「橄欖石の想い」





 最近、ゼフェルの帰りが遅い。
 アンジェリークは時計を見ながら何度目かの溜息を吐いた。

 守護聖の仕事は大事だし、それは自分だって分かっている。一応補佐官の仕事をやっているし、仕事はおろそかにしてはいけないものだと思っている。
 けれど。

 ゼフェルが遅いのは、仕事の所為ではない。

「なんでもねーよ」

 そう言って、何度聞いても答をはぐらかす。しつこく聞くと怒り出す。
 そして、彼から漂う香水と、お化粧の匂い。
 化粧の匂いは臭くて嫌いだって言ってたのに。


「ゼフェルは・・・もう私の事、嫌いになっちゃったの?」




 女王試験の真っ最中に彼に恋をして。
 思い切って告白して・・・駄目だと思ってたのに、ゼフェルは受けてくれた。

 だから女王試験を放棄したのに。

 新しい宇宙が安定するのを待って、結婚式も上げたのに。


「淋しいよぉ・・・ゼフェル」


 一人の食事はぱさぱさして、砂を食べているよう。
 そして帰って来てもすぐに地下の作業室に入り浸ってしまう。前は入らせてくれたのに、いまは絶対に入れてくれない。


 もうすぐ週末。

 ゼフェルと一緒に過ごしたい。
 でも、それも駄目だったら?
 ゼフェルの心がもう私になかったら・・・。

 私はこれからどうやって生きてゆけばいいんだろう。

 彼無しで生きてゆけるとは、思えないのに。





「土日でどっか行きたいだぁ?」
 アンジェの言葉に、ゼフェルは不機嫌そうな声を上げた。

「最近ゼフェル全然一緒にいてくれないんだもん。だから・・・」
 淋しそうにアンジェは呟くと、俯いた。

 不機嫌なゼフェルの顔を見ているのは辛い。
 だから、ゼフェルがどんな表情をしたのか分からない。ただ、ゼフェルの吐いた大きな溜息だけが、耳朶をうつ。


「やっぱり・・・だめなの?」


 それに心が沈んでゆくのを感じながら、アンジェは顔を上げた。

 潤んだ翠の瞳に見つめられ、ゼフェルは一瞬息を呑む。だが、きっぱりと言い切った。


「駄目だ。作業が終ってねーからな。どっか出かける暇なんてねー」


 ゼフェルが機械いじりをするのが好きなのは良く知っている。熱中すると、アンジェの存在を忘れてしまってひたすらに作業を続けるのも知っている。

 それでも、ふと我に還った時にしまったという顔をして、決まり悪そうに自分を見つめる表情が好きだった。

 ぶっきらぼうに『悪かったな』と言って、機械の説明をしてくれたりする時間が好きだった。
 それなのに、今のゼフェルはそんなことを許してくれない。

 ゼフェルが今何に夢中なのか、妻である自分は何も知らないのだ。


「とにかく、出かけるのは諦めろ。いいな」


 駄目押しのようにそう言われて、アンジェは涙を飲み込んで頷いた。






 土の曜日はとてもいい天気。
 お弁当を持ってピクニックに行ったら、さぞかし楽しいだろうと思う。
 青い空も、白い雲も、爽やかな風も、誘っているとしか思えない。


 聖地だから・・・なんだろうなぁ。


 そうアンジェは考えながら、溜息を吐いた。

 聖地はいつも暑くも寒くもない、快適な陽気。それはそれで心地好くていいのだけれど、たまに下界のはっきりとした気候が懐かしくなる。

 下界なら今頃は・・・きっと暑い。
 夏は水着で、海かプール。


 ゼフェルと一緒に泳ぎたいな・・・。


 いつも機械をいじっていて室内にいることが多いけれど、きっとゼフェルは夏の太陽が似合うだろう。
 自分の肌とは違う褐色の肌。プラチナのような髪。そして、ルビー色の瞳。
 きっとモテまくるに違いない。


 でも、ゼフェルは私の旦那様だから、どんなにアタックをかけても駄目なのよ。


 そこまで考えて、アンジェは再び溜息を吐いた。

 結婚はしている。でも・・・今、ゼフェルの気持ちがどこにあるのか分からない。
 何を考えていても、どうしてもそこへ考えがいってしまう。


「ゼフェル・・・一緒にいたいよ・・・」


 ぽつりと呟いた時、それは届けられた。





 勘が働いたとしか、考えられない。
 大きな荷物は、ゼフェル宛に届けられた物。

 なんとなくふらふらと家の中を歩き回っていたアンジェは、それが届けられた時に居合わせてしまったのだ。


 アンジェリークには絶対に教えるな。


 そう言われたという荷物を。




 蒼白な顔のアンジェに同情したのだろう。使用人は内緒ですよと言って、中を特別に見せてくれた。
 それは・・・きれいな若草色のドレスだった。

 ゼフェルに見つかるといけないからという理由で、すぐにドレスはしまわれ、元どおりに箱におさまって綺麗にラッピングされた。

 あんな綺麗なドレスは、もらった事がないし、買ったこともない。

 ゼフェルはそういった事には興味がないらしく、お洒落な服には全くといって言いほど無関心だった。


 それなのに。


 あれはきっと贈り物。自分に知られてはいけない、贈り物。





 アンジェはよろよろと寝室に戻ると、そのままベッドに倒れ込んだ。


 このまま、眠ってしまいたい。
 そして、目が覚めなければいいのに。そうすれば、幸せだった頃の夢を見て過ごせるから。


 頬をつたう涙に気がつかないフリをして、アンジェはそのまま眠りに落ちた。

 どれくらいの時間が経ったのか、アンジェが目を覚ました時にはもう日は暮れかけていた。

 窓から差し込む光はもう、すっかり赤く色付いている。
 ぼーっとそれを眺めていたアンジェは、ドアをノックする音に暫く気が付かなかった。
 何度も繰り返されるその音は、どんどん大きくなってようやくアンジェの耳に届いた。 
 そのまま放って置くと、ドアが壊されるんじゃないかという音になった時、慌ててアンジェは扉を開けた。
 
目の前に、不機嫌そうなゼフェルの顔。


「全く、昼間っから寝てるんじゃねーよ」


「だってそれは・・・」
 ゼフェルがかまってくれないから。


 アンジェの言葉を待たずに、ゼフェルはその白い手を掴んでそのまま歩き出した。


「きゃ・・・、何なの?」


 アンジェの質問にも答ようとしないで、そのままずんずんと歩く。

 そして、いつもは使わない部屋の扉を開けて、アンジェをその中に突き飛ばすようにして押し込んだ。


「え・・・・・・?」


 そこにあったのは、昼間見た若草色のドレス。

 そして、繊細な細工のネックレスとイヤリング、指輪にブローチ、ブレスレットまである。
 ひと目でお揃いの物だと分かる。金台に、ドレスと同じ色の石。


「ようやく出来上がったと思ったら、おめーはぐーすか寝てやがるし。今日間に合うように俺が必死で作ったんだからな」


 その言葉に、そっとアクセサリーを手に取ってみる。
 冷たい金属の筈なのに、不思議なぬくもりが伝わってくる。それはきっと・・・ゼフェルが作ったから。


「どうして・・・?」


 そういえば、前に無理だと思いつつもゼフェルにねだった事がある。ドレスとお揃いのアクセサリー一式が欲しいと。でも、その時は欲しかったら買えばいいだろうって言われて。自分が欲しかったのは、買ったものじゃなくてゼフェルに贈ってもらうものだったから。

 仕様がないと思いつつも、ちょっと悲しかった事を覚えてる。

 思わず漏らした言葉に、ゼフェルは不機嫌そうに応えた。



「どうしてって・・・今日はおめーの誕生日じゃねーかよ。女の喜びそうなモンは分からねーからな、化粧臭いの我慢してオリヴィエに訊いたんだぜ」


 それじゃあ、あのお化粧の匂いと香水は。


「その石・・・ペリドットとかいうのが、八月の誕生石なんだろ? もっと濃い色だとおめーの目と一緒だと思ったんだけどよ」

 オリヴィエの説明聞いたからまあいいかと思ったんだ。
 鼻の頭を擦りながら、ゼフェルは言った。

 ペリドットの別名は、イブニングエメラルド。夜のパーティの時などにその色は深みを増し、美しく映えるのだという。


 エメラルドなら、おめーの目と同じ色だろう?


 ゼフェルは確かに器用で、細工物を作る事も容易いだろう。
 でも、こんな繊細で美しく、そして可憐なデザインをする人ではない。きっと、オリヴィエにデザインを起こしてもらったのだろう。
 そして、だからこそ、作業に時間がかかってしまったのだろう。


「・・・・・・気に入らなかったのか?」


 黙り込んだアンジェに、ゼフェルの不安そうな声がかけられる。


「そんなことない。ないけど・・・どうしてゼフェル黙ってたの?」
 泣きながらゼフェルにしがみつくと、ゼフェルの暖かい腕がしっかりと抱きしめてくれる。


「バーカ。先に言ったらプレゼントになんねーだろ?」


 ちょっと照れたようなその言葉。

 覚えててくれたんだと思うと、じんわりと涙があふれそうになる。
 自分が邪推して、気持ちを疑っていた時にも、ゼフェルは想っていてくれたのに。


「大好き、ゼフェル」


 でも、やっぱり。
 物をもらうよりもゼフェルと一緒にいる方が嬉しいのは、私の我が侭かな?

 そう言ったら、



「そーゆー事は早く言え。オレだってガマンしてたんだからな」
 怒られてしまった。




 これからはもう、間違えない。
 ずっと一緒に過ごしてゆこうね。

終わり





ゼー様素敵!! o(≧∇≦o)(o≧∇≦)o
「買え」とか言って突っぱねつつ、実はこっそりアンジェの為に豪華なプレゼントを用意しているなんて♪
(ああ……何て照れ屋で意地っ張りぃ)
切ないアンジェも可愛いし、もう最高の誕生日プレゼントです!!

光姫様ありがとぉぉぉぉぉ。

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