伝説のエトワールって何!? 1
オスカーが、ジュリアスに頼まれた指示書を、エルンストに届けに王立研究院に訪れた時だった。
馬から降りた彼の頭上を、聖地には不釣合いな小型貨物艇が横切っていく。
リュミエールが自宅の改修にと下界から呼び寄せた建築業者達だ。
(早いな。奴が嘆願書を提出したのは、確か昨日の筈だったが)
伊達に聖地の警護を任されているわけではない。下界から人員を呼び寄せる時は、炎の守護聖の元に書類が回ってくるから、オスカーは聖地外からやってくる者のことを、誰よりも熟知していると自負している。
しかし、リュミエールが庭園でなく自宅を改装するなんて、オスカーの知りうる限り初めてのことだ。
しかも改装の名目は、建物内に『核シェルター』並みの、頑丈な保管室を一つ作成することだという。
余程気に入った美術品でも購入したのだろうか?
まぁ、自分には関係のないことだ。
(さて、エルンストはどこだ?)
あまりそりが合わない同僚のことなど頭から振り払い、オスカーは早足に建物に入る。今日は折角の金曜日だ。この後気に入りの女達と粋に遊ぶ予定もあるし、ヤボな用事など、とっとと済ませてしまいたい。
受付嬢の案内を断り、勝手知った主任室に向かう。だが、お目当ての姿は無かった。
(あいつめ、何処にいきやがった)
オスカーは舌打ちすると、筒状にして持ってきた指示書で、ポンッと一つ己の肩を叩いた。その時だった。
「ですから、非常事態だと申し上げているのです!! さっさとゲートを受け入れなさい!!」
オスカーは、我耳を疑った。
(今の…、エルンストか?)
いつもマイペースで穏やかな男が、静まり返った無機質な研究院で怒鳴り声をあげているのだ。それに今、あの男は≪ゲート≫と言った。
王立研究院で≪ゲート≫は、次元回廊を指している。皇帝が侵略した経験を踏まえ、研究院の職員達が緊急時に主星の星都に避難できるようにしつらえてある特別な道だ。使用許可は主任のエルンストに任されているが、一体何の理由で使わねばならなくなったのだろう?
非常事態と言うわりに、オスカーの所には、何も報告がなかった。
聖地の警護はオスカーの任務だ。ますます腑に落ちない。
オスカーは俄然、エルンストが何に対して怒声を浴びせているのか興味が湧いた。
「もういいです!! 貴方ではお話になりません。主席主任をお呼びください。私が直接話をつけます」
(…おい、今の甲高い声は……、まさか)
オスカーはエルンストとは違う声を頼りに早足で廊下を進み、研究院の中心部にある特別な回廊に続く扉に向かった。エルンストは案の定、下界と通じる次元回廊に続く扉の入り口前で、壁にしつらえてあるモニターの通信機を片手に声を荒げている。だが、オスカーが何よりも驚いたのは、エルンストの傍らに立っている男の存在だった。
「やっぱりリュミエールか。お前、一体ここで何をしているんだ?」
自宅の改装をしている筈の男がどうしているのだろう? しかも次元回廊の目の前で。
だが、オスカーの問いかけに、リュミエールはあっさり無視を決め込んでいる。陛下やロザリアの前ではないから、表情を取り繕う気はないらしい。
(相変わらず、根の暗い奴だ)
オスカーは内心ムッときたが、好奇心の方が勝った。怒りをこらえて二人を観察すれば、彼らは供に険しい顔で画面に映る王立研究院の職員を睨んでいる。
そしてオスカー同様、エルンストに何か用事でもあったのだろう。書類の入ったバインダーを手に、二人を遠巻きに固唾を呑んで見る、年若い女性職員二人の顔まで怯えていた。
何があったのかは知らないが、女性職員達の表情が曇っているとなれば、自称『レディの守り神』を自負する彼の出番だ。
「おい、エルンスト。麗しいお嬢ちゃん達が怖がっているじゃないか。喧嘩だったら他所でやれ」
「喧嘩ではありません。交渉中です」
エルンストに話しかけたのに、答えたのはリュミエールだ。綺麗な顔で睨み、暗に≪さっさと出て行け≫と言われている気がして、更にムカつく。
オスカーは両腕を組み、逆に彼に対してきつく目を眇めた。
「何の交渉だ?」
「貴方には関係ありません。忙しいので用事がないのでしたら、邪魔をしないでください」
「生憎、俺はジュリアス様の使いでエルンストに用がある。お前こそ、ちょっと外せ」
水色の髪の青年は、あからさまに顔を顰めた。
いつもの柔和な仮面が剥がれ落ち、不快さが顔に出てくるなんて珍しい。それほど、リュミエールに余裕がない証拠だ。
逆にオスカーは口元にニヤリと笑みを浮かべた。もしかしたらリュミエールの弱みを握れるかもしれないのだ。そう思うと、胸がわくわと高鳴る。
常日頃、この陰険な同僚が、ロザリアや女王にオスカーの女官遍歴を告げ口していることは知っている。本来なら別に大人の付き合いなのだから、人のことなど構うなと一蹴すればいいだけの話なのだが、潔癖な女王補佐官、そして純真…といえば聞こえがいいが、お子様な女王陛下にはとてつもなく破壊力のある爆弾だった。オスカーは、奴のおかげで二人の信頼をすっかり失い、炎の守護聖の執務室から女官の姿が消えてしまった。それだけならまだしも、自分が女王陛下の茶会に招かれても、彼の給仕だけは全て男の使用人だったりと、人前でかなり露骨な恥をかかされているのだ。
オスカーはそんな日頃の恨みを込め、楽しげに、モニターにへばりついている主任の肩をポンと叩いた。
「おい、エルンスト。お前達は一体何をやっているんだ?」
「え、あああぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 何故貴方がここにいるのですか!!」
≪うわぁ、オスカーさまぁやぁ!! あか〜ん!!≫
エルンストは余程集中していたのだろう。振り返ってオスカーを見つけ、硬直している。
だが、王立研究院の職員とは別のモニター越しに現れた男もまた、オスカーにとって意外な人物だった。
「お前、チャーリー?」
≪は…、はいな。まいど、おーきに〜〜〜〜〜〜〜〜!!≫
長い髪を緑色に染めた胡散臭いスーツの青年……、これでも五代続いた王室御用達のウォン財閥の若き総帥は、一瞬動揺をしたものの、すぐにポーカーフェイスを取り戻し、いつもの揉み手スマイルを浮かべた。
「お前ら、こんな所で徒党を組んで、一体何をやってるんだ?」
「オスカー、貴方の用事はエルンストでしょう?」
水の守護聖の冷たい声に、研究主任が怪訝気にメガネを抑える。
「オスカーさま、何か私に御用でも?」
「ああ、これをジュリアス様からお前にだ。今すぐ読め」
筒状に丸めた書類を、ぽんと手渡すが、エルンストの目は泳いでいる。
後ろめたいことか、果たしてオスカーには知られたくない何かを隠しているということだろうか。
「さっさと読め」
「え、ちょっと…。今は手が離せなくて…」
「ほう。ジュリアス様からの封書を後回しにするなら、よっぽど重要な仕事らしいな。ならば俺だって無理強いはしないが、ジュリアス様への報告もある。それなりの理由を聞かないと戻れないんでな。もう一度聞くが、お前らは一体何をやっている?」
本当は、エルンストに封書を渡した時点でオスカーの用事は終わりだった。だが、暇な聖地で何かイベントが起こっている気配なのに、自分だけが省けにされるのは癪に障る。
腕を組み、目を眇めてチャーリーも交えた三人を睨みつけた。
「お前でもいいぞ。さぁ、吐け」
≪そ…、そないなこと言われても…≫
「これは貴方には関係の無い分野の話です」
この場でオスカーと対等なのはリュミエールだけだ。
地位をかさに、エルンストとチャーリーに強制されてはまずいと思ったのだろう。彼は目を吊り上げ、二人を庇うように、オスカーを睨みつける。
「王立芸術院、及び王宮博物館は私の管轄。貴方の出る幕はありません」
「俺もジュリアス様への報告は仕事なんでな。手ぶらでは帰れん。それとも、公表されてはまずいもことでもあるのか? 簡易式とはいえ、次元回廊をしつらえてある王立研究院を任されている主任、王室御用達、そして王立芸術院総裁リュミエール……。汚職の疑惑には、もってこいの配置図じゃないか」
「失礼な。貴方は私が賄賂でも受け取っているとでもいいたいのですか?」
「さあな。だが、そんな疑惑がもしあれば……、王立派遣軍総帥たる俺の職務は、聖地の治安を守るために、たとえ守護聖でも監獄へしょっぴくぜ。俺の職務は災いを未然に防ぐことも含まれている。意味は解かるな?」
オスカーは、口角を上げて酷薄に笑った。
「罪がなければ作ればいいだけの話だ。情報漏洩、金銭受諾、お前に選ばせてやるさ。まぁ、リュミエールは謹慎程度で済むだろうけれど、お前ら二人はどうかな?
そんな疑いをもたれた時点で主任辞職に王立御用達解除だぜ? 三人とも、俺の追撃から逃れられると思うなよ?」
リュミエールの白磁の頬は、怒りでみるみる朱が走る。
「オスカー、貴方と言う人は……!!」
「オスカー様。どうか、そんな大事にしないでください!!」
≪俺ら、ほんまにそんな大事ちゃうねん〜!!≫
リュミエールはともかく、二人は完全に観念したらしい。
オスカーは、青ざめて震える二人を睨み、口の端を歪めて笑うと、顎をしゃくって続きを促した。
「リュミエール様は、セイランさんの作品が闇オークションに流れたことを知って、自ら下界に赴き、参加しようとしたのです」
闇オークションと聞き、オスカーの顔も曇った。セイランの作品は高値がつくから人気は高いが、リュミエールがこうしてこそこそ動くのなら、芸術院が所蔵していた作品が盗まれたのかもしれないと思ったのだ。
だとすれば、聖地に窃盗団が入り込んだこと、そして侵入を許したオスカー直属の王立派遣軍特殊部隊にも責任が波及する。
「いいえ、貴方の心配することではありません。セイランのいまだ世に出ていない作品ですから」
リュミエールに冷たくきっぱり言われ、オスカーは再び眉を顰めた。
「あいつ、また何かやりやがったのか?」
オスカーは人騒がせな男の顔を思い浮かべ、ズクリと胃に痛みを感じた。
稀代の芸術家セイラン。その男はオスカーにとっては天敵そのものだった。
彼は二度目の女王試験時に、感性の教官として聖地に招かれたのだが、あろうことか、彼ら守護聖の敬愛する現陛下と恋に落ちてしまった。
それからというもの、彼はオスカーが『鉄壁の警護』と自負していた王宮の近衛騎士達の目を盗み、陛下の寝室で一夜をともにするわ、陛下を連れ出してデートはするわと、やりたい放題な状態だったのだ。
警護の長だったオスカーのプライドはボロボロだ。ジュリアスとロザリアの叱責も苛烈を極め、奴が試験終了とともに聖地追放同様の扱いで下界に戻された時、嬉しさのあまり、館の使用人全員に、秘蔵のワインを祝杯として振舞った程だ。
「別に、彼は関係ありません。ただ、セイランが作った作品が、闇オークションに流れてしまったということは、きっとセイランの作品を購入した誰かが盗まれたものでしょう。貴方もご存知の通り、闇オークションで落札されたものは、そのまま個人の秘密の所蔵品となり、もう二度と外に出てこなくなること重々あります。
私は芸術院総帥として、彼の作品をみすみす他人に渡し、埋もれさせてしまうのはどうしても許せない。
ですから私は行かなければならないのです!!」
リュミエールの目は血走っていた。綺麗な顔が、まるで鬼のようだ。常人には逆らえない気迫と狂気が見えて、オスカーでもちょっと引く。
いつも温和を装っている男が、ここまで感情的になるのは珍しい。
リュミエールがここまでセイランの作品に入れ込んでいるとは知らなかった。
「ですが、これは本当に私用ですので、補佐官様のお手を煩わせるわけにはいきません。それで、リュミエール様は私に協力を要請なさったのです。私はすぐに王立研究院の次元回廊を秘密裏に開き、リュミエール様をお通ししようと思いました。ですが……出口に控える星都の本部の者が、許可申請が必要だの、書類を調えろだの難癖ばかりつけてきまして、このままではオークションの時間に間に合いません」
≪で、急遽俺が保険代わりに、エルンストさんに呼び出されたんですわ。オークションに顔の利くヤツ……ほら、例のマコやんことマックニコルに話つけて、代理入札に走ろうおもったんやけれど、リュミエール様がどうしても御自分で落札したいとおっしゃりまして、で、再度星都の研究院と交渉してたんですが、お役所さんは融通が利かなくて、はい≫
「そんなに、あの男の作る作品はいいものなのか?」
「当然です。でなければ、大切な女王を選出する試験に、数多いる芸術家達の中から選ばれる筈はありません!! ま、貴方のように芸術に理解を示さない方に、何を言っても無駄でしょうが」
「何だと?」
人間、痛いところを突かれると腹が立つものである。オスカーはセイランの芸術のどこがいいのか皆目見当つかない。だからリュミエールには判っているのに、自分には理解できないことが余計に癇に障った。
「おい、チャーリー。リュミエールが執着する程、すばらしい作品とやらを俺にも見せろ」
≪え?≫
「お前のことだ。もう闇オークションのリストぐらい、とっくに手元にあるだろ。どれだ? セイランの『芸術的な作品』は?」
「オスカー、貴方には関係ないと、何度言ったら……」
「見せろ。聖地の出入りを差し止めるぞ!!」
≪はい!!≫
モニターから、チャーリーの姿がぱっと消えた。
そして数秒後、画面いっぱいに現れたセイランの作品を見た瞬間、オスカーは呼吸を忘れ、ただ唖然と立ち尽くしたのだ。
「なんだこれは!! あの、ナルシストが!!」
作品は、柔らかな乳白色色の大理石でできた彫刻だった。
それも仰臥した裸の男に仰向けでもたれかかる、陛下の裸体が等身大で克明に彫り込まれていたのだ。
柔らかでみずみずしい17歳の肢体が、硬く引き締まった若い男の体の上で寛いでいる。わざわざ陛下の胸の下に回された男の腕のせいで、張りのある小ぶりな胸が盛り上がって強調され、いやおうでも目につく。
男の顔は長いさらさらの髪で隠れわざと掘り込まれていないが、セイラン自身を現しているのは明白で、陛下はベッドで睦んだ後の気だるい疲労感を漂わせ、でも嬉し恥ずかしのはにかんだ笑みを浮かべている。
まるで今にも陛下の「きゃ♪」という、声が聞こえてきそうな愛らしさだ。
そんな純真そのものの陛下が、いやらしくも男に抱かれて体をからめている。そんなあどけない顔なのに体のあからさまな性交後を匂わせるアンバランスさが、嫌でもエロい妄想を掻き立てる。
「あの馬鹿!! なんてもん作りやがった!!」
あの男に限って、こんな作品を人に売る訳がない。絶対自分がこっそり楽しむために作ったに決まっている。
ということは、闇オークションにこの作品が並べられたのも、あの男がヘマやって盗み出されたに違いない!!
「い、急ぎ、ロザリア様にご報告を!!」
青ざめた研究院主任が、王宮に向かおうときびすを返す。
「まてエルンスト、不要だ!!」
オスカーはビシッと、指をつきつけた。
「こんな些事で、お二方を煩わせるな。それに、事を大きくして陛下がお知りになったらどうなるか考えてみろ。俺が責任持って闇に葬ってくる」
オスカーはモニター壁にしつらえてある通信機を引っつかむと、星都の王立研究院本部の所長を直で呼び出した。
「今から降りる。さっさと次元回廊の出口を開け。『火急の用』だ!!』
王立派遣軍、総帥の肩書きは伊達ではない。
オスカーが『火急の用』ということは、王室の近衛、派遣軍特殊部隊を動かすような緊急事態が起こったということだ。いかに役所気質の王立研究院であろうと、軍の行動に『書類を提出して』など、嘗めたことをぬかせば左遷を食らうのは必須。ましてや、総帥オスカーの行動を阻んで睨まれれば最後、裏で手を回され犯罪者の汚名を着せられ、一族郎党路頭に迷うことだって起こりうるのだ。
オスカーの一声で、即座に次元回廊の出口は開いた。
扉のレッド・ランプが緑色に変わったのを確認し、オスカーは意気揚々と足を踏み出す……筈だった。
「お待ちなさい。回収は私がいたします」
ぽんと肩を叩かれ、ひんやりとした冷気が背筋をくすぐる。オスカーが振り返れば、顔に般若の仮面をかぶったような、リュミエールが迫っていた。
二人の視線に火花が散った。
オスカーは顎をそらし、冷たく目を眇めた。
「それは聞けない話だな。回廊を開いたのは俺だ。お前はひっこんでろ」
「後から出てきて、卑怯ではありませんか?」
「レディを守るのは俺の役目。ましてや陛下は、俺の一番大切な女性だ。その陛下がもし、自分の恋人の不始末で、ご自身の全裸像が世間に晒されるかもしれないと知ったらどうお思いになるか考えても見ろ」
「考えたから、私が秘密裏に行動していたのではありませんか。それを無理やり暴いたのは貴方でしょうに」
「だから俺が責任を取って、闇に封印してくると言っているだろうが」
「だから貴方にはお教えしたくなかったのです。芸術を理解していない貴方の手に渡れば、貴方はあの像を破壊しようとするでしょう。それは芸術への冒涜です!!」
「誰が壊すかあんなエロいお嬢ちゃんを!! 勿体無い!!」
「なお悪い!!」
つい本音をぽろりと漏らしたオスカーに対し、リュミエールは断罪するように指をつきつけた。
「貴方のような破廉恥な男に、絶対に陛下の裸像を任せられません。オークションには私がまいります!!」
「お前だって陛下の裸像をこっそり隠匿しようとしているんじゃないか?」
「失礼な。貴方と一緒にしないでいただきたい!!」
「じゃ、お前に聞くが、陛下の裸像はどこに封印しておくつもりだったんだ? 王立芸術院か? 王宮博物館か? 人目に晒さず後世にも伝えられずに保管しておくんだ。さぞかし立派な空間を準備していたんだろうな?」
そこでオスカーはハッと気づいた。
リュミエールの性急な館の改装依頼。核シェルター並の保管庫を館にしつらえるのなど、一体何をそこに保管しようとしていたのか?
もう明白ではないか!!
「なら今、お前の館に入っている業者はなんだ?このむっつりスケベが!!」
「ですから、貴方と一緒にするなと言っているでしょう!! この、ケダモノが!!」
「なんだと!!」
≪あの〜、お二方。お取り込み中の所、えろうすんませんが……、こちらの下界時間でオークション開始まで、後五時間を切りました。お急ぎにならないと、間に合わん思うんですが……≫
オスカーはチャーリーの一声で我に返った。聖地の一日は下界の三日だ。
こんな所でリュミエールなどと遊んでいれば、彫刻を誰かに奪われてしまう恐れがある!! 彼は踵を返して次元回廊に続く扉を開けた。
そこに、リュミエールがタックルをかましてくる。
「待ちなさい、卑怯者!!」
「どけ、男にしがみつかれる趣味はない!!」
「貴方のような万年発情期の下半身節操なしになど、陛下は渡しません、陛下が穢れる!!」
「なんだと、この腹黒な陰険男の分際で、陛下に自分が似合うと思うのか!!」
「貴方より、断然マシです!!」
「きさまぁぁぁぁ!!」
オスカーは、不本意ながら、リュミエールともつれ合って次元回廊に飛び込み、星都へ飛んだ……。
そして、後に残された二人は……と言うと――――――
≪行ってしもーたな≫
「ええ」
≪俺ら、リュミエール様に騙されとったって訳か?≫
「その件に関しては、コメントを控えさせていただきます」
と言いながらも、エルンストの胸中は複雑だった。
あの優しくて温和な水の守護聖が、自分をたばかっていたことが信じられない。また、信頼を裏切られた今、これからあの人を見る目が違ってくることも悲しい。
だが、オスカーとリュミエールが揉みあうようにして次元回廊の彼方に消えてしまった今、エルンストの役目はひとまず終わった。
呆けている場合ではない。彼には直ぐに片付けてしまわねばならない次の仕事が待っているのだ。
エルンストは、握り締めていたものをじっと見つめた。
彼が今手にしているのは、オスカーが届けてくれたジュリアスからの封書だった。
確か、オスカーはそれを読み終えた後に返答が欲しいと言っていたのではなかっただろうか?
なのに彼は役目を投げ捨て、下界へ行ってしまった。
「ジュリアス様は、オスカー様の御戻りをお待ちしているのではなかったのでしょうか?一体誰が報告をすればよろしいのでしょう?」
≪そやけれど、そんなこと、俺に言われてもなぁ〜。あんたしかおらんってことは、もうわかってるやろーが≫
「そうですね」
エルンストは、小さくため息をこぼし、封書の端を指で千切った。だがジュリアスの指示書は紙切れ一枚で、そこに書かれていた内容は……というと。
【オスカーを、リュミエールとともに、下界へいかせるよう命じる。他言は無用に】
エルンストはこくりと息を呑んだ。
「これは一体、どういうことなんでしょうか? 私はオスカー様にも騙されたということなのですか? それとも、オスカー様はジュリアス様に騙されてて、いや、もしかしてリュミエール様もジュリアス様に騙されて…、ああ、訳がわからない!! 私は一体、誰を信じればいいのでしょう!!」
≪せやから、そないなこと俺に言われても知らんわ〜!!≫
そして数時間後……王宮、女王補佐官執務室では――――
マックニコルの手引きにより、闇オークションの会場映像が生中継でモニターに映し出されていた。
≪この、卑怯者ぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!≫
≪ふはははは、馬鹿め!! 腕力で俺に勝てる訳ないだろう!!≫
オスカーは、リュミエールの背に馬乗りになり、高らかに勝利宣言を放つ。
セイランが作成した等身大の陛下の裸像は、無事オスカーが落札したのだ。
「…恥ずかしい人達……」
ソファーでゆったりと一部始終を見ていたロザリアが、総レースのハンカチで、そっと目頭を押さえた。
だれがオークション会場にて、互いを殴り、蹴り、最後には押さえ込みあいながら、入札の札を上げているバイヤーがいるのだろう?
オスカーとリュミエールは、二人とも有り余る財力に物を言わせ、全く金の糸目をつけなかった。よって女王の裸像は天井知らずの高値が続き、このままでは永久運動になると互いに悟ったのか、次第に相手を妨害しあいながらの戦いとなったのだ。
最初は相手の腕を封じあう程度のかわいらしいものだったが、次第に足蹴が飛び、最後には殴りあいの喧嘩となった。結果は体力に物を言わせ、オスカーが全身を使ってリュミエールの体を封じ込めて勝利したのだが、最終落札値は9000億ギザインもの高値となったのだ。
小国の国家予算を楽に上回る値段である。勿論、史上最高値である。
「……これが、聖地の守護聖とは……、嘆かわしいぞ、オスカー!!」
ロザリアの対面に座るジュリアスは、コーヒーカップを持つ手を震わせ、羞恥と怒りに顔を真っ赤にして、映像を睨みつけている。
その横のルヴァは、無言でお茶を啜っている。いつものように目を細め、うんうんと感心して画面を見る様子からは、何を考えているのかは窺い知ることはできない。
「あらいいじゃない。恥も外聞も関係なく、何かを欲するなんて素敵じゃない。本当に恥なのは、こんな騙まし討ちみたいな計画を立てた、どっかの皮肉な芸術家の頭の中よ」
オリヴィエは目を眇めてハーブティを啜っている。今は面と向かってロザリアを非難はしないが、彼女と目を合わせないようにしている所を見ると、いまだに怒っているのがはっきりと解かる。
「もしあれがあんたの裸像だったらと思うとゾッとするよ。あたしだって、例えマフィアのオークション会場だろうが飛び込んで、全財産投げうったって落とすでしょうね。だから純情な男心を踏みにじるような真似は好きじゃないね。大体、オスカーもリュミちゃんも、陛下にマジで惚れているんだから、わかってて仕掛けるなんて、やらしいったらありゃしないわ」
ロザリアは小さく息を吐いて、ハンカチを握り締めた。
オリヴィエがいくら怒ったってもう遅いのだ。計画は既に始まっている。今更中止なんてできるわけが無い。
「まあまあオリヴィエ、そう目くじら立てないでください。セイランが折角陛下のために立てた計画なのですから」
「そうだ。私も、いまだにあの男がこの宇宙のために、一肌脱ぐとは信じられぬがな。セイランもようやく陛下の愛人という自覚ができたのだ。手段はどうであれ、これで宇宙を騒がす海賊どもを一掃できるのなら、陛下に忠誠を誓うあの二人も、きっと我々を許してくれる」
「ふん、ライバル心を上手に煽るために利用されたなどと知ったら、あのプライドの高い二人はどうなるかしらね。オスカーはきっと怒り狂うだろうし、リュミちゃんはきっと呪うわね。せいぜい恨まれるといいわ。でも、あたしを巻き込むんじゃないわよ」
最後の非難は、きっとロザリアに向けられたものだろう。
それでも、宇宙のためだと知れば、あの忠誠心厚いオスカーならきっと許してくれる筈と、ロザリアはそう信じている。
「しかし、セイランは一体どういう心境の変化なのだ?」
「あー……、あの人は気まぐれですものね」
「うむ、だが、彼にこんな才能があったとはな」
「ええ、私もね、びっくりしましたよ」
ロザリアも、数日前に届いたセイランからの手紙と数枚の書類に想いをはせた。
ジュリアスにもナイショだが、セイランがロザリア個人にあてた手紙には【僕に恋人を返してくれたお礼だよ。ささやかなものだけれど、遠慮なく受け取ってくれ】とあった。
ということは、アンジェは無事にセイランと合流できたのだろう。
恋人と、幸せに過ごせる時間を貰ったお礼としてセイランが寄越したものは、なんと東宇宙に拠点を置く海賊達の討伐計画書だったのだ。
新宇宙に移行した直後は、やはりサクリアの分配にもへだたりが出る。そしてサクリアが滞れば星の実りは減り、酷ければ飢餓が襲う。
治安が乱れれば、生きるために略奪行為に走るもの達は必ず出現する。
それが海賊となり、年月を重ねるうちに巨大勢力へと発展していくのだ。
東宇宙には、宇宙の混乱期に生まれたマフィア『パパラチアン』の一味が勢力を伸ばし、今では我が物顔でその宙域を通行する高速艇やシャトルに『通行料』の支払いを命じている。そして、それが叶えられなければ、待っているのは略奪や襲撃である。
過去何度も派遣軍が討伐に向かったが、宇宙は広くて潜伏先は無数にあり、根絶は難しい。
そして今回は東宇宙から、何としてでも無事に迎えたい高速艇があったのだ。
エトワール候補生達の乗る船―――――
先月、王宮は宇宙全域の高等学校に指示を出し、サクリアを扱う素質のある娘を選出した。
そして、今次々と主星の星都に呼び出し審査しているのだけれど、北、南、西宇宙の三地区は全滅した。望みはもうこの地区しかない。
(アンジェリークが聖地から離れてから、こんな依頼が来るなんて)
自分だけが、オリヴィエと幸せに過ごすことが後ろめたかった。だから親友がセイランに添い遂げたいという願いを聞き入れて、彼女の魂をアリオスの手に委ねたのだ。
親友の魂がいつ戻るかわからない今、ロザリアにできることは、助けを求めてきたコレット達のためにも、伝説の『エトワール』になれる少女を探し出してやることだけだ。
何としてでも見つけなければならない。もしコレットが過労で潰れたら、問答無用で陛下を連れ戻さなくてはならなくなる。
親友の信頼を裏切りたくない。セイランの怒りも怖い。
だから今後、東宇宙からよりスムーズに高速艇やシャトルを呼び寄せるために、邪魔な海賊達を一掃することは、最重要課題だった。
(さぁ、セイラン。あんたは私の大事な親友を奪っていったんだから、お礼というからには完璧に動いてもらうわよ)
ロザリアは、一つ首を縦に振って合図を送った。
ジュリアスは卓上の通信機を取ると、回線を開いた。
「ヴィクトール、出撃せよ!!」
☆☆
≪全軍、出撃せよ!!≫
聞きなれたヴィクトールの声も、通信機越しだといやに偉く感じるものだ。
セイランは一つあくびをすると、再びゆったりと目を瞑った。彼は今、南宇宙を出発したヴィクトール将軍率いる王立派遣軍第三艦隊から遠く離れ、東宇宙の緑都宇宙港へ向かっているのだ。
彼は、自分の愛機、小型宇宙船「アンジェリーク号」を王立派遣軍の宇宙港に預けたのち、軍の専用シャトルに乗り込んでいたのだが、何の装飾もない硬い座席を三つ独占し、手荷物にと持ち込んだナップサックを枕に健やかに眠っている。
彼のあまりの緊張感のなさに、彼を緑都宇宙港まで運ぶ役目をおおせつかった派遣軍兵士は、唖然としていた。
「なぁ、この人今から自分が戦場に行くなんて、自覚があるのかね?」
「うーん、芸術家は俺達と感覚が違うんだから、仕方ないと思おう。でなきゃ、誰が好き好んで囮になりたい奴がいるか」
(聞こえてるんだけどね)
人が寝てると思って、随分勝手なことを言ってくれる。だが、こいつらは運が良かった。
今日のセイランはとてつもなく機嫌がいい。
(アンジェ、もう直ぐ君に会える)
今のうちにたっぷりと体を休めておきたい。
セイランはそのままぐっすりと眠った。
04.10.15
伏線バリバリ。パズルを組み立てているみたいで、頭の中こんがらがってます。
次はアンジェ。
今度こそ石版だい♪
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