も長く辛い人質生活の末、やっと国に帰れる船の上で事故にあった……『悲劇の王子』として既に大々的に国葬が行われており、彼がルヴァ王子と出航していたことは、吟遊詩人達の歌により、大陸中に知れ渡っていた。
『命があるだけ、幸せだったと思ってください。貴方を匿っていることを知られたら、わが国は外交上非常に不味い立場に追いやられるのですからね』
一生名も無い修道僧として神殿の奥深くに閉じこもることを約束させられ、その知性を買われて『フェリシアの為になるなら』と許された研究を進める飼い殺しの日々。毒殺されなかったのは、ルヴァの知性を惜しまれたことと、本当に彼が神殿の書庫に閉じこもり、全く外部と一切の接触を取ろうと行動しなかったためだろう。
ルヴァ自身、故国復興など叶えたいとも思っていなかった。
歴史書の紐を解けば、滅びぬ国はないという判例を嫌という程理解している。自分が救国の英雄になれる程の豪傑でもなく、支配者としての器もないことを知っているルヴァにとって、フェリシア中枢部の懸念は全くありえない『買いかぶり』だった。カティスがその血筋の良さから名目だけとはいえ『修道院長』『大神官』の地位にあり、読みたい書物等の申請に多少無理が利く程度の軟禁生活は、結局ルヴァの故郷を滅ぼした国が、このフェリシアに侵攻してきたことで幕を閉じた。
若い男は全て剣を握った。無論ルヴァもだ。
王子教育の一環として身に付けた剣技と初等の魔術を駆使して、自身が生き残る為に戦いつづけた。冷静な目で、自分が生き延びられるように武術を学び、己を研鑚した。その結果神殿騎士としては五指に入る程強くなったが、ますます激戦区に送られるようになってしまい………。
そしてとうとう……ルヴァは死に至る魔傷をつけられてしまったのだ。
死へのカウントダウンが始まった時、ルヴァは初めて後悔した。
――――私は……一体何の為に生まれてきたのでしょう――――
――――何の為に私は只一人生き残ったのですか?――――
ずっと……ずっと、周りに振り回される人生だった。
彼の望んだのは穏やかな生活。学問に生き、追求し、その得た知識で万民の役に立つこと。
なのに……折角得た知識も、神殿の中で朽ち果てるだけ。
神殿の外へ出るどころか中庭を一人で歩くだけの自由さえ認められない。いつも従者が付き従い、本殿にいる神官以外の庭師とも気さくに声すらかけられない。
何の為に学んでいたのだ? 生かせる場所などないくせに?
何の為に戦場で剣を振るったのだ? 守る民も国もないくせに?
何の為に生きていたのだ?
何故自分一人が生き残ったのだ?
エリューシオンの王族は赤子一人残さず死んでしまったというのに?
このまま結婚もできず、子孫も残せず、死ぬまで神殿に閉じ込められる日々に、一体何の意味があった?
「神よ……太陽神ジュリアス様………何故貴方は私を生かしたのですか? 貴方は私に何をさせたかったのですか?」
ルヴァの背を蝕む傷は、カティスが駆けずり回って高位術者を呼び集めてくれても治癒できなかった。ルヴァは日々残り少なくなる自分の時間を数えながら、必死で自身が生き延びられる手立てを探した。
このまま、何もせずにくたばるなんて嫌だった。
現代の医学や魔術が駄目なら、神々や自分の知らない古代魔術に頼ろうと、文献を読み漁り続けた。そんな自分に、カティスがこっそり貸してくれたこの神殿の秘本『賢者の石』。
大魔道師オスカーが、酒場や女の閨で披露した口頭を魔術師達が綴った怪しげな本。けれど自分が中途半端に描いた魔方陣の暴走により、自分はこの銀の森に飛ばされてきた。
(……会えたのは星天使アンジェリークではなく、チビちゃい天使のアンジェでしたけれどね……)
≪ルッヴァ〜♪ だ〜い好き♪≫
小さな体がぺとりと背中にへばりつく。痛いがその親しみに満ち溢れた無邪気な振る舞いに、ルヴァは戸惑いながらも人の暖かさに喜びを味わっていた。彼女と過ごした森の日々は、人の目を気にせずに過ごせた貴重な時間だったと言える。亡き国の王子としてでもなく、異国の神殿騎士でもない只のルヴァとして過ごせた日々。家族と交流の全くなかった自分に優しい時間を与えてくれた。
熱い背中。体を切られて前かがみになるルヴァは、喉に血が溜まりこみ上げてくるのを感じた。
≪止めてぇぇぇぇ!!≫
そう泣き叫んでくれるアンジェの悲痛な声を耳にして、ルヴァはほっこりと微笑んだ。
――――私はきっと……この為に……アンジェの役に立つために生かされてきたんですねぇ―――――
故国のために戦うのでもなく、戦場で一人死ぬのでもない。優しく愛らしい彼女に看取られて死ぬのだと思うと……彼は本当に嬉しかった。
自分と同じように……彼女のせいでもなくまた彼女の意に添わぬのに、森に閉じ込められざるを得なかった、気の毒なアンジェのために、この身が役に立てたと思うと………ルヴァは満足だった。
……筈だった……のに。
「…………?……………」
待てども暮らせども、ルヴァの命を絶つ止めの強靭が振り落ちる事はなかった。
その代わり、彼は背に飛び込んできた衝撃に潰され、大地に顔から突っ込んだ。
鼻を打ち、喘いでいた口に土が入る。砂のじゃりじゃりの気色悪さ両手をつき、身を起こしたルヴァは、自分の背後から頬を撫でる金糸の滝を目にした。
「…………?…………」
そして、彼はざらつく口を、自分の肩のマントで拭って気がついた。
さっきまで口に広がっていた血の苦い味がすっかりと消えていること。
そして、背中に彼女がしがみついているのに、全く痛まなくなっていることを!!
「…………アンジェ………? これは………」
一体……?
そう続く筈だったルヴァの言葉は、掠れて紡ぐことができなくなってしまった。
たった一瞬の時だった。
けれど永遠に等しい長い奇蹟の刻。
視界を覆った凄烈な光が消えうせた後、アンジェもまた、ルヴァに覆い被さったまま凍りついていた。
銀色の葉が舞い落ちる中、ふわふわと漂う真っ白の羽根が、自分の目の前を横切っていく。
背に大きく伸び、体を覆う程広がる真っ白の翼。
この翼で自分は飛んだのだ。信じられない。
そして………アンジェはぎゅっとルヴァの首に縋りつきながら、後ろを振り返った。
何かに縋りついてなければ信じられなかった。これは、本当に自分がやったことなのだろうか?
「…………う………そ…………」
その一言以外何が言えただろう?
ルヴァを襲った男達は、剣を振りかざした状態で無数の光に串刺しされ息絶えている。やがてそれらは森に養分を吸われ、カラカラに乾いてただの土塊となり割れて崩れた。さっきまでアンジェと刃を交えていた者達も、ルヴァの魔法によって打ち倒された者達も、何時の間にか皆砕けている。
アンジェの背から抜け落ちた羽根が、新たにできた土塊の欠片と一緒に風に弄ばれ嘲笑うかのように舞う。草地は陥没し円形状に抉れている。だが一番悲惨なのは周囲の木々だ。惨たらしくなぎ倒された木は、見る見るうちに銀の光が消え死んでいく。
隙あらばアンジェを奪おうと、遠巻きに戦いを見ていた者達は、ある者は腰を抜かして蠢き、また自ら扉を潜り、また森の更なる奥深くに逃げていった。
アンジェはまた自分のしがみついているルヴァの首を指でなぞった。
背中をぱっくりと切られた筈なのに……首から切り裂かれた布地を辿り、背中を直に指でまさぐるが、何処にも傷がない。勿論出血も………全てが綺麗に治っている。
「……アンジェって何なの……?……」
かたかたと身が震えてくる。
もう一度ルヴァの首に縋るようにしがみ付きながら、アンジェは自分に言い聞かせるように歯を鳴らして囁いた。
捨て子だった自分。
誰もアンジェが誰から生まれて何処から来たのかも知らない。
人間だと信じていた。
兄達と同類の人種だと。でも。
人間には翼はない。
ましてや……こんな風に呪文も呟かず、魔方陣も描かず、術を発動させるなんて……いかなる魔道師にもできやしない。
「………天使様………」と。
ルヴァが掠れた声で囁く。
その異様に静かな音色に、アンジェの体に震えが走った。
案の定、ルヴァは穏やかだった顔を高揚させ、あこがれと羨望に満ちた眼差しで、アンジェを仰ぎ見てきた。
「………貴方は……本当に天使様だったんですよ……」
――――――違う!!―――――
そう言いたいのに。体は全身で否定しているのに。
アンジェの開きかけた唇からは、何一つ否定の言葉が出てこない。
次第にルヴァは全身を小刻みに震わせ、目にじんわりと涙まで溜めだした。
――――止めて!!――――
「神よ……私は本当に愚か者でした………。貴方様の大いなる慈愛を疑い、道に迷っていた私に対して、このような証をくださるとは……」
はらはら……と、ルヴァの双眸から、涙がどっと滝のように頬を流れ落ちる。
「……ル……ルヴァ?……」
もう、この先は聞きたくないような気がする。アンジェはとっととルヴァの背から逃げようと手を緩めて背から滑り降りた。だが彼女の右手を、ルヴァがぱしっと引っつかんだ。
「ひぃ!!」
そしてアンジェの目の前に、ルヴァは爽やかに……そう、何故だか吹っ切れたようににっこりと微笑んだのだ。
「……私は今悟ったのです。天使様が扉を開き、数多の者達を呼び寄せたというのに、この私だけが貴方様をお救いし、お守りする栄誉に預かった……」
うっとりと、自分に言い聞かせるように呟く声。アンジェは思いっきりぶんぶん首を横に振って応戦するが、ルヴァは自分に酔いしれているのか、彼女のゼスチャーに気がついてくれない。
「……天使様の役に立てと。それが私に与えられたジュリアス様からの天命なのです!!」
「そんなの偶然よ!! ひゃううう!!」
ルヴァに両肩を引っつかまれ、アンジェはあまりの痛さに悲鳴を上げた。
「離して!!」
彼の爪がアンジェの肩の肉に食い込んでいる。振りほどこうとしてもがけばもがくほど、ますますルヴァの指は食い込んでいく。
「いいえ。出会いは運命なのです!!」
『痛い!!』と身を振りほどこうにも駄目だった。
アンジェはルヴァの顔を見上げてぞっとして身が竦んでしまった。
ルヴァの穏やかに笑う顔が怖かった。
何よりも彼の目が気持ち悪い。
もうさっきまでの気安いほえほえとした青年はどこにもいない。
彼が自分を見る眼差しは……崇拝と敬意の目!!
――――どうしてそんな目で見るの!!――――
『嫌だ!!』と、口から言葉が零れる前に、ルヴァがアンジェの目の前で膝をつき、恭しくマントで作った薄汚れたドレスの裾を手に取り、そっと唇を押し当てた。
「私は、天使様に永遠の忠誠を誓います」
「困る!!」
アンジェはそう叫ぶと、ルヴァの躰を両手で力一杯突き飛ばした。
「早く自分の世界に帰って!!」
踵を返して再び金の扉に向かって走る。そんなアンジェの体は、軽々とルヴァの両腕に浚われ、抱きかかえられる。
「勿論です!!」
もう二度と離すものかというように、息苦しい程締め付けられる。アンジェがじたばた両手両足を動かしても、彼の腕はびくとも動かない。
「貴方様をこんな世界に閉じ込めるなど、断じて許せない」
(え?)
見下ろすと、ルヴァは黄金色に輝く扉を、まるで仇のように睨みつけている。
「私の命に代えても、貴方様をお救いします」
「はぁ?」
「天使様を……自由な世界に……!! 貴方の望むように、自由に生きられる天界に御帰しいたします!! ここは貴方様の住むべき世界じゃない。こんな森……こんな牢獄……!!」
「ち……ちょっと!! ルヴァ!!」
彼は迷惑なことに、自分の信じる神とかいうもののために、全てを捨てることに陶酔している。
「全てを焼き尽くす聖なる焔よ。神の眷属たる天使様の御為に、我が召喚に応えよ!!」
ルヴァの求めに応じ、金の混じった紅の炎が、凄まじい轟音を立てて彼の手の平に宿った。
その燃え盛る火は、アンジェの翼を凌ぐ高さまで跳ね上がり、ぐるぐると円を描いてルヴァの手の中に集められた力の糧となる。
(どうして? 止めてよ!!)
ルヴァがこんなに強力な魔術を使えるなんて思いもしなかった。焔は何も無いはずの空間から次々と生まれ出て、ルヴァの手元に収まりつづける。永遠にも続けられそうなこの力の収集に、アンジェ自身がぞっとした。
こんな火炎をぶつけられたら、あの扉が無事に済むはずないではないか!!
「ちょっとルヴァ!! 何を考えてるの!! 止めて!! 兄様達が帰れなくなっちゃう!!」
アンジェは拳を丸めてルヴァの脳天に叩き込むと、ついでに彼の顔面を膝で思いっきり蹴り上げた。
流石のルヴァも、鼻を蹴られて身を折って倒れた。その隙に、アンジェも身を捩ってルヴァの腕から逃れ、脱兎のごとく扉へ向かう。
今度はもう一切迷いはなかった。
ルヴァを元の世界に返すのだ。
そんなアンジェの背後に、ルヴァの悲痛な叫び声が届いた。
「天使様!! 何故私を拒絶するのですか!!」と。
瞬間、アンジェの体から血の気が引いた。
――――この男……冗談じゃない!!――――
ルヴァは確かにこの森に来るのに値する。アンジェを己の理想とする天使像と結びつけ、期待し、追い詰める。
自分の信じる道に貧欲な男。それは『狂信者』
「天使様!!」
「違うもん!! アンジェは天使じゃない!!……きゃううううう!!」
ルヴァが死に物狂いで腰にしがみついてくる。アンジェはその体当たりとルヴァの体に押し倒され、地べたに顔から突っ伏した。
打った鼻が痛くて熱くて、目にじわりと涙が溜まる。
「天使様!! 私を拒絶しないで!!」
ルヴァの腕が、力一杯アンジェの肩を押さえ込みに入る。その腕を振り解こうと手をばたつかせながら、アンジェもまた必死で身を捩り逃れようともがく。
ルヴァには好意を持っていただけに、ゾンビよりも質が悪い。
「嫌……離して……離してルヴァ!!」
アンジェは必死で叫んだ。ルヴァに懇願した。
けれど、ルヴァもまた……アンジェに望む言葉は一つだけだった。
「どうか……私を拒絶しないで。私とともに……天使様……どうか『はい』と!!」
アンジェはルヴァの期待に応えられない。
応えたくない!!
「嫌……嫌……オスカー兄!! ヴィエ兄!! いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ザシュッと、肉をぶった切る鈍い音が耳に届くと同時に、アンジェの顔に生暖かな雨がしぶいた。
赤い……と気がついた時には、ルヴァの首がゆっくりと落ち、アンジェの左横にゴロンと転がった。
「……………」
血を勢い良く撒き散らしながらアンジェの体にのしかかる首のない体を抱きとめる。
赤い血煙の向こう側にあるのは、血の色に負けず劣らぬ鮮やかな赤い髪。
「………大丈夫か、アンジェ?………」
オスカーが血に汚れた長剣を手に、心配げにアンジェを覗き込んでいた。
02.03.16
(* ̄∇ ̄*)エヘヘ〜クライマックス♪♪
ルヴァとアンジェの泥沼な遣り取り。これを書きたかったの〜( ̄― ̄)θ☆( ++)……(と言ったら、ルヴァ様ファンには本当に怒られそうですが)
『大好き』や『想い』の順番は、人によってそれぞれ違いますよね。
誰にだって譲れない『一番好き』があります。
本当に欲しいもの、その『一番』のためなら、『二番目』『三番目』など、霞みとなってハイさよなら。逆にいえば、人が見て『あんた何やってるの!!』と思うようなことでも、本人が『これが一番好きよ』と思っている環境にあれば、本人は幸せ♪
さて、次回でやっと終わりです。
BACK NEXT
贈り物の部屋に戻る
ホームに戻る